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34「お前の物覚えが…」指南の準備は終わり、機会を与えた理由

〜リレイに足運びの指南をさせる為に、指導をしたイツキ。依頼はまだ始まる前〜

 無事、マリスへ最低限は教えることのできるレベルまで、覚え終わったリレイ。


「効率が良く覚えやすいものでした。流石はイツキ様…ですか」

「まあ、お前の物覚えが良かった事もある」

「おや?そうですか。そう言ってもらえると嬉しいですねぇ」


 そして、短時間で覚え切れた理由が、イツキの指導の良さにある事は明白であった。

 無駄な遠回りはなく、しかしすべてが近道というわけではない。

 ただ不要な道は一切なく、どんな遠回りも近道も、必要な事なのだと後になり理解できた。

 そう言った効率の良さが特に目立っていたと思っていた。


 イツキも珍しく、リレイ自身の物覚えの良さも手伝ったと、本音で話した。

 その本音を感じ取れたのかは分からないが、リレイに若干喜びが見え隠れしたのも、事実であった。


「今日は、これで終了だ」

「そうですね。私はまだありますが」


 明日以降の指南の準備は完全に終わり、今度はイツキから終了を告げる。

 リレイはこれからマリスへ、いま覚えたことを教える為終わりではないのだが、その表情…というか内心は晴れ晴れとしていた。

 何せ、今度は途中でやめるようなことなく、教えることができるのだから。

 多少の疲労など吹き飛ばせる。


「では、な」

「…最後に一つ、聞いてもよろしいですか?」

「…今度はなんだ」


 せっかく帰ろうとしたところで、またしても質問により止められたイツキ。

 若干感じる面倒さを隠す事なく表に出すが、それでも一応聞くつもりではあるらしい。

 リレイへ顔を向ける事はしないが、意識は向けているようだ。


「何故、マリスへもう一度教える機会を?」

「それを知って、どうする」

「…感謝の仕方と、今後の対応が変わります」


 最後の質問として、リレイが一気に尋ねた事…それは、わざわざ足運びの練習を、リレイに覚えさせ、もう一度チャンスを与えた事。

 何せ、わざわざそのようなチャンスを作る義理もなく、必要性も感じない。

 それなのに、イツキはリレイへ覚えさせる事に時間を大幅に割いた。

 その理由が、何より気になっていた。


 しかし、イツキはすぐに答える事はせず、理由を知る意味を問う。

 ソレを知ったところで、何が変わるというのか…ただの好奇心だというなら何の意味もないのだから。

 …まあ、好感度が上がったり下がったりするとは思うが、イツキにそのようなものを気にするとは、考えにくい。


 そのイツキの問いの投げ返しに、何も隠さずぶっちゃけるリレイ。

 感謝の仕方と今後の対応。

 感謝の仕方とは、お礼と報酬の上乗せの事だろう。

 今後の対応とは、利用している宿はリレイのもの…つまり融通を効かせる事はできるという事。

 そういった意味とともに、ただ単純に感謝の気持ちを込める為、というものもある。


「…さてな」

「…っ、…はい。それでは、また明日よろしくお願いします」

「ああ、ではな」


 イツキに害はなく、むしろ得しかないのだが、はぐらかした。

 理由を言う事によって、イツキへの利点がある事を示したし、その利点をしっかり理解していた筈にも関わらず。

 しかし、それでも話さなかった事へ少し驚いてしまうも、話してもらえないのなら仕方がないと、今度はしっかり終わらせた。


 そしてイツキはやっと、指南の前準備を終了した。


 〜〜〜〜〜

 何故、イツキがわざわざ、親子のコミュニケーションの場を作ったのか。

 それは…


(これなら予定より早く事が進む。時間も空いたしな)


