24「Gの巣」研究所、隠蔽
〜隠されていた、地下にある謎の施設。ここで何が?〜
巨大な虫がいた理由であろう、研究テーマ。
(魔物化、か)
手に取った紙には、基本的なことなのだろう事が記されていた。
***
魔物化とは読んで字のごとく。
本来は魔力を持たないはずの動植物に、なんらかの理由で魔力が宿り、魔物と化すことである。
魔力を相手に流し込み、譲渡なり魔力操作の阻害なりをする技術があるのだが、それを魔力を持たないものに行ったところ、姿形が少し変わり魔力を宿し、魔物となる事があった。
それを魔物化と呼ぶ事になった。
自然界でも魔物化が起きる事は確認されているが、原因ははっきりしていない。
***
散らかった地下室の中で、原型をとどめしっかり読むことのできる資料を眺めるイツキ。
研究の記録らしき紙や、走り書きをした半ば破れた紙も落ちている。
(資料を見るに、自然界で魔物化が起きる理由を調べていたのか。そして個人的に……Gの研究、か)
今回の大量発生の件がやっと解決した。
何が起きたかというと…
***
まず、腐っていた何かが、研究をしていた主で間違いない。
この主は、魔物化の研究とゴブリ虫の研究を同時に進めていた。
魔物化の研究には主に、普通サイズの虫かご程度の大きさのケースに虫を入れ魔力を充満させたり、薄くさせたり、環境を変えて変化を見ていた。
ゴブリ虫の研究ではいくつものケースに分けて飼育しており、産卵の瞬間を観察するためのケースや、食事や睡眠をとる時の観察をするためのケースなど、用途毎にわけていた。
ゴブリ虫は放っておいてもどんどん増殖していき、餌がなければ共食いをして喰った以上に産み、際限なく増えていくので定期的に間引く必要があった。
間引きの際に気づかぬうちに逃げ出した個体がいたが、それに気づかず放置。
その個体が魔物化実験のケースに侵入し、流石にその際に逃げ出した事には気付いたが、興味があったためゴブリ虫を魔物化実験に使用。
成功してしまい、魔物となったゴブリ虫。
経過観察中、ある時巨大化している事に気づく。
次の日になると二周りは大きくなっており、マズイと思いここまでの経緯の記録をつけ、処分しようとするが失敗し襲われ死亡した。
幸いこのゴブリ虫は、魔物化したせいか繁殖力がなくなっていたため、魔物のゴブリ虫は増えなかった。
しかし他の、ただのゴブリ虫はどんどん増えていき、ケース内から溢れさらに増えていった。
空気穴である、地上に繋がる穴からゴブリ虫が逃げ出し、都市の虫…というかゴブリ虫か大量発生した。
実は他の虫に関してはただの産卵時期で増えていただけであり、Gが異常に増えていたからそう思い込んでいただけであった。
そのことがわかった理由とは、資料の中に産卵時期のものがあり、時期が丁度被っていたのだ。
巨大な虫達がいた最下層のフロアで、ゴブリ虫以外の巨大な虫がいた理由は、開きっぱなしになっていた壊れていない魔物化ケースに、他の虫が入り込んだのではないかと思われる。
流石にそれは資料にないので、状況を見たイツキの予想であるが。
半年もの間生きていた理由とは、無駄に高い虫たちの生命力と、共食いである。
***
原因の解明は終わり原因も無くなったと言える。
何故ここの主は、個人的にゴブリ虫の研究をしていたのか、しようとしたのか理解できないが、既に終わったことである。
何の意味もないことを考えても仕方がないので、依頼完了に向けて動き出す。
あとは都市の西区画に散らばっているGを、粗方始末して終了になるが、一体どのように減らすのか。
イツキが取れる手は限られており、そうなると何を使うかを予想するのは、そう難しいことでは無いだろう。
しかし、まずはこの地下から出なければいけないわけだが、このフロアにも別の入り口などなかった。
