新領土と新戦力 ②
「無事に済んで良かった。だが、ここからが勝負だな」
駐フリーランド日本国大使の二本松大佐は、岸壁に立ちながら入港してくる艦艇を見守っていた。
ここはフリーランド南部にあるラノエ海軍基地。発見された地球のものと思われる艦艇は、この港へとフリーランド海軍の誘導によってやってくる予定であった。
2日前、急遽首都のニューボリスの大使館より飛んできた二本松は、不明艦に向けて電波を発信した。帝国海軍常用の周波数で、日本語、英語の平文、さらには彼が持ってきた最新(つまり1943年11月時点)の海軍暗号にて、通信を試みた。
これは当たりで、時間は置いたが返答があった。電文は日本語の平文で、電文の発信元、つまりは二本松に詳細を知らせるよう求めてきた。
詳細を説明したいのはやまやまであったが、モールス信号による長文、さらには通常であればあまりにも常軌を逸している状況であるから、二本松としても不用意なことはできない。
とにかく彼は、翌日接触する艦艇に対して敵対行為を行わないこと。そして、マストに出来うるなら緑の旗(この世界での戦闘意思なしの旗)を掲げること。そして、その艦艇の誘導に従い港へ寄港するよう打電した。
出来うるなら飛行艇か水上機で直接乗り込み、話を付けるのが筋であったが、それらを手配できる見込みがなかったことと、フリーランド海軍の艦艇が既に向かっており、時間的にも間に合わないため電文だけで対処するしかなかった。
ただし、フリーランド海軍に諮ってフリーランド海軍艦艇には白旗を掲げることように要請した。ちなみに、これらは二本松の独断だけでなく、一部は瑞穂島の総司令部からの指示も含まれていた。
相手との電文のやり取りは、最初を除いて平文の日本語のモールスで行っており、瑞穂島でも受信して状況の把握に努めていた。
とにかく、最後は相手が指示に従うことを祈るだけであった。
二本松、さらには瑞穂島の関係者にとっても長い時間であったが、派遣されたフリーランド巡洋艦からの「不明艦艇は我の誘導に従っている」という電文を受信したことで、ようやく安堵することができた。
もっとも、喜ぶのはまだ早い。やらなければいけないことは山ほどあり、そしてそのかじ取りは直接交渉にあたる二本松の双肩に掛かっていた。
「こんなことを総司令や参謀長たちはやってきたわけか。全く、胃が痛くてかなわないな」
二本松も駐在武官だった経験はあるが、こんなに胃の痛くなる事態はなかった。これが代表となる者の責任と言うことなのだろうか。
そんな胃の痛い二本松であったが、双眼鏡で接近してくる艦影を凝視した。
「日本の艦じゃないな」
港に入って来た艦艇は6隻。この内4隻は平らな飛行甲板を持つ航空母艦で間違いなかった。甲板上には翼を休めている飛行機らしき姿も見える。
残る2隻の内1隻は最初上甲板が広く平らであることから、空母かと思った。しかし接近すると、艦後部にある艦橋から航空母艦でないことに気づかされた。
もう1隻は、砲塔に艦橋、マストの配置から水上戦用の艦艇であることはすぐにわかったが、艦種と艦級はすぐにはわからない。遠距離からの識別では、ベテランの人間でも見間違いを起こす。
実際二本松、大分接近してからようやく詳細を掴むことが出来た。
「ありゃ商船改造空母だな」
最初は正規空母か何かかと身構えたが、接近するとその艦体が200mにも満たない小型のもので、艦橋も粗末なものしかついていないのがわかった。さらに艦体のラインから、商船型の艦型であることも。
「アメリカかイギリスか・・・」
日本にも商船改造空母はあるが、艦橋を持っているのは大型の「隼鷹」「飛鷹」「勇鷹」だけである。そうなると、米英製の艦艇の可能性が高い。
そうなると、最近では二本松もすっかり忘れている感があるが、敵である米英軍かもしれない。
さらに、艦種不明の大型艦の姿もはっきりと見えてきた。
「「クリーブランド」型の軽巡みたいだな」
「クリーブランド」級軽巡は、名前を見てもわかるが米海軍の軽巡である。軽巡とは言うが、全長は185mで排水量も12000トン近い大型艦で、現在の日本国最大の砲戦艦艇である「蔵王」に比肩する。
主砲も速射性能が高い15,2cm砲を12門搭載している有力艦だ。
「となると、アメリカ?」
だがそれも少しばかり疑問が生じる。
「でも日本語に反応したってことは、やっぱり日本人が乗っているのか?」
日本語ならびに日本海軍が使用していた暗号に対して回答を寄越したのだから、日本人が乗っていない方がおかしい。もちろん、日本語のモールスを習得している人間、さらには何らかの手段で日本の暗号を入手している米英の人間と言う可能性も無きにしもあらずだが。
