27「……というのは」予想外の美、突然の刃
〜門番との悶着を終え、やっと屋敷へ入る許可が下りたイツキ。その扉を開けると、そこは〜
「お待ちしておりました。依頼を受けた冒険者様で、よろしいですか?」
「ああ」
──メイド風の侍女がお辞儀をして、イツキを出迎えていた。
門番が言っていた、案内の侍女とはこの者のことだろう…別に、どこかに繋がったりも、魔物が飛び出したりもしない。
侍女は頭を上げるとイツキへ確認をする。
それを肯定すると、侍女はさらに口を開く。
「申し訳ありませんが、御主人様の前に出られる際にはフードを降ろす様、お願いします」
「ああ」
未だにフードを被りっぱなしのイツキへ、面会の際はフードを降ろす様に言う。
相手が貴族金持ちなど関係無く、依頼人を前にフードを被りったまま、というのがおかしいので注意されて当たり前の事だ。
先程は終始被りっぱなしであったが、まずあり得ないことで、依頼人からすれば不信感を受ける為、顔を見せるのは当然のことである。
ミリアーナの様に、イツキが強者であるという前提があり、フードを被る理由に理解があればその限りでもない。
ただ、ゴブリ虫退治の依頼主は、ただ何も考えていないだけである。
イツキも同然の事だとは理解しているので、頷いた。
それでも今降ろす訳ではないのだが、イツキが頷いた事を確認した侍女は一歩後ろへ下がると…
「それでは御主人様の元へご案内させていただきます」
と言い、その場でくるりと180°回ると歩き出した。
スカートの裾が舞わないように配慮されていた、何気に綺麗な反転であった。
侍女についていく中、イツキは屋敷内を失礼にならない程度に見渡す。
特に変哲も無い、誰もが想像しそうな屋敷の中、という風景だった。
定番といえる壁掛けの絵や高そうなツボなどは有るが、金銀宝石等のやけに煌びやかな物は一切無い。
それでも、高級な物が一切無い、というわけではなく、作りがしっかりした質の良い物は、多々見受けられた。
恐らくこの屋敷の主人は、必要以上に見栄を張ろうとせず、実用的な物を好む傾向にあるのだろう。
わざわざ、弱いと思われる低ランク冒険者に、見極めの時間を割く程なのだから。
屋敷の大きさや門番の質、屋敷の中にある高価な物から、ここの主人はそれなり以上の金持ちであることが伺える。
可能性としては、大きめの商人や貴族などが思いつくが、コレだと確定できるほどの材料が無いため、周りを探っていた。
前で先導していた侍女がドアの前で立ち止まった。
答えが出る前に部屋に着いたようだ。
言われていた通り、フードを降ろすイツキ。
フードを降ろした事を確認するためか、それとも入る部屋がここである事を伝えようとしたのか。
何にせよ、何かの用事でイツキの方へ振り返った侍女は、人生最大の衝撃を受ける事になる。
「なっ!」
「……なんだ」
美しすぎる冒険者に。
絶句している侍女がこれまで生きてきた中で、最も綺麗だと思っていたのは、この方より上など無いと思っていたのは、中央の国の第2王女。
もともと中央の国の王女は皆、眉目秀麗と有名でかなり人気のあるのだが、その中でも第2王女は輪を掛けて綺麗で、女神の生まれ変わりだと本気で信じている者すらいる。
そんな、神と並べられるような美を持つ者、それを超えてしまうものを突然見てしまっては、驚きもしてしまうだろう。
なにより、これ以上など無いと確信出来るものを見つけた後に、超えるものを見つけてしまうと、無いと思い込んでいた分、受ける衝撃は何倍にもなるものだ。
それを今、この侍女は体験したわけである。
その衝撃から、人の顔を見て驚きの声を上げるという、侍女として…いや、人としてかなり失礼な反応をしてしまっている侍女だったが、そのことに気づくこともなく固まり続ける。
人の顔を見て驚くのにいい加減辟易してきたイツキは、何なんだという気持ちを隠しもせずに問う。
「……申し訳ありません。こちらに御主人様がいらっしゃいます」
「…そうか」
(流したな…いや、整理が未だについてい無い、か)
しかし、侍女はイツキの問いには触れずに、振り向いた用件だと思われる、依頼主がここにいるということを伝えた。
そんな侍女の態度から、『価値観を変えられる様な大きな衝撃があり、それを未だに整理しきれていない』状態であることに思い至る。
むしろ極一部とはいえ、価値観を変えられる様な衝撃を受けて、冷静な者の方が少ないだろう。
その状態でも何とか仕事を続行しようとしているのは、屋敷で勤めるほど優秀な侍女としての意地か、それとも無意識な行いだったのか。
何にせよそのせいで、イツキの問いを無視する形になってしまったわけだが。
結果的に無視されたイツキは、気にならないわけではないが問題は無いので、再度聞くこともなかった。
…今聞いたところで、また無視されるのがオチだろうし、過去に何度も今回の様に顔を見て、色々な目で見られて来ている。
その為、『なんかもういいや』的な思考が、無いことも…無いが。
そして侍女は表面上は普段通りを装って、依頼主でこの屋敷の主人でもある、何者かが居る部屋のドアを開けた。
侍女は中に入るつもりは無いようで、イツキを部屋へ促す様に、ドアを開けながら横へと捌けた。
(面倒だな)
…何やら、イツキが面倒を感じているらしい。
いったい何が面倒なのか、依頼人に会うことでは無いだろう。
何せ初対面の筈であるし、この屋敷の主についても推測をしていたことから、知ら無い筈である。
しかし何にせよ、部屋に入らなければ始まらない。
(仕方ない)
このまま突っ立っていても仕方がないと、部屋へ入り込む。
その瞬間──
ブォン!!
