28「先に言っておく」叱り、その警戒は…
〜いざ、依頼内容についての話へ入ろうとした時、割って入ってきた者とは〜
「お話中、申し訳ありません。しかし、イツキ様。少しお言葉遣いを…」
ショックから未だに整理のつかない侍女から…ではなく、リレイと一緒に部屋で待機していた、別の侍女が口を挟んだ。
何事かと思えば、リレイへの口調を改めるように、イツキへ注意するものだった。
しかし、イツキは全く改める気などない。
偉いから、などという理由で謙ることはなく、況してや唐突に斬りかかってきた相手なのだ、一切改める気は無い。
例え相手が、利用している宿のオーナーの可能性があろうと、なかなかの繋がりを持っていようとも、である。
反撃こそしなかったものの印象は悪く、ルビルスの様に持ちつ持たれつの様な関係など、築こうなど全く思っていない。
ローブを切り裂かれそうになったのだから、そう感じてもおかしくはないだろう…事前に察知していはいたが。
そう言ったわけで、一切敬う気…は元からないが、形だけでも取り繕うことすらしていないのだ。
その態度に、どうやら我慢ができなかったのか、口を挟んでしまった様だ。
イツキは無視をして話を進めようとしたが、侍女が言い切る前にリレイが口を開いた。
「黙りなさい」
「っ!?」
一言、黙れと。
イツキへの注意を遮られ、少し威圧の混じった声で嗜められた侍女は、絶句してしまった。
「私は彼にその様なものは求めていません。それに斬り掛かったのですから?嫌われても仕方ありません。そしてこの場はら公の場でもありません。もとよりその言葉遣いら必要ありません。何より…」
「…」
そして、畳み掛けるかの様に言葉を重ねるリレイは、口調だ何だと騒ぎ立てる理由はないことを説明する。
口には出さなかったものの、市内依頼を受けるしかない程度の冒険者に、しっかりとした対応を求める方が間違えている、とリレイ考えてる。
さらには、突然何の説明も無しに斬り掛かったのだから、当たり前だとすら思っていた。
それに、貴族の集まりの様に一挙一動に細心の注意を払わなくてはいけない、面倒な場ではない。
リレイの家の者以外、誰の目もない場でタメ口を使われた程度なら、本人が気にしない限り他人がどうこう言う事ではないのだ。
まだリレイは続ける。
「主人である私の話を遮るとは何事ですか?貴方は何時の間にそこまで偉くなったんですかねぇ?…わきまえなさい」
「!?大変失礼しました!」
何よりの問題。
それは主人であるリレイの話を遮って、割り込んだ事であった。
屋敷の主とそこで雇われている侍女とは、上司とその部下という、多少のヘマがどうにかなる関係ではない。
余程長く勤めることや、余程優秀な為に側仕えであったり、親族の様な近しい間柄でない限り、主が圧倒的に地位が高い。
その為、気軽に接することなど、そうそうあるものではない。
ましてや主の話を遮るなど、雇い主が古典的な貴族ならその場で殺されても、庇いようがない。
そもそもの話、その様な主なら仕え先なら、無礼なマネは極力避け様とするはずだが。
まあ、それはともかく。
そういう事情から、かなり失礼な真似をした侍女を責める様に、叱ったのである。
その、当の本人はと言うと…
「あ、あぁ…の。誠に申し訳が、あ、ありません」
かなり顔を青ざめさせて、必死に謝っていた。
リレイに叱られ、自分のしでかした事の重大さを理解したのだろう。
それにしては動揺しすぎだと思うが。
まるで、世界が終わる様な絶望が見て取れる、そんな動揺の仕方である…一体どうしたというのか?
そんな彼女の様子を見て今まで空気だったイツキは、こう推測した。
(叱られた恐怖からでもなく、粗相した罰への恐怖でもなく。この男に見限られる事への恐怖から、か。私に口を出したのも、あの男への敬愛の情からくるものなのだろう。だからこそ、でしゃばり過ぎてしまったと)
真面目に叱られたからでもなく、古典的貴族の様なその場での打ち首への恐怖でもない。
リレイという、敬愛してやまない人に仕えるという現状が、終わってしまうのではないか、というものからくる絶望であった。
まず、叱られた程度で一々狼狽えては、侍女などやっていける筈もなく、またリレイは問答無用で罰を与える様な人間でもない。
しかし、今回の粗相は少々問題が大き過ぎた。
話し相手が低ランク冒険者であったからいいものの、まずありえないが、もし地位の高いものなら大変な事になる。
当人だけでなく、その責任が主であるリレイにまで向くことになる。
先程も述べた通り、今回はイツキであった為大きな問題にはならないが、これがもし高い地位の者なら、2度目など無いのだ。
そういった事態だから、殺される事はなくとも、クビにされる可能性は大いにある。
だからこそ、今にも死にそうな顔をしつつも謝り続けているのだ。
今にも土下座しそうな勢いで、他人が見たらかなり引くかもしれないが、それ程今の仕事が大事…いや、大切なのだろう。
「退室しなさい。少し、頭を冷やしてくるといいでしょう」
「っ。は…い。失礼、します」
若干パニックを起こしている侍女へ、このまま部屋に居させても何の得にもならないと、退室させるリレイ。
