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「こちらへどうぞ」
ゴドーの案内で通された部屋は、先ほどよりは小ぢんまりして、やや照明を落とした部屋だった。壁を飾るレリーフとレリーフの間に、厚いカーテンを下げた窓がある。部屋の中央に設えられたポーカー用のテーブルを挟んで、巽が壁際、ゴドーが窓際の席に着いて向かい合う。ディーラーがその横に立って、新しいカードの封を切った。
「アンティ(参加料)は一万。チップがなくなったら、現金でも構いませんよ。――ああ、勿論幾らかこちらがお貸しする事も出来ますから、どうぞご心配なく」
「そりゃどうも」ゴドーの言葉に、巽は気のない返事を返す。
そうやって素人から金を巻き上げるだけでなく、借金までさせて全てを奪い取ろうという算段らしい。例えばカッツの妹のように。
「それなら始めから現金で賭けましょう。このチップを換金して下さい」
巽の打診に、ゴドーは顔を強張らせた。
「しかし、それは――」
「おや、換金出来ない筈はないでしょう? さっきそう仰ったじゃありませんか」
「……わかりました。――おい」
ゴドーが後ろに控えていた従業員に顎をしゃくる。暫くすると、二人がかりで台車いっぱいに積み上げた札束を持って来た。巽にへばりついている女達が黄色い声を上げる。さすがの巽も、これほど沢山の百ドル札の山を見たのは初めてだった。
「では、始めてよろしいですか?」
ディーラーの声に二人は頷いた。
勝負は終始、巽の劣勢だった。相手がコールしても、巽は自信がないのか、殆ど降りてしまう。アンティだけが次々と没収され、札束の山は見る間にゴドーの方へと移って行ってしまった。
「どうします? ――まだやりますか?」ゴドーの顔はますますにやけていやらしい。
「――なんなら幾らかお貸ししてもよろしいですよ?」
「――それには及びません。地下の駐車場に、まだ幾らか軍資金が残っていますから。取りに行ってもいいでしょうね?」
巽の申し出に、ゴドーは口の端を歪めた。
「それなら、うちの若いのを取りに向かわせますから、こちらでお待ち下さい。――おい」
ゴドーが再び顎をしゃくると、薄青いサングラスをかけた、やけにひょろっと背の高い男が一歩進み出た。巽は仕方なく携帯端末を取り出して、音声オンリーでモリノを呼び出した。
「ああ、俺です。悪いけど、俺のかばん、今から行くノッポの人に渡して下さい。――はい、よろしく」
巽は若い男に向き直り、「うちの運転手が用意してますから、彼から受け取って下さい」と、言った。男は「かしこまりました」と、一礼して部屋を後にした。
巽はあれ、と思った。あの男を何処かで見たような気がしたのだ。いや、東洋人らしい顔立ちと、訛りのない英語を話すところがそう思わせただけかも知れないが――
数分後、男がやたら大きなスーツケースを、やけに重そうに引きずって戻って来た。
「ほう。随分重そうですが、まさか金貨でも詰まってるんですか?」
「いいえ、とんでもない」
巽は、新しい玩具を与えられた子供のような顔をして、スーツケースに親指を当てた。僅かな空気圧の音と共にケースが開く。中にはびっしりと、紙に包まれた小さな直方体の塊が詰まっていた。
「何のつもりですかな? それは。――うちは現金しか……」
「現金ですよ」渋るゴドーを遮って、巽は直方体の一つを摘み出した。「きっちりプレスされた千ドル札が百枚、この小さな塊に詰め込んであります。――ご覧あれ」
包み紙を破ると、小さく折りたたまれた千ドル札が一気に飛び出した。ゴドーを取り巻いていた部下の男達がどよめき、巽の傍では女達が歓喜の声を上げた。テーブルに散乱したそれを広げて確かめたゴドーが低く唸る。
「確かに本物のようだ。……だが、それが全て本物かどうかは……」
「全て本物です。――でも、仮に本物じゃないとしても変わりはないでしょう? 本物かどうかは、貴方が勝ってから調べても遅くはない。もし、本物でなかったとしても、それは貴方に借金した事と同じ事だ」
巽の言う事も尤もだと思ったのか、ゴドーは渋々頷いた。
「……わかった。それを賭け金と認めよう」
「ところで……」巽は大きな瞳をくるんと動かして、「そろそろディーラーを代えて貰える?」と、言った。「ああ、その背の高い人でいいですよ」
巽のスーツケースを運んだ男を指名する。ゴドーは鷹揚に笑ってみせた。
「これはまだ新入りでしてね。ディーラーには向きませんよ」
「何もカードをすり替えろって言うんじゃないんですから、配るだけなら誰でも出来るでしょう?」
巽の挑発に、ゴドーは一瞬歯を剥き出した。だが、それはすぐに怒りから卑屈な笑みへと変わった。
「いいだろう。――おい、新入り。カードを配りな!」
「じゃ、まずはアンティ」
巽はテーブルに散乱していた千ドル札から、十枚ばかりをポットに入れた。ゴドーもそれに倣う。ディーラーはそれまでのカードを破り捨て、新しいカードの封を切った。不慣れな手つきではあったが、カードを五枚ずつ配り、ゲームが再開する。