13「この程度か」森の外、初の魔物
〜森を抜けたイツキ。その先に広がるのは〜
1時間半掛けて森全体を走り切ったイツキ。
そしてとうとう、森を出た。
その先に広がる光景は…
(草原…か)
一面に広がる、見通しの良い草原だった。
踝の少し上程度に伸びた草による、緑の絨毯。
吹き抜ける風にそって波の様に揺れ、アクセントの様に、所々に咲く色鮮やかな花々。
山頂から見る絶景でも、大滝の様な圧倒される大迫力の光景でも、火山噴火の様に自然の力強さを感じる光景でもない。
水晶が並び立つ神々しい光景でもない。
しかし、魅入ってしまうものがあった…
(無駄に見通しがいいな…まあ、それのお陰で…)
普通の感性を持っていたならば。
悲しいかな、イツキに感動の様な想いを抱いたりすることはない。
別に絶景な景色なら絶景だと思える。
ただその思いに感動がないだけ、心が動かないだけなのだ。
だが草原への感想が雑な理由は他にもあり…
(魔物の討伐か。あれがよく見える)
数km先で高さ4〜5mはある馬型の魔物と対峙しているパーティがいた為、関心がそちらに移っている為でもあったのだ。
初とも言える魔物の発見と戦闘に、どういった戦い方をするのか、魔物と分類される生物は、魔力を持つ以外に何か違いがあるのか。
多少なりとも見極めようとしていた。
距離はかなりあり、目測で5kmはある。
魔力感知で視覚を補助しており、更に見晴らしがいい草原の為、より遠くが見える様になっている。
その為問題はなく戦闘を見ていることができた。
(魔力感知がここまで使えるとは…もう少し時間を使って、能力の把握をしたほうがいいか)
魔力感知の習得を本格的にすることを決めていると、魔物との戦闘も始まり、微かに音が聞こえる様になった。
魔物と対峙しているパーティは5人組み。
見る限り、前衛の男剣士2人、後衛に魔法使いだと思わしき魔力の高い女2人。
それから、リーダーと思われる、弓や投げナイフ、注意を逸らす道具など様々な物を使って補助をこなす男1人、という構成になっている。
対して魔物は、先ほども述べた通り、全長7〜8m、高さ4〜5mほどの巨大な馬型の魔物。
頭に鋭い1本の角が生えている。
赤黒い色をいた体毛をしており目は赤く、不気味に光っている様にも見える。
(草原という走りやすい環境から馬…か?草食には全く見えん。遮蔽物のないこの場なら餌も見つけやすいだろうしな…ん?魔力感知に引っかかったな)
馬型の魔物とはいえ、かなり大きく、肉食であろう魔物が草原にいる理由を推測する。
戦闘が始まり、魔物が走り出してから気づいたことだが、走り出す瞬間に、足に赤いスパークのようなものが走り、急加速をしている。
かなり早く、時速60〜80km程は出ている。
そのスパークが出る際に魔力感知で反応があるので、魔力的な加速を得ているのだろう。
基本的な行動は、角を構えて突進をするか、前後ろ足での蹴り、威圧効果があると思われる咆哮をすること。
ツノを当てるためか、かなり頭を下げて突進しているため、恐らく魔物には前が見えていない筈だが。
冒険者たちの動きは、前衛がダメージを蓄積させつつ、注意が後衛に向かない様立ち回っている。
リーダーは指揮をとりつつ、魔物の隙を作ったり、隙を突いて傷をつけている。
2人いると思われた魔法使いだが、1人は攻撃魔法を使い、大きなダメージを与える者。
もう1人は回復魔法をかけつつ、何らかの支援の魔法を使っている様だ。
魔法を初めて見たイツキの感想は…
(ぶつぶつ言っているのはよくある詠唱だろうが…長過ぎる。威力は多少あるようだが。詠唱が一言だと牽制にすらなっていない。それに、立ち止まらないと詠唱出来ないのか?使いものにならないな…。回復魔法も今は必要ない。補助は…保留か)
散々なものになった。
