〜12〜 謎の男
〜イツキが早朝の鍛錬に出かけようとした、その時に会った謎の男の話である〜
それは、早朝に鍛錬に出かけようとした際の事。
自室を出て、1階に降りる。
すると既に受付の人間がいた。
昨日の女性(リサ、というらしい)ではなく、別の20代後半に見える若い男性の従業員がいた。
「失礼します。お出かけでしょうか?朝食までにお戻りになりますか?」
「ああ」
「承知しました。ご存じかもしれませんが、5時半〜9時までが朝食の提供できる時間となっておりますので、それまでにお戻りください」
「ああ」
「では、行ってらっしゃいませ」
深く頭を下げイツキを見送る受付の男性。
髪の毛の先から手足の先まですべて意識した、すべて計算された様な地球でもほぼ見ないほど綺麗なお辞儀に、ほんの少し驚くイツキ。
といっても一切表情は動かず、何も変化はないのだが…
そのお辞儀と、ただの従業員の服を着ていても隠しきれていない、風格を感じ取ったイツキは…
(かなりの人物だな。ここのオーナーなり何なり。世界有数の者であることには変わりない。それなりに実力もある。私のことを聞いて様子を見に来たか…あのマスターの紹介状に何か書いてあったのだろうな。……まあいいか)
相手の素性を推測し、かなりの者という結論を出したイツキ。
そんな人物が何故こんな早くから、わざわざ平従業員の格好をして受付をしているのか?
マスターの紹介状を見てイツキを見定めに来たのだろうと考え、特に害はないと判断したので放置することにした。
〜〜〜〜〜
──彼は、何者でしょうね?
恐らく、私の素性も大まかに察したでしょう。
そんな素振りは全くありませんでしたが…
表情も…まあ、あまり見えませんでしたが、見える部分は全く動いていませんでしたし。
動揺や驚愕の気配もなく、完全に無反応でしたね。
身のこなしも一般人と変わりませんでした。
足音もしますし、目線の動きや気配も普通でしたから…事前に情報が無ければ、やはり実力者には見えないですねぇ…。
私の正体に気づいていないから、特に動きがないのだと思っていたでしょうし。
まあ、やはり害意は全く見受けられませんでした。
別に特別扱いする必要もないでしょうし、注意しつつもお客様で良いでしょう──
そう考えつつ、昨夜のことを思い出す…。
*****
昨日から安息の森へ視察にきていた。
諸事情により遅れてしまい、すでに食堂が解放され一般の方も食事を摂っているところだった。
一旦、カウンターの奥の奥にある防音結界がかかっている部屋で、近況報告してもらっていたところ…
ふと、ローブ姿のフードを被った方が、上の階から降りて来たのが目に入った。
ローブはともかく、フードは他の客の方に不快感を与える可能性があるため、原則禁止だった。
実際に睨みつけるように視線を送る方もいる。
わざわざ従業員に注意させに行かせる必要もないため、自分で行こうとすると…
(先に行かれてしまいましたか…確かにリサさん、でしたね。勤勉ですねぇ…他の者にも見習わせたいですが……どちらかというと焦り、ですか?知り合いなのでしょうかね?)
