22「切り傷…」G=ゴブリン、その鳴き声
〜大量発生中の虫。最も多い種は…G!?しかしGとはゴキではなく〜
最も多く発生している虫の名前を聞いたイツキは…
「…それが、正式名なのか」
「そうだが、変か?」
「…いや」
(そうか。この世界では、ゴブリンはありふれた普通の生き物なのだな)
つい、聞き直してしまった。
それだけ信じ難くふざけた名前の様に聞こえるのだ。
だが、イツキがすぐに考えを改めて納得した様に、この世界では普通なのだ。
例えばゾウムシなんかも、ゾウに似た部位があるから頭に同じくゾウが付している。
ゴブリ虫も同じ様に、ゴブリンと同様と言えるレベルの生態をしているため、そういった名前になっており、この世界の住人には違和感など無いのだ。
「気にするな。それで生態は?」
「生態?えーと、ほとんどゴブリンと一緒だな。違いといえば虫であること、色は黒いが興奮すると緑になること、あと若干飛べるな。鳴き声が『ゴッ』『リン!』くらい?戦闘力は無いな。数の暴力は有るかもしれんが」
「ずいぶん特徴的な鳴き声だな」
(あの音は鳴き声だったか。…あの鈴虫の様な鳴き声もソレなのか?)
やけに詳しく知っている男の説明により、本当にそのままゴブリンを虫にしたような生き物らしいことがわかる。
そして、そのゴブリ虫の生態は、もはや地球のGとなんら変わりが無い。
いや、色が変わることや鳴き声が違うせいで、ゴキには似付けないかも知れないが…
実は、その鳴き声を聞き取っていたイツキは、『リン!』という綺麗な音から、その鳴き声の発生源は鈴虫の類だと思っていたが、Gの可能性が高いと改めた。
…ゴブリンが虫になった割に、かなり綺麗な鳴き声をだすようだ。
「そうだな。でも声が小さくてな。まず聞こえないから気付けないんだ。むしろ、這い回る音の方がでかい。…ああ、珍しい鳴き声で『ブリッ』『ゴブッ』『チュウ』とかあるらしいぞ」
「もういい。…一番多くいると思われる場所は?」
ある意味、この異世界で最も濃い生き物に遭遇…まぁ会ったわけではないが、してしまい珍しく気疲れのようなものを感じてしまったイツキ。
その上、余計な鳴き声の情報など要らないと、途中で遮りさっさと次に移らせた。
「なんだよ、いいのか?…一番多くいる所か。やっぱ建物の陰になってるとこか。後はここから歩いてちょっとのところにある、廃屋からよく出てくるって話だ」
「誰もそこを探さなかった…わけではないと」
(いや、探せなかったのか。だからEランクの方が都合が良かった、か)
せっかく勢いに乗ってきたGの説明を遮られ、若干不服そうにするも、依頼解決が最優先な為すぐに移る。
そして提示された場所は、虫が多くいそうなだけの所ばかりであまり当てにはならなそう…でもなく、あからさまに怪しい廃屋からという情報が出た。
もちろんその廃屋について、誰もが聴くであろうことを尋ねるが、すでにイツキの中では予想は出来ていた。
既にヒントも転がっていた。
それは、男がイツキのギルドカードを確認した際に口に出していた、都合が良いという言葉の意味。
それがこのことだったのではと予想したのだ。
「もちろん行こうと思ったがな、Gがメチャクチャいてな?生理的嫌悪って言うのか。あれを見た途端、誰もが逃げたすんだよ」
ゴフリ虫がどのような見た目をしているのかはわからないが、どんな見た目でも虫は虫である…壁や床などそこら中にいたら、誰でも嫌悪はするだろう。
況してや、ゴキに似ていると思われる虫である。
それが部屋いっぱいにいるとなると、考えるだけでも嫌になるのだから、実際に見てしまえばその衝撃は計り知れないものがある。
「平気で突っ込んだ奴もいたけど、中に入ると一斉に襲ってきてな、何をされたのかはわからないがボロボロになって出てくるんだよ」
