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23「終わる」廃屋の中、隠されたのは

〜二つ目の依頼、虫の大量発生の原因だと思われる廃屋に入っていったイツキ。果たして?〜

 廃屋の中へ入ったイツキ。

 中は暗く、イツキのいるドアが外れた玄関と、一つしかない窓らしき穴から入る日光のみ。

 しかしその僅かな光だけでも十分に目視出来るのがイツキの目であり、しっかり中の状況を見る事ができていた。

 そう──


(なるほど、これは気色悪いな。この中へ突っ込んで行った者は中々勇敢…いや、無謀か)


──壁も床も天井も、机や椅子などの家具にも隙間なくびっしりとくっつく、Gと僅かな他種の虫達まで。

 しかも2段3段と重なり合ってひっついている場所もある。

 このようなものを見て突っ込んで行く者がいたというのは、イツキから見ても『中々』という評価が出るほど、精神的にくるものがあった。

 動き回ってはいない筈なのに、カサカサと這い回る音が聞こえ、明らかに万を超える数の虫から発せられる鳴き声を耳にする。


 もしこの場に依頼主の男が居たならば驚いたことだろう。

 なにせ、Gの鳴き声が一般人の耳でも聞き取れる程大きく鳴っているのだ。

 そこまで広くない部屋の中で、万の虫が鳴けば例え小さい鳴き声でも、重なり合うことでよく聞こえる事になるだろう。

 …まあ、何一つ嬉しくはないが。


 そして辺りを見渡し終わったイツキは、一歩を踏み出した、その瞬間…


「…」


 そこに在る全ての虫が、侵入者…イツキへ飛び掛った。

 勇敢にも突っ込んだものが襲われたというのが、この事なのだろう。

 まるで小さな津波のように、黒…いや、ほとんどが緑色に変わり、毒々しい色の波となり迫ってきた。

 しかしその程度で慌てるような人間でないのがイツキである。

 迫る波に対しイツキがとった行動は単純。

 それは…


(失せろ)


 前方にのみ思い切り殺気を放つこと。

 しかしその強さは、異世界に降り立ち初めて怒りを爆発させた、森でのモノと同等であった。

 そして、イツキの威圧により地面が凹み木々がなびいた、あの森での一幕を再現するかのように迫っていた虫は吹き飛び、その延長線上にあった壁には亀裂が入った。

 吹き飛んだ虫たちは、しかし壁に叩きつけられる前に絶命していた。

 森の獣たちが耐えきれ無いような殺気を、生命力が高いだけのただの虫に耐え切れるはずもなく、吹き飛ばされる瞬間には死んでいたのだ。


 ただ、たかが虫に強すぎる殺気をぶつけたイツキ。

 戦闘経験のない一般人どころか、ある程度育った冒険者ですら、ショックで死ぬ威力の殺気を放った。

 もちろん理由はある。

 気色悪いから力が入った…訳ではもちろんなく、いくら虫の命を絶ったところで飛んで来る勢いは変わらず、そのまま虫の死骸の波に飲まれる事になるだろう。

 そのため、死体を吹き飛ばす必要があり、魔法などの広範囲を吹き飛ばすようなすべは持ってはいないイツキは、この手を使ったのだ。


 こうして廃屋に住み着いていた数万の虫たちは、あっさり死に絶えた。


 *****


 落ち着いて廃屋内を調べられる様になり、さらに中へ入り込むイツキ。

 と、言っても先ほど述べた通り、たいして広くはなく、畳20畳分程度であり、また他の部屋も無い。

 その為、見回して怪しげなところが無いかをチェックするだけなのだが、実はこの廃屋に足を踏み入れてから気づいたことがあった。


(下に空洞…地下室か。そこにもいるのか。…いや、何故今になって気づいた?)


