11「1週間だ」宿、魔力
〜ルビルスに紹介してもらった宿に来たイツキ。これからどうする?〜
扉を開けた先は、なかなか綺麗に掃除されている、食堂だった。
地球にあるホテルの様に、エントランスになっているわけではないらしい。
異世界の宿の1階に、地球の様に整理された受付があっても違和感だらけだろうし、酒場の様に食事が取れる様になっている方が、違和感はない。
酒場ではなく食堂なのは、高級といえる宿だからか。
それはともかく、イツキは扉を潜ってから、こちらを注視する受付の者と思わしき女性に近寄る。
「いらっしゃいませ。食堂のご利用でしょうか?」
「いや」
「宿のご利用ですね?確認のため、フードを降ろしていただけますか?」
スッ
「ッ!」
過去に利用したことがあるか、確認のためにフードを降ろすよう言う女性。
素直に従いフードを降ろし、見えるようになったイツキの素顔を見て、あまりの美しさに息を飲む女性。
が、直ぐに気を取り直し、言う。
「初めてのご利用でしょうか?その場合、紹介状が必要となりますが、お持ちでしょうか?」
「ああ」
先ほど持たされた紹介状をポーチから取り出し、受付の机に置く。
フードを被って入ってきた、怪しい人物に警戒をしていた女性だったが、綺麗な女性と直ぐに紹介状を出したことで警戒を止めた。
だが警戒を止めたことを後悔する。
「ありがとうございます。……えっ…ギルドマスター!?……はっ!すいません!失礼しました!」
手にとって確かめると、紹介状を書いた人物の署名が、この都市のギルドマスターだったのだ。
本物であることは、特殊な魔力の込められた判子で分かっている。
今まで色々な人からの紹介を見てきたが、ギルドマスターというかなり凄い人からの紹介は、この女性が担当している際は初めてだった。
丁度警戒を止めたときだったため、余計に驚いてしまった。
さらに、ギルドマスターに紹介してもらえるような人の前で驚き固まるという、かなり失礼な態度を取ってしまい、慌てて謝罪する女性。
まるで受付嬢のソフィアのようだ。
イツキはそんな女性に対し…
「泊まれるのか」
と気にした風もなく、確認をする。
特にリアクションもしない女性に、不快に感じなかったのか、許されたのかはわからないが聞かれている以上は答えなくては、と…
「身分証明のできるものはお持ちですか?」
「ああ」
「ありがとうございます。拝見します………!?」(お、男!?嘘でしょう!?…しかもEランク!?冒険者なりたてじゃない!)
「…少々お待ちください。紹介状を確認しますので」
あまりの情報に驚愕しっぱなしの女性。
紹介状の内容を読むと、そこには…
その者は男だから間違えないように、冒険者登録したてでランクは低いがかなりの実力者だと思われる、多少割引をしてやってほしい、など他にも書いてあった。
先に読めばよかったと後悔する女性だったが、とりあえず仕事を続ける。
「ありがとうございました。ギルドカードはお返しします」
「それで」
「はい、問題ありません。イツキ様、ですね。何泊される予定でしょうか?」
(ふむ、決めていなかったな。1週間でいいか)
泊まる日数を決めていなかったが、全く悩まず、取り敢えず1週間にした。
「1週間だ」
「1週間ですね、承知しました。お食事はどうなさいますか?朝食は元からついていますが、無しにも出来ます。また昼食または弁当が必要な場合、別料金がかかりますが…」
「両方頼む」
「承知しました。昼食は食堂と弁当のどちらになさいますか?」
「当日に決められるか?」
「はい、可能です。ですが弁当の場合ですと、すぐにお出しできない可能性があります。よろしいですか?」
「ああ」
