32「参考にでもしろ」覚える者は、代わりに…
イツキの素顔を見て、女と勘違いでもしたのか…凝視していたマリス。この後の指南に影響でも?〜
イツキの顔を凝視していたが、ようやく正気に戻ったマリス。
「まあいい」
「本当にすいませんねぇ。お待たせしまして。それでは…どうしますか?」
「うぅっ…」
文句を言いつつも、よくある事だということで軽く流すイツキ。
待たせた事も含め謝るリレイは、マリスの体つきなど見る目的で来た訳だが、これからどうするのかを聞く。
マリスはマリスで、恥ずかしさから俯いて呻いていた。
リレイが何を尋ねたのか、しっかり読み取れていたイツキは一言、簡単に答えた。
「もういい」
と。
「もう、いいのですか?あれだけでですか?」
「??」
1時間にも満たない極短い時間とはいえ、十分にイツキの規格外さを目の当たりにしたリレイは、『もういい』の意味を直ぐに理解できた。
しかし、理解はできたが、やはり納得はいかない。
体つきは服の上からしか見えていない筈だし、運動といえる動きをしたのは、例のダメな足運びの練習法のみである。
後は、ずっと泣きそうになったいる姿を、眺めていただけなのだ。
それなのに、もう良いと言われれば、聞き返してしまうのは仕方がない事だろう。
マリスは、なんの事だかわからず、側から見てもよく分かるほど、ハテナマークを浮かべていた。
「十分だ」
「…そうですか。それでは、今日は終了というわけですか?」
「いや…」
「「?」」
聞き返された事に、いつも通り淡々と答えるイツキの言葉は、もう必要ないという先より分かりやすいもの。
同じ言葉ではなくとも、同じ意味を繰り返されれば、再度聞くわけにもいかず、一応納得はした。
てっきり、今日はこれだけだと思い、もう終わりだと思ったリレイだったが、マリスを見ながら否定の声を上げたイツキを見て、何か他にあっただろうか?と記憶を辿る。
何故か目を向けられ、またハテナが浮かんだマリスを視界に入れつつ。
「何かありましたか?」
「一つ、だけな。先に覚えさせておこうか」
「そうですか。…マリス、こちらに来なさい」
「いや、戻らせろ」
結局思い出せず、親子揃ってハテナを浮かべたところで、イツキが切り出す。
先に覚えさせておく、という言葉から、今から明日以降へ向けての何かを行うのだと考え、マリス本人を呼び寄せた。
呼ばれたので近づこうとした瞬間、イツキが戻れと言うので、足を踏み出した体制で固まるマリス。
「…何故でしょう?マリスに教えるのでは?」
「少し違う。いいから中にでも行かせろ」
「分かりました。聞いていましたね?何か考えがあるようですし、先に戻ってなさい」
「はい、お父様。では…あっ」
先にやるというのに、指南をする張本人を戻せと言うのだから、何故かと聞いてもおかしくはない。
リレイを例に漏れず聞くが、少し謎な言葉を残し取り敢えず戻せと言う。
無駄な事をイツキがするとは思えないと考え直し、マリスへ屋敷の中へ戻るよう促す。
反発するという選択肢がないマリスは、言葉に従って戻ろうとし、挨拶だけして戻ろうとする。
しかしイツキの名前が分からず吃ってしまう。
「イツキだ」
「あ、はい!明日から、よろしくお願いします!それでは、お父様、イツキさん。失礼します!」
流れ的に、何故吃ったのか察したイツキは、自分の名前を言った。
唐突の名乗りだったためか、一瞬何かと思考が止まったようだが、それが目の前の人の名前だと気付くと、パァッと顔を明るくし、断りを入れて戻っていった。
「それで、何故マリスを?先に覚えさせておくのでは…まさか、私ではないですよね?」
「その通りだが、問題でもあるか?」
「…いえ別に。私に何を覚えておけと」
マリスが戻っていくのを見届けると、ごもっともな疑問を早速ぶつけるリレイ。
指南する対象であるマリスを戻したとなれば、この場に何かを覚えさせる者など、リレイしかいない。
そうだとは分かっていても、信じることができず聞いてしまった訳である。
そんなリレイに、何故か若干挑発的な言い方で肯定するイツキ。
ただでさえ1時間もない間に色々な事があり、濃い時間を過ごして無意識にストレスが溜まっていたリレイは、投げやりに何をすればいいのかを聞いた。
今までとは違った、驚愕に襲われるとも知らず…
「あれに教える予定の、足運びだ」
「はい…?…………!?」(まさか!?)
教え方を失敗した、足運びを覚えさせるという。
予想外の言葉に、その意味を理解した途端フリーズしてしまうが、直ぐに深く考え込む。
そして何か思い至ったのか、かなりの驚愕に見舞われたようで、思わず面に出してしまう。
何故、フリーズしたのか…それはつい先程、息子を悲しませてしまった犯人である足運び。
それをわざわざ自分に覚えさせるなど、嫌味としか思えなかったから。
深く考え込んでいたのは…しかし、目の前の人物がいきなり嫌味をぶつけてくるか?と思い、理由を探っていたから。
そして、驚愕の理由とは…イツキがわざわざ前日に教える予定の足運びを、今覚えさせようとするその理由。
その理由を推測した訳だが、それがもし当たっていたらと思うと、驚かずにはいられないものだったから。
「何故、私が?」(そんな…。失礼な話で申し訳ないですが、あり得ないとすら思います。しかし、もしかしたら…)
リレイが、あり得ないとすら感じるほどの理由とは──
「お前が今日のうちに、足運びを教えさせておけ。修正や仕上げは私がやる。」
「っ…」(やはり、そうなのですか…?)
