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8「黙れ」ギルドマスター、受付嬢

〜壁にめり込んだ4人に向け、刀を振り上げたイツキは〜


 とりあえず真っ二つにしてやろうと、胴体に狙いを定め振り抜こうと力を入れ──


「待ってッ!!」


──制止の声がかかる。

 とりあえずやめるイツキ。

 まだ殺気は放っているものの、建物の軋みが聞こえないくらいには弱まっている。

 トリオとDランク達は助かった、と安堵する。

 制止の声の主は…


「これは何!?一体どうしたの!?」

「これはこれは…。人が壁にのめり込んどるわ…相当強く吹っ飛ばされたんじゃのぅ」


 受付嬢だった。

 傍には何者だろうか、老人が寄り添っている。

 この殺気の中で動けている受付嬢は、かなり凄いといえる。

 だが、日々冒険者を相手しているとはいえ、Dランクですら硬直してしまうような殺気の中で動けるようになるほどだろうか?

 それに後ろの老人は誰だろうか。

 試験管を呼ぶと言っていたので、試験管なのだろうか?

 日焼けした肌と筋肉質な体は、老人にはとても見えないが。

 その老人は、手酷くやられた4人と、それに巻き込まれたもの達に、同情の視線を向けている。

 4人がめり込み、他は全員床に伏せている惨状に、走って近づく受付嬢。

 だがイツキに近づき過ぎたのか、流石にかなり苦しそうな顔をしている。

 そんな受付嬢を見て老人が…


「ほれ、もう良かろう?とりあえずその殺気をしまいなさいな」


 と、殺気を引っ込める様、言う。

 イツキは素直に聞き入れ…


 サァ…


 という効果音が似合う様に、殺気が散っていった。

 気の緩みと安堵で気を失う冒険者達。

 普通に動ける様になった受付嬢が4人の介抱に向かう。

 老人がイツキに近づき…


「素直に従ってくれたことには礼を言うがの?ちと、やり過ぎてはないか?何があったというのじゃ。わざわざギルドの中で殺そうとするなど」

「そいつらに聞け」

「ふぅむ、面倒じゃの。それにあやつら臭いではないか。近づきたくもない。おぬしの所為じゃぞ?他の4人は喋れる状況ではないしの。じゃから、ほれ。おぬしが話せ」

「断る」


 口に出したくもないイツキは断り続ける。

 その姿に諦めたのか、老人は。


「はぁ。頑なじゃのぅ。何がそんなに嫌なのじゃ…」


 と、愚痴っていた。

 イツキは、


(別に回復させるなり、消臭するなり、遠くから聞けばいいだろうに)


 と考えていた。

 全て他人任せだが。

 この世界の回復方法を、見ておきたいとも考えていた。


「おぬしの考えている事は何となく想像がつくがの?回復させればいいとか、消臭とか…考えたじゃろ?今このギルドに回復魔法の使い手はおらん。魔法薬もこの程度では使えんし。物体がある限り、消臭しても無意味じゃから、近づけん。てか近付きたくない。無理じゃ。じゃから話してくれんかの?」


 イツキの心を読んだかのように、的確に指摘していく老人。

 老人も一旦はそう考えたからこその、回答だったのだろう。

 そんな老人にイツキは…


「…」

「無視かのぅ。悲しいのぅ、寂しいのぅ……!そういえば…」


 無視した。

 確かに考えていた事だが、正直回復方法以外、どうでもよかったため聞き流していた。

 ブツブツ言っていた老人が途中で何かに気づいたようにハッとし、イツキに声をかけた。


「…なんだ」

「おぉ、反応したの。いやいや、そうではなく。先ほど持っていた刀はどうしたのじゃ?ここに来た時も持っていなかったそうじゃが?」

「言う必要はない」

「…なんじゃのぅ。つれないのぅ。老人は労わるべきじゃよ?会話ぐらい付き合ってくれても良いんじゃよ?」


 うざいノリの老人である。

 そろそろ面倒さが振り切れてきたイツキは…


「黙れ、耳障りだ」


 と、オブラートに包みもせず、見惚れるほどのストレートで、繰り出す。


「なんとな!?此の期に及んで、なんという事を…。会話しか楽しみのない、この老人に向かって、非道な…。それでも人間か!?確かに種族を疑うわい!おぬしの種族、毒舌非道種に改めようかの…!?」

