35「文字や算術の」午後、教鞭を取りに
ガードマンな男に絡まれるイツキ。男の制止の声とその理由に、珍しく納得したイツキだが?〜
「…ふぅ、わかったか?」
「そうだな」
イツキは納得の声を上げた。
悪寒も止まり、理解したかと安堵する男は、もう問題ないかと気を抜いてしまった。
(知った事か)
その瞬間、トンッ…と、イツキは人差し指を男の額へ目掛けて突き出した。
全く反応することができず、そもそも指が突き出されたことにすら気付けず、ただ指を当てただけの様な音ともいえない小さく軽い音と共に額へ指が直撃し、男は机に伏した。
何事も無かったかのように、伏せる男の横を通り抜け、受付の者に戻った事を伝え昼食を頼み、自室へ戻っていった。
ちなみに、男へ何をしたかというと、頭へ強い衝撃を与え、気絶させただけである。
ただし、目にも留まらぬ速さで。
そんな速さと多少体重を乗せた為、気絶させるだけの威力が出たのである。
指一本でその負荷に耐えられるのは、イツキだから…ではなく、その衝撃すら男に流した為、である。
まだ食事の途中だった男は、つまり目の前に料理が置いてあるわけで、その状態で机に伏せるとどうなるか。
食器に顔を埋める事になる。
幸いというか、先に食べ終わった食器だった為、料理を無駄にする事にはならなかったが。
そして、イツキが去ってから、ものの数秒で意識を取り戻した男。
すぐに目覚めた理由は、イツキがそうなる様に調整した為であり、仕事に差し支えのない様に配慮した結果である。
してやられた事と、すぐに目覚めることができた理由を察した男。
そんな男の、顔に食べカスを付着させ、悔しがる姿が食堂にて目撃されたとか。
*****
部屋に戻り数分後、昼食が届けられ数分で食事を終えた。
今日の残りの予定を整理する。
(残りは、孤児院と怪奇現象…か。鍛治屋を間に挟むとして、時間は余るか。孤児院に使えば良いな)
先に、孤児院での教師事と怪奇現象の解明の依頼先へ、事情を聞くなり先にできる事をしておく。
怪奇現象については、夜に再度向かう予定ではあるが、夜にいきなり訪問してもうまく事は進まないだろうから、という理由も含まれる。
その2箇所へ顔を出した後、ルビルスの紹介先である鍛冶屋へ向かう予定である。
具体的な予定は、場合によって武器防具の発注、あとはこの世界の武具を見ておくことだ。
そしてその後、怪奇現象の解明へ向かう予定だ。
つまり、今から向かうのは孤児院となる。
一部とはいえリレイに教えさせた為、時間はかなり空いたので、どれかの依頼に余計に使うことができるのだが、孤児院での教師事に振るようである。
そうと決めたイツキは数分、椅子に座って休憩した後、宿を出た。
これは余談だが、イツキはいつも食後は数分のみだが休憩をする様にしている。
何故なら、食べたものがまだまだ胃で消化中であり、動くことをよく思っていないからだ。
勿論緊急時や急いでいる際など、暇がない時はのんびりとすることはないが、なるべくは数分の安静を取る様にしている。
人外といっても、体の構造は人のもの、という事だ…それでも数分だけで充分なのだから、やはりおかしいが。
これは仲間にも徹底させていることであり、むしろ仲間にこそ推していた。
戦闘中に胃の中身が暴れて、何らかのミスにつながる事がない様にする為である。
特殊な訓練はしているので、そうそう体調不良など起きないし、体内の器官や臓器などをコントロールできる様にはなっている。
それでも逆流する可能性はゼロではないのだ…
そういったわけで、仲間には強く推していた。
まあ、イツキならその程度でミスるなどまずあり得ないが、仲間達は人まで辞めてはいないのだ。
話は戻して。
宿から出たイツキは、孤児院と怪奇現象が起きる家がある北区画へと歩き出した。
「ちょ、おい!待て!!…ぉぉ~ぃ」
とある、食事か終わった為仕事に戻った羽虫が発する、イツキを呼び止める羽音を無視して。
そして中央区画を抜け、また北区画へとやってきたイツキ。
そのまま大きな通りは外れ、都市を囲む壁へ向かう…つまり、外側へ向かって歩く。
そうして歩く事約10分。
壁がかなり近くなり、人が疎らになってくると共にボロめな建物や、小さな建物が増えてくる。
まるでスラム街の様な風景だが、まだ貧困街という程ではない…それも時間の問題と思える程度の違いだが。
(最も栄えるのは、出入り口付近と中央…か)
イツキが思う通り、ここが寂れているのは、住むにはあまり良い条件とは言えず、不人気だから。
逆に人が多く通る大通り沿いや、ギルドなどがある中央、商人が一番に目につく門の近くが人気があり、栄えるのだ。
門の近くは他にも理由がある。
それは、少ない魔物や敵の入り口なだけあり、侵入されたら一番に危険にさらされる場所である。
そのため土地の価値が低く、外に近いことから警備は厳重なので、危険があっても大丈夫だと信じる者に人気なのである。
だからといって、大通りから外れた場所は寂れている…というわけではない。
人気がない静かな場所を好む者や、家以外に倉庫などにも使われているし、市民は圧倒的にこちらが多い。
そして、むしろ今イツキがいる、この場の様な寂れた所は少ない。
それはここの領主が頑張っているからなのだが、まあそれでも、治安の悪い地域や貧困層の街というのはできてしまう。
ここはその例の一つ、ということだ。
