36「何を教えればいい?」孤児院、試しに
〜ドアを吹き飛ばした現れた、孤児院の関係者だと思われる女性。始まる前から面倒な気配がするが、さて、依頼は?〜
ドアが無くなり、すっきりとした入り口に手を向け、中へ誘う女性。
しかしイツキは中へ入ろうとはしない。
「?…どうかされましたか?」
「いや」
「取り敢えず、中へどう……」
「メア!貴方またっ…!」
ドタドタとこちらへ走ってくる足音がしていたから。
そして影から現れたのは、年老いた女性。
イツキの見立てでは70は超えると思われるが、背は曲がっておらず足取りは確かで、まだまだ元気な老婆であった。
顔には老婆らしく、シワやシミは見て取れるが、伸びた背筋や怒っているからか吊り上がった目、肩より少し下まで伸ばした綺麗な白髪により、かなり若く見え…無くもない。
怒りさえ消えれば、穏やかなお婆さんのような風になるだろう、と思われる。
そんな老婆は、入り口を見るなり、僅かに残っていた疑問が無くなり、確信のみになった。
何のことかといえば、大きな物音の原因である。
イツキの推測通り、ドアを吹き飛ばすのは初めてではないらしく、『また』と口にする。
しかし、それも途中で途切れる。
「あっ、院長」
「これはお見苦しいところを。お怪我はございませんか?」
「いや」
「それは良かったです。…なにか、この孤児院に御用で?」
メアと呼ばれた、ドアを吹き飛した女性以外に人、イツキがいた為に。
どうやらこの孤児院の院長の様だが、すぐに落ち着きを見せ、怪我の有無を聞いてくる。
否定…つまり怪我はないと言えば、あっさりとした答えが返ってくる…本当に確認をしただけのようである。
そして、何の用事かと本題であろう事を尋ねてくる。
なんとも素っ気ないというか、対応に取り敢えずといった感じがあるが。
イツキは現在フードを被ったままである。
そんなものが急に、孤児院に訪ねてきたら何を思うか…怪しいと、警戒する。
まあつまり、この老婆…もとい院長はイツキの事を警戒しているわけだ。
その為、上辺だけの心配をして、怪我が無ければそれで良いと、素っ気ないのだ。
依頼を受けた冒険者だと言えば、その警戒も薄らぐだろうし、警戒されたままでも依頼は終わらせなくてはならない。
素性を明かせば話が進むのは間違いない。
なので、メアに伝えたものと同じ、この事を口にしようとしたところ…
「この人はっ、なんと!依頼を受けてくれた冒険者なんですよ!やっと来ました!」
「…あら、まあ。これは失礼いたしました」
「…ああ」
イツキが口を開く前に、興奮した様子のメアが先に言ってしまった。
怒られそうになったことも、すでに頭から無くなっているようで、ただ嬉しそうにしている。
そのことを聞いた院長は、とりあえずは納得したのか、警戒を薄め本心から謝罪した。
先に言われてしまったイツキは、しかし特にイラつきも呆れることもなく、ただ返事をした。
そして、どうせ後で見せることになるだろうと、ギルドカードを取り出し表示させ、院長に渡す。
「ギルドカードね…あら?」
「どうしたんですか?…院長?」
「いえ、なんでもないわ。イツキさん、ね。中へで詳しい話をしましょうか」
「ああ」
手渡されたものが何か、さすがに知っていた院長は、内容を確認する。
格好はあやしいが、体型や声から女性だと思っていた院長は、カードに書かれている『男』という文字に少し驚いてしまった。
その様子についどうしたのか尋ねたメアだったが、今この場で彼の性別を誤っていました、など言えるはずがない。
それに、ただの勘違いだった話なので、当人に知られる前に本当の性別がわかった今、蒸し返す必要もない。
何でもないと流し、外で立ち話を続けるのもどうかと思ったのか、話を逸らすためなのか、中へ誘う院長。
そして一同は中へ入っていく。
「あ、メアはドア持ってきて、取り敢えず嵌めておいてね」
「えー!」
「当たり前じゃないの。貴方が壊したのだから」
「…はーい」
…メアはまだらしい。
*****
ドアが無いために中は丸見えだったので、イツキは分かってはいたが、中に入るといきなり広間に出る。
それなりに広く、学校の教室2部屋分はある程で、孤児たちは普段、ここで過ごしていると思われた。
…何せ、目の前ではしゃいでいるのだから。
奥には扉がいくつかあるので、そこに他の生活に必要なスペースがあるのだろう。
トイレ特有の臭いや、台所だと思われる食べ物の匂いを嗅ぎ取り、そう推測した。
軽く孤児院内を把握すると、依頼の話をするため、院長の方へ顔を向ける。
院長も、イツキがこちらに顔を向けた理由を察し、近くの机椅子へ近づき無言でイツキを誘った。
丁度椅子は2つだけの椅子机セットのようで、 イツキと院長が座ると席は埋まった。
2人分の椅子なら机もそれ相応に小さく、机を挟み向かい合っているが、距離は少ししか無い。
そんな状態でも、依頼の話は始まる。
「先ずは、依頼を受けて下さりありがとうございます。遅れましたが、私はこの孤児院で院長をしてします、サリーといいます。よろしくお願いしますね」
「ああ、イツキだ」
「はい。それでは早速ですけど…大丈夫だとは思いますが、字の読み書き、簡単な計算がしっかり理解できていることが重要なのですが。問題無いですか?」
院長は、依頼を受けてもらえたことへ、礼を言うと自己紹介を始めた。
黙っているわけにもいかないので、名前だけ言うイツキに、特に気分を害した様子も無く、依頼を続けるに当たって必要なことを聞く。
それはもちろん、読み書きが理解できているか。
