31「何だこいつ」修正可能?、我慢強い
リレイが折角作った足運びの練習法だったが、即止めさせた。リレイも納得はしていたようだが、何故?〜
せっかくリレイが作ったトレーニング法を、即刻やめろというイツキに、何か納得したリレイ。
根以外をリレイが作ったという話だったが…
例え根が教官が使うものであったとしても、それ以降をリレイが作っては意味がないだろう、という事だ。
全てをその教官が作ったのならそのまま使え問題ないし、リレイが作ったのものなら、やはり非効率的で、簡単に修正できる。
しかし、土台に教官が使うしっかりしたものを使い、その上に意味の分からぬものがくっ付けば、それはもう厄介なものへと姿を変えるだろう。
土台がしっかりしているが故に、その上に建てたものが壊し難くなるのだ。
やっとその事にたどり着いたリレイは、どこが悪いかは未だにわからないが、良くはないものだとは理解した為、マリスを止めに行った。
今すぐ止めたところで、そこまで変わるとは思えないが。
仮に合計で50時間、その方法で練習していたのなら、もう数分続けたところで変わらないだろう。
そうだとしたら何故、イツキは今すぐ止めさせる様言ったのか。
(動きを見るに、未だ染み付いてはいない。始めたばかり、という事か)
まだ間に合う…つまり始めたばかりということ。
動きにかなりぎこちなさがあり、まだ慣れていないことが窺える。
基礎が出来上がっていない云々で、扱いが酷くなっていたリレイだが、仮にもAランクであり実力者である。
そのリレイが長期間しっかり指導していたなら、お世辞にも効率的とはいえぬ足運びが、しっかり身についていただろう。
その様子がなかった為、間に合うと判断した。
ちなみにこれは余談であるが、実はイツキはマリスの練習を見て不機嫌になり、修正可能な状態であると分かった時、元に戻っていた。
何故かといえば…
その非効率な足運びをマリスが身につけていた場合、イツキでも修正できないから…ではない。
修正はできなくはないが、かなり手荒になる。
長い期間をかけ、体に染み付いた動きを消すには、それ相応の手間がかかる。
それを短時間で行うとなると、どうしても手荒になってしまうのだ。
具体的に何をするか。
(子供には、痛みと恐怖が特に効きがいい。直すなら、そうなっていたな)
本来教える筈だった足運びを行なわせ、間違えた瞬間、蹴るなり何なりで吹っ飛ばす。
間違えた動きをすると痛いと分からせ、恐怖で無理やり上書きする、強引な躾とも言える。
それならば、修正は可能であった。
まあ、流石にリレイでもその様な方法は許可しないだろう。
そうなるとその足運びを生かせる、別の教え方をしなくてはならない。
その方法自体は直ぐに思いつくが、これも悪い意味で予定が変わるという事であり、依頼の為とはいえやはり不快ではある。
その為、不機嫌になっていた。
しかし身についていない、まだ始めたばかりだと分かると機嫌は戻り、即刻やめる様言ったのだ。
それでは話は戻して。
庭にイツキとリレイが来たことには気づかず、ずっと練習をしていたマリスだったが、近づいてくる父には流石に気付いたようで、一旦動きを止めた。
「お父様っ…どうかなさいましたか?」
父の姿を認めると、目を輝かせて走り近づいてくるその姿からは、父であるリレイの事がとても好きなのだと、よくわかる光景だった。
それだというのに、走ってきたマリスを咎めるかの様に、目を細めるリレイ。
一瞬の間は、リレイが目に浮かべる叱咤に気づき、急ブレーキをかけたもの。
そして、自分に向かって歩いてきた様に感じた為、自分に用があるのかと思い、どうしたのか尋ねた。
「2つ話があります。といっても、同じ部類の事ですが」
「はい、なんでしょうか?」
「一つ目はあなたへ指南してくださる方がいらっしゃいました。詳しい話はまた後でしますが、期間は3日だそうです」
「はあ。3日…ですか」
そんな息子の姿に、これ以上の叱咤はいらないかと、走ってきた事にはなにも言わずに、用件を切り出した。
話は2つあるという…イツキの事と今の練習の事だろう。
そんな事がマリスに分かるはずもなく。
これ以上怒られなかった事に安堵しつつ、わざわざ庭まで来て話す内容に、わくわくしながら何かと首をかしげる。
一つ目として出したのは、指南してくれる人が来た…つまりイツキの事で、詳しい事は恐らくイツキが帰った後にでも話すのだろう。
ただ期間だけは先に教え、3日という短い期間で終わるとはどういう事か、それを理解できるか軽く試した。
その3日と聞いたマリスは、予想よりはるかに短い期間にとにかく困惑していた。
その様子にリレイは…
「…」(流石に分からないですかねぇ。まあ、これは仕方がないですね。私でも驚きましたし。それにこの子は、私に似ず驕らない)
指南の時間が短いとどうなるか、どういう事なのか、そこまで思考が至っていない事が分かった。
しかし、今回ばかりは仕方がないと、見逃す。
何せ、基礎の基礎だけでいいとはいえ、一日中付きっ切りでもないにも関わらず、たったの3日である。
この結果…というか予定?は誰にも想像し得なかっただろうし、聞かされた後でも冗談だろう?と思える。
命の危機が身近にあるこの世界で、子供が早熟な方であったとしても、たった8歳では、短い期間だけで=それなりに厳しい指南になる、と繋げるのは難しい。
