26「だ、そうだが?」顔見せ、門番
〜イツキと別れた、依頼主の男。廃屋から去ろうとした際に、異変が…。何が?〜
裏路地の様に狭く暗い通りを出て、大通りと呼べる活気付いた大きな通りへ出たイツキ。
しかし、お覚えだろうか?
散らばっていったであろう、他のゴブリ虫を始末して終わりだと考えていた事を。
しかし、その様な動きをした様子はなく、このまま次へ移ってしまう…そんな様子のイツキだった。
もちろん終わらずに次へ移るわけではない。
何度も言う様に、イツキは自分で立てた予定が狂う事を嫌う。
何よりも、受けた依頼を中途半端で終わらす事を、何でも屋であったイツキが許す筈もない。
しかし、既に終わらした雰囲気を漂わせ次の予定へ向かっているイツキ。
つまりは、もう終わらせているという事。
少し前に終わらせた為に、終わった様な…というか終わった雰囲気で歩いているのだ。
*****
それは、男と別れ歩き出してから1分も経たぬ頃の事。
来た道とは少し違う道を歩き、虫の分布を軽く把握したところで…。
…ゴォゥ!
地面すれすれに薄く殺気を放った。
それは、地面から高さ1mm以下だけに強風が吹いた様な、奇妙な現象にも見え、それがイツキを中心に広がっていった。
薄くといっても厚さの話で、威力的には割と強めのものを広範囲に放っており、小さい命が簡単に吹き飛ぶほどである。
こうして、運悪く地面にいた数千にも及ぶ数のゴブリ虫とその他の虫達を軽々屠り、急に足元に悪寒を感じるという謎現象を北区画で引き起こし、依頼の終了とした。
散らばった虫を始末する手段として、やはり殺気を使っているが、別の方法はないのだろうか。
そろそろワンパターン過ぎるので、別の事をしてもらいたい、と思うが、魔法を使わないイツキにとってはこれが一番楽で効率が良い為、多用している。
攻撃手段は勿論もっとある。
武器だって刀しか使ってい無いが、全ての武器は使いこなせる。
多彩な戦闘シーンまで、もう少しの辛抱だと、信じたいものである。
因みに、イツキの殺気により、『近い命が簡単に吹き飛ぶほどで』と言ったが、吹き飛ぶといっても、物理的にではないのだ。
まあ、どうでも良い事かもしれないが。
という経緯で2つ目の依頼は完全に終わらせていた。
次に向かっている先は、依頼を片すのではなく、顔を出すだけにする予定である。
つまり、時間がかかる孤児院で教鞭を取るものと、子供に体術の指南をするもの、その前準備である。
(顔見せだけでなく、今のうちに始められることはさせておこうか。…それと、怪奇現象とやらの家にも行っておくか)
突然夜に訪問するのもどうかと思い、怪奇現象先にも顔を出すことに、今決めた。
その程度の配慮はする様である…いや、プライベートでは無く、仕事だからかもしれないが。
まず行く場所は…
*****
やってきた場所は西区画から一番近かった、ギルドや安息の森がある、中央区画。
つまりは、少年に体術の指南をするという依頼の、依頼人のいる場所へ向かっているのだ。
理由としては、先程までいた廃屋から一番近い、というもの…だが、正直他の依頼人の場所までの距離は、そこまで大きく変わらない。
なら一番の理由は何かというと、前準備が一番必要となるものが、体術の指南だから、である。
前準備というのは、イツキがいない間でもできること…例えば体に合った筋トレ方法だったり、素振りなどを教えておくこと。
また、体術指南へ向けてのメニューを作るために身体を見ておく、というもので、それらを先に終わらしてしまおうと考えている。
そして数分歩き、周りに立派な建物が増えていく中、依頼人が住む家…いや、屋敷に着いた。
屋敷と形容するように、家と称するには些か大きく、立派過ぎた。
小屋建てに行ったミリアーナのものよりも、ふた回りは上といえるほどであり、貴族が住んでいると言われても信じて疑わないだろう。
正面に立つイツキから見た屋敷の庭は、そこまで広いわけではない…どころか、門から玄関まで大した道のりはないので、庭と呼ぶのかすら怪しいほど、もはや狭い。
それでも、左側にはそれなりに開けた場所があるようで、敷地はかなり広いと思われ、金持ちが住んでいるのは間違いないと断言できる。
いつも通り軽く見渡したイツキは、門番へ話をかけた。
「指南の依頼を受けた者だが」
「…何、お前がか?…ふざけているのか?」
「…ギルドカードを見せろ」
今度の門番は2人おり、腰に刺す剣も見せかけではないようで、立ち姿にもこれといった隙は見られない。
つまり、それなりの実力者である。
その2人から見て、足運びから雰囲気まで全てを市民の様に偽っているイツキは、弱いと判断した。
その為に、1人は険悪な視線を込めて言外に帰れと言う。
もう1人はまだ冷静に判断できる者のようで、ギルドカードの提示を要求した。
見せたら余計こじれると思うのだが、見せないよりはマシだと、ギルドカードを渡し、ギルドカードを受け取った門番は、表示される情報を確認する。
「ランクE?これは…」
「はっ、やっぱそうじゃねぇか。さっさと帰れ!」
案の定、低ランクであることが直ぐに分かり、更に険悪な視線を向ける門番。
しかし、それは最初に突っ掛かってきたきた短気な門番一人だけであり、冷静な判断をしたもう一人は、何かを考え込むように黙り、未だ非歓迎的視線は向けていない。
それでも黙り込んでいるだけで、相方を嗜めたりするわけでもないため、状況的にはイツキが不利といえる。