正直、イツキのスペックを考えるとこうなってしまうのはしょうがないといえる。
何せ、長々と立ち止まって詠唱してやっと繰り出された魔法は、まったく致命傷になっていない。
それなら近づいて、刀で頭を切り離したほうが早く確実だ…イツキだからこそできる芸当なのだが。
そして回復魔法は、これからソロでやっていく為かける相手がおらず、自分にかけるつもりはない今は、いらないと判断した。
身体能力強化の類だと思われる補助魔法は、イツキでも使い道はある為、とりあえず保留にする。
このことから魔法の習得は…
(後回し、だな。今は魔法の知識がほとんどないから、判断基準がアレになってしまう。知識をつけてから決めても遅くはないだろう)
後回しにした。
魔法の習得をやめることはなく、後回しにしたのは知らないことだらけだから。
もしかしたら、詠唱破棄の類があるかもしれないし、使い手が弱いだけなのかもしれないから。
(それに、手段はいくつあっても困らない)
*****
戦闘開始から約20分が経過した。
未だ、お互いに致命的な傷は無く、これから切り札を切る様子もなく、終わりは見えない。
しかし、回復ができない魔物は、少しづつでもダメージを蓄積している。
限界までもう10分は無いと思われた、次の瞬間──
『ッ──!!』
──魔物が声なき雄叫びを上げる。
そして魔物に変化が…赤黒い体毛が色を変え始め、およそ10秒で漆黒へと変化したのだ。
さらに、変化が始まったと同時に、先ほどまでとは比べ物にならない魔力が、魔物から噴き出した。
その量は2人の魔法使いを足しても足元にも及ばず、その膨大な魔力に当てられたのか、回復魔法の使い手がへたり込んでしまう。
そして次に取った魔物の行動は…ブレス。
口元にその膨大な魔力の全てを集め、球状に凝縮させていく。
そして凝縮してもなお1m近くにまで膨れ上がった、黒く膨大な魔力を、一直線に放出しようとしている。
冒険者たちに、そのブレスを防ぐ手立てが無いようで、呆然としたり、崩れ落ちたりと、戦意を完全に喪失している。
そして、その様子を見ていたイツキは──
『!?』
「だ、誰!?」
──ザッ…と微かに音を立てて、5人の前に躍り出た。
実は魔物に変化が起きた時点で、少し本気で走り出しており、20秒掛からずに冒険者達の前まで着いた。
魔物の魔力の高まりから、決めにかかると思い、あの冒険者たちでは対処できないだろうと予想したからだ。
結果は予想通りであった。
何時ぞやの不気味な色合いの刀を持ち、庇うような立ち位置にいる。
実際に庇うつもりなのだろうが…あのイツキが…何故?
しかし、理由を推測する暇もなく状況は動いていく。
リーダーが、突然現れた謎の人物に言う。
「何をしてる!かばうつもりだろうが、無理だ!あのブレスは着弾と同時に大爆発を起こす!Sランクの様な化け物が張る結界じゃねぇと防げ無い様な威力だ!動けるんだろ!?俺らは置いて速く逃げろ!」
「長々と説明するくらいならお前が逃げろ」
「なっ!?」
あのブレスはかなりの威力の様で、速く逃げるように言うリーダーだったが…
対してイツキは、長々と説明したリーダーに、そんな暇があるならさっさと逃げれば?と言う。
その言葉に絶句するリーダー。
確かにその通りであるが、全員が疲労の蓄積や魔力の使い過ぎから動けないのだ。
もちろんイツキはそのことを理解しているが、後ろでわーわーと煩いので黙らせる為にわざと言う。
そして溜め終わった魔物がブレスを放ち…イツキに向かう。
「あ、危ない!」
誰かが思わず叫んでしまったのだろう。
しかしイツキはその場から動かない。
そしてイツキが取った行動は、腕を上げ、手にする刀の切っ先を、ブレスが通ると思われる道筋の中心に置くこと。
そうすれば必然的に、刀(の切っ先)とブレスがぶつかることになるが…