改めてこの都市の現状を確認したイツキは、だんだん見えてきた、教会の様な屋根をした建物へ向かい、歩いて行った。
歩いて行ったといっても、建物と建物の間から見えたのではなく、他の建物の上に顔を…屋根をのぞかせる程近い距離だ。
1分も掛からず、孤児院に着いた。
(寂れた教会の様だな。実際そうだったわけではなさそうだが。さて、な)
見た目はどうも、日本でも見受けられる様な教会、といった体をしている。
十字架でも付いていようのもなら、キリスト教会かと、信じて疑わない程似ている…外壁が朽ち、ボロボロという点を除けば。
見た限り穴は空いていない様だが、時間の問題ではなかろうか?という程だ。
依頼とは関係はなく、勉学に励むことに妨げにならなければどうでもいい為、何も気負うことなく、扉を叩いた。
…木製なのだが、軽く叩いただけで軋んだのは、イツキの気のせいではないのだろう。
そして割とすぐに、走って近づいてくる足音を耳にする。
この後の展開を察したイツキは一歩…否、二歩後ろへ下がると、次の瞬間──
バァン!!と、凄まじい音とともに、
──入り口が空いた。
間違いに非ず…文字通り、入り口が空いたのだ。
そこに有ったドアが消失し。
勢いよく開いた扉は、留め具に従い扇型に、そして半円を描く様に開くかと思われたが、何かが壊れる音と共に吹き飛んだのだ。
しかも、最初はしっかり普通の扉の様に開いた為、遠心力が働き、回転しながらである。
日常的動作の中で起きたと考えると、恐ろしいことこの上ない。
そしてその軌道は、丁度イツキが立っていた位置を通過し、さらにその一歩後ろへ下がった分も通過し、イツキが被るフードすれすれを通って飛んで行った。
…なかなかの威力でではなかろうか。
なにせ、壊れかけだった様だが、それでも取り付けてあるものであり、木製である。
金属よりは軽いといっても、十分な重さはある。
それを吹き飛ばすのは、中々…かなり力が強いのではないだろうか。
ちなみに、扉は12m程後方へ飛び、何度も何かを擦ったような跡と同じ動きで滑って、止まった。
(直撃したらタダでは済まないが…バカなのか?…ふむ、馬鹿か)
いきなり斬り掛かられたつぎは、死の予感すら抱く、ドアが襲ってくるという事態…何となくギャグで終わりそうだが。
そんな事が立て続けに起きたらキレそうなものだが、割と冷静なイツキ。
そして、この事態を引き起こした者のことを、バカなのかと思案し、直ぐ馬鹿だと断定した。
何故かというと…
(留め具を何度も付け替えた形跡、あの何度も擦った跡、ドアにも擦った様な傷。何より、あの物音で周りが誰も慌てない)
イツキが孤児院へ向かっている時、地面に擦った様な跡を見つけていた。
その形跡から、重さや形状、材質など、擦った物体を推測していた。
加わった力など条件により変わってはくるが、ある程度絞る事はできる。
そして扉へ目を向けた時、正体は一気に絞られ、留め具や扉の表面を見て確信へと至った。
この扉が何度も擦っていた物だと。
流石に吹っ飛んだ原因までは確信へと至らず、しかしその瞬間を見て原因も理解した。
そして、何度も同じ理由で吹っ飛ばしていることも。
こちらへ急ぐ足音は聞こえるが、何があったのか、わけが分からず急いでいるものではない。
つまり…
(何度も繰り返している、と。…学習能力のない、馬鹿)
何度もやらかす、学習能力のない馬鹿だと断定したわけだ。
そして、吹っ飛ばしたその張本人へ目を向けた。
地面に手をついて固まっている女性…160cmも無いと思われる、小柄な者へ。
「あたた。…あ、またやっちゃっいました。…お、怒られる」
ドアを、また吹き飛ばしたという現状を認識できた様で、怒られると打ちひしがれ、顔を伏せていた。
ショートの濃い青の髪を垂らし、翡翠の目には涙を溜めて。
客人、ではないが、訪ねて来た者への心配など、欠片もない様だ。
「おい」
「!?ふぁいっ!」
それ以降動きを見せない女性に、声を掛けたイツキ…若干声が低く聴こえるのは、イラついているからか。
女性にとってはいきなり声を掛けられた様なものなので、驚き慌ててした返事は噛んでしまう。
「…あ!ししし失礼いたしました!お、お怪我は!?」
「…ない」
そして、客が来たからドアを開けた事に、今思い出しだ女性。
吹き飛ばした扉で怪我をしていないか、慌てて聞いているが、平然と立っている時点で、大丈夫な事は分かりきっていると思うが。
それ程気が動転している、ということか。
黙って更に騒ぎ出されては敵わないと、一応答えるイツキ。
その答えに女性は…
「よ、良かったです。怪我までさせたらどうなることか…」
安心安堵がひしひし伝わる表情と雰囲気で、小声でブツブツ呟く女性。
聞こえない様に小声で呟いているのか、それとも無意識か…何にせよ、イツキには丸聞こえであるが。
「あ、えーっと、何か御用でしょうか?」
「依頼できた。文字や算術の」
「!依頼ですか!!ありがとうございます!お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」
そして、今度はイツキに声を掛けられる前に正気に戻り、何の用事かを訪ねた。
そしてイツキの言葉に、真偽を確かめる前に、孤児院内へ誘い込むのだった。
…ドアは放置なのだろうか?
よく分からない表現なども、バンバン質問していただけると助かりますので、よろしくお願いしますm(_ _)m




