12「鍛錬だ」イツキの早朝、軽く…?
〜異世界に降り立ち、初日が終わった。異世界2日目は?〜
異世界2日目。
なかなか濃い1日を終え無事(?)朝を迎え、起床した。
ただいまの時刻はおよそ4時、もちろん午前の。
イツキの起床時間は早い…というより、必要とする睡眠時間が少なく、2〜3時間で平気である。
必要なら1週間睡眠をとらずとも、なんら変わらず最高の状態で動ける。
流石にそれを過ぎると、少しづつ能力が落ちていく。
それでも生命には何ら問題がなく、人から外れている事がよく分かるものだ。
と、いうわけで、朝早くに目覚めたイツキは、軽い柔軟運動をして体をほぐす。
といってもすぐ起きて動けるよう、固まり難い姿勢で寝ている為、体の調子を確かめる意の方が強いが。
地球ではこの後に、ランニングなどで体を動かしたりしていたが、この世界ではどうするのか。
街中を駆けるのもありだが、少し難しい。
異世界らしく、この世界の住人は朝が早い。
もう開店の準備だったり、仕事へ出かけに出ている者もいるくらいだ。
人の隙間を通り抜けるくらい造作もないし、屋根の上を走る、という選択肢もある。
しかしかなり目立つ、というか…ローブとフードを被り屋根の上を走ったらかなり怪しく見えるだろう。
かといって目に映らぬ速度で疾走するほど、街中で走りたいわけでもない。
仕方がないので都市を出て森を走ることにした。
フードを被り、部屋を出てドアノブに魔力を流す。
魔力を扱い始めて半日とは思えないほど滑らかに。
そして、ロックがかかったのを確認し、1階へ降りる。
すると、既に受付の従業員がいた。
昨日の女性(リサ、というらしい)ではなく、別の男性の従業員がいた。
「失礼します。お出かけでしょうか?朝食までにお戻りになりますか?」
「ああ」
「承知しました。ご存じかもしれませんが、5時半〜9時までが、朝食の提供できる時間となっております。それまでにお戻りください」
「ああ」
「それでは、行ってらっしゃいませ」
深く頭を下げイツキを見送る受付の男性。
朝食の時間は昨日の受付の際聞いていない気がするが…
じつは昨晩、夕食を摂るために食堂に降りると、険悪な視線に出迎えられた。
これはフードを被ったままのせいであり、イツキ自身が何かをしたわけではない。
すぐさまリサが走ってきて、他の客が不快感を覚える事があるため、食堂ではフードを被ることは原則禁止であったと伝えた。
これに関してはイツキに落ち度はなく、説明し忘れたリサがイツキに事情を説明し、頭を下げまくった。
イツキはどうでもよかったため『いい』、と一言だけ言ってフードを降ろす。
その際にイツキの美貌に騒めいたが、気にせずに料理を頼んだ。
ついでにその時に、鍵が必要なくなったために鍵を返し、朝食の時間も聞いたのだ。
必要なくなったと伝えた時はひどく驚いていたが、それもそうだろう。
数時間で魔力が流せるようになったのだから。
まあ、なので朝食の時間は知っていたのだ。
従業員に見送られ、問題もなく宿を後にする。
(あの従業員は、何だろうな…)
問題はあったらしい。
何やら見送りでいた従業員に、疑問を覚えた様だが、ある程度推測はできているのが、結論を出せるほどでは無いので、一旦考えるのを止め、森を目指した。
当たり前だが、森に行くためには門を通る必要があるわけだ。
そして、この都市の外へ出ることができる門は、イツキの入ってきた東門以外に北門と南門があり、西のみ無い。
ギルドはこの都市のほぼ中央にあり、その直ぐ側にある安息の森も中央にある事になる。
そのため、どの門を目指してもほぼ同じ距離を歩くことになる。
近い方の門を利用するつもりであったが、どれも一緒の距離ならば、と一度利用した東門を目指す事にした。
(昨日の屋台はまだか…)
あたりの匂いを嗅ぎ、内心で呟く。
既に起き出して、1日の準備を始めている市民達だが、店を開けているわけではない。
そのため、昨日のように買い食いはできない。
空腹感があるわけでもないので別に問題はないのだが、運動前に少し、エネルギー補給をしたいのは人外も同じ様だ。
(昨日の屋台で使っていたタレは良かった。再現のためにもう一度食べておきたかったが…まあ、いつでもいいか)
どうやら違ったらしい。
地球では無かった、いい感じのタレを使った屋台が初日の買い食いにあり、タレを自分で作るために食べたかっただけの様だ。
しかも材料のリストアップは1回食べただけで終わっており、その確認のために食べておきたかった、と。
地球と同じ物があるとは限らないので、それを探す必要もあるが。
結局、しばらく滞在するのだからいつか食べればいい、と結論を出し歩くスピードを速めた。
*****
門へあっという間に着いた。
イツキの早歩きは50m9〜10秒代と、足の遅い人の全力ダッシュと同じ速さ。
つまり、門まで軽く走った様なものなので、かなり早くついた。
それはともかく…
この時間帯に都市の外に出ようとする者は商人などだけで、今はその商人もおらず、並ぶ事なく門をくぐる手続きに入る。
手続きといっても…
「身分証を」
「…」
「冒険者…Eランクか。今の時間に出る理由は?」
「鍛錬だ」
「そうか、懸命な事だな…問題ない。いいぞ」
身分証の提示と、場合によっては理由の説明程度である。
当然の如く許可が下り、都を出る。
もちろんこの後は予定通り軽く走るが、この世界の生物がどの様なものか、森で走る事を決めた際に確認しようとも考えていた。
(動植物の地球との違い、この辺りの地形の把握もしたいしな。辺りの森全面を走り抜いて確認するしかあるまい。…そうだな、魔力感知も並行してやるか)
なので軽く都市の周りの森全体を一通り走ってみようとしていた。
…どこが軽くなのか?
さらに魔力感知も練習がてら並行して行うらしい。
足場の悪い森の中を走りつつ、周りの動植物を観察しながら、魔力探知を行う。
地形把握、つまりマッピングも。
以外と少ないと思うかもしれない。
確かにイツキにしては少ないと感じるかもしれないが、思い出して欲しい。
軽く走るとイツキは言ったのだ…
もう一度言おう、どこが軽いのか?
さらに、観察といってもイツキの異常五感を使用して、5〜800mの範囲の動植物の特徴などを観察するのだ。
視界いっぱいの植物を…同じ種が多いだろうが。
周り10〜20m程度の範囲しか観察しないなら、いくら速く走ったところで、どれだけの時間が掛かるかわかったものでは無い。
そのため、広範囲を見る。
勿論、これくらいの処理などイツキの脳にしてみれば楽勝だ。
しかし、これだけではないのだ。
並行して、覚えたての魔力感知を視界以上に広げて行う。
これも多少の負荷になるだろう。
マッピングも紙に書き込んだりするわけではなく、頭の中に書く。
そして極め付きが…
今、既に森の中を走り出しているイツキ。
そのイツキの走る速度だ。
足場の悪い中、木々の間をすり抜けながら走っているにも関わらず、時速4〜50kmで走っている。
つまり悪環境の中を、地球でいうそこらで走っている車並みの速さで駆けているだ。
周りの観察と魔力感知をしながら。
しつこいようだがもう一度言おう…どこが軽くだ?
そう思うが、これだけの事を並行しながら、自分で言っていた様に、イツキにとって軽くなのだ。
なにせ息が切れることもなく、余裕そうな顔で(無表情だが)走り続けているのだから。
走り始めて10分、観察済みの同じ種の植物がほとんどになった為、少しペースアップしていて、都市は既に1週している。
この1周の時点で既に、都市を中心に1kmまでの森の中の観察は終えた。
同じところをぐるぐる回っても仕方がないので、外に向かって渦を描くように走っている。
特に目印になるものがあるわけでもないのに正確に走っている。
もし、イツキが走っていた跡を紙に起こしたら、それはもう綺麗な渦巻きの線ができるだろう。
***
*正直飛ばしても構いません*
ここまで正確に走れるのにはもちろん、理由がある。
それは自分の位置を正確に把握しているからだ。
イツキは今の自分が走っている速度をしっかり把握しているので、どれだけ走ったかを1m未満の誤差で把握している。
それと都市と自分との距離を魔力感知で把握している。
それにより、このスピードで走っているときはどのペースで都市から離れる…外側に向かっていけば効率よく、観察していない場所を通れるか計算しているため、綺麗に渦を描いているのだ。(簡単に言うと…自分の位置をしっかり把握して、都市と自分との距離からどう動けば効率的に観察できるか、計算して走っていたら綺麗な渦になった。…こんな認識でいいので)
***
1周をしてイツキが感じたことがあった。
それは…
(魔物と思われるものは一切いない。どこにでもいるらしい、ゴブリンすらいない。獣も少ない。昨日は魔力を感じることができなかったから魔物は分からないが、生き物はもっといたはずだが…まぁいいか)
生き物の数が少ない、というものだった。
イツキが例えとして上げたゴブリンは、どこにでもおり、上級魔物の巣窟にだって生息していることもある。
この世界のゴブリンは適応能力が異常に高く、高温の火山地帯や極寒の地、毒沼や毒ガス溢れる地など、なんでも適応し生息している。
それほどどこにでもいるので、ここにいないことに少々疑問を覚えるイツキ。
推測は出来た、というより出てきてしまったが、大した問題ではないため流した。
しかし少し後に、その推測が当たっていることを直ぐに知る事となる。
さらに45分ほど走り、合計3周したところで確信した。
(1周するたびに、西側にはそれなりに数は増えてきた。東側はまだまだ少ない)
と、いうことは…
(つまり、わたしの放った殺気で怯え、逃げた…と)
イツキが昨日、森の中で殺気を大放出した件だ。
かなり弱まっていようと、都市の中心にいたルビルスが感知するほど、広がっていた。
警戒心の強い動物などは、わずかな殺気にでも反応するため、都市を跨いで西側にもほんの少しだけ届いた僅かな殺気に怯え、イツキを離れるようにさらに西側へ逃げた。
(わたしがいた東側が少なく、西が多いのはわたしから離れていったから、か。そこまで強く放った覚えはないのだがな。この世界の動物は殺気、というより、気配に敏感なのか…)
図らずも地球の動物との違いを発見したイツキ。
その違いを思いついたと同時に、その理由についても思いつく事があった。
(この世界は身近に命の危機がある。そんな自然で生きていくにはそうならざる負えなかったのだろう)
という事だ。
そんな事を考えてはいるが、未だ走っている。
木々の隙間を抜けるのが面倒になったイツキは木を駆け上がり、枝の上を飛び移って走っている。
走り出して55分、息を切らさず、汗もかかず、ペースが乱れる事もなく、それどころが速くなっている。
そして更に35分、計90分…1時間半が経ち、そして5周目、ついに森を出た。
相変わらず説明下手ですいません。




