29「3日で…」疎かにしたのは、短期間
〜何故か警戒を止めたリレイ。何も納得したのだろうか?…本題は?〜
リレイが手を振ると、驚愕や何故?といった気配が周りから発せられた。
指示通りに離れる者もいれば無駄に粘って、その場に留まろうとする者もいる。
そんな言う事を聞かない者達へ、リレイは威圧をし再度手を振った。
Aランクの威圧などシャレにならず、雇い主の指示も聞けぬ者に耐える事ができるはずもなく、退散していった…こんな扱いでも護衛なのだが。
邪魔者が消えると、リレイはイツキへ頭を下げる。
「今まで大変失礼しました」
「そうだな」
「そうでしたね。…では、次こそ本題に入りましょうか?」
どうやら完全に警戒を止めたようで、開き直っているようにすら感じる。
せっかく謝ってきたというのに、少しも否定する事なく、失礼だったと認めるイツキの態度に腹を立てる事もなく、苦笑いをしつつも話を進めた。
2度も遮られた、依頼内容などについての本題へ。
「さて、今回の依頼内容は分かっているでしょうが、私の息子へ体術の指南をして頂きたいのです。と、言っても。強くする必要はありません」
リレイが口にしたものは、依頼書にも書いてある通りのもので、子供へ体術の指南をして欲しいというもの。
しかし、強くする必要は無いとは…どういうことかというと。
「基礎の基礎、か」
「えぇ、その通りです。要は地盤固めですね。私では出来ませんから」
「だろうな」
基礎の基礎、つまり体作りであったり、最低限必要な技術を教えるということであり、基礎で強いも弱いもないだろう。
しっかり身につけているか、付けていないかのみであり、そこに戦闘力など関係ない。
まあ、これも依頼書に書いてあったが。
しかし、リレイではできないとはどういう事か、イツキはどうやら分かっていた様だが。
「おや、そこまでわかりますか?」
「ああ」
これには驚きを隠せなかったリレイ…いや、隠さなかっただけか。
かなりオープンになっている様だ。
それはともかく、『そこまでわかる』とは、どういうことかというと…
「私は基礎を築く前に戦闘技術を学んでいきましたからねぇ。もちろんその過程で得たものはありますが…殆ど私が生まれ持った才能での、ゴリ押し、といったところですし」
「もっと上を目指せたろうにな」
「えぇ。基礎を先に身に付けておけば、もっと上に行けたかもしれませんね。あの頃は驕っていましたから…基礎なんて私には必要ないと、バカにしていましたし」
つまりは、そう。
リレイは基礎…の基礎を身につけ切れていないから。
例えば歩法だったり、受け身や呼吸法、相手の動きの見切りやフェイント、果ては力の込め具合だったり。
そういった、発展させていくための基を、身につける前に剣を握った為、動きがチグハグな部分があるのだ。
自分で言っている通り、魔物との戦いや鍛錬の中で必要な技術は覚えていったが、先と後ではやはり違う部分が出てきてしまう。
そしてその違いは大きく出てしまう。
何せ、その基礎とは先人達が長い間をかけて作り上げたものであり、特殊な体質でもない限り最高の土台になるものである。
そんな時代を凝縮した土台と、おかしな癖がついてしまう自分流の土台とでは、如何に才能があろうと、差が出てしまうに決まっている。
リレイ場合、才能があったが為になんでもできてしまい、基礎をおろそかにしてしまった。
そんな状態でもAランクになるのだから、驕るだけの才能はあったということだろう。
しかし、驕ってしまった…それがAランク止まりの原因となってしまった。
実は冒険者に専念していた頃、リレイはとあるギルドマスターに言われたことがあった。
『勿体無い、基礎さえしっかりしていれば、Sはいけただろうに』
と。
その、自分流の癖であったり、Sランクを超える様な人外レベルの実力者でも守る、基礎がなっていない部分から、基礎が身に付ききれていないと見抜いたのだ。
イツキが見抜けたのは、斬りかかってきたその動きや、今までのリレイ他の動作から、違和感を感じ観察したからである。
ちなみに、さらに人外レベルの実力者には、そういった基礎を無視して育ったものもいる…いや、多いといえる。
人と違うことをしたからこそ、人の道を外れたからこそ、その力があるのだろう。
ここでの人外とは、Sランク程度の『人間』の枠を飛び出した者でなく、SSSランク以上の『人』を飛び出した者のことであるが。
さて、話は戻して…
「まあ、そんな私が息子へ教えるわけにもいきませんしねぇ。基礎さえ出来上がってしまえば、どうとでもなるのですが」
「それで、依頼か」
そんな基礎無くして実力者へと上り詰めた天才が、基礎を教え込むことなど出来る筈もなく。
息子に自分と同じ道を行かせるつもりは無いと、依頼を出すことにしたらしい。
「えぇ。あなたが受けてくださり、大変助かりましたよ。何しろ依頼を出してから、かなり時間が経ちましたからねぇ」
「そうだろうな」
(本当ならな)
今更ではあるが、イツキはリレイのランクは知らない。
ギルドマスターであるルビルスと比較し、数段落ちることと、SランクとAランクとの差は大きいとのソフィアの説明から、Aランクあたりではないかと推測した。
そして、それなりに有名人らしい高ランクのこの男が、息子へ指南の依頼を出した時、果たして誰が受けようと思うのか?