この時は知らなかったが、フードを被った方の受付を担当したという、今さっきまで報告をしていたリサさんが注意に走った。
防音結界が掛かった部屋を出て、リサさんの後を追う。
「すみません。実はフードを被ったまま食堂で食事するのは原則禁止でして…申し訳ありません。受付の際に申し上げればよかったのですが…」
「いい」
そんな会話が微かに聞こえた。
(なるほど、受付の担当をし、注意し忘れたのですか。発覚を恐れてではなく、険悪な視線を浴びさせてしまった申し訳なさから、焦っていたわけですか…。こういう清清しい動きを見ると気持ちがいいですねぇ。あとはミスをなくせば、なかなか良いところまで上がれるのではないでしょうかねぇ…例えば、幹部とか)
そんな事を考えつつ、リサさんの謝罪をフードを被った方は短い言葉で答える。
中性的な、性別を判断し難い声だった。
ただ、よく通る綺麗な声だったため、女性かも?と考えたが、劇団にはこういった声を持つ男性もいるために、やはり判断がつかない。
少々、その判断に没頭していると…
(…何故、これほど注意を惹きつけられるのでしょうか?それほど気にする様な事ではないのでは…)
ふと、そういう疑問が頭を過ぎり、逆に注意を払ってしまう。
相手に不快感を与えないよう、悟られないように視線を向けて。
その彼・彼女はフードを降ろすことに忌避感がある訳ではないようで、すんなりと降ろす。
そして息を飲んでしまった。
日々鍛えている、感情を表に出さないことも忘れて。
周囲の方も目を剥いて、息を飲んでいる。
これなら普段からフードを被っていることに納得がいく。
それ程までに、綺麗な顔立ちをしていた。
(なるほど、女性の方でしたか…これならフードを被っていないと注目を集めて大変でしょうねぇ。正直、絶世の美女と名高いこの国の王女にも勝っているといえますし…。噂になっていないという事は、最近この都市に来たのでしょう…)
正直大陸1とも言えるほど美人だった。
だが、また疑問。
(これほどの美貌の方なら、どこかの貴族や王族と言われても納得できます。ですがこの国ではないですね。そういった情報はありませんし。なら別の大陸から?…それならありえますかね。ただ護衛はいないのでしょうか?彼女自身、腕が立つ訳ではなさそうですし)
どこからやってきたのか?人攫いなどに確実に目をつけられるだろうが、護衛はいないのか?といったものだ。
答えなど出るはずもなく、少し悩んでいると。
「明日は弁当でいい」
「はい。承知しました。では今から料理を運ばせますね。この度は誠に申し訳ございませんでした」
「あぁ。それと…」
「はい」
どうやら、明日の昼食の形を伝えていた様だ…それからローブの下から何かを取り出した。
「これは返す」
「…?不備でもございましたか?」
「いや、必要なくなった」
「!?…承知しました。担保金は後ほどお返しに参ります」
という会話で終了したようでこちらに戻ってくるリサさん。
魔力を扱えない方の為の鍵となる道具を受け取ったようだが、何か驚愕していた。
彼女ぎ何に驚愕していたのか頭を捻っていると、鍵を所定の位置に戻した後、料理を運ぶ様に係りの者に伝え終えたリサさんが、私を放置していた事を忘れていたようで、慌ててこちらに戻ってくる。
「申し訳ありません!報告の途中で…」
「仕方がないですねぇ。寧ろ、率先して注意に走ったのは評価できますよ?それに私も行こうとしましたから、お互い様ですよ」
「いえ、その様な褒めていただける様な事ではないんです。あの方は私が受付を担当したのですが、最初からフードを被って入ってきたのにもかかわらず、この事を注意し忘れてしまい…私のせいであの様な視線を…」
しっかり理由を話すリサさんに、当たり前の事でも感心する。
自分の事を知っていながら、正直にミスを報告できるものがいったいどれだけいるか。
さらに彼女への期待値が上がる。
「それは今度から気をつけるしかないですねぇ。幸い、あの方はお怒りになってはいなかったのでしょう?ミスをして、そこから学ぶ事が、最も身につく方法です。これを糧にできるのなら、あなたはもう大丈夫ですよ」
「っ。あ、ありがとうございます。これからも、誠心誠意、気を引き締めていきますっ」
私の言葉に感極まった様子のリサさん。
私はリサさんの意気込みに…
「なら、あの女性の方にしっかりサポートする事です。あからさまな贔屓はダメですがね。それが大げさですが、贖罪になるでしょう……どうしました?」
そう助言をするが、リサさんは何故か目を見開いて、驚愕と動揺が混ざったものを目に宿し、絶句していた。
その予想外の反応に私は、一体どうしたのか聞くと…
「あ、あの。先ほどの方は…その…。男性の方、です…」
「はい?」
「…フードを被っていた綺麗な方は、男性です。イツキさん、というのですが。最後の報告が、あの方について、でして」
(あの方が、男性?)
つい訊き返してしまい、再度帰ってきた言葉に、人生で一番といえる驚愕を受け、ほんの少しだがフリーズしてしまう。
「…ああ、そういえばまだありましたねぇ…どういったものですか?」
「はい。紹介状を書いた方が、その…この都市のギルドマスターでして。その中にイツキさんについて、少し書いてありました…こちらになります」
「…ルビルス様ですか。本物、ですねぇ」
固まりはしたがすぐに持ち直し、とりあえず話を進める。
そして紹介状を受け取り判子を確認すると、確かにギルドマスターを表すものであり、篭る魔力から本物と断定した。
内容を確認してみると、驚きの事実が書いてあった。
(かなりの実力者と思われる、ですか…全くそうは見えなかったのですが。嘘を書くとは思えませんし。…本当に男の方でしたか。全く分かりませんでした…見る目はあると自負していましたが、世界は広い、という事ですかねぇ?)
