表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3


「こちらへどうぞ」

 ゴドーの案内で通された部屋は、先ほどよりは小ぢんまりして、やや照明を落とした部屋だった。壁を飾るレリーフとレリーフの間に、厚いカーテンを下げた窓がある。部屋の中央に(しつら)えられたポーカー用のテーブルを挟んで、巽が壁際、ゴドーが窓際の席に着いて向かい合う。ディーラーがその横に立って、新しいカードの封を切った。

「アンティ(参加料)は一万。チップがなくなったら、現金でも構いませんよ。――ああ、勿論幾らかこちらがお貸しする事も出来ますから、どうぞご心配なく」

「そりゃどうも」ゴドーの言葉に、巽は気のない返事を返す。

 そうやって素人から金を巻き上げるだけでなく、借金までさせて全てを奪い取ろうという算段らしい。例えばカッツの妹のように。

「それなら始めから現金で賭けましょう。このチップを換金して下さい」

 巽の打診に、ゴドーは顔を強張らせた。

「しかし、それは――」

「おや、換金出来ない筈はないでしょう? さっきそう仰ったじゃありませんか」

「……わかりました。――おい」

 ゴドーが後ろに控えていた従業員に顎をしゃくる。(しばら)くすると、二人がかりで台車いっぱいに積み上げた札束を持って来た。巽にへばりついている女達が黄色い声を上げる。さすがの巽も、これほど沢山の百ドル札の山を見たのは初めてだった。

「では、始めてよろしいですか?」

 ディーラーの声に二人は頷いた。

 勝負は終始、巽の劣勢だった。相手がコールしても、巽は自信がないのか、(ほとん)ど降りてしまう。アンティだけが次々と没収され、札束の山は見る間にゴドーの方へと移って行ってしまった。

「どうします? ――まだやりますか?」ゴドーの顔はますますにやけていやらしい。

「――なんなら幾らかお貸ししてもよろしいですよ?」

「――それには及びません。地下の駐車場に、まだ幾らか軍資金が残っていますから。取りに行ってもいいでしょうね?」

 巽の申し出に、ゴドーは口の端を歪めた。

「それなら、うちの若いのを取りに向かわせますから、こちらでお待ち下さい。――おい」

 ゴドーが再び顎をしゃくると、薄青いサングラスをかけた、やけにひょろっと背の高い男が一歩進み出た。巽は仕方なく携帯端末を取り出して、音声オンリーでモリノを呼び出した。

「ああ、俺です。悪いけど、俺のかばん、今から行くノッポの人に渡して下さい。――はい、よろしく」

 巽は若い男に向き直り、「うちの運転手が用意してますから、彼から受け取って下さい」と、言った。男は「かしこまりました」と、一礼して部屋を後にした。

 巽はあれ、と思った。あの男を何処かで見たような気がしたのだ。いや、東洋人らしい顔立ちと、訛りのない英語を話すところがそう思わせただけかも知れないが――

 数分後、男がやたら大きなスーツケースを、やけに重そうに引きずって戻って来た。

「ほう。随分重そうですが、まさか金貨でも詰まってるんですか?」

「いいえ、とんでもない」

 巽は、新しい玩具を与えられた子供のような顔をして、スーツケースに親指を当てた。(わず)かな空気圧の音と共にケースが開く。中にはびっしりと、紙に包まれた小さな直方体の塊が詰まっていた。

「何のつもりですかな? それは。――うちは現金しか……」

「現金ですよ」渋るゴドーを遮って、巽は直方体の一つを摘み出した。「きっちりプレスされた千ドル札が百枚、この小さな塊に詰め込んであります。――ご覧あれ」

 包み紙を破ると、小さく折りたたまれた千ドル札が一気に飛び出した。ゴドーを取り巻いていた部下の男達がどよめき、巽の傍では女達が歓喜の声を上げた。テーブルに散乱したそれを広げて確かめたゴドーが低く唸る。

「確かに本物のようだ。……だが、それが全て本物かどうかは……」

「全て本物です。――でも、仮に本物じゃないとしても変わりはないでしょう? 本物かどうかは、貴方が勝ってから調べても遅くはない。もし、本物でなかったとしても、それは貴方に借金した事と同じ事だ」

 巽の言う事も尤もだと思ったのか、ゴドーは渋々頷いた。

「……わかった。それを賭け金と認めよう」

「ところで……」巽は大きな瞳をくるんと動かして、「そろそろディーラーを代えて貰える?」と、言った。「ああ、その背の高い人でいいですよ」

 巽のスーツケースを運んだ男を指名する。ゴドーは鷹揚に笑ってみせた。

「これはまだ新入りでしてね。ディーラーには向きませんよ」

「何もカードをすり替えろって言うんじゃないんですから、配るだけなら誰でも出来るでしょう?」

 巽の挑発に、ゴドーは一瞬歯を剥き出した。だが、それはすぐに怒りから卑屈な笑みへと変わった。

「いいだろう。――おい、新入り。カードを配りな!」

「じゃ、まずはアンティ」

 巽はテーブルに散乱していた千ドル札から、十枚ばかりをポットに入れた。ゴドーもそれに倣う。ディーラーはそれまでのカードを破り捨て、新しいカードの封を切った。不慣れな手つきではあったが、カードを五枚ずつ配り、ゲームが再開する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