上陸
「投錨!」
艦首の錨鎖庫から、鎖につけられた錨がガラガラと音を立てて落とされ、盛大な着水音と波紋を立てる。東京を出発して以来の錨入れだ。
「なるほどね、偵察機が泊地として良さそうだと報告してきただけあるな」
「ええ、天然の良港です」
空母「駿鷹」艦橋から湾内を見回した寺田と大石は、避泊のためにやってきた島が予想以上の物件であることに、喜びを隠せない。
島の形はカタカナの「ワ」の字型に近く、「ワ」の字の内部には広い湾が広がっている。到着直後は、湾内の水深がわからなかったために、音波探信と各艦船から内火艇やカッターを降ろして水深を調査し、とりあえず安全とわかる場所に船を入れて投錨した。
もっとも、海が透き通っていたので目視でも充分であったのだが。
湾内は入口を除いて陸地に囲まれているため波は穏やかであり、しかも広さもトラ4032船団の全ての船を収容しても、まだお釣りが来るほど余裕があった。まさしく天然の良港だ。
陸地には椰子の木らしき熱帯の植物が、海風を受けて靡いているのが見える。そして頭上に目をやれば、アホウドリらしき大型の鳥が飛んでいる。
長閑で心癒される光景に、寺田も心が洗われるような気がした。
「これで状況が状況でなければ、南海の楽園と言えるんだがな」
「そうですね。綺麗な島です。で、どうしますか?」
「もちろん、まずは島の調査だ。艦長」