自分もまだまだ未熟だと痛感したところで、鍵を受け取り驚愕していたが何だったのか気になり聞いてみた。
「そういえば先ほどイツキ様から鍵を受け取っていたみたいですが、何か驚くことでもあったのですか?」
「あ、それはですね…今日、受付の際に部屋の鍵をかけるために魔力を流せるか、一応聞いてみたところ、できないと言われたので鍵をお渡ししたのですが」
(魔力を扱えない?それで実力者だと思われる、という事はかなりの者ですが…魔力を扱えない事をルビルス様は知っているのでしょうか?…いえ知っていたならば紹介状に書かないわけがない。これは知らせたほうがよさそうですね…)
リサさんの言葉を聞いて、紹介状に書かれていない事からルビルス様は魔力を扱えないことを知らないと推測する。
つまり、『魔力が使える』実力者の可能性ではなく、『魔力を使えない』実力者の可能性になった。
実力者ではないのなら、なんの問題もない。
しかし、本当に実力者だった場合は事情は変わってくる。
魔力を扱える者と扱えない者との戦闘力の差は歴然であり、大人と子供を比べるようなものなのだ。
もちろん例外もあるが、同等の戦闘力同士で戦った場合、魔力有り無しなら99%有りが勝つと言えるほど差が出る。
つまり、ルビルス様という強者が実力者かもしれない、というほどの戦闘力を『魔力がない』状態で有するなら、魔力を扱えばさらに跳ね上がる事になる。
ランクで云うならば、余程魔法に適性がない者でない限り、2つは上がる。
なのでこの事は伝なければならないと考えたのだが。
「それで、いま鍵を渡されまして、必要なくなったと」
「…なら、つまりは魔力を流せるようになったと?」
「は、はい。そうだと思われます」
(恐らく3〜5時頃に此処にきたのでしょうが、3〜5時間で扱えるようになったという事ですか?)
驚きを表に出す事はなくとも、言葉に詰まってしまう。
理由は2つ。
ついさっき危惧していた、『魔力を扱えない』から『扱える』ようになってしまったから。
そしてこの短時間で魔力を道具に流すだけとはいえ、扱えるようになってしまったから。
普通は魔力を感じ取る事から始まり、指導者有りでも半日で感じれば天才と言えるレベルだ。
感じ取れれば、早い者なら1時間掛からず物に流せるようになるだろう。
しかし彼は指導者なしで、数時間で流せるまでに至った。
これは最早Xランクになる事並みの所業である。
(流石にそれはありえないですかね。以前から練習をしていたのでしょう。そして自力でそこまで至った、と。それだけでもかなり凄いのですが)
流石にそれはありえないと自分で否定し、以前から練習をしていたのだろうと当たりをつけた。
「まあ以前から練習をしていたのでしょう。イツキ様の件は確認終わりましたね?報告は以上ですか?」
「はい。以上です」
「そうですか。ご苦労様でした。少し休んで勤務に戻ってください。私は少し用事ができましたので出かけます」
「はい!承知しました」
そういい、早速ギルドに向かう事にした。
そしてすぐそこのギルドに着きいた。
もう8時を回っているため酒場で騒いでいる物が大半で、カウンターに並ぶ者はほとんどいない。
最後尾に並び、直ぐに順番が来た。
受付嬢は私の顔を見て目を見開き…
「リレイ様!?」
「こんばんは。マスターに会いできますか?」
「は、はい」
名前を叫びあげてしまったが、小声で、という配慮はしてた。
特に気を害す事でもないので、極普通に用件を伝える。
(驚いてもなんとか小声で叫ぶ。器用な真似をしますねぇ。確か、ソフィアさん、でしたか?なかなか優秀な方でしたね。しかし久しぶりに会いますが、ずいぶん綺麗になられました。何か変わったといいますか。恋でもしているのですかねぇ?…おっと、女性の方の事情を推測するものではないですね。どうやら戻ってきたようですし)
そう考えているうちに受付嬢、もといソフィアさんが戻ってきた。
「お会いするとの事です。すいませんがご足労願います」
「ありがとうございます。ではお願いします」
表からマスター部屋へ移動し、ドアの前にたどり着く。
それなりの立場にあるのて、ギルドの事情も多少はしてっている。
表の通路や裏通路など、少しだけだがルールなど知っているのだ。
コンコンコン
「失礼します」
『よいぞ』
ドアの向こうから声が届く。
