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「おっと、動くな!」

 そう言ったのはディーラーだった。ゴドーのこめかみに冷たい金属が当てられる。レーザーの出力を高める電子音が、ゴドーの耳元で耳障りに響いた。

「久し振りだな、巽」ディーラーは、ゴドーに銃を向けたまま、日本語でそう言って、サングラスを外した。

「――やっぱり、和泉!!」

「お前ら、グルだったのか?! こんな事をしてただで済むと思うなよ!」

 ゴドーの脅しを、和泉は笑って受け流す。

「ただじゃ済まないのはどっちかな? あんたらが人身売買やら、DNA密売やらに手を染めてる事は、もう調査済みでね」

「証拠のデータもいただいたよ」

 そう言って、巽を庇うようにして、するりと白い影が傍らに進み出た。

 それは巽の良く知る人物だった。

 煌くプラチナブロンドに、天上の青を映すブルーアイ。いつものように中国風の白い長衣を身に纏った美貌の青年、ジェームズ・(ウォン)がそこに立っていた。

銀月(インユー)! やっぱり、さっき見たの、あんただったのか」

 巽の飛び上がらんばかりの喜びように、王は複雑な表情で苦笑を漏らした。

「幸星――こんなところで何してるんだい? 危ない事に首を突っ込むなって言ってるだろう?」

「危なくないって、言われたんだもん」

 巽の言葉を受けて、王がぎろりとカッツを睨んだ。日本語だったので、カッツに話の内容はわからなかったものの、王に睨まれてカッツは背筋にじっとりと冷や汗をかいた。

「おい、そこの兄妹、その金をトランクに詰めて、こっちに来な」

 和泉がカッツ達に顎をしゃくる。カッツと妹は言われるままに巽のスーツケースと、傍に置いてあった幾つかのジェラルミンケースに全ての金を詰め込んだ。重いケースを引きずりながら、和泉の背後、窓際へと移動する。

「馬鹿め、此処から逃げられると思っているのか? まさか窓から飛び降りる気じゃあるまい? 此処は五三階だぞ」

「だからどうした?」

 和泉の返事はにべもない。ゴドーは驚きを通り越して、怪訝な顔をした。

 王が巽を連れてゆっくりとテーブルを回って来る。

 巽はふと、王の背後を狙う男に目を留めた。

「あっ――!」危ない、と言う間さえなかった。

 突然、王の背をかばうようにして巽が躍り出るのと、男の銃口が火を噴くのは同時だった。

 巽の胸に、鋭い衝撃が走った。

 崩れる巽の体を、王が抱き留める。

「――幸星!!」

 全てが一瞬の事だった。

「ちっ」と舌打ちして、和泉はゴドーのこめかみを撃った。女の悲鳴がこだまする。ばったりと倒れた男には目もくれず、窓に向かってケースを放り投げる。飛び散るガラスの向こうに、ケースが小さくなっていった。

 部下の男達の銃撃は、しかし誰にも当たらず、何か小さな粒が、王等の目の前の空間に留まったまま溜まっていく。

 それは鉛の弾だった。その異様さに、男達は手を止め、呆気に取られた。

 王の瞳が、怒りと哀しみに、青く輝く。

「やばっ!」

 焦ったように和泉は、カッツ兄妹を窓の外に無理矢理放り出す。悲鳴を上げて落ちる兄妹の後から、和泉が飛び降りたのと、王の体から青い火花が散ったのは同時だった。それは、空中に溜まっていた弾丸に接触し、連鎖的な爆発を引き起こした。

 爆音が響く中、爆風に押されるようにして、砕け散る壁の残骸とともに、王は巽を抱えて飛び出した。

 建物の真下に待たせていたトラックの荷台には、ウレタンがうず高く積まれていた。柔らかなクッションの中へ、大した衝撃もなしに落ちたカッツは、夢でも見ているのかと我が身を疑った。

 続いて和泉が妹を抱えてふわりと降りて来た。まるで地球の重力がそこだけ半減しているかのようなその光景に、カッツは呆気に取られた。妹は何が起こっているのかわかっていないらしく、ひたすらきゃあきゃあと悲鳴を上げている。そんな彼女を慌てて受け取って、カッツは和泉に聞いた。