──かなりの速度で振られたと思われる何かが、袈裟懸けの軌道でイツキへと迫った。
その何かは刃を持ち、照明を反射し銀色に輝きながら、イツキを切り裂こうと迫ってくる。
しかしイツキは動かない…一歩踏み出そうとしたその体制から、一切も。
そして、イツキの肩に刃が…何者かが振ってきた剣が、沈む…その時、やっとイツキは動いた。
「…」
「!?」
ちょっとだけ。
どれくらいちょっとかというと、斬り掛かって来た相手が驚愕するほど、ちょっとである。
距離だと約2mm、剣先とイツキのローブとの間隔は0.1mm。
恐ろしいほどわずかしか間はなく、異常な程目が良くなければ、当たっている様にしか無いだろうし、イツキが動いたことにも気づけないだろう。
そもそも、その程度の間とも呼べぬ間しかなければ、ちょっと風に煽られたり身動ぎなどの動きで、すぐ接触してしまうだろうが…
それを見極め、予測しにくい布の動きをほぼ完全に把握し、布の僅かな動きに合わせて体を動かす。
そうして、剣先とローブとの間隔をコンマ1mmに合わせるのが、イツキ・クオリティである。
何故、0.1mmにこだわるのかは謎であるが…
ただ、剣が振られた速度がかなりの速度で、コンマ1秒間程度の出来事であり、ほんの一瞬しかローブと剣先が当たる時間はない。
それならば、割と気合でなんとかできそうではあるが…さすがに無理か。
さて、イツキが部屋へ入るのを面倒故に嫌がっていた、その面倒事が起きたわけである。
いきなり切り掛かられたにも関わらず、反撃など一切の動きを見せないイツキ。
普段なら四肢を切り落とすくらい、反射でしてしまいそうだが。
(躱さずともローブ切り裂く程度の軌道だった。念の為、という事か)
実はあのまま後ろへ下がらずとも、イツキ自身には当たらず、ローブを斬るだけで終わっていたのだ。
つまり、刃が肩に沈む…事もなかったという事だ。
だからこそ、下がっていないと言っても過言ではない程、僅かに動くだけで躱せたのである。
いきなり襲われたのに、反撃しなかった理由の一つである。
そして、斬り掛かってきた者は、再度斬り掛かる事なく、口を開いた。
「…驚きましたねぇ。まさか殆ど動かずに躱すとは…」
「…依頼主というのは」
「えぇ、私の事ですよ」
イツキが反撃をしなかった一番の理由がこれ。
それもそうだろう、依頼主が相手だったのだから、ましてや斬り殺すなど、論外である。
…まあ、地球では罠を仕掛けてきた依頼人なら、殺す事が何度もあったが。
自分に、もしくは仲間に害をなす者に、容赦をする様な人物をイツキとは呼ばないのだ。
それはさておき。
いきなり依頼人が襲い掛かってきた、という事になる訳だが、その張本人は何事もなかったかの様に話し掛けてくる。
目の前の人物がここの主であり、依頼人であると推測したイツキは、本人に確かめる。
返ってきた答えは、もちろん肯定。
金持ちの屋敷にいる強者といえば、護衛だと考えてしまいそうだが、イツキはそうは考えなかった。
何故ならこの依頼主には、一度顔を合わせていたのだ。
何処でかと言えば…
「今朝、宿にいたな?」
今現在イツキが利用している宿、安息の森での事。
鍛錬のため、朝早くに出かけようとしたイツキを、見送っていた従業員の事である。
その際に只者ではないと判断していたが、その事を言外に含めて問う。
リレイはというと…
「えぇ、いましたよ。やはり、ばれていましたか」
「…誤魔化したいのなら」
「何です?」
「雰囲気や仕草を偽ることだ」
あっけらかんとした様子で、宿に居たことを…従業員に成りすましていたことを認めた。
しかし、バレていたことに、少しだけ本気の残念さが含まれていた。
その少しの悔しさを感じ取ったイツキは、若干の意趣返しを兼ねてアドバイスをした。
そう、そのアドバイスはまるで…
「偽る、ですか。それは貴方の様に…ですか?」
「そうだな」
イツキ自身が行っていることの様で。
リレイのその返しにイツキは、これまた何という事はない、と言わんばかりに答えた。
そもそも、イツキが雰囲気や足運びから目線の運びなど、何から何まで偽っているのは実力者の目に止まらぬ為であり、延いては面倒ごとを避ける為である。
暴かれたからといって、特に動じる事などないのだ。
そんな、何の動きも見せなかったイツキに、つまらなさを感じつつそろそろ本題へ、と思い依頼主は口を開こうとする。
と、その時。
「お話中、申し訳ありません」
話に割り込むものがいた。