「リレイ様をお連れしました」
「うむ、ご苦労。リレイ様よ、よくおいで下さいました。ソフィアよ、お主は下がって良いぞ」
「はい。失礼します」
「ではこちにお座りください」
「ありがとうございます…あの、私のような若輩者にその様な言葉遣いなど…」
ソフィアさんが退出し、ソファへ座るよう促される。
年上であり実力者のルビルス様に敬語を使われるのは落ち着かないので、そう言うと…
「そうかの?だったらそうさせてもらうかの」
「はい。それで、遅くに申し訳ありません」
「いや、問題ありはせんよ。それで、今日はどうしたのじゃ?」
「ルビルス様が本日、この都市に構える私の《・・》宿へ紹介した、イツキ様の事でして。お知らせしたほうが良いと判断したので、こちらまで来たのです」
早速要件を聞いてきたので、何故来たのかを先に答える。
つまり、私はあの宿のオーナーだったわけである。
私の正体を知っているルビルス様はあの方の名前が上がった事には驚かなかった。
恐らく…いや、むしろそれしかないと考えていたのだろう。
今日来るとは考えていなかった様だが。
「やはり彼の事かの。何かあったのかの?」
「いえ、そうではなく。実はイツキ様に鍵を貸し出しまして」
「なんと!?んんっ…すまん。つまり奴は魔力が使えないと?」
「そうなるのでしょうね。ルビルス様から見てどうなのですか?」
聞かれたので率直に答える。
鍵を貸し出す意味を瞬時に理解したルビルス様は驚きの声を上げるが、直ぐ落ち着きを取り戻した。
そして間違いがないか、私に確認をする。
本当にイツキ様が魔力がないのかを。
実際その通りなので肯定をし、強者から見たイツキ様の実力を聞く。
「そうじゃのう。奴はすでに騒ぎを起こしておるのは、紹介状に書いたし、把握しておると思うが。その際にの?音による判断ゆえ、おそらくとしか言えんのじゃが、一瞬で4人を蹴り飛ばす事ができる実力、かの」
「音だけ、というと…重なって聞こえたという事で?」
「うむ、その通りじゃ。現場を見て4人蹴られた知っていても、1回ぶつかっただけと思ってしまうほど、ほとんど音が重なっていたのじゃ」
「それほどですか…それを魔力無しで行ったと。これは真似できますか?」
ルビルス様の評価とその評価につながる彼の行動に内心驚きを表す。
同じ事をしろと言われても私には不可能であり、確実に自分より実力は上な事になる。
同じ事をできるかルビルス様に聞くと、苦い顔をして…
「…正直、無理じゃな。その場に居合わせた別の者の証言だと、気付いたら4人が消えて、その場に彼奴が立っていた…というほどの速さ。たとえ低ランクとはいえ、そこまで目に映らない速さを強化なしでは無理じゃな」
自分では不可能だと言う。
勿論、強化をすれば可能だと言うし、それは今でも可能という意味が含まれていたのだが、それでも強化は必要である。
「魔力強化ありなら可能なのですか。流石ですね。しかし、魔力なしでルビルス様に迫ると?」
「そうなるの。いや、超えているもしれぬ。これはかなり厄介じゃぞ。この時点でSランクに近い…どころかSランクと同等じゃぞ。魔力を扱えるよになればSSすら超えるやもしれん」
私ではどう足掻こうと不可能な事を、できて当たり前という様に話す姿は流石と敬意を覚えるが、それは魔力が必要だということ。
それはつまり、素の状態でSランクの強化に匹敵する、ということであり、その状態で魔力を扱えば更に跳ね上がることだろう。
だが、まだ不可解なことはある。
それは…
「やはり、そこまでいきますか。しかし、それ程の身体能力を持つなど、あり得るでしょうか?」
「ううむ…その通りなんじゃ。素の身体能力がSランクレベルとなると、上位種族…それもかなりの存在しか考えられんが…」
異常な身体能力について。
Sランクの強化とは、自身の身体能力をかなり上昇させるものであり、だからこそ人間でも化け物と言われるほどのパワーやスピードが出るわけだが…
そんな身体能力に近いものを、素の状態で持っているとなると、ルビルス様の言う通り、上位種族しかいない。
それも種族最強の一角、吸血鬼や物理特化の鬼人、もしくは種族の中でも更に上位の存在に相当する。
「しかし、イツキ様は…」
「そう、人間なんじゃ……っ!!そうじゃっ!!」
「!…何か、心当たりでも?」