「あんた……あんた等一体何者なんだ?」

「ああ? ……ま、正義の味方ってやつかな?」

 面倒臭そうに、和泉は適当な事を言ってごまかした。

 ぐったりとして動かない巽を抱えたまま、王がゆっくりと降りて来た。そのまま、ウレタンマットの上に、巽を横たえる。

「――幸星! 目を開けろ、幸星!!」

 巽を呼ぶ王の声に悲痛な響きが滲む。

「タツミ?! まさか、死んじまったのか?」カッツの言葉に、和泉も眉根を寄せる。

「……いや、まだ……」

「幸星、……幸星っ!」

 その髪を、瞼を、頬を愛しく撫で摩りながら、王は必死で巽を呼び続けた。

「ん……」僅かな瞬きの後、巽がうっすらと目を開ける。

「幸星……!」

「銀月……」王に向かって伸ばそうとするその手を、王がしっかりと握り返す。

「怪我……しなかった? 銀月」

「私なら、大丈夫だ……」

 青い瞳が、泣き笑うように滲んだ。

「よかった……っ!」急に肺に息苦しさを感じ、巽は激しく咳き込んだ。

「幸星! もういいから喋るな、今病院に連れて行くから!」

 まるで、魂が離れて行くのを恐れるかのように、王は巽の体を強く抱きしめた。

「いたたっ、痛いよ、銀月っ!」

「おい……」一番早く冷静さを取り戻したのは、和泉だった。

「痛い……って、お前、胸撃たれたんじゃないのか……? 血、出てねえよな」

 言われてみれば、確かに巽の胸に血の滲んだ跡はない。ただ、ジャケットに焼け焦げたような小さな穴が開いているだけだ。

「あ……これ!」巽は胸の内ポケットから、何かを取り出した。

 それは捩れて折れ曲がった一組のカードだった。銃弾はこれに当たり、めり込んだまま途中で止まっていたのだ。

「それは我が社の新製品でして、形状記憶合金が挟み込んであるんですよ。――ああ、でもさすがに鉛の弾じゃあ、潰れたままですねぇ」

 助手席のドアから這い出して来たモリノが、荷台へ移って来て喋り出したので、カッツが大声を出した。

「あんた、俺の車はどうしたんだ?!」

「ああ、それならこの人に言われて、別の駐車場に移しときましたよ。で、私はこの車で待機してろって、言われたもんで」

 モリノは和泉を指差しながら、そう応えた。

 和泉の合図で走り始めたトラックが、大通りへ出るところだった。

「――よかった、幸星……無事で……」

 王はしっかりと巽を抱きしめて、頬を摺り寄せた。

「私の心臓が止まるかと思ったよ……?」

 まだ心配そうにしている王の、泣き笑うような、心もとないような眼差しに、巽は胸の奥を締め付けられる思いがした。

「あっ、そういや、ジェームズお前――まさか、やっちまったんじゃぁ……?」

 夜空に白く浮かび上がる、遠ざかるビルの煙を見上げながら、和泉は焦ったように言った。

「いや、爆発の威力は最小限に抑えた。――鉛の弾ばっかりで火薬はなかったからね。壁は壊してしまったけどね。――それより、そっちは?」

「レーザーの出力は弱めてあったんで、撃っても気絶する程度だな」

「じゃあ、ゴドーの野郎は生きてんのか?」

 カッツの苦々しい顔に、和泉は苦笑を漏らした。

「俺達は人殺しはしない。但し、死にはしなくても、息の根は止められるぜ」

 そう言って、懐からディスクを取り出してみせた。それにはゴドーの密売組織の詳細なデータが書き込まれているのだ。もはや、悪党に逃げ場はないだろう。

「あっ……! 痛いよ、銀月。……ちょっと……っ!」

 巽の声に、和泉ははっとして振り向いた。

「なにやってんだ、てめぇは?!」

 見れば王は巽の服の前を開いて、手を突っ込んでいるではないか。

「……何って、傷の具合を見ているんじゃないか。――ああ、酷い痣が出来てるよ。まあ、骨に異常がなさそうだから良かったけど」

「ほんと……? 跡残っちゃうかな?」巽がちょっと不安そうな顔をする。

「大丈夫だよ。――これくらいならすぐに綺麗にしてあげるよ」

 と、言って王は巽の胸に顔を埋めた。

「わっ?! ちょっと、銀月?!」

「なにやってんだ、てめぇは?!」

 今度こそ激怒して、王を蹴っ飛ばした和泉だった。

 巽の胸の痣がすっかり綺麗に消えていた事は、巽だけの秘密である。




 この話は、以前イベントで無料配布したものを加筆訂正したものです。

 タイトルはスティーブ・マックイーン主演映画から。

 紙幣をプレスしてまとめるアイデアは、以前テレビで(確かトリビアの泉だったかと)お年玉袋に最大何枚の紙幣が入るのかという実験をやっていて、プレス機でぴっちりプレスしたら100枚くらい入ったのを見て思いついたものです。

 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


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