「黙れ、と。耳障りだ、と。言わなかったか?」


 極僅かにイラつき始めたイツキは、老人の数少ない白髪を見せつけるようにつまみ上げ、微かに威圧感すら滲ませ、小さく言う。

 言外に髪の毛抜くぞと脅しながら…

 そんなイツキに老人は微かに震え、目に僅かな怯えが浮かぶ。


「な、なんじゃ。そこまで怒る事なかろう…。言外に、数少ない髪の毛を引っこ抜く、と示唆するなど、鬼畜の所業じゃ!これだから、最近の若者はいかん。すぐキレおる。ああ、嘆かわしいのぅ」

「その、下手な怯えたフリの方が、嘆かわしいだろう」

「!!なんとっ、そんな事なかろう。これでも上手い方っ…やはり気づいとったか。つまらんのぅ」


 どうやら演技だった様だ。

 そこに、受付嬢があきれた様子で声をかける。


「何やってるんですか…4人の方が目を覚まされました。話を聞きますか?」

「そうじゃのう。聞けそうなら聞いておいてくれ」

「ご自分でお聞きください」

「何故じゃ!?そのくらい良いではないかっ」

「子供ですか…。あなたマスターでしょう!今暇してここにいるなら、そのくらい聞きなさい!このギルドのトップでしょうが!」


 かなり騒がしくなった。

 まだ床に伏している冒険者たちは気絶しているため、汚物が処理されておらず、まだ臭い。

 その為、近づくのが嫌な老人、もとい、マスターは受付嬢に任せようとする。

 その態度にキレる受付嬢は、トップに言うような事ではない言葉をぶつける。


「あ、あの…わし、君の上司…。てか、一番偉いんじゃけど…酷くない?」

「はあ?そんな事知ってます!何言ってるんですか!ほら、早くしてください。話を聞きますから。あ、カミモトさん…イツキさんも立ち会ってください。…そんな嫌そうな顔しないでください。不利な証言をされる可能性もあるので、お願いしますね」