しかし、イツキ様の種族は人間である。
その為に、魔力が使えなかった場合は説明がつかない、と悩んでいると、ルビルス様が何かを思い出した様である。
そんな様子に、答えではなくとも何かわかったのかと尋ねた。
「うむ。あやつは、1度自分の事を人間ではあるが、人間と信じてはもらえないだろう、と言っておったのだ」
「それは…しかし、自分は人間であると言ってたのですよね?」
やっと、異常な身体能力についてのヒントが出てきた。
しかし、そのヒントはまた謎を呼ぶものであった…しかし、納得がいくものでもある。
何せ、人間とは思えない身体能力を有していると思われているのだから、確かに人間とは信じきれない。
話はそこで終わらず、ルビルス様は続ける。
「そうじゃ。本人にそれは尋ねた。すると自分の体質が、人間と思われない何からしいのじゃ。その内容は喋らなかったがの」
「この状況ですと、その体質が怪しいですね」
「そうなんじゃがのぅ」
自分の体質が人間と思われないものといい、上位種族と同等の身体能力を持っているならば、その体質が当たりだと誰でも思うだろう。
私も当然の様にそう思っていたのだが、ルビルス様は何かに引っ掛かるのか、言葉に詰まる。
「違うのですか?」
「もしかしたら、それも含めているのかもしれんがの?もっと別の、人間なら絶対にあり得ない、と言いきれてしまうものじゃと思うのぅ」
「別の何か…なるほど。異常な身体能力を、体質と言い換える事はあまり無いと思いますし…そうなるとまた振り出しに戻ってしまうわけですが」
イツキ様の言う、人間と信じてはもらえない体質、という表現は、よくよく考えれば身体能力を指すとは考えにくい。
その可能性もまだ捨て切れはしないが、ほとんど振り出しに戻ってしまった。
それでも、Sランクまで上り詰めたギルドマスターと、大陸有数といえる私が話し合えば、推測などいくつでも出る。
そして気づけば、もう1時間も経っていた。
「…もう、こんな時間じゃったか。話し込んでしまったの」
「おや、これは失礼しました。それでは取り敢えず、これで解散ですか。…そうです。あの方の実力が見たいので、こういう案はどうでしょう?丁度息子がおりまして。………………というのは」
「いいと思うがの。明日からじゃし、内容も伝えとらんからの。しかし、大丈夫かの?」
ふと気がつくと、かなり時間が経っている事に気づく。
これ以上は特に意見は出ないだろうし、遅くまでいると迷惑になると解散を申し出るが、その前にとある考えをルビルス様へ提示した。
それは、イツキ様の実力を見るものとして思いついたものであり、タイミングが良く、また自分にも利があるものであった。
その内容を聞いたルビルス様は、良い案だとは言ったが、その者への安否を気遣う。
「こればっかりは何とも、ですね。しかし、あの方は危険ではあっても、悪人では無いでしょうから」
「まあ、それはその通りじゃろうな。あい分かった、後はこちらでやっておこう。何時になるかは分からんが、大丈夫かの?」
「ええ、しばらくは止まるつもりだったので、大丈夫ですよ」
イツキ様を、遠目とはいえ直接自分の目で見ており、リサさんとの会話やルビルス様の言葉から、私は悪人では無いと判断していた。
ルビルス様もその事には否定しなかった。
楽観視するほどではなくとも、異常に警戒するほどでもないだろうと確信すると、話を切り上げた。
用も終わったので席を立つ。
「よろしくお願いします。夜遅くに失礼しました」
「いや、こちらも重要な情報を知らせて貰えて助かった。礼を言うぞぃ」
「そう言っていただければ、来た甲斐があったというものです。それでは」
「うむ」
そして、退室した。
それから階段を降り、受付にいたソフィアさんへ近づく。
「あ、リレイ様。お帰りですか?」
「ええ。流石に時間が経ちすぎてしまいましたから。それでは」
「はい。お気をつけて」
ソフィアさんにお辞儀をして見送られ、数名酒場にいた冒険者の視線を集めつつ、冒険者ギルドを後にした。
*****
昨夜の事を思い出し終わり、今へ戻る。
今日は何も用は無い…ならば。
「さて、今日来られても困らない様、我が家へ戻りますかねぇ。まず無いとは思いますが、絶対ではありませんからね」
その予想…というより念の為の行動が、功をそうするとは思ってもみなかったが。