 一つは、予定より無駄に使ってしまった時間を、取り戻す為。

 小屋建てから始まり、虫の駆除に今の指南の前準備まで、全てに余計な時間が生まれ、予定より遅れてしまっていた。

 指南先が金持ちであると分かった際に、多少時間が取られる事は予想していた為、今回は『予定内の、予定時間のズレ』だった。

 しかし、前の2つは完全に予定外であり、遅れた分はどうするか、他を短くするしかないと考えていた。


 しかしここでチャンスが来た。

 足運びだけで不完全とはいえ、代わりにリレイに教えさせるだけの口実ができた。

 本来、今日イツキ自身が教える予定ではあったが、それをリレイにやらせる事により、時間は大幅に取り戻せる。

 それが一つ目。

 ,

 2つ目とは、これが一番重要であったのだが、やる気の問題であった。

 これはどういう事かというと…

 足運びの練習とはいえ、父から直接与えられたものであり、かなり喜んでいた。

 そして、中止になった際かなり落ち込んでいた。

 その様子から、中止になった原因であるイツキのこと、もしくは教える足運びの練習に、反抗的になったりやる気を出さない可能性があった。

 マリス自身にそのつもりがなくとも、無意識にイツキのことを敵と捉え、それが弊害になってしまうと考えたのだ。


 それを防ぐには、再度リレイに教えさせれば良いと考えた。

 一度気持ちが上がり、次にかなり下がった状態でまた持ち上げれば、失敗しない限りやる気は上限突破するだろう、と。

 むしろやる気は上がり、指南の効率も上がるだろう、と。

 そう考えていた。


 つまり、リレイ・マリス親子の事など一切考えてなどおらず、ただ自分の利点を見つけたから、この案を使ったのだ。

 もちろん、このことでリレイからの好感度が上がることも、織り込み済みである。

 …相手の好感度は気にするようである。


 リレイに教える手間はあったものの、予定では昼は跨ぐつもりであった。

 そう考えると、かなり時間の短縮につながり、マリスのやる気はむしろ鰻上りであり、リレイへ恩を感じさせることができた。

 これ程利点だらけの案を使わないほうが可笑しい…それがイツキなのだ。


 余談ではあるが、イツキの顔を見たマリスが、無意識で反抗的になったりする可能性は、実はかなり低かったのはイツキの気づかぬことであった。

 〜〜〜〜〜


 *****


 門から出ると、未だに睨んでくる門番。

 入ってから約2時間、それだけの間出てこなかったということは、指南役として認められたということである。

 その程度は簡単に推測できる筈なので、そこまで辿り着き、追い返すことは間違えていて、実力も見誤っていた事に気づく。

 その事実が短気な門番をイラつかせていた…完全に自業自得である。

 そんな、逆恨みというか逆ギレというか、八つ当たりのような感情で睨んでくる門番を、これまた何もないように無視し、敷地を出て行った。


 今の時間は12時に差し掛かろうとした時である…ならば昼食を食べる頃。

 昼食はどうするのかといえば、もちろん宿でのものになる。

 弁当は、都市外に行くわけでもないので必要無いと、宿でとることにしていたのだ。

 指南の依頼の前準備を先にしたのも、宿に近いという理由も含まれていたのだ。

 …決して後付けでは無い、断じて違うのだ。


 …まあ、それはさておき。


 というわけで、宿へ戻ってきたイツキ。

 リレイの屋敷から1分掛からず着くほど近かった…オーナーが遠く離れた場所に建てるのは、非効率だろうし、金持ちなら多少の融通は効くだろう。

 一直線で向かえたのなら、30秒も掛からないと思われるほど近かったのだが、そういった理由がある…と思われる。


 また話は逸れてしまったが。

 昼食を取りに戻って来たのだから、宿に入らなくては始まらない。

 今朝宿へ入る際に邪魔をしてきた、鬱陶し気なガードマンらしき男は既に消えており、今度は何事もなく入ること()できた。

 …そう、入ること()


「お!戻ってきたか!さっきはよくも無視してくれたなっ!」

「…」

(うるさい奴だ)


 そう、ドア付近にいなかっただけ。

 やけに突っ掛かってきたあの男は、宿内で食事をしていたのだ。


 恐らくだが、この男は宿の利用者の護衛ではなく、宿に雇われている者であろう。

 依頼履行中の昼食も宿側から提供されていると思われる。

 そして高級といえる宿である…昼食の提供は自らの宿で行うだろう。

 それに、宿内で食事をさせる事は、雇った者を宿から離さないことにもつながるのだから。

 そういった理由から、ドア付近で警戒をせず、宿内の食堂で食事をしていたのだろう。


 イツキからすれば、そういった理由などどうでも良く、面倒な奴に出くわした事が只々面倒だった…ややこしいが。

 それならば今朝も行った、気配を隠す、をすればいいと思うが、Bランクだと思われる男がいる為、憚られた。

 別にBランク程度には気づかれないようにする事は可能だし、全力の半分ですら過剰である。


 しかし、気配を隠すというのは注目させ難くし、記憶に残り難くするものである。

 つまり、食事中とはいえ、ベテランといえるBランクはしっかり外へ意識を向け、侵入者などに即座に対応できるようにしている男には、若干効きが悪い。

 もしばれたら余計面倒であり、だからといってこの程度の者に、隠れるのもムキになって力を使うのも面白くない…気に喰わない。


 なのでそのまま中へ入っていったわけなのだが…


「少しくらい話に付き合ってくれてもいいじゃねえか」

「…」

(手を誤ったか?…いや)


 少しだけ、ほんの少しだけだが、別の手を使っても良かったのではないか?という思いも湧いてきている。

 しかし、そんな消極的な思考に、思い直す。


(私が引く必要はない)


 何故いちいち、この程度の者に自分が引かなくてはならないのか…その必要はない、と。

 引かないならどうするか。

 引いてダメなら…


(潰すか)


 押さずに潰すようだ。

 押し退けるくらいなら、捻り潰し、消し飛ばす…それがイツキである。

 宿内だからか、それとも別の理由からか、無意識にセーブしている嫌いがあった様だが、それを、たった今消した。


「うぉお!?」


 まだ何一つ行動に移してはいないはずなのだが、ぶるりといきなり体を大きく震わせた男。

 イツキの物騒な考えを感じ取ったか、嫌な予感でもしたか。

 男が見舞われた寒気とイツキは無関係ではないだろう。

 そんなことは関係ないと、さっさとこの男を黙らそうとするイツキに、男が騒ぐ。


「おい今なんか考えたろ!スッゲェ寒気したんだけど!」

「ああ」

「ああ!?何普通に肯定してんの!?俺これでもこの宿に雇われてんの!変なことするなよな!」


 Bランクなら、それなりに死線も潜ってきただろう。

 その中で鍛えられた勘が働いた、という事だろうが、本当にイツキから嫌な予感を感じた様だ…その勘が働くほどイツキの行動がマズイということだが。

 何かは分からぬが、悪い事が起きるのは分かりきっているので、止めさせるために悪寒の正体へ叫び散らしていたのだが…

 平然と、何でもないように肯定するイツキに、つい驚く男。

 普通なら否定するなり誤魔化すなり、もしくは黙りするだろうが、躊躇いなど微塵もなく、自分は全く悪くないと言わんばかりの態度で、認めてきた。

 予想外の態度に驚いたわけだ。


 それでも未だに悪寒はするので、止める気がないと理解すると、割と大事な理由を言い、余計な事はしないよう釘を刺した。


「なるほど」


 するとイツキは、意外にも納得の声を上げた。

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