9「いくらだ」受付嬢の非日常、やり過ぎの後
受付嬢〜ギルドに来た人物は〜
イツキ〜4人を壁にめり込ませた理由を聞きに行った〜
*ソフィア*
(急かされて、慌てて、謝りまくって…新人の頃に戻ったみたい)
そんなことを考えながら、マスターの部屋へ歩く。
ついさっきまで相手をしていた人の事を、思い浮かべながら。
女性のような顔をした、だけど男の人。
無表情だけど意外と表情豊かな、可愛い人。
そして…私の初恋の人。
今までとのギャップの、凄い差の笑顔と…庇護欲の湧く困り顔に、一目惚れをしてしまった。
「ふぅ」
と、急に不安になってくる。
Eランク昇格のために実戦経験を測りたいのだけど、その相手となる人が全員不在だった。
だから、唯一このギルドに残っている者の中で試験管ができる、ギルドマスターに頼みに行く途中なのだけど…
ギルドマスターは総じて強い。
そのため加減をミスすると簡単に殺してしまう。
ここのマスターは輪をかけて凄い方なので心配はいらないと思うけど、やはり不安になってしまう。
彼があまり強そうにも見えなかったのもある。
でも、不安の芽はそれだけじゃない。
カミモトイツキさん。
例の彼の名前。
名前の作りが違うようで、響きも不思議なものを感じる。
彼だからかもしれないけど。
話が逸れたけど、その彼…今はタイミングが悪い。
丁度、依頼を終えて酒を飲んでいる、ルーキーにちょっかいをよく出す、通称バカトリオがいるから。
絡まれていないといいのだけれど、多分無理。
(後は周りの人が抑えてくれればいいけど…)
とにかく不安なので、急ぐ。
マスターの部屋へ行くには、階段を登って一直線のものと、くねくねと曲がりくねった面倒な行き方の2種類方法がある。
受付嬢や事務のギルド職員は他の利用客に目立たないように、面倒な行き方をしなくてはならない。
もちろん緊急時には楽な方を利用する。
そしてこれだけ長く説明する余裕があるほど、やけに長い。
ものすごく不便だけど、しょうがないのだろう。
と、やっとの事で到着。
コンコンコン…
『どうぞ』
許可の返事が返ってきたため入室する。
「失礼します。受付嬢のソフィアです」
「む?なにかあったか?」
「いえ、問題では無く、マスターに頼みたい事がありまして。お時間はございますか?」
「うーむ。暇はあるのだが、余裕が無くてのぅ。頼み事とはなんじゃ?」
(やっぱり少しピリついている。日時を改めてもらうしかないかしら)
部屋に入った瞬間、肌が少しピリピリした気がして、マスターが警戒しているのがわかる。
予想以上にマズイのかもしれない…こうなると今日は無理かもしれないけど、一応話は通しておかなくてはならない。
なので話を切り出す。
「いま新しく冒険者登録に来ている方がいまして、Eランク昇格試験をしたいのです。試験管が不在でして。代わりにマスターにお願いしようと来たのですが」
「このタイミングで冒険者登録に、のう。見た感じ、特徴などはどんなものじゃ?」
興味を持ったのか、イツキさんについて詳しく聞いてくる。
マスターだし、仕方がないので答える。
「見た目は女性にしか見えない、男の方です。強そう、という見た目ではないですね。むしろ華奢という言葉が似合います。身のこなしや雰囲気に違和感などは感じませんでした。武器を所持している様子もありませんでした」
「ふむ」
「後はそうですね…用件を伝えてきた際、酒場の冒険者に野次られていましたが、動じた様子は無く、度胸はあると思います。Eランク昇格試験も、躊躇なく受けると言っていたので、戦闘経験はあるものと思われます」
「なるほど、のう…」
なにかひっかかることでもあったのみたいで、真剣な顔をして考え事をしている。
真面目だと威厳あるマスターなのに、普段はどうしてああなのだろうと、場違いなことを考えてしまった。
まだ情報はあるので、追加を話す。
「他には、ギルドカード作成の際、金貸1枚をためらいなく支払ったため、お金にはそれなりに余裕はあるのかもしれません。それと登録の際の記入時、出生が不明だったり、種族欄を空白にしていました。その理由が、人間と書いても信じてもらえないだろうから、というものでした。このくらいでしょうか」
「ふーむ…そうか、ご苦労。…申し訳ないが日を改めるよう、伝えとくれ」
「…承知しました」
(やはりダメね。イツキさんに申し訳ないわ…でも、仕方ないわよね。集中出来ずに勢い余って…なんてことが起きたら事だし)
なので、昇格の件は諦めるしかない。
ここにいても意味もないので、イツキさんがバカトリオに絡まれていないか心配だから、急いで戻ろうとする、と…
「のう。ところで、先程から怒鳴り声や大きな物音がしとるが、大丈夫かの?」
え…?