「わからない?」
それでも、勇敢にもそこに突っ込んだ者もいたようだが、ボロボロになって帰ってきたと。
つまり、いくら戦闘能力のない虫とはいえ、千、万の虫に襲われれば数の暴力に負けてしまう、と言う事だろう。
だからこそ、戦闘経験のあるEランクが丁度いいと男は思ったのだ。
つまり、男の言う、廃屋を探すことができなかった理由の一つは、イツキの予想通りであった。
ただ、何をされてボロボロになったのかが分からないという。
「ああ。噛まれたんだろうけど、切り傷とか噛んだにしてはおかしい傷もあってな。俺ら一般人じゃどうしようもねぇなって」
「切り傷…」
(鋭い刃のような部位を持っている…種がいる可能性もあると)
「燃やすことは…」
噛まれた様な傷が大半であったが、中にはまるで刃物で切られた様な傷もあり、判断ができなかったとのことだ。
そんな謎の巣窟に一般人がこれ以上関わるのは命の危険があると、冒険者に頼むことにしたらしい。
むしろよく今まで無事だったものだ。
イツキは、切り傷があった事から刃の様な部位があり、少しは戦闘力があるといえる虫がいると考えると、少しだけ依頼の運びを修正する。
次に聞いた事は、一番手っ取り早いと思う、廃屋毎燃やすという手段は使わなかったのか。
「ぉ!?それは…全然考えてなかったなぁ…でもなぁ。衛兵に怒られそうだし」
全く頭になかったのだろう、イツキの上げた燃やすという方法に、かなりの驚愕を表した男。
良いアイディアだと言いたげに話すが、だんだんと言い淀み、思い付いていたとしてもそれを決行する事はなかっただろうと、最初の勢いは消える。
何故なら衛兵が怒るから。
「虫が大量発生しているという衛生的にも問題がある今の事態でも、咎められると?」
「うーん。ここら辺建物が多いだろ?燃え移るかもしれないし。それに…」
その程度の事でいちいち口を挟んでくるのかと、衛兵の役割からしても問題なのだからむしろ協力する事だろう。
普通はそう考えるし、イツキですらそう考えたのだが、帰ってきた答えは、燃やした事による周辺への被害が想定されるから、ダメ…と。
もちろんそれだけではない様で、続ける。
「あいつら、現場を知ろうとしないから、虫ごときで何をとか鼻で笑って、足を引っ張るに決まってんだ」
「なに?」
(少なくとも、門番や街の見回りらはしっかりしていたが)
衛兵たちの対応が悪く、非協力的だから無理に決まっている、そう言い項垂れる男。
こちらの理由が、実行しなかったであろう大きな理由だろう。
イツキはそれを聞き、門番や街を見回る者たちを思い浮かべていた。
彼らはなんだかんだしっかり仕事をこなしていたし、気さくさであり親身な者も意外に多く、意外としっかりしている場所なのだと、イツキは実を言うと感心していた。
その為、イツキは男が言う事に引っかかりを覚え、一つの推測を立てた。
(現場を知ろうとしないということは、実際に外に出ているの者ではなく、事務系の者を指している…か?それなら納得はできる)
所謂、エリートが現場を知らずに下の者に無茶な指示を出す等、そういった類の上の者が使えない状態なのだろう、と。
事実その推測はあたりであり、男の説明が少なかったので分かりにくかったのだ。
イツキも自分でまず間違いないだろうと決め、話を進める事にした。
「それでよくこの都市はまわっているな」
「それはアレだ。実際に衛兵としての仕事をこなす奴らは良い奴ばかりだからな。上司がクソだってよく言ってるしな」
「そうか。…大量発生の原因はその廃屋にある可能性が高いと?」
イツキが思い浮かべていた様に、門番などの現場に出ている者はしっかりしているので、文句が出ることは少なく、不満がたまり爆発、ということにもなっていない。
