新領土と新戦力 ④
「鳥居たちのことはわかった。では、そっちの3人の方も話を聞かせてもらおうか?」
二本松は鳥居ら海上自衛隊関係者から話を聞き終えると、続いて残る3人の男たちにも話を聞く。最初に話し始めたのは空技廠に所属していた坂卓実元大尉であった。
空技廠とは、航空技術廠の略称である。帝国海軍における新型機や航空機関係の新装備の研究開発を行っていた機関で、「彗星」などの機体を送り出している。
「先ほど少し申し上げましたが、私たちは昭和20年10月に、東京を出港してアメリカのサンディエゴに向かいました」
「その目的は?」
「進駐軍、というよりアメリカに対しての協力です。アメリカ軍は、日本占領後に我が軍の兵器の一部を研究材料として本国に送還しました。もちろん、航空機も含まれています」
「なるほど」
昨日までの敵国の最新技術が手に入ったのならば、それを徹底的に研究するのは当然であろう。
「私はその付き添いとして、こちらの広技師とともに米本土に渡ることになりました。機体は現地で飛行試験を行う予定だったので、日本側からもエンジニアの派遣を求められまして」
日本製の機体を研究する上で、それらを知り尽くした日本側技術者に協力を求めるのも至極当然だ。軍に所属していた坂大尉なら、断りようがないだろう。
「広技師は中島飛行機の技師と言ったね?民間人の身分でよく参加を決めたもんだ」
中島飛行機は、日本を代表する航空機メーカーだ。元海軍機関科士官の中島知久平が興した会社で、陸軍の一式戦「隼」や四式戦「疾風」、海軍だと「天山」艦攻や「彩雲」艦偵を送り出すとともに、大量生産方式を駆使して、三菱の零戦を本家以上の大量にライセンス生産している。
とはいえ、空技廠は軍の機関であるのに対して、中島飛行機は何だかんだ言っても一民間企業であり、そこで働く技師も民間人に過ぎない。その一民間人に過ぎない彼が、敗戦間もなく敵国に渡るというのは、例え命令であっても相当勇気がいることだと二本松は思った。
しかし、広技師はそんな態度をおくびにも出さずに答えた。
「確かに、敵国に渡るのは勇気がいることでしたけど、逆に言えばそのような機会そうそう得られるものではありません。それに、アメリカの航空技術を学ぶこともできます。日本の航空研究は禁止されましたが、いずれ復活するその日のためにも、知識は得るべきです。そのための危険でしたら、悪いものではないでしょう」
彼の言葉に、皆ジーンとくる。例え敗れたとはいえ、決して希望を失わず、新日本建設のために前進する。その高い志に、心を打たれないはずがなかった。
「そして私は「インディゴ・ベイ」に。広技師は「サスケハナ」にそれぞれ分乗しました。予定では、ハワイを経由してそのままサンディエゴに向かうはずでした。ところが、マリアナ諸島を通過する際に台風に遭遇しました。私は自室で台風を過ぎ去るのを待っていたのですが、突然眠気を催して。そして目を覚ますと、嵐は過ぎ去っていましたが、同時に艦内が静まり返っていました。外に出ると、嵐に入った時には確かにいたアメリカ人の乗員たちの姿はなく、艦は海上を彷徨っていたわけです」
「つまり、アメリカ人の乗員が一人残らず消えたと?それは広技師が乗った「サスケハナ」もか?」
「そうです」
広技師が答える。
「アメリカ人の乗員たちはどこへ行ったんだ?」
しかし、それに対しては当の坂も広も困った顔をする。
「自分たちが聞きたいくらいです。簡単にしか調べていませんが、艦には特に損傷はなく、甲板上や格納庫内の機体も全て無事でした。救命ボートや救命具が使われた様子もなく、文字通り掻き消えたも同然です」
「それが2隻同時に起きたと?」
「安久中佐の「レンネル」も含めると3隻ですね」
「安久中佐・・・あなた方はどこから?」
安久中佐は広や坂と同じく、軍服を着ていなかった。一見しただけでは、軍人に見えない。
「自分は元サイパン島駐留の戦車第19連隊に所属していました。恥ずかしながら米軍の捕虜となり、昭和19年7月にハワイの捕虜収容所へ護送されることとなりました。そして乗せられたのが、あの空母「レンネル」でした。後の状況は、坂大尉たちと似たりよったりです」
安久の表情は暗い。日本軍人として捕虜になったことを恥じているのかもしれない。
「安久中佐。ここには捕虜になったことを責める者などいない。むしろ、生き残ってくれたことに感謝している。我々としては、同胞がいることは心強い。ましてや、貴重な経験を持つ陸軍の戦車兵ならなおさらだ」
日本の陸海軍では捕虜になることは激しく忌諱された。これは昭和16年に通達された戦陣訓の影響もあるにはあるのだが、それ以前の支那事変の頃から顕著なものになっていた。