(っ!?全然気がつかなかった!)
確かに怒鳴り声とか、結構騒がしかった。
考えすぎて全く耳に入ってこなかったみたい…こっちも結構マズイ。
「大丈夫なわけないでしょう!!早くそれを言ってくださいよ!マスターなら争いを止めようとは思わないのですか!?」
「ワシに向かって何て事を…仮にもマスターじゃよ?それに早く言えといってものう。冒険者なんてそんなもんじゃろ?いちいち止めてたら、きりがないわい」
ついつい何時もの勢いでマスターへ文句を言ってしまった。
流石に失礼だとは思うけど、今の私に気を遣う余裕が無く、声を荒げてしまう。
正直、マスターの言い分には納得できる部分はあるし、いちいち止めていたら仕事もろくにできなくなる。
でも、マスターとしてそれはどうなのかしら…と思わなくもないけど。
「では、失礼します!表から行きますがいいですよね!?」
「う、うむ。よかろう。では行って参れ……っ!!待つのじゃ!!」
おざなりな例とともに表から戻る許可を貰う。
表とは楽な直線ルートの事。
急いで戻ろうと思い走ろうとすると、焦った様に急に止められた。
今度は何!?と思った瞬間…
ズズン!
と大きな物音と共に少し建物が揺れた。
そして次の瞬間…
ズン!
と、何かが降ってきた気がした。
マスターが出していたピリピリとはまた少し違った、肌がチクチクと刺すような感覚とともに、膝を折ってしまいそうになる。
でも、イツキさんが危ない!と思うと自然と力が入った。
それに、急に体が重く感じたが、妙な安心感にも包まれ、動く分には問題なさそうだった。
とにかく下で何かが起きているのは確か。
呼び止められたことも忘れ、急いで下に戻ろうとすると、もう一度呼び止められた。
「じゃから待ちなさい!わしも一緒に行こう。…それにしてもよくこの中で動けるのう?なんともないのかの?」
「なんの事ですか!?確かに体が重くなった気はしましたがっ。それよりも急ぎますよ!」
「ふむ…不思議なことがあったものじゃのう。実力…では無いの。ならなんじゃろうか…」
何かと思い振り返れば着いていくというだけ。
今の体が重い状態に心当たりがあるみたいだけど、とにかく急ぎたかったので適当に返して走り出した。
なにか後ろで老人がブツブツ言っているが、私は全力ダッシュしているため、もう反応する余裕は無い。
でもマスターは流石で、かなり余裕そうについてくる。
そして階段を駆け下り酒場を見ると、イツキさんが武器を振り抜こうとしている瞬間だった。
思っていた光景と逆ではあったが、思わず…
「待ってッ!!」
と叫んでいた。
果たしていイツキさんは…止まってくれていた。
武器を降ろし、こちらを見る…と急に息苦しくなり、さらに体が重く感じるが、気合いで動く。
「これは何!?一体どうしたの!?」
「これはこれは…。人が壁にのめり込んどるわ…相当強く吹っ飛ばされたんじゃのぅ」
呑気に状況を観察するマスター。
(でも余裕はあまり無さそう…?何故かしら…って、人がめり込んでる!?バカトリオ以外もいるじゃない!本当に何があったの?)
とりあえず、4人の手当てを開始した。
*****
*イツキ視点
4人に質問を開始する受付嬢、もといソフィア。
だがトリオは恐怖が抜けきっておらず、まは全身の痛みが残っており、話すことができない。
比較的落ち着いてきた、痛みに多少耐性のあるDランクに質問する。
「一体何があって、あなた達は壁に?」
「やった者は誰かわかっているだろ?そうなった原因なんだけど…最初から説明すると…」
***
まずバカの3人が彼に絡んだ。
それに見かねた俺が仲裁に入った。
そしたら、お互いに言い合いになりヒートアップして…
バカの1人が椅子を投げつけてきて、それは避けて誰も当たらなかったんだけど、砕けてその破片が彼のフードに当たり、フードが脱げたんだ。
そして顔を見て…その…女性と、勘違いをしてしまい…。
トリオはそれをさらにバカにして。
俺も勘違いをしていたので、女性に向かってなんてことを、とか言い返して。
その途中で急に体に衝撃が走って、気がついたら壁に…
え…?他の人達?
