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ゴドーが配られたカードを確かめて、にやりと笑った。
巽はカードを見なかった。テーブルに伏せたまま、手も付けない。
「どうしました? 見なくていいんですか?」ゴドーの態度には余裕がある。
「カードの交換は?」
ディーラーの低く響きの良い声に、やはり何処かで聞いた事がある、と、巽は思った。
「いいえ、結構。――まずは三千万で、コール。――ああ、それを三百個ばかり出して貰える?」
巽の指示で、ディーラーはスーツケースの中から直方体の小さな包みを三百個取り出した。ゴドーがごくりと息を飲む。小さな包みをあらかた取り出したと思ったら、その下に、また同じものがぎっしりと詰まっていたのだ。
「――では、こちらは四千万でレイズ」
ゴドーの顔には焦りの色が滲んでいる。巽はもったいぶった仕草で、ディーラーに指示を送る。
「更に三千万上乗せで、六千万」
ゴドーは更に奥から資金を持って来させた。
「では、こちらも二千万上乗せで、コール」
「じゃ、一千万足して、レイズ」
ゴドーの焦燥は、歯軋りとなって現れた。巽は相手の資金が底を尽く事を狙っているのだろう。既にゴドーの手元の資金はないに等しい。
その時、店の奥から部下らしい男が一人、ゴドーに近寄って耳打ちした。男の表情が残忍な笑みへと変わる。
「どうやら君のお友達を、此処へ招待しなければならないらしい」
店の奥から、罵声と怒鳴り声がこだました。男が一人、部下達の手によって、巽の前に引き据えられた。
「カッツ!」
「――すまねぇ、タツミ。捕まっちまった」
余程殴られたのか、カッツは顔中を赤紫色に腫らして、口元には血も滲んでいる。
ゴドーの嘲るような笑い声が響いた。
「大した度胸と褒めてやろうか? 何者か知らんが、随分とナメた真似をしてくれるじゃねぇか!」
ゴドーの嘲笑に、巽の笑い声が重なった。良く通る、何処か音楽的な響きさえ感じさせるその声に、一瞬誰もが言葉を失った。
「……何者だか知らないって? なるほど、さすがもぐりのカジノだ」
「なんだと?」訝しむゴドーは、一瞬の後、はっとして目を見開いた。
「タツミ……だと? まさか、あのタツミ・コーセーか?! 負け知らずのギャンブラー!!」
「ご名答」巽の微笑は妖艶ささえ醸し出す、不敵なものだった。
「は、は……なるほど、こんな事もあるものだな! あの負け知らずのタツミ・コーセーの鼻をあかす日が来るとはな。――どうです? タツミ。彼の命と引き換えに、勝負してあげてもいいんですよ?」
ゴドーの要求に、巽はわざと余裕たっぷりの態度で応じた。
「彼と、彼の妹さんの身代を提示して貰えるなら、全額賭けましょう」
「全額……だと?」
「確か二千個近く詰め込んだかな?」
「二千個……二億?!」
驚きのあまり身を乗り出して、ゴドーは大声を上げた。部下達の間からもざわめきが漏れる。
「い、いいだろう。――おい、妹ってなどいつだ?」
「ナオミって娘だ。――てめぇんとこの連中が、昨日さらって行きやがったんだ!」
「――ああ、あの馬鹿な娘か。――連れて来い」
ゴドーの指示で、部下が奥から、まだ少女と言っていい年頃の娘を連れて来る。
「ナオミ!」
「お兄ちゃん」
少女は舌足らずな言葉で、カッツを不思議そうに呼んだ。自分の状況さえ、良く理解していないらしい。
「では、こちらは全額上乗せで、コール」
巽の落ち着き払った様子にゴドーは一瞬眉を顰めたが、それはすぐにいやらしい微笑みに変わる。
「ショウ・ダウン!」
不慣れなディーラーの代わりに、巽が良く通る声で宣言する。
先にゴドーがカードをめくった。
「Qと10のフルハウス」
それを受けて、巽は一枚ずつカードをめくった
2、3、4、5、6。いずれもマークはスペード。
「ストレート・フラッシュ」
「そんな馬鹿な?!」ゴドーは勢い良く椅子を蹴った。「イカサマだな?! 一度もカードを見もしないで、おかしいと思ったんだ。カードをすり替えやがったな」
「とんでもない。なんなら貴方の手元のモニターでチェックしてみたらどうです? そこのレリーフに隠し込んであるカメラで撮った映像を、ね」
「な……?!」図星を指されてゴドーは声を詰まらせた。
巽は傍らの女を引き寄せ、その豊かな胸に顔を埋めるようにして、笑った。
「イカサマ野郎は――そっちだろっ!!」
女の胸元でワーッと大声を出すと、ゴドーはひっと喉を鳴らして、慌てて耳の奥から何かを取り出して放り出した。
それはワイヤレスのイヤホンだった。女達の胸元を飾るアクセサリーに、ワイヤレスマイクが仕込んであったのだ。
「女の子に相手の手札を覗かせて、こっそり情報を得るなんて、使い古された手だね、ゴドーさん」
巽が一度もカードを見なかったのは、彼女達に情報を渡さない為だったのだ。
「くそっ……このまま無事に済むと思うなよ!」
激昂するゴドーの言葉を合図に、部下達が一斉に銃を構えた。