「え、わしとの扱い、違いすぎない?わしマスターじゃよ?お偉いさんじゃよ?…ちょ、無視しないどくれ〜…」


 普段からこのような扱いをされているのだろう。

 マスターも腹をたてることなく、むしろ声が小さく情けないものになり、しぼむ。

 心なしか、少ない髪も萎えている。

 そんなマスターの微かな反抗にも普通に強く返すと、マスターを誘うとともにイツキも呼んだ。

 イツキもあの場に近づくのが嫌なのか、ほんの僅かに顔をしかめるが受付嬢に理由を説明され、渋々といった体で頷く。

 用件を伝え終わった受付嬢は、そのままその場を離れて行った。


「お?そういえばすっかり忘れとったの。自己紹介がまだじゃったな。わしはこのギルドでギルドマスターをしている、ルビルス=ジンガスじゃ。よろしくのう」

「…イツキだ」

「うむ。わしは貴族ではないからの。…あ、Eランク昇格決定ね。あれだけの事ができればAでも良いのじゃがな。流石に無理じゃしのう…」


 情けない声を上げていてもマスターである…さっと切り替え未だ行なっていなかった自己紹介をする。

 一応名前だけ返すという、本来行う筈であったEランク昇格試験をスルーして昇格決定となった。

 試験に関しては特に何事もなく、あっさりEランクになったイツキ。


 マスターはそれだけを言うと、渋っていたあの場へさっさと行ってしまった。

 そろそろ話を聞くようで、イツキもそこに向かった。


 *****


 *ソフィア*


 私は受付嬢の仕事をしている。

 この冒険者ギルドの受付嬢という仕事について、もう5年になる。

 そして、仕事内容はこの冒険者ギルドに来る、日々命がけで戦っている冒険者達の対応。

 そんな冒険者たちは短気で粗暴で、バカが多い。

 もちろんいい人や礼儀正しい人もいる。

 ただ、そういった喧嘩っ早い人が多いのは事実であり、更にこの都市には低ランクが多いため、そういった傾向が強い。

 そのため、くだらない事で喧嘩が起きることは多々ある。

 殴り合い、流血騒ぎは当たり前。

 武器を持ち出したら危ないけど、そうなったら大抵、周りが止めに入る。

 そのためか、ギルド内で大事に至ることは無い。

 いや、無かった。

 今日、起きた…起きてしまった。


 *****


 朝はいたって普通だった。

 冒険者が押し寄せて、依頼の受注を承認して、並んだ列を消化していく。

 この忙しい時間帯は受注専門カウンターとして、2人掛かりで行う。

 依頼受付やその他の処理を任されるカウンター2人の計4人体制になる。

 その時は多少怒鳴り声はしたが、それは日常。


 かなり暇な昼の時間帯となり、4人が一人づつ勤務につく。

 先に昼休憩の私は、最後の、15時入りになった。

 時間になり、交代のため今受付をしている(ミリア)に話しかけた。

 すると、そのミリア(年下で後輩の新人)が一つ、情報をくれた。

 それは、


「今日14時半は過ぎた頃ににマスターが、珍しく真面目な顔をして、しかめっ面のままキョロキョロしながら、降りてきたんですよ。それで私に…」


『何か異常があれば、すぐわしのもとに来なさい。なんでもいい。とにかく小さくとも、異変を感じたら来なさい』


「って、それだけ言ってマスターの部屋に戻っていっちゃいました。まあ、特に何事も無かったんですけどね!」

「そうなの…」


(マスターが真面目だったのなら、気を引き締めなくてはならないわね)


 あの人は、普段は近所のお爺ちゃんみたいな人だけど、実際は元Sランクでかなり強く頼り甲斐だってある、尊敬できる人。

 そんなマスターは、稀にすごい真面目な顔をする時がある…緊急事態・非常事態という時。

 思いの外下らない理由の時もあったけど、受付嬢にまで伝えるとなると本当にマズイのだと思う。

 まあ、何事もなかったようだし良かったけど…まだ続きがあるみたい。


「はい!ただそれだけで終わらなくて、その後の…何分か経ってから、急いだ、焦ったような感じで、冒険者の方が走り込んできまして。実はその人、Aランクの方だったんですよ!」

「!!そう。それでどうしたの?」

「あ、はい。それでAランクの方が…」


 Aランクがここへ来るのは珍しいので少し驚いてしまったけど、表には出さない。

 受付嬢の必須スキルなのだけど、実際に私が驚いていないように見えたのか、反応が無いことに詰まらなさそうにしている。


『今日、何か異変は無かったか?異常な魔物の発見報告など。何でもいい』


「って!マスターに言われたばかりだったので、さすがに何かあったんだろうと気付きまして、その方に、『マスターが似たことを仰いまして、注意しろと…』と言っていたって伝えたら…」


『流石はギルドマスターか、この距離で気付くとは…。お会いすることはできるか?』

『はい!少々お待ちください。確認してまいります!』


「それで、マスターに聞いたら『ここに連れてこい』、っていうので、お連れしました。

 10分程で戻ってきて、何も言わずに走って出て行っちゃいましたけど」


 いちいち、そのAランクの人を真似て言う必要はあるの?

 そもそも本人を知らないから、似ているかどうかも分からないのに。


(でも、正しい選択ができたのは良くやったわ…新人だけど結構有能なのよね、ミリアって。それにしても…結構大事になっているのかしら?)


 Aランクの冒険者が焦るような事で、わざわざ面会に来る程の事…


「そういうことがありました、っていう報告です!」

「ありがとう。助かったわ」

「いえいえ、それでは休憩に行きますので!」

「ええ、気をつけて」

「はい!先輩こそ!では!」


 どこかで異変が起きている、それがミリアもたらしてくれた情報。

 恐らく、この都市の外。

 流石、この距離で気付くとは、というのかなり離れた所で起きたからこその言葉だろうし。

 それこそ、都市のすぐ横にある森の中か。

 遠くの異変を察知するということは、強い魔力でも湧き上がったのか。

 何にしても、私には少し推測することしかできない。

 後のことは強い人に任せて、異変を見逃さないようにしよう。


 そうして時間が経ち、依頼を終えて帰ってきた冒険者、計2組の依頼完了の手続きをして、15時半を回る頃に1人の人物がギルドに入ってきた──


「ご依頼でしょうか?」

「いや…」


「冒険者登録に来た」


──そう、イツキさんだった。

今回では、少し頑張って、ギャグを入れてみました。少しでも笑えてもらえれば嬉しいのですが…こういった才能のない自分が恨めしいです…orz

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