ただ字を読み書くことができる、それだけでは教える事は簡単ではない。
ましてや計算など、簡単なものでも、ただ何となく解いているのと、どういった数字の動きをしているのか。
その部分を理解しきれていなくては、他人へ教える事は難しい。
何より、教える対象は子供たちである。
覚えが悪いのではなく、むしろよく吸収してくれるので、間違った覚え方をされたら困るのだ。
だから余計、神経質になっている。
本来ならそこまで難しい話ではないのだが、この世界ではやはり、頭の弱い者が多めなのも事実である。
その為小難しい話になってしまうのだ。
まあ、簡単に言えば…
人へ物事を教える際、浅い知識では高が知れている用に、逆に深く理解をしていれば、効率も良くスムーズに教える事ができる。
そんな感じである。
大切な孤児院の子供たちの事であり、見極める為か、強い思いのこもった言葉に、イツキは…
「問題ない」
ただ一言、否定した。
もちろん無理という意味ではなく、大丈夫、理解しているという、いい意味で。
その、何の迷いも躊躇いもない言葉に、自分の事を把握できていないバカなのか、それとも本当に大丈夫なのか。
判断しかねているサリーは、名案を思い付いた。
「少しこの場で、見せてもらえますか?どういった風に教えるのか、私へ試しに」
「…構わないが」
「そう!なら今から軽く、よろしくね」
少しだけ、自分に教えるように。
自分で体験した事ほど、信用できるもの少ないだろう。
院長は読み書きが出来ないわけでも、計算が苦手であったり出来ないわけではない。
つまり最初から分かっているという事。
その状態でイツキに教えさせても、そこまで良し悪しが分かるとは思えないが…まあ、復習のつもりで行えば、意外と判断つくのかもしれない。
というわけで急遽、教える事になったのだが、依頼を続けるには仕方のない事だと割り切り、軽くサリーへ教えようとした。
その時。
「院長!取り敢えず嵌めましたよ!」
ドアを壊した娘が帰ってきたのだ。
するとサリーはまた、何かを閃いたようで。
「丁度いいわ、あなたも参加していきなさい」
「はい?」
「この子はこの孤児院で最年長の、ミエリア。働き者なんだけれど、よく物を壊すのよね」
「ミエリアじゃ呼びにくいので、皆にはメアって呼ばれています!何の事か分からないですけど、よろしくです!」
どうも、教える上手さを図る事に、メアも参加させる事にしたらしい。
1人より2人、という事か。
ついでにメアに自己紹介もさせ、ついでに日頃の文句を混ぜるサリー。
全くその事に気づかず、メアと呼ばれる理由を説明する。
いつもの事なのか、皮肉が通じなかったことに対し苦笑いで済ませ、イツキに向き直るサリー。
そして、何に参加するのか理解しないまま、メアは取り敢えずイツキによろしくと、頭を下げた。
〜〜〜〜〜
遡る事、数分前…
「当たり前じゃないの。貴方が壊したのだから」
「…はーい」
サリーに壊したドアを、入り口に嵌めるよう言われたメア。
吹っ飛んで行ったドアを追いかけ、20m程歩く。
豪快に飛んでは行ったが、凹み傷もなく、再利用は出来そうであった。
持って来いと言われた通り、木造のそのドアをなんとか持ち上げ…
「どっこい!」
否、軽々と持ち上げた。
金属製程ではないにしても、その重量はかなりのものになる筈。
それにも関わらず、女の子があげるにはどうかと思う掛け声と共に、特にフラつくこともなく完全に持ち上げた。
全く地面に付けてもいない。
そしてそのまま、のしのしと歩いて行き、入り口の前に立つと…
「どっせい!」
これまた、微妙な掛け声と共に、ドアを嵌め込んだ。
これまでにかかった時間は約1分。
女性であり、見た目はかなり細いというのに、そうとは思えぬ剛力の持ち主であった。
…まあそもそも、突撃しただけでドアを吹き飛ばすのだから、分かりきっていたかもしれないが。
ちなみに、1分程で終わったにしては、イツキ達の元へ来るのに時間が掛かっているのだが、何故かといえば…
「…あれ!?どうやって入ろう?」
嵌め込んだだけであり、普通のドアの様に開閉できないことに気づいたメアは、中へ入る方法を見つけるのに1〜2分掛かったのだ。
〜〜〜〜〜
さて、院長とメア…もといミエリアに、軽く教えることになったイツキ。
何をするのかといえば…
「何を教えればいい?」
ただの質問。
といっても、ただ教えろと言われただけであり、どうすればいいのか、尋ねるのは当然とも言える。
もちろん、文字の読み書きや簡単な計算の仕方を教える、というのは理解していた。
しかし、勝手に初めて良いものか、紙は使わないのか、口頭でやるのか、分からないことだらけであり、先にその邪魔を無くすことにした。
「ああ、そうね。具体的には…木材の端材があるからそれに書いていくの。紙は高いから。今は口頭でいいわ。この娘も多少は理解している筈だから。文字は…今はいいわ。計算だけお願い」
「……え!?勉強するんですか!?」
「そうよ?あなたが言ったんじゃない。依頼を受けた冒険者が来た…って」
「…うぅ。分かりましたぁ」
やはり、紙は値段が高いようで勉強には使えないとのこと。
その為、紙の代わりに木を使い、筆には炭を使っていく。
それでも限りはあるので、試しだけの今は口だけの説明でいいというが…正直、そちらの方が難易度は高いだろう。
それでも、教える対象が多少なりとも理解できているので、そうでもないのかもしれない。
こうして、イツキの意見は置いて、教師事の依頼は始まった。
…メアの分の椅子は、しっかり他から持ってきてある。