そして次の瞬間、ブレスと刀がぶつかり──
「この程度か」
「なっ!?」
『っ!?』
冒険者達の2度目…いや、1度目など比べ物にならないほどの驚愕。
何故なら…
──イツキは微動だにせず、ブレスは刀に当たると左右に断たれ、斥力でも働いているかのように左右外側に逸れていった。
それは丁度、イツキを避けるように間が空き、両脇を通っていく。
断たれたブレスは、地面に着弾する前に霧散していく。
後ろで息を呑む気配を感じたが気にせず断ち続ける。
断ち続けるといっても、イツキは動かないし、ブレスも3〜4秒で止んだ。
刀を降ろし、何となく魔物に目を向けると、後ずさりをした気がした…いや実際にしていた。
どうやら魔力をほとんど使い果たしたようで、魔物から感じ取れる魔力量がかなり小さくなっており、弱々しさすら感じとれた。
魔力が減ったからか、渾身のブレスを防がれたからか、既に及び腰気味になっており、逃げようとしていた魔物。
イツキは逃げようとしている事を察し、止めを刺しに向かう。
…ところで、イツキが攻撃魔法につけた感想を覚えているだろうか?
『近づいて、刀で頭を切り離したほうが早い』というものだ。
その言葉通り、有言実行と言わんばかりに…
『──っ!?』
瞬きより速く近づくと首の高さまで跳び上がり、上に上がる勢いも使い、切り上げで首を切り落とした。
イツキの姿が見えたなら、斬!と表したくなる様な、見ていて気持ち良い斬り姿だっただろう。
呆気ない、5人に死の予感を与えた魔物の、生の終わり。
イツキの姿を見失った魔物は驚きの声を上げ…る前に、命を絶たれた。
後ろの5人にも何が起きたかわからない…気づいたら首が落ちていた、という認識になるような早業だった。
こうして、この冒険者達にとっては脅威であり、本当なら自分達に死を与える筈だった魔物は、消え去った…謎の人物によって。
*****
首を切り落とした後、少しだけ膝を曲げて衝撃を逃し、音もなく地面に着地したイツキ。
所持していた刀はその時には既に消えていた。
呆気に取られていた冒険者達は、イツキが着地した際に正気に戻った。
色々と聞きたいことが出来たため、なんとか立ち上がり、イツキに走って近づく4人。
それを黙って見送り、不審な、かなりの実力者だと思われるフードを被った人物に、警戒しながら近づくリーダー。
リーダーは正直、4人に近づくなと、注意したかった。
しかしもう走り出してしまったし、その言葉で相手が気を悪くし、襲いかかってきたら、絶対に負けるという確信があった。
その為、声を上げる事ができなかった。
なぜ警戒をしているか?いや、警戒しない方がおかしい。
あれほどの実力者が、死の間際というタイミングの良い場面で、現れるものか?
さらにその実力者がこちらを庇ったとしても、善人とは限らない。
理由としては弱いかもしれないが、死と隣り合わせの冒険者をやっていくなら、これくらい疑い深くないと早死にするのだ。
走って近づいた4人は、生き延びる事ができた喜びと、脅威であった魔物を瞬殺した謎の人物の実力に、興奮していた。
その為冷静な判断ができておらず、普段ならまずない、あからさまに不審な人物に警戒する事もなく近づいてしまった。
まあ、実際近づいたところで何が起こるわけでもないが。
珍しく、わざわざイツキが庇ったので、多少のことではキレたりも、切り掛かったりなどもしない。
そもそも、所構わず斬り掛かる様な、性格異常者ではない。
そう、異常者ではないが…正義感あふれる男でもない。
しかし庇ったのだ…イツキが珍しく、自発的に。
まあ、何かの情報などを求めてのこと、だとは思うが。
さて、その理由とは…
草原の表現はどうでしたでしょうか?
こういった表現を文字でするのは初めてだったので不安ですが、何かいい感じの風景が頭に浮かんでいれば嬉しいです。




