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「おい、イカサマだな?! てめぇ、カードに印を付けやがったろう!!」

 男の罵声に、言われた方はちょっと肩を竦めてみせた。あまりに彼ばかりが勝ち続けるので、一番負けの込んでいる男が怒りをぶつけたのだ。

 メトロポリス・ニューオーリンズは、北米大陸を南北に縦断するミシシッピ川の河口流域に広がる大きな独立都市(メトロポリス)である。市の中央に林立する官庁街を中心に、広く商工業地が軒を連ね、その外側を囲むように住宅地が大きな集落を形成している。更にその外側は、広大な農地が広がっていた。

 その店は、商業地と住宅地の境目の辺りに位置する、小さな歓楽街の中にあった。仕事帰りの勤め人や、工場勤めの工員達が、自宅に戻る前に一杯引っ掛けていくのにちょうどいい店だった。カウンターには屈強な親父が、愛想のない顔で客に水割りを作っている。ウェイトレスもおらず、幾つかあるテーブル席の客は、自分で飲み物を取りに行くシステムだ。店の奥にはビリヤード台と、カードゲームに興じる為のテーブルが一つずつ置いてあるだけの、小ぢんまりとした店だった。

 (たつみ)幸星(こうせい)は「困ったな」と、低く笑った。尤も言葉ほど困った様子はなく、春霞のように、何処かのんびりとした笑顔だった。相手の男は、勢いを飲まれたか、惚けたように一瞬言葉を失ってしまう。巽はその隙に、さっさと言いたい事を言ってしまう事にした。

「そのカードはね、特別なコーティングがしてあるんだよ。形状記憶合金が挟み込んであるから、折り目を付けておく事も出来ないし、何か印を付けようとしても、すぐ消えてしまうように出来てるんだ――ほらね」

 巽は自分の持っていたカードを一枚抜き出して、カウンターから借りて来たペンでその上に丸を描いてみせた。油性のそれで描かれた丸は、みるみる内に消えてなくなってしまう。

「我が社の新製品なんですよ。特許出願中です」

 巽の隣にいた、いかにも商社の営業マンといった身なりの男が、得意げに胸を張った。

「それにカードの裏には特別な図形が描かれていて、すり替えればすぐわかるのさ!」

 言うが早いか、巽は言いがかりを付けた男のカードをさっと取り上げ、その内の一枚を自分の一枚と比べてみせた。細かな幾何学模様の描かれたカードの裏は、一見どちらも同じように見える。だが、巽が二つのカードを傾けてみせると、一方のカードにだけ、女の顔が浮かび上がった。

「この隠し絵は、ご注文によりどんなロゴでも入れられますよ。お店の名前とか、オーナーの似顔絵なんか、どうです?」

 営業マンはにこやかに言った。巽は男に向かって、にっこりと人懐こく微笑みかけた。

「すり替えたでしょう? カード。――イカサマはあんたの方だよ!」

「ちくしょうっ! ――ハメやがったな?!」

 図星を指された男は、激昂して巽に掴みかかった。だが、巽は胸倉を掴まれても、目を逸らさない。

 男の振り上げた拳は、巽に届く寸前、誰かに掴み止められた。

「よしな、おっさん。醜いぜ」

 掴んだ手首を捻じり上げながら、その男はにっと口の端を歪めた。

 ラテン系らしい濃く太い眉に、黒い髪、浅黒い肌をした、精悍な顔立ちの男だったが、どうにも堅気には見えない容姿である。口の周りだけ細く髭を剃り残し、耳にも鼻にもピアスがぶら下がっている。背丈は巽と変わらない位だが、幅は巽の倍はありそうなほど、みっしりと頑丈な筋肉で覆われている。

 手首を掴まれた男は、捻じり上げられた腕を庇うようにして、肩を押さえて(うずくま)った。ラテン系の男は、そのイカサマ男を壁に叩き付けるようにして放り投げると、吐き捨てるようにこう言った。

「失せな、イカサマ野郎!」

 投げ飛ばされた男は、何事かぶつぶつと呟きながら、そそくさと店を飛び出して行った。

「わぁ〜〜かっこいい! 西部劇みたい!」歓声を上げて喜ぶ巽につられて、営業マンも手を叩いた。

 ラテン系男は巽に向き直ると、打って変わった優しい口調と態度で言った。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

 きょとんとした巽の隣で、営業マンが吹き出した。

「お譲ちゃんじゃないよ、男だもん」

 巽はそう言って、ぷう、とふくれっ面をしてみせた。そうしていると、ますます可愛らしいので、説得力は何もないが。

「なんだって?」ラテン系は驚いて、まじまじと巽を見た。艶やかな黒髪に、大きな黒い瞳はくりっとして人懐こい。確かに一見しただけでは、性別を判断しがたいところがある。

 営業マンはとうとう腹を抱えて笑い出した。どうやら笑い上戸らしい。

 巽は気を取り直して、礼を言った。

「助けていただいて、ありがとうございました。俺は(タツミ)幸星(コーセー)。こちらの馬鹿笑いが止まらないのは、エミール・モリノ。ゲームメーカーの営業マンです」

「そうかい」男はにっと笑ってみせた。「俺はロベルト・カッツだ。よろしくな、お兄ちゃん」

 カッツは明らかに巽より年上に見えたが、そう言って気さくに片手を差し出した。巽もそれに倣って握手を交わす。

「しかし、あんた大した度胸だな」

 カッツの感心に、モリノがなんとか笑いを納めながら言った。

「はは……、この人は凄腕のディーラーなんですよ。勿論、強運のギャンブラーとしても、業界じゃ有名でして。今日はうちの新製品を試しに使って貰おうと、お越しいただいたんですが……あのイカサマ師のお陰でいい実験になりましたね」

「うん、そうだね。――持った感じは普通のカードと変わらないし、カジノで使うにはいいと思うよ。ポーカーの大きな勝負なんかでは使えないけどね」

「どうしてです?」モリノの問いに、カッツも興味深げに身を乗り出す。

「何時間も掛かりそうな対戦勝負の時には、新しいカードを開けては、前のカードを破り捨てるからね。これ、破れないでしょ?」

 巽はカードを一枚取り上げて、半分に折りたたんだ。カードは三人の見ている前で、みるみるもとの姿に戻り、遂には折り目さえ見えなくなった。

「なるほどな。――しかしこれじゃ、こっちもイカサマ出来ねぇんじゃねぇか?」

「当たり前だよ。イカサマ防止の為のカードなんだから!」

「じゃ、あんたイカサマなしで、ずっと勝ち続けかよ?!」

 カッツはテーブルの上に山と積まれた紙幣(チップ)を前に驚嘆した。

 世界政府が公認する共通通貨以外にも、その地域の貨幣価値に合わせた地方通貨が存在する。北米地区ではドル紙幣が、今も広く庶民の日常に浸透していた。巽の目の前には、二万ドル近い札束がうず高く積まれていた。

 カッツは急に真剣な面持ちになって、巽に体ごと向き直った。

「なぁ、あんたのその腕を見込んで、俺に力を貸してくれねえか?」

「イカサマならお断り」

 巽の軽口に、カッツは勢い良く首を振った。

「そうじゃねぇ! ――あんたはただ、その強運で店の連中をあっと言わせてくれりゃぁいい。心配はいらねぇ。絶対危ない目には合わせねぇ、約束する!」

 先ほどまでと打って変わった男の真剣な眼差しに、巽も真摯な面持ちで、頷いた。


 

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