別に捕虜になることは、法的には何ら問題はない。陸海軍の刑法の中に捕虜になることを禁じた条文はないからだ。
しかし、この一種の雰囲気による慣習は日本の兵隊どころか民間人にまで広く浸透しており、その結果玉砕や自決が繰り返されることとなった。
なお、トラ4032船団を母体とする日本国では、この捕虜禁止のような慣習は、表向きには破棄されている。これは、同盟軍として戦うフリーランドやメカルク、エルトラントに配慮した結果ともいえるが、それとともに日本国の人的資源に余裕がなく、安易な自決や玉砕は戦力低下しか招かないという理由もあった。
「そう言っていただけると、私や他の捕虜たちも多少は救われます」
「ところで、安久中佐の乗った空母は、単に捕虜を運んでいるだけだったのかね?」
「いえ。マリアナで鹵獲した日本軍機を同時に運んでいました」
「ほほう。そいつはありがたいな」
二本松はまだ自分たちに従うか決まっていないにもかかわらず、彼らの戦力を皮算用してしまう。
現在日本国では消耗が進む航空戦力の確保が急務だ。仮に安久の言った捕獲機が残骸であっても、そこから部品を取り出すなどすれば、現在運用している航空機の寿命を延ばすことが出来る。
「ところで、二本松大佐。ここは一体どこでありますか?異世界と聞かされましたが・・・」
「俺も簡単にしか聞いていないが、本当に異世界なのか?ちょっと信じられんぞ」
安久も鳥居も、ここが異世界だとは信じかねているようであった。
「ここが異世界なのは間違いない。現に戦死した筈の俺がここにいるし、天測すればここがどこだかわかるはずだ」
二本松としては、自分が既に死者になっていることを認めるのは複雑であるが、自分たちより後に来た面々から、トラ4032船団関係者は全員戦死扱いになっていると聞いているし、先ほどの鳥居たちとの会話でも間違いなさそうであった。
死者が生きている。これだけでも、不可思議な現象には違いない。
また天測もわかりやすい方法である。天測して地球でこの場所を当てはめれば、アメリカ大陸の陸上のどこかとなる。
「ここはフリーランド連邦と言う国の領域でな。トラ4032船団はじめ、この世界に流れ着いた日本人が作った国の日本国の同盟国だ。俺はその駐フリーランド日本国大使を務めている」
「その日本国と言うのは、どこにあるんだ?」
「ここからずっと西にある。地球で言えば、マリアナの南西だな」
二本松は彼らに、日本国に関する情報を伝える。トラ4032船団をはじめ、前後してこの世界に流れ着いた日本人が立ち上げた国であること。この世界にある大国マシャナ帝国と実質的に戦争中であり、これまで何度か戦闘を行っていること。同盟国としてフリーランドやエルトラントと言った国があること。現在その内のエルトラントから領土の割譲を得る予定であること等。
「つまり、異世界だが日本人の国があるということか?」
「そう言うわけだ。で、まだ正式な連絡はないので何とも言えんが、俺としてはお前たちに日本国に来てほしいと思ってる。と言うより、それが最善だ」
二本松は鳥居たちを日本国に誘う。というより、日本国に是が非でも編入したかった。同胞であるし、自国の戦力強化にもなるし、また異世界と言う寄る辺のない世界で、彼らを受け入れられるのは自分たち以外ないという自負もあった。
しかし、鳥居も自衛隊と言う組織の人間である。
「そうは言うがな、まだ異世界と言う確信が取れていない以上、即決は出来んよ。仮に日本国に加わるにしても、部下たちも説得しなくちゃいかんしな」
「だったら出来るだけ急いでくれ。あまりフリーランド政府を待たせるわけにもいかんからね」
あまり長引かせると、フリーランド政府を怒らせる。何せ国籍不明艦を領海内に入れているのだから。とは言え、鳥居の言う通り。多くの乗員たちへの説得もあるから、即答も不可能である。
「わかった。一晩こっちの幹部陣を集めて協議するよ」
一晩くらいなら大丈夫。二本松はそう判断して頷いた。
「よろしく頼むよ・・・そっちの3人はどうする?」
二本松は残る3人にも意見を求める。
「私としては、帰る国が他にないならば日本国に行くのは吝かではありません」
「私も坂大尉と同じ意見です」
「自分らは一度死んだ身です。今さら地獄だろうが、異世界だろうが、自分たちを頼りにしてくれるならどこへでも行きますよ」
他の3人はあっさりと日本国への参加を承諾した。顧みる物がないだけに、決断も早くできたのだろう。
「よし。ではその旨フリーランド側にも伝えておく。いい返答が聞けるのを待ってるよ」
とりあえず、二本松は一晩待つこととして、フリーランド側を説得することを考え始めるのであった。
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