「そうか」
(仕方がない…)
「待て」
こんなことで予定を変えることなど、許容出来る筈もないイツキは、仕方なくこの場でのみ偽りを解こうとすると…
イツキが行動を起こそうとした事に気付いたのか、待ったをかける冷静な門番。
実際はイツキが帰ろうとしたのだと思い、待ったをかけていたのだが。
「この依頼は、自分で選んだのか?それとも誰かに勧められたか?」
と聞く。
自分で選んだのなら実力者の可能性は低いが、誰かに…例えば受付嬢なり、それなりに高ランクの者にだったりすれば、追い返す必要は無い。
ましてや、もしギルドマスターに勧められていた場合、追い返すのはかなりマズい。
せっかく勧めてくれたマスターの顔に泥を塗る行為であるし、それを門番だけで勝手に決めたなら、更に問題行為である。
なにより、この依頼を出してからそれなりに時間が経ち、もう無理かと別の案を考えているときに丁度来たこのチャンスを、逃すことになる。
もしこの者が本当に認められてきているなら、もしくは達成できると踏んで来ているなら、逃したら2度目は無いチャンスなのだ。
それに、低ランク=弱者ではない。
魔物相手には強くなくとも、こと対人ではランク外の強さを発揮する、という者もいる。
目の前の者は立ち振る舞いも雰囲気も、何もかもがそこらの市民にしか見えないが、それすら隠した結果かもしれないのだ。
「どうなんだ?」(…まあ、そんなことができる奴が、Eランクにとどまっているとも思え無いけどな)
そこまでの実力者では無いだろうと思いつつ、様子だけ見て力不足そうなら、その時に追い返せばいいと考えていたのだ。
しかし、そう考えることができないから、突っ掛かる者がいるわけで。
「おい、なんでわざわざ聞くんだよ。Eランクなんか、俺らより弱いだろ」
「…だ、そうだが?」
全ての低ランクを自分より弱いと見て、追い返すことを譲らない短気な門番。
実際にこの2人はCランク寄りのDランクの実力はある為、低ランクに対しては驕ってしまっているのだろう。
そもそも、イツキの様に実力を持ってから冒険者になる者は少ない。
才能があると分かれば直ぐに登録をして、少しでもランクを上げようとするのが大半なのだ。
その為低ランクが高ランク程の実力を持つなど、それなりの熟練冒険者でも考えたりはしない。
それでも少ないだけで、時折実力者が登録をすることもある。
しかし、すでに弱いと判断してしまっているため、強い低ランクとは思わない。
そして、自分より劣る者が指南しに来たと思い込んでいれば、追い返したくなるのも分からないではない。
…それでも、1人はその事を家主に知らせるべきであり、相方の主張は正しい。
待ったをかけられたイツキだったが、短気な相方がうるさいぞ?と皮肉をこめ、相手の言葉を繋いで返す。
すると…
「はぁ。少しは落ち着け。依頼主は俺らではなく、お館様なんだ。話くらい通さなくてはダメだろう?」
「…チッ、わあったよ」
「そういう事だから、アンタは少しここで待っててくれ」
相方を落ち着かせ、追い返すわけには行かない理由を説明した。
意外な事に、舌打ちをしつつも直ぐに引き下がった短気だったが、恐らく報告しなくてはならないことは理解していたのだろう。
それでも弱い奴を行かせるのが嫌だった、と。
冷静な門番は、上手く場を収めるとイツキに待つ様言い、報告する為にその場を離れる。
相方に行かせても悪い事しか言わないと考え、自分で依頼主であるこの屋敷の主の元へ行く事にしたのだ。
…結局、依頼を自分で選んだのか、他の物に推薦されたのか、聞く前に行ってしまった。
この場に残ったのは、未だに険悪な視線を向ける短期と、それをなんとも思わないかの様に無視するイツキのみ。
そんな2人が仲良く会話などする筈もなく、第3者が居ればかなり居心地の悪いと感じるであろう空気は、事情を話しに行った門番が戻ってくるまでの数分間、ずっと流れたままであった。
*****
「待たせたな…はぁ。まあいい、許可が下りた。とりあえず簡単に実力を見て、それから判断するそうだ」
「そうか」
屋敷内に入れる許可をもらった門番が入口へ戻ると、未だ険悪な空気が流れている事にため息を吐いてしまった。
今から離れるのだから問題ないか、と判断し簡単に説明した。
険悪だろうがなんだろうが、全く気にもとめていなかったイツキは、一応返事をして歩き出した。
「玄関からは侍女が案内するから、侍女に従ってくれ。じゃ、こいつが迷惑かけたな」
「っ!お前は俺の保護者かよ!いい加減にしろよ!…ったく」
「…ああ」
門番な為、流石に屋敷内を案内する様な事はなく、中からは侍女が担当すると言い、相方の態度を代わりに謝る。
短期は若干キレ気味で突っ込むが、直ぐに落ち着いていた。
何となくだが、何度も繰り返している日常の様で、なんだかんだこの2人は仲は悪くないのだろう。
そんな印象を抱けるやり取りであった。
しかし、既に歩き出していたイツキは直ぐに立ち止まる事になり、いい加減にしろ、という気持ちが強かった。
もう一度返事をしたところで、今度は何事もなく屋敷のドアへ手をかけるのであった。
そして、勝手にドアが開く様なことはないので、ドアノブに手をかけ、扉を開けると…そこは──
わざわざ名前を出すほどでもないかな、と門番の2人を『短気』と『冷静』で表していましたが、区別がしずらかったと思います。すいません。