イツキが納得したところで、話がかなり逸れまた時間を掛けてしまっている事に気付き、本題に戻した。
あからさまに怪しいその廃屋に、大量発生の原因があると見ていいと考え、一応依頼主の意見も聞いておく。
「そうだと思うんだけどな」
「ならそこに案内しろ。今から行く」
「今から!?なにもそんな急ぐ必要あんのかよ!?」
男との意見があったところで、早速そこに向かうとイツキは言う。
急いで解決して欲しいといっても、2〜3日程度の話であり今直ぐというほどではない男は、まさかそんな急な話になると思わず過剰に驚いてしまった。
「煩い。これ以上無駄に時間を使ってたまるか。直ぐに虫が消えるのだから、そちらとしても良い事だろう」
かなり大きな声を出した男へ『煩い』とバッサリ切り捨て、本音が漏れたイツキ。
小屋建てから今まで、予定より大幅に(20分程度だが)時間を掛けてしまっているので、さっさと片付けたいのだ。
「そうだろうけどよ〜…廃屋で決まったわけでもないしよぉ。そんな直ぐ終わるのか?」
「終わらせるんだ」
「…分かった、行こう」
そういった状態の中で、煮え切らない態度の男に返したに言葉に、つい力がこもってしまった。
男はその迫力に飲まれたのか、諦めたのか、今直ぐ行く事を了承した。
そして言うが早いか、男は何も持たず足早に家を出ていった。
そしてイツキもあとを追った。
「ん?おかしいな」
「…」
外に出ていきなり立ち止まった男。
何かしらの疑問を抱いたようで、辺りを見回しているが、イツキは何も言わず何のリアクションもせず無言。
「虫が、いねぇな。…そういや音が全然しなかったな。動き回る影もなかったし、どうなってんだ?」
「おい、行かないのか」
理由がわかっているイツキはどうでも良く、説明する気もないので急かした。
いないに越した事はないと、男もそのまま歩き出した。
*****
男の家から4〜5分程度と割と近い場所にその廃屋はあった。
廃屋といっても、壁に大穴が開いていたり、崩れていたりしているわけではなく、また木造ではなく石造りの為、腐り脆くなっていることもない。
もちろん長年放置されている所為で朽ちてはいるが、家としての形はしっかり保っている。
寝泊りをするだけなら、そこまで忌避感は湧かないと思われる程度にはしっかりしていた…中で無数の這い回る音さえなければ。
さらに、これはイツキだけだが、Gの鳴き声らしきものがまた無数に聞こえてしまった。
しかも、G達の特徴的な鳴き声がうまく繋がって聞こえる事があり、その言葉にまた気疲れを感じてしまった。
男が鳴き声を言っていた時に、なんとなく予想はできていた。
その言葉とは…
『ゴブッ』『リン!』
「…」
そう、『ゴブリン』である。
しかもやたら『リン!』だけが綺麗な音なので、違和感がものすごい事になっている。
だんだんやる気がなくなってきたイツキ。
いや、元々やる気に満ち溢れていたわけではなく、終わらせなければ後々面倒になるので、仕方がないがやろう程度の気持ちだった。
だが仕方がなくとも自分で一度立てた予定であり、その予定が狂う事を嫌うイツキが、『もういいのではないか』と頭によぎってしまう程、脱力感溢れる音の満ちた廃屋なのだ、目の前にあるものは。
しかしここまで来て、という思いもあり意を決し…という程でもないが、終わらせる為に動き出した。
「私は中に入る。お前は少し離れて待て。何か異変があれば遠くへ離れろ」
「は?マジで行くのか?異変って…」
「離れていればいい。ではな」
「ちょ、おい」
まだ聞きたそうな男を無視して離れていった事確認した後、廃屋へ歩き出した。