多分だけど、彼が自分は男だ、って間違いを訂正したところで、他の奴らも驚きの声を上げたために、対象に入ったんだと思う。
もともと巻き込んでしまったけど、それが決め手になったのかと。
…はい、以上です。
***
「なるほど。確かにキレるかもしれないけど…」
「いささかやりすぎではないかのぅ」
「…マスター。いささかなんてものじゃないと思いますが」
性別を間違えられ、バカにされただけで4人が重症。
殺されそうにまでなっている。
どう考えてもやりすぎである。
イツキはといと、4人を殺せなかったことに不満を抱いている、事はなく。
もう既に興味を失っている。
話もほとんど聞き流している。
「ふむ、どうしたものかのぅ。……すまんが、仲裁に入っただけのお主には不服じゃろうが喧嘩両成敗、という形が妥当かのう」
「俺も間違えてはいたので、まあいいですが…」
「勿論、イツキじゃったかの?そやつにはペナルティを課すがの。イス一つ以外の破損物の弁償も、の?して貰うが、文句あるかのぅ?」
Dランクは元々、トリオを注意していたわけだから、一番の被害者と言えるかもしれない。
それなのに許すとは、かなり寛大な男だ。
イツキとは大違いである。
実はこいつ、主人公なのでは………くだらないことを言って申し訳ない。
マスターはイツキに罰は与えるといい、イツキに聞く。
「いい。いくらだ」
「そうか。どれくらいかかりそうじゃ?」
「そうですね…イス机一つづつに、壁の凹み修復ですから…そんないいものを使っているわけでもありませんし、銀貨1枚と銀貨4枚の計5枚ですね」
「今払おう」
イツキは特に何とも思わず、問題無いという。
ソフィアが勘定をし、値段を提示すると、問題なく払えそうなので、今この場で払うことにした。
ポーチから硬貨を取り出す。
「今すぐに払わなくてはいけないわけでは…少しづつでも構いませんよ?」
「ほお、魔法のポーチか。いいものを持っとるのぅ。だが収納魔法は使えんのかの?」
「問題無い。知らん」
ソフィアは無理をしているとでも思ったのか、慌てて付け足す。
そんな中、マスターは呑気にイツキのポーチに興味を示す。
だが、冒険者は魔法バッグより嵩張らない収納魔法を利用するらしく、実力者であるイツキがそれを使わないことに疑問を抱き、尋ねる。
イツキは2人に簡単に返事をして金をソフィアに渡す。
「お?それも知らんのか?Dランク以上なら大抵の者が使っておるぞ?」
「ものは知っている」
「使い方の事かの?まあ、いつか使えるようになるじゃろう。…弁償は終わったの?では後は、ペナルティだけじゃな。それに関してはわしの部屋で話そう。すまんがソフィアや、他のもの達を起こして掃除させておいておくれ。そろそろ皆が帰ってくるじゃろうからのぅ」
「………承知しました」
ジャイから収納魔法の存在だけは聞いていたイツキ。
使い方を知らないことに意外さを感じていたマスターは話を変え、ペナルティの話をする為に部屋へ来いという。
ついでに、そろそろ依頼を終えた冒険者達が戻ってくるので、ソフィアにかたずけを頼む。
ソフィアは不承不承といった体で返事をした。
「では頼むぞ。イツキや、ついて参れ」
「…」
マスター部屋へ歩き出すマスター、無言でついて行くイツキ。
どうやら表から行くようだ。
基本職員専用なので当たり前であるが。
階段をのぼると大人数で作戦会議の場として使われる広間に出た。
イスや机、ボードがある。
「ここは、主に作戦会議に使われるのじゃ。魔物の大群発生や、上級の危険魔物が確認された際、大人数で討伐に行く場合に使っとるの。といっても最近は平和なもんじゃがな」
「そうか」
「…それだけかの?素っ気無さ過ぎじゃぞ。…ソフィア相手のようにもっと反応してくれてもいいんじゃよ?」
すでに説明したことをさらに詳しく説明するジジイ…もといマスター。
素っ気ないイツキに、ソフィア相手には表情豊かな事をからかう様に言う。
「なんじゃ。惚れたのかの?あやつは1番人気じゃから大変じゃぞ」
「バカが」
「な、なんじゃとぅ。相変わらずの物言い…わし、ますたー…。ごほんっ。それに表情豊かなのは本当の事じゃろう?わしにもしてくれていいんじゃよ?」
「する必要が無い」
「…そうか。ないか…。悲しいのぅ…。なら、ソフィアにはする必要があると?」
「言う必要ない」
「はあ…まあいい。ほれ、ついたぞい」
話しながらゆっくり歩いていた為、思いの外時間がかかってしまったが、マスター部屋に到着した。