侍女自身も、少し落ち着く必要があると分かっているのか、それともただ諦めてしまったのか、素直に部屋を出て行った。
すると、イツキを案内していた侍女も流石に正気に戻っていた様で、介抱するように着いて行った。
「すみませんねぇ。おかしなことに巻き込んでしまい」
「別に」
「ありがとうございます。さて、そろそろ本題に入りましょうか」
そこまで時間を使ったわけでもなく、かつ大事なお客様が相手のわけではないので、真剣さはないものの、本心でリレイは謝罪をした。
イツキも、依頼主がそれなりの地位のある者だと理解した際に、予定通り進むとことはまず無いと考えていた為、特に気にしていなかった。
そういうことで、短く気にしていないとの旨を伝えた。
リレイは礼を言うと、侍女が口を挟む前に言おうとした、依頼内容についての話へ入る事を促した。
「ああ…先に言っておく」
「…なんでしょうか?」
にも関わらず、それを遮り何かを言おうとするイツキ。
表には全く出さないが、内心で若干苛立ちをえたリレイは、しかし無視するわけにもいかず、尋ねる。
そして、イツキは口を開く。
「それほど警戒する必要は無い」
「っ、何のことでしょうか?」
警戒のし過ぎだと、オブラートにも包まず遠回しにすることもなく、ストレートで言う。
あまりに突然で、まさかバレているとは思わず、またそれを躊躇いなく伝えてきたことに、僅かとはいえ、思わず動揺を表に出してしまったリレイ。
直ぐに何のことか惚け取り繕うが、正直意味は無いだろうとリレイ自身でも思っていた。
「私は別に、快楽殺人者でも、殺人鬼でもない」
「そのような事など、思っていませんよ」
「その警戒は無意味だ。況してや…」
惚けた事には突っ込まず話を続けるイツキは、自分の事を人殺し大好き人間ではないと主張する。
事実、何の理由もなく殺す事はない、と断言できるほど不必要な殺人はしないのだ。
まあ、どんなに小さなものでも、理由があれば躊躇いもなく殺しているわけだが。
バカ正直にイツキを警戒する理由を言う筈もなく、その様な事は思っていないと否定するリレイ。
それに、その様な悪人では無いのは理解しており、善人では無くともそこまで警戒をする必要のない人物だとは、分かっているのだ。
しかし、ギルドでの様子を聞くに、殺人に忌避感が全くない事が伺え、実力はSランクと同等かそれ以上。
そんな人物を危険視するのは仕方がないし、人なりなど知る筈もないのだから信用もできない。
この屋敷には雇っている優秀な人材だけでなく、息子もいるのだ。
ギルドでは楽観視をしていたと今になって思う。
いざ対面すればイツキの不気味さに、早まってしまっただろうか?という思いが過っていた。
宿では、少しの間しかなかった為に、『市民にしか見えない』程度しか思う事はなかったが、よくよく観察すると異常さがよくわかる。
かなりの実力者の筈だというのに、強者特有の威圧感もなければ雰囲気も軽い。
足運びから体さばき、目線の動きに重心など戦闘力を測れるものからは全て、そこらの一般市民にしか見えないのだ。
門番の言っていた事もよくわかるし、よく追い返さなかったと褒めてあげたい程だ。
正直、こう思っていればリレイが警戒するのは、仕方がないだろう。
しかし、その警戒がイツキにとって不愉快であり、取っ払ってしまおうと考えたらしい。
自分から警戒する必要はない、といってくる者に、はいそうですかと素直に警戒を解く者もそうはいないと思うが。
「窘められただけで、害されたわけでもないのに…」
「…」
「あの女を殺すとでも思ったのか?」
「!?…なるほど」
イツキが言う、『侍女を殺すと思ったのか?』という言葉には、どういった意味があるのか…
実は、リレイが先ほどの侍女…(口を挟んできた方であある)に厳しく当たったのは、侍女を守る為だった。
イツキの人なりを知らないリレイにとって、人を殺す事に一切の躊躇いがない自分以上の実力者、という印象しかない。
そんな人物に、口調を改めろなどと言いだしたのだから、内心かなり慌てた。
これで殺しに掛かって来たら守り切れない。
その為、侍女を強く叱り少しでも相手の不快感を和らげ、同時に退室させる流れへと持って行ったのだ。
もちろん、話を遮るという愚行を叱る理由もあった。
イツキはその事に気づいていた。
そして、その意図があった理由に行き着き、うんざりとしてしまった。
いくらギルドでの行いが短絡的すぎたとはいえ、こうもあからさまに警戒されては、鬱陶しくてかなわないと。
何より、先ほどからさら厳しくなった視線がとにかく鬱陶しく、リレイにバレない様に威圧をしようかとすら思ったほどだ。
その視線とは、部屋には居ないが、壁裏や屋根裏にいる護衛と思わしき者たちの事である。
その者たちの事も含め、警戒は必要ない…いや、鬱陶しいと言ったのだ。
そこまで見抜かれているとは思わず、ついに驚愕を表に出してしまったが、数瞬考え込むと何か、納得をした。
「確かに、無駄の様ですねぇ…分かりました、下がらせましょう」
そう言うと手を上げ、あっちへ行けと言わんばかりに、隠れている護衛に向け手を振った。