 それは、秘密基地の定番…地下室があった事だった。

 しかし、見渡す限り降りる階段もない。

 地下の空洞はそれなりに深い位置にある為、隠されたものであり降りる術がこの場にあるとは限らない。


 そしてそこにもまた、虫たちの反応がある。

 だが、イツキは地下室自体の事ではなく、別の事を考えていた。

 それは廃屋に入るまで、一切地下室に…そしてそこにいる別の虫たちに気付けなかった、と言う事実。


 普段なら、ある程度近づけば地面の振動の伝わり方の違いなどから、地下に空洞がある事など気付ける。

 生き物の気配など言わずもがな、さらに遠くから感じ取れる。

 それだというのに、全く気づく事ができなかった。


(つまり、私ではまだどうしようもない、魔法的何かで隠されていたと。わざわざ隠している…そこに大量の虫。明らかだな)


 多少の隠蔽は意味を成さない程、感知が得意なイツキに気付けないとなると、魔法的な何かで隠しているとしか考えられない。

 さらに、虫が大量発生している廃屋に地下室が隠されているとなると、大量発生の原因に関わっている事は、もはや間違いないだろう。

 ただ、新たな問題が出てきてしまった。


(これは、人為的な事だという事か。地下に行けば全て分かるといいが…どう行ったものか)


 ただの虫たちが地下室を魔法的な何かで隠せる筈もなく、人の手によって起きた事だという事。

 さらに、地下室にはどうやら、虫が充満しているらしい。

 数で言えば先程イツキが殺した虫の方が多いが、地下の空間はこの廃屋とも比べてもさらに狭い為、密度で言えばその数倍に昇る数の虫が地下にいる。


 そんな地下室なら、答えとまではいかなくとも、ヒントくらいはあるだろう、と地下室に向かう事にしている。

 だが、入り口など見当たらなく、虫が湧き出ていたと思われる地下につながる小さな穴のみしかない。

 隠し扉の類がない事は音の反響などから確認済みである。


 となると、後はやはり魔法的何かか、もっと遠くの別の場所から地下につながる所があるのか。

 虱潰しに探していくには面倒であり、魔法的何かを発見なり解除なりするには完全に知識不足である。

 その為イツキがとった行動は…


(もういい。面倒だ。予定通り力尽くだ)


 下に向けて…つまり地下に、それこそ人も心臓を止めてしまいそうな殺気を送り、あっさりと地下空間に満ちる虫を全て殺した。

 全ての生命が消えたことを確認すると、拳を握り振り上げ…


「…ッ!」

 ドン!!!


 そして振り下ろした。

 そう、つまりは力尽く…床を壊してそのまま地下室へ向かうという、脳筋思考である。

 しかも、確かに予定では『力技で速攻終わらせる』としていたが、それは虫を殺気で瞬殺するという意味であって、決して立ちはだかる壁(床)を殴り壊して進むというものではない。

 だが、予定外の事が起こり過ぎて実は頭にかなりきていたイツキは、場合によるが最も楽なこの方法を選んだのだ。


 そして、床に拳を叩きつけた一瞬の間を置き、途端に床は崩れ、約直径5m程度のの穴が開いた。

 殴りつけた衝撃は周囲に散る事なく、真っ直ぐ地下室へのみ走っていき、周辺には全く影響を与えることはなかった。

 流石にかなり大きい音はしたものの、廃屋内のみで何故かほとんど周囲に届かず、少し離れた場合にいた依頼主の男が…


「お?なんか音がしたか?」


 程度の反応しかしなかった。

 周りへの影響が無かったその代わりとでも言うように、殴り砕いた床は殆どが粉々に砕け散り、落下音すら起きる事はなかった。

 お陰で周囲にいた者たちは、永遠に床が崩れ落ちていたことを知ることはないだろう。


 ちなみに、イツキは別に腕力だけで床を崩したわけではない。

 イツキにそこまでの膂力はない…と思われる。

 少なくとも今回に限っては力だけではなく、地下室までの距離や床の材質による耐久力など、様々な情報からどの点にどの程度の力で、どのような叩き方をすれば効率良く、また騒ぎにならずに壊せるかを計算して行ったのだ。