しかし男は頻繁にではなくとも出入りはしていたようだ。
なら男がどう出入りしていたかというと…
(所謂、魔法陣か)
イツキの言ったように、魔法陣といえば誰もが思い浮かべるような模様が、部屋の片隅にあった。
特に光ったりも回っていたりもしていないが、男の記録…というより個人的な日記だろうか。
その日記に転移魔法陣と書いてあったので、文字通り別の場所へ転移して、外に出ていたのだろう。
しかし残念なことに、使い方など書いてはなかったしイツキにもわからない…やればできてしまいそうだが。
それに、どこに転移するかもわからない為、試すのは憚られた。
そうなると出口は廃屋からしかなく、地上まで上がらなければならない。
なのでイツキは『トンッ』と軽く地を蹴って飛び上がり…
(…刃を持つGを持って行っておくか)
勢いが落ちてきたところで『トットッ』と軽い音を立てて2回ほど壁を蹴り、10m近くある高さを楽々登りあがった。
今朝に一角馬の首を落とす為に跳び上がった際も、助走ありとはいえ、ひとっ飛びで数mの高さまで上がったのだから、特に驚くことでもない。
無事、穴から飛び出し地上に戻ってきたイツキは、軽く廃屋内を見渡し、目に付いた未だに残る数万の虫の死骸を見て、いくつかその死骸を持っていくことにした。
依頼の達成とはあまり関係がないが、例の、無謀にも突っ込んで行った男がボロボロになった原因。
その説明として見せる為に、持っていくことにしたらしい。
取り敢えず原因はわかり、その原因は取り除けたと言えるので、依頼主の男に報告しようと廃屋を後にしようとしたが…
(この穴は、放置するわけにはいくまい。どうするか)
地下へ繋がる、イツキの開けた穴の処遇を考えてからにしようと、とりあえず止まる。
そもそも、何故穴をどうにかする必要があるのか。
それは、地下で謎の研究(まあ、謎ではなくなったが)がされていた事がわかれば、多少は事が大きくなり面倒ごとに巻き込まれると、イツキは考えたからだ。
つまり、地下で見た事は喋らず、無かった事にするつもりなのだ。
どう考えても報告するべき事だが、どうでもいい都市より自分が優先のイツキに、そういった清い思考など存在する筈もなく。
報告しなかったせいでこの都市が滅ぶなり、大事件が起きようとも、自分が巻き込まれなければ気にも留めないだろう。
なので、楽な報告をせず隠し通す事にしていたのだ。
先に楽をすると、後で大きくなった面倒がやってくるというのに…
しかしそんな事すら構わず、 穴をどうするかを考える。
穴をどうにかするというのも勿論、穴に落ちたりまた虫が増殖したりと2次災害を防ぐ…という様な善行ではない。
研究施設を見られないように穴を塞ぐにはどうするか、という意味だ。
もし魔法があれば、例えば土魔法などで塞げたりできるのかもしれない。
しかし再三言う通り、まだイツキは魔法を使う気はないし使えない為、ファンタジーな塞ぎ方は行えない。
後は何かで蓋をするというものだが、余程上手く隠さなくては後でまた様子を見に来るであろう、依頼主の男たちに見つかってしまう。
また、上に乗られた際に重さに負けて割れてもいけない。
そのような都合の良い材料がある訳が…
(あれでいいか)
あるようだ。
空など見えないのに、天を仰ぎ見るイツキ。
そこにあるものは、天井。
つまり、イツキは天井を蓋に使うつもりなのだ。
床と材料が同じであり、穴を塞げるだけの大きさもあるのでちょうどいいと言える。
雨ざらしになっている上辺と床との差はあるだろうが、そこまで頭が回る者はいないだろうと、いい加減に決めつけ、穴を塞ぐ活動を始めた。
行う事は2つ。
穴の縁を切り斜面を作る。
その真上にある天井を穴に嵌るように切り、そのまま落として嵌め込む。
というものだ。
特に考えもせず決めた通り、先ずは穴の縁を斜めに切り、斜面を作る。