低ランクなら間違いなく尻込みするだろうし、自分の力量が分からぬバカは、門でハネられるだろう。
ある程度自信がある者も、Aランクの前では何の役にも立たない。
そのことから、時間が経っているのでは、という推測が頭に浮かんだ。
『本当なら』と、ほぼ確信を持った様な言葉を心の内で呟きながら。
「それでは、詳しい話へ移りましょうか。まず、どれほどの期間が必要ですか?」
「1日に5時間使えるなら、明日から3日で十分だ」
「…3日ですか?まあ、5時間なら取れますが」
依頼内容の確認は終わり、次は予定日数など詳しいものへ入っていく。
先ずはと、指南にどれ程の時間が必要かを訪ねるリレイ。
イツキはそれに、3日で十分と言った。
想像を遥かに超える短さに数瞬言葉に詰まり、聞き間違いではないかと繰り返すが、訂正する気配はない。
基礎を身に付けなかったが故に、到達できたであろうSランクが、不可能なものになってしまったわけだが。
その重要な基礎を、体術だけとはいえ3日で終わらせると言う。
むしろ体術とは、戦闘には欠かせない地盤であり、最も疎かにしてはいけないモノの一つでないだろうか。
それだというのに3日である。
耳を疑ってしまうのも仕方のないことだろう。
「具体的に、どういった流れを?」
「どれだけ手荒にしていいのかにもよるが…」
「骨折程度なら問題ありません。治癒魔法使いはいますから。それに8歳とはいえ、その程度で泣き喚かれても困りますし」
「それなら…」
かなり短かい期間である。
どの様なことを行っていくのか、知っておくのは重要なことであり、親としても依頼主としても必要なことである。
イツキはその事を答えるには、どれ程手荒に扱っていいのか…つまり、厳しくやって良いのかによるという。
仮にもAランク冒険者であるリレイは、命の危機に瀕した事は何度もあり、それは今現在も危険がある事には変わらない。
その為、少しの事で動けなくなっては困ると、骨折程度なら問題ないと言った。
まだ小さい為にその程度に抑えたが、12辺りまで大きくなっていたなら、死ぬ1歩手前まで許していただろう。
その他にも、怪我をすぐに治せる治癒魔法の使い手や、回復ポーションが常備されている為、ちょっとやそっとの怪我では慌てる事もない。
四肢欠損レベルの怪我はマズイが、骨折程度なら骨を上手くくっ付けるだけなので、割と楽だったりする。
それでも才能のない者には、どうあがいてもできない事であるが。
因みに、イツキは回復ポーションは見たことはないものの、存在は知っている。
許容範囲を聞いたイツキは、幾つか立てていたプランの内の一つを選び、簡単にリレイへ伝える。
「私がいない間は反復練習。5時間の間は私が付きっきり、だな」
「成る程、反復ですか。確かに時間短縮には繋がるでしょうが…」
具体的な流れ…ではなく、大まかな予定を口にしたイツキ。
リレイが聞きたかった事は殆ど無かったが、反復練習という言葉に気を引かれ、特に気にすることはなかった。
イツキがいない間も何かをやらせるというのなら、確かに効率も良く時短にもなるだろうが、それでも3日という期間は短い。
リレイはそう感じた様で、納得しつつも信じ切ることはできないでいた。
イツキの規格外さを知らなければ、仕方のないことだ。
「3日指南して、気に入らなければ延長すればいい」
「…まあ、そうですね。決定権は私にあるわけですしねぇ。…それで、具体的にはどういったことを行うのです?」
イツキの提案として、3日経って十分な地盤ができていないと判断した場合、更に続ければいいと言った。
実際その判断は、依頼主であるリレイに委ねられているわけで、足りないと感じれば延ばせばいいと同調した。
短い期間については解決したと言ってもいい。
そうなると、新しい疑問が湧くわけで、先ほど尋ねて結局返ってこなかった、具体的な指南方法を再度尋ねるリレイ。
「対象を見ないことには具体的も何もない」
「成る程。確かに、そうですね」
「対象に合ったモノだからこそ、短時間で終わる」
イツキが返した答えは割と真面目なものであった。
体術の指南をするなら、その者の体の作りや癖なんかを知らなくては、上手く短時間で上達させることは難しいだろう。
対象の体を見に来た事が、この屋敷に来た目的の一つだったのだから。
逆に、対象に合わせて細かく調整しているからこそ、短期間で基礎を身につかせる事ができる、と。
その事にはリレイも納得し、頷く。
「それもそうですね。…しかし、そこまでしっかりやるとなると、経験が必要だと思いますが、なにか指導をしていたのですか?」
しかし、である。
対象の体を見たからといって、その者に合った指南メニューなど作れるものだろうか?
況してや短期間で、だ。
否であろう。
そこまでたどり着けば思い付くことなど、多くはない。
例えば、冒険者ギルドでいう教官や、学び舎でいう先生など、指導系のものを行っていたということ。
リレイの問いに対し、果たしてイツキは…
基礎や指南メニューなどには、私の偏見?で書いていますので、おかしな個所があれば指摘、お願いします。