この世界・異世界関係なく、基礎の習得には時間が掛かるものという考えは強い筈。
そういった固定観念に囚われている中、子供には余計厳しい、という事だ…子供だから固定観念は薄いのでは?という意見は無しで…。
リレイの思う、驕っていないというのは当然マリスの事であるが、どういう事かといえば。
リレイの子供なだけあり、マリスも才能は高い。
そして小さい頃から才能溢れると分かれば、多少調子に乗ってしまっても仕方ないとは思うが、マリスにその様子は無いのだ。
凡人より速く習得できるだろうが、それでもすぐには終わらない、長い間かけてやるものだと考えているのだ。
これも繋げるのは難しいことに、一つ噛んでいるといえる。
さて、長い間逸れてしまったが、戻して。
「ええ、3日、です。…それで2つ目ですが」
「あ、はい」
「昨日から足運びの練習だけはしていましたが…」
「…」
「それは中止です」
「え!?な、なんでですか!?」
期間が短いと厳しい云々の話で、あれ程難しいと考えていたのに、まだ考えさせようとしているのか、3日を若干強調するリレイ。
そんな父親に違和感を覚えたのか、考えていた為に返事を詰まってしまったマリス。
しかし、その違和感も吹き飛んでしまう…リレイが若干溜めて告げた言葉により。
つい声を荒げてしまう程衝撃であった。
父親が折角自分の為にと作ってくれたもので、練習するのは楽しかったし、何より『父自ら、自分へ』…それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だからこそ、衝撃は強かった。
そして、練習をしなくなる残念さより、驚きと、何より悲しみが強かった。
リレイも、そういう反応をすると思ったから…簡単にだが教えた、あの昨日の喜び具合を思い出したから…一瞬躊躇ってしまった。
根っこはギルド教官のものだから、これならいけると楽観視して教えたが為に、と…自分の不甲斐なさを情けなく思いながら。
黙りしているわけにもいかず、先に口を開いたのは…
「わ、分かりました。これからはその、指南の方の方法でやっていく、という事ですよね?おおきな、こえ、だして、すいません…」
息子のマリスだった。
客がいる時以外、割と辛辣で若干毒舌気のある父が、珍しく気まず気に黙りしている様子に、何を思っているのか察してしまったから。
気にしていないと、そう伝える為に明るい声になる様意識した。
大丈夫である事を伝えた…いや、伝えようとした。
しかし上手くはいっていない、声がこれでもかと震えているから。
「マリス…。すみませんねぇ、もう少し考えていればよかったですね」
「お、お父様は…悪くないですぅ…ぅ…」
「今は、我慢しなくていいですよ」
「う、うぅ…ぐすっ」
厳しい当たり方をすふリレイではあるが、今の息子を見て流石に動じない訳もなく、そもそも溺愛はしているので、罪悪感が募っていく。
それでも父を庇い涙を溜めていくマリスに、今だけは泣いても良いと言うが、気丈にも首を振って我慢する。
そんなマリスに、またぐっとくるリレイだった、のだが…
そんな中、また空気になっていたイツキは、この空気をぶち壊す様なことを…
(なんだ、私が悪いとでも?)
マリスの『お父様は悪くない』の事だろうが、流石に口には出さなかった…。
それでもこの流れで、その文句が出てくるのは流石と言えよう。
そんな風に若干シリアスを漂わせた親子へ、心の中で文句を言いつつ、今声を掛けて文句を言われてもつまらないので、そのまま空気を続けていた。
*****
時は経ち、イツキが文句を心の中に思い浮かべてから、5分程度だった頃。
最後まで涙は流さず声も抑え切り、落ち着いてきた頃にリレイは現状を思い出した。
イツキを放置している事を。
「さて、もう大丈夫ですね?」
「はい」
「それでは、指南してくださる方へ自己紹介でもしましょうか」
「はい!」
マリスへ確認すると、取り敢えず自己紹介をさせる事にした。
元気に返事をしていたが、内心では練習を止める切っ掛けになった相手であり、非友好的視線を向けるつもりだったのだが…
「ふぇ?」
「…なんだ」
「…おや、まぁ」
イツキは今、フードをおろしている為しっかり顔が見える訳だが、初対面の純情な子供がイツキの顔を見ると、どうなるか。
目をまん丸にして顔を赤くする。
答えはマリスの反応通りである。
大の大人でも、女性でも赤らめる様な顔の作りであるし、男が指南役だと思い込んでいた為、余計きただろう。
そんなマリスの反応に、何というか、いつも通りのイツキと、なんとなく予想はしていたが、思っていた通りの反応をしたマリスに、愉快そうに目を細めるリレイ。
これが男だと知った時の反応を楽しみにしていたりする…割と腹は黒目なのだ。
ただ、ずっとポーッと眺めてくる少年を、黙っていられるほどイツキは大人しくないので、その親へ視線を向ける。
「おい、何だこいつ」
「ふふっ、失礼しました。マリス、しっかりなさい」
「……っ!し、失礼しました!」
向けるだけでなく、極普通に文句を言っていた。
このままにしておく訳にもいかないため、軽く注意すれば、数瞬の間を開けて正気に戻ったマリス。
相手の顔を凝視するなどかなり失礼な行為である。
マリスは慌てて頭を下げたのだった。
普通に話を書いていた筈なのですが、若干シリアスになってしまいました。
…本当、何故でしょう?