使う道具は例の刀。
それを床に対し穴側に斜めに差し込み、そのまま周りを1周した。
鼠返しの様に逆斜面に切ったなら、切り離した際にそのまま落ちていくだろうが、その逆の切り方をしているので勝手に落ちる事はない。
なので適当に切り分け蹴落としていった。
加工し終わった穴を、横から見た断面図で見たら、鋳物を作る際に使う砂型の湯口の様に見えるだろう。
イメージがつかないなら、『砂型 湯口』で出てくるだろう…何がとは言わないが。
そして次はその穴の斜面に嵌る様に、天井を切っていくのだが…
今度は穴の斜面とは逆なので、鼠返しの様な逆斜面になる。
ちなみに断面で見たら、底辺が短く上辺が長い台形に見えるだろう。
まあそれはともかく、一体どう天井を切るのか。
それはというと…
穴の大きさである、約直径5mより少し大きめに切り落とし、落下中に逆斜面に切るという、無駄に早業なことをして予定通りの形に変えた。
そして上手く蓋(天井)が穴に嵌る軌道で落ちていき…
ズス…
若干不恰好な、低く響く音を立ててぴったり嵌った。
うまく嵌った為に響き渡る様なような音はせず、これのおかげでまた、誰にも気づかれることはなかった。
後は断面が綺麗すぎる天井の穴を違和感が無いよう適当に砕き、隠蔽工作は終了した。
なんだかんだでかなり時間をかけてしまったイツキ。
もう予定よりさらに遅れてしまっている。
隠蔽工作に力を入れすぎなのである…まあ、然程時間は掛かってはいないのだが。
これが楽につながると信じたいものである。
まあ何はともあれ、頑張っただけあり、違和感を感じない程綺麗に蓋をすることができた。
しかし、イツキはそうなるよう調整したので当たり前のことであり、特に感慨に浸ることもなく、今度こそ廃屋を後にした。
*****
「おい、終わったぞ」
「!おお、どうだったんだ!?」
外に出て、言いつけ通りに若干離れた場所で待っていた男。
イツキに声をかけられ、やっとイツキが出てきたことに気づき、結果を催促する。
地下に研究所があり、そこで大増殖していた…と馬鹿正直に話す訳にもいかないので、考えておいた嘘を言う。
「解決はした。Gの巣だと思われる塊を破壊した」
「巣?聞いたことねぇが…だからこそ大量発生したってことか?…虫の大群はどうしたよ?」
巣があったことにしたようだ。
割と適当だが、誰でも思いつきそうという意味なら、確かに適当にではある。
イツキの嘘に対し、一人で勝手に納得した男。
しかし、廃屋に入るにつき、最大の懸念事項であった大量の虫はどうしたのかと聞く。
「全て始末した。後処理は任せる…おい」
「な、なんだよ。そんな怖ぇ声出して。つか全部殺したのかよ、スゲーな…」
そこは正直に全て殺したと答えた。
今も廃屋の中には死骸が大量に残っているので、後処理だけは任せようとし、後処理の方法を思い浮かべた瞬間、男への文句が浮かびあがったイツキ。
その浮かんだ文句の内容がなかなか頭にくるものであり、若干声が低くなるイツキに、あからさまにビビる男。
イツキがさらりと述べた、全ての虫を殺したという言葉には驚きとともに、信じられないと反応したが。
「ここの何処が、周りに燃え移る」
「……あー…悪い」
それは、燃やしてはダメなのかというイツキの問いに、周りにも広がる可能性が〜云々の話である。
しかし実際は石造りであり周りも同じため、延焼するかというと首を傾げる様な所であった。
イツキも、死骸は燃やせばいいだろうと考えたところで、石造りで延焼などするか?という答えに至り、文句が飛び出してしまった。
そもそも、ここに到着した時点で気づかなかったイツキもイツキだ。
…まあ、それだけGの鳴き声に意識を持って行かれた、ということだろう。
男も周りを見て、気まず気に謝ったのだった。