 音が広がらなかったりしたのもそういうわけなのだろう…理屈は不明だが。

 詳しくは本人に聞いてみてほしい。

 脳筋思考でも、やった事は脳筋を万人集めても不可能な事なのである。

 以上、余談終了。


 さて、粉々に砕け散った瓦礫と、その崩落に巻き込まれた虫の死骸とともに地下室に着地したイツキ。

 そこにあったのは…


「……」

(当たり前といえば、そうだが…これはないな)


 さらなる虫の死骸。

 そしてただでさえ、地下室には虫が満ちていたのに、そこに地上にあった数千の死骸が加われば最早全てが埋もれ、何も見えなくなるのは自明の理である。

 流石に全てをどかす術は持ち合わせていないイツキは、この惨状をどうするか考え込んでいた。


「…」


 壁の突起に片手を掛け、下を見下ろしながら。

 落下中にこのまま着地しては虫の沼に足を突っ込むと悟ったイツキは、咄嗟に近くの突起に捕まったのだ。

 落下中といっても2秒もなかったが。


(…まだ下がある?)


 考え込んでいると、まだ下がある事に気づいた。

 そこにはどうやら虫はほとんどいないようで、少々大きめの虫が数匹いるのみのようだ。

 そして恐らく、その虫が大量発生の原因なのだと考えた。

 ならばする事は一つ。

 そこへ向かう、ただそれだけ。


(やっと…)

「終わる」


 珍しく独り言をつぶやき、またしてもいつの間にか握っていた刀を、目にも留まらぬ速さで数回振った。

 振った刀の延長線上に切れ込みが入った、と思われた瞬間バラバラに刻まれ、さらに下に落ちていった。

 粉々に刻まれた虫の死骸とともに。

 数回しか振っていない…様に見えるだけで、実は目にも留まらぬ速度で何十回と振っていた。

 そのために、死骸やら床やらが粉々に刻まれている。

 数回だけ、威力重視で刀を振ったので、目に留まる程度の速度で振られていた。


 そして今度こそ、床に着地した…時には刀はもう無かった。

 予備動作なしで瞬時に現れては消える謎の刀…さて、その正体とは…まだわからないが。


 このフロアが最後の様で、もう下には何もない。

 その代わりなのか、このフロアがメインなのか、上にあった地下空間にも廃屋にも比べ、かなり広い。

 そのお陰で降ってきた様々なは広がり、積もっても大した高さにはならなかった。


 舞っていた粉が落ち着き視界が晴れると、イツキは静かに周りを見渡す。

 そこには1mはあると思われる、両断されたGやその他の種の虫の死骸と、人の死体だと思われる腐った何かがあった。


 両断されている虫たちは、床と死骸を斬り刻んだ際に威力重視の斬撃で一緒に切っていたのだ…が。

 その虫たちは明らかにこの依頼でのボス枠に入る雰囲気があり、もし生きてイツキに立ちはだかっていたなら、風格すらにじませたかもしれない。

 虫とはいえそれだけの存在感があるものを、視界外で殺すのではなく、目の前に降り立ってから殺すべきではなかろうか?

 感知したからといって登場する前に床のついでに斬っておくなど、物語を無視しすぎなのだ。

 …話は戻すとして。


 巨大な虫たちがいたのは分かっていたが、人の死体はさすがに感知していなかった。

 恐らくは此処の主だろう。

 そして、何より目を惹かれるのが、研究所といった風な白一色の床や壁、それに機材たち。


(ここで、なんらかの研究を行っていた。狙ってかは知らないが、この巨大な変異種が生まれ、殺された。そして虫が繁殖しだした、といったところか?)


 周りを見て最も高い可能性を上げる。

 ところどころ矛盾が生まれそうだが、その矛盾をあの機材たちが解決してくれるだろう。

 もちろん推測で終わらせるつもりはないので、調べるために施設内を回るイツキ。


「ふむ」


 虫に散らされていたが、断片的な資料や機材の使用形跡から答えが出た。

 わざわざ地下に隠していたものとは…


(Gの研究と魔物化について、か)


 生態など、ゴブリ虫に関する全てについての研究が一つ。

 もう一つは、おそらくこちらがメインであろう、生き物の魔物化について、であった。

作中の表現の中で、違和感を感じるものがあれば是非、教えて下さい。

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