「では朝食の際にどちらにするかを従業員に伝えて下さい。夕食ですが、16時からこの食堂が宿の利用者以外にも解放されるため、その際にこちらを利用するか、外で自由にお取り下さい」
「ああ」
「以上です。それでは金額ですが、1週間、食事代を含め銀板貨1枚になります。これは初回割引と紹介人割引です。今後ご利用される場合は紹介人割引のみ適用となり、2割引で1日銀貨8枚となります。もちろん食事代込みです」
チャリ、とポーチから取り出す。
「はい、銀板貨1枚丁度ですね。これで終了です。部屋番号は201〜212と301〜312まであり、309号室がカミモト様の部屋となります。扉の鍵は魔力を流すと登録され、それ以降は流すたびに施錠・解錠されます。魔力を流すことは可能ですか?」
実力者だと書いてあったが低ランクではあるので、念の為に聞いた。
ギルドカードは血をつけることでも文字を浮かび上がらせる事が出来る。
そうした場合はしばらくの間は文字が消えないため、その可能性もあるのではと、考えていた。
そして、イツキの答えは…
「いや」
否定。
そもそも魔力がわからないためどうする事もできない。
念のために聞いただけであり、流せないと返ってくるとは考えていなかった女性は、心の中で少しだけ驚いた。
しかし、直ぐにマニュアル通りの対応を開始する。
「そうですか。こちらの錠も血で登録可能なので大丈夫ですが、施錠・解錠には専用の道具をお渡しする事になります。ただ担保として銀板貨5枚預かる事になりますが…大丈夫でしょうか?」
「ああ」
そういいポーチから銀板を5枚だし、手渡す。
「銀板5枚、丁度ですね。では、こちらが鍵となる道具です。こちらとドアノブに血を少しつけると、登録が完了します。錠の操作は鍵をドアノブに近づければ施錠・解錠が出来ます。これで全て終了ですね。何か質問はございますか?」
「ない」
「お疲れ様でした。ではどうぞ、ゆっくり寛ぎください」
「ああ」
頭を下げ送り出す女性。
冒険者登録ほどではないが長い説明を終え、早速部屋へ向かうイツキ。
3階に上がり9号室にたどり着く。
女性が入っていた通りにドアノブと鍵となる道具に血をつける。
吸い込むように血が消え、扉が少しだけ開いた。
これが登録完了した証らしい。
扉を開け中に入ると汚れや傷一つ見つからない、綺麗な白一面の壁が目に入る。
それからベット、ソファ、机などの家具が置かれた一面を見渡す。
やはり家具の質も良さそうだ。
広さも充分で、一人で利用するならむしろ広過ぎともいえるほど。
正直な話、イツキはオンボロの宿でも構わなかったのだが、面倒ごとが起きる可能性を考えて、ギルドマスターが勧める宿を選んだのだ。
設備は良かった。
あまり技術は発達していないものかと考えていたが、魔法のおかげか、かなり近いものがある。
科学が発達していないがその分を魔法で補われ、一部なら寧ろ、勝っているかもしれない。
現にこの部屋を見るに、地球のホテルの1室と比べてもさほど違いは感じないだろう。
冷蔵庫やエアコンなど、一部の家電製品がないことには違和感を覚えるかもしれない。
ただ、エアコンがない割に室内の温度は適度なものに保たれている。
地球と異世界との技術の変わらなさを感じながら、ソファに腰をかける。
まだ夕食を取る気にはならないため、これからどうして生きていくか、方針を決める事にしたイツキ。
時間はたっぷりあり、無駄に脳に負荷をかける必要はないため、高速思考はしない。
(まずやりたい事…無いな。この世界を、大陸を見て回る事でいいか。これからするべき事は…やはり情報収集か。あれの知識だけでは心許ない。それに世界の状勢を知る必要がある。不必要に戦争などに巻き込まれても面倒だ。…今は、その程度でいいか)
とりあえず、目標を決めたようだ。
しかし、長期的な事ばかりのようだが、今や明日はどうするのか?
(今日はこのまま下で夕食を取り寝る。幸い、風呂はないがシャワーはある。体を洗って今日は終わりだな。明日は鍛冶屋へ訪問とペナルティの消化か)
それは既に決めていた。
明日は朝から早速依頼を片付けに掛かり、キリのいいところで鍛治師にも会いに行く予定らしい。
今後の予定は簡単にだが決めた。
だが、ぱっぱと決めていったため、然程時間は経っていない。
手持ち無沙汰になったので、ギルドカードに魔力を流す練習をしてみた。
思いつきで流すイメージをすると──
「ふむ」
──文字が浮かび上がってきた。
この男、一発で成功させた。
魔力は扱ったことなどないはずなのに、あっさりと流して見せた。
時間がかかる者は1年必要なこともあり、早くても多少は手こずるものだろう。
それを一発で、しかも初めてとは思えないほど綺麗に、滑らかに流してみせたのだ。
イツキとしては物は試しと殺気などの気を送る様に、流す様なイメージで行ってみただけ。
そしたら今まで感じたことのなかった何かが、自分の体からカードへ流れていくのを感じたのだ。
そして…
(ふむ、先ほどの何かが体を周っている。血のような周り方だ。心臓あたりが湧き出しているのか。…今まで全く気がつかなかった。今は先程まで気づかかったのが不思議な程感じる。何故か…まあいい。それより、これが魔力ということだな)
魔力操作を身につけた。
基礎が全てチートなレベルにある人外はこうして、なんでもあっさりと習得していく。
そのうち独学で魔法も覚えたりするのだろうか?
(体内の魔力を感知した途端に周りがより鮮明に読み取れるようになった。これが魔力探知というものか?いや、魔力探知は自分の魔力を広げて探る、だったか…いや、どちらもか)
どうやら周囲の気配や光景がより詳しくわかるようになったらしい。
知覚範囲と精度がかなり上昇した、ということだ。
と、ここで魔力探知の説明をしよう。
***
魔力探知
魔力を利用して周囲を探る技術の総称。
周囲に満ちる魔素・魔力を読み取り、その場の環境や障害物の認識をする、環境探知。
この世界の生き物は魔素・魔力を持っているため、生き物が持つ魔力を探知し、その生物の種類や強さの予測、位置や数の把握をする、生物探知。
自身の魔力を広げ、周囲の生物・構造などを把握する最も精度の高く使い勝手の良い、自己魔力探知。
ただしこれに限っては自分の居場所を教えているようなものなので、使うタイミングは難しい。
相手の意識に映らないように、薄く伸ばす者もいる。
一つ目と三つ目の応用で、自分の魔力ではなく他生物の意識・無意識に流している魔力を使い、気取られる事なく探知する事もできる。
***
この世界に来て人外レベルが上がった。
魔法まで覚えてしまってらどうなるのか…そういえばイツキは魔法を覚える気はないのか?
別にそういった事はない。
まだ魔法を見たことがないため、必要性を感じず、何もしていないだけであって、習得するチャンスがあればしようと考えている。
今は安定を先決しているのだ。
そんなこんなで、魔力を流せるようになったイツキは、鍵が必要なくなってしまった。
なので魔力で周囲を探る練習をし、キリの良いところで夕食のついでに返しに行く事にした。
(なかなか便利だな。気配を読み取るより楽だ。しかし…詳細を知るなら気配を読むほうが確実か。実力者なら魔力を誤魔化すことなど当たり前だろう)
イツキの魔力探知の練習だが、自身の魔力は広げず、周囲の生物の魔力を探る方法を行っていた。
その感想は、便利だが実力者は当然魔力を消しているだろうから無駄だろう、である。
その考えで自身も魔力を隠すなり、隠密を考える必要がある、と対策を考え…
(ふむ…魔力は気に似ている。なら気配を消す要領で体内の魔力を隠せば。……?…上手くいったが…違和感が。まあいい。普段はこれで良いな)
探知されないように魔力を消すのではなく、不自然に思われない程度に、感じ取れる魔力量を減らした。
それは隠すとは違った結果を引き起こしていた。
『魔心臓』という、実在が確認されていない、魔力が湧き出る臓器だと思われるもの。
その魔蔵から湧き出る魔力を減らすという、高等技術を無意識にしていた。
微かに疑問に覚えたのも、これのこと。
1つも知識がなかった為、隠すと減らすという違いに気づく事なく、こうして時間を潰し、夕食の時間になった。
魔蔵の説明は後々しますので、今は流して頂けると助かります。