「中断した足運びの練習。やってやれ」
──中止させた足運びの練習を悲しんでいたマリスへ、リレイが再び教えられる様にする為…。
正直、リレイが意外であったのが、その心遣いであった。
イツキが発端であったとはいえ、悪いのはイツキでもなければリレイでもなく、ちょっとした運の悪さが重なった結果といえる。
つまり、イツキ自身は悪くなく、わざわざそういった心遣いをするとは思えなかった…そもそも、罪悪感の類を感じる事すらないと思っていた。
だからこそ、埋め合わせの様な機会をイツキから提供するなど、全くないと思っていた為、強い驚愕に襲われたのだ。
ちょっと話は逸れるが、少し前に侍女が体験した事…ないと思っていた事が急に起きれば、大きく衝撃を受けてしまう。
それを、少し違った形だが、リレイは体験したわけである。
さて、話は戻して。
その、あり得ないと思っていた予想が、大当たりした訳だが、リレイの返答とは…もちろん。
「お気遣い、ありがとうございます。…どうか、よろしくお願いします」
「ああ」
最大の感謝の念を込めて、お礼を。
そして、ガッカリさせてしまった息子へ、今度はしっかり教える事ができるという、喜びと少しの安堵。
それらが混じった、息子へしっかり教えられる様、頼むという、信頼を込めた…よろしく、を。
とにかく万感の思いを込めて、頭を下げた。
イツキの返事は、心なしか、力強かった…安心して任せ、頼れる様な心強さを感じていた。
「それでは、始めるぞ?」
「ええ、お願いします」
そして、マリスへ教えられる様になる為の、指南が始まった。
*****
「足運びの練習といっても、何を覚えるのですか?」
「…技術を覚えるわけではない」
「…。つまり、その技術を覚える為の下地作り。私が言った地盤固めですか。つまり、根本的に間違っていたわけですか」
早速始まった足運びの練習だが、いきなり実践、ではない。
何を覚えるのか知らないのだから、始めるわけにもいくまい…知ると知らぬでは大きく変わる、というのはリレイの考えである。
その為、先に尋ねたわけだが、イツキが返した言葉は相変わらず短く、無愛想であった。
しかし、高級な宿を持っているだけあり、回りくどい話し方をする『貴い方』との会話をする事もある。
真意を読み取るのは得意としており、何よりイツキに慣れてきてしまったので、一瞬考えるだけで納得したリレイ。
どういう事かといえば。
リレイは歩法…例えば、一瞬にして間を詰める様なものであったり、一歩一歩で長距離を移動したり。
他にも、真正面の相手に、接近している事を悟られない様な特殊な歩法であったり、相手のリズムを崩す独特な歩法であったり。
そういった何らかの歩法を覚えるのかとばかり思っていたのだが。
…そもそもいきなり教えられて上手くいくのは、天才の類のみである…だからこそ、リレイは勘違いをしているのだが。
イツキはそれを否定し、そういった歩法は覚えず、歩法を使える様にする為の準備…つまり基礎を覚えさせるという。
それこそ、体重の乗せ方や移し方、呼吸のタイミングやリズム。
手足への意識の仕方だったりと、歩法以前のもののことを指していた。
リレイは自分で言っていた事を思い出し、それが出来ていなかったと理解した。
イツキへ依頼内容の確認をした際、『基礎の基礎、つまり地盤固め』という発言の事である。
しかし、マリスへ教えていたものは剣術を使う為の歩法であり、呼吸のタイミングなども含まれてはいたものの、歩法の基礎ではなかった。
その事から、根本的に間違っていたのかと、自嘲しつつ納得したのだ。
「あの歩法も悪くはない」
「そうなのですか」
「剣を振ることに、重点を置いているが。他の歩法に転用できる程度の基礎は、詰まっていた」
それを否定するのは、イツキ。
イツキが見たところ、ギルド教官から取り入れた根は、剣を振る為の足運びを主な目的にしていた。
それでも、0から覚えるのものとしては悪くなく、むしろ良いものである。
むしろそうでなくてはマズイだろう。
ギルドで育った剣士は育ちが悪いという事になってしまうのだから。
それに、昔からギルドで取り入れられたものが、悪いわけがなく、ただイツキの求む水準が高過ぎるだけなのだ。
…それでも、リレイが作った部分はよろしくなかったのだが。
「いいか。手本を先に見せる。参考にでもしろ」
「はい。お願いします」
リレイがマリスに教えることができればそれで良い為、マリスができる様になればいい動きの、その完成を見せることにした。
全てをイツキに聞くのではなく、少しくらい自分で盗み取れなくては、満足に教えることなど出来る筈がない。
そう思い、気合を入れるリレイだった。
しかし次の瞬間、その気合は崩れることになる。
見惚れることにより…
再度、足運びや歩法について、話をいれましたが、何かを参考にしたわけではないので、違和感、矛盾、満載かもしれないです。
指摘…お待ちしております。