さらに二本松を混乱させたのが、近づいてきた6隻の内4隻には旭日旗が掲揚されていたことだ。言うまでもなく、帝国海軍の旗である。ちなみに残る2隻は旗を掲げていない。
「こりゃ、直に会って見んことにはわからないか」
正体を知るには、直接会うのが一番であった。
入港して来た6隻は、フリーランド海軍が指定した位置に停泊した。
「ニホンマツ大使」
フリーランド海軍の水兵が彼の名前を呼ぶ。
「ああ、よろしくお願いします」
フリーランド海軍に内火艇を出してもらい、二本松は日本国代表として不明艦隊へと赴く。行き先は一番大きな「クリーブランド」型巡洋艦である。
内火艇が近づくと、乗り込んでいる乗員たちの顔が見えてきた。その顔はどう見ても。
「日本人だな。だが」
着ている服は帝国海軍(日本国海軍)のそれとは違っているようであった。特にヘルメットや着けている救命具の形状はアメリカ軍のそれに近いように思えた。
「ニホンマツ大使。この艦は?」
随伴するフリーランド海軍のミエシ大尉が、目の前の艦の迫力に慄いていた。
「まだ何とも言えませんが、我々の世界の艦であることは間違いないです」
「信じられない」
(まあ、異世界から来たなんてそう簡単に信じられんわな)
フリーランドやメカルクと言った同盟国には、日本国の艦艇や人間が異世界から来たと周知している。ただし、それをフリーランド人やメカルク人が心の底から信じているかは、大使を務める二本松からしても甚だ疑問に思う点であった。
普通に考えれば、そんなことありえないと思うのが人間である。それでも、それを口に出さず友好関係を結んでいるのは、日本国が彼らから見て強力な軍事力を持っているのと、これまで裏切らずに共通の敵と正面から戦い続けているからに他ならない。
二本松は大使として、改めて同盟関係の構築について一考しなければならないと思いつつも。
(ま、今は目の前のことだよな)
新たに現れた艦艇に目を向ける。
内火艇が舷側に着くと、ラッタルが降ろされた。二本松はそのラッタルを軽快に登っていく。
艦上に上がると、案の定小銃を手にして水兵たちが出迎えた。もっとも、得体の知れない相手に対してはこれが普通であろうから、二本松は驚かない。もちろん、銃口を向けられている以上、気持ちのいいものではないが。
「自分は日本国海軍大佐の二本松英輔である。責任者とお話しした「二本松か!?」
突然、声が上がる。その声に、二本松は聞き覚えがあった。
「その声!?」
水兵の中から、制帽と救命具姿の男が前に出た。
「鳥居・・・鳥居中佐か!?」
鳥居と呼ばれた男は、二本松の前まで来ると目を輝かせる。
「信じられん!脚はあるよな!?」
「もちろん。見ての通り生きてるぞ!おとと・・・いや、昭和17年の10月に舞鶴で会ったのが最後だったか?」
「そうだ。トラ船団と一緒に戦死と聞いていたんだが、まさか今になって会えるとはな!いや、大佐てことは戦死後の階級と同じだよな」
二人は固く握手し、久々の再開を喜ぶ。かつて海軍兵学校で同じ釜の飯を食った同期生なのだから。ただ二本松は目の前の同級生が確かに本人であることはわかったが、何か違和感があった。
最初はそれを服装だと考えた。
「いやいや、死んだから昇進した訳じゃないよ。それより、お前のその制服はなんだ?」
「ああ、これか。これは海上自衛隊の制服だ」
「海上自衛隊?なんだいそりゃ?」
二本松には全く聞き覚えのない組織であった。
「海上自衛隊は去年警備隊から改変された組織だが、知らんのか?いや、そもそもお前が何でまだ帝国海軍の制服を着ているのかもわからんしな」
「ちょっと待て。先に聞いておく。鳥居、お前は今何年だと思ってる?」
「そりゃ、昭和27年だろ?」
二本松は違和感の正体に気づいた。服装だけではない。鳥居が彼の記憶よりも、少しばかり老けていたからだ。
そして彼は、これまでのこの世界に流れ着いた人間の多くが、トラ船団よりも過去や未来から来た者ばかりであったことを思い出す。
「そうか・・・鳥居、すまないが説明が長くなりそうだ。他の艦の艦長たちも集めて、話し合いたい。どこか、適当な場所を用意してくれ」
「わかった」
「やれやれ・・・」
二本松はこれから先に起こるであろう混乱を思い浮かべ、頭が痛くなるのを感じた。
「ミエシ大尉。ちょっと長くなりそうだよ」
ここまで待たされ続けていたフリーランド士官に、苦笑いしながらそう口にした。
御意見・御感想よろしくお願いします。
なお海上自衛隊に巡洋艦や護衛空母が供与された事実はありません。また作中に架空の日本の空母「雄鷹」が名前だけ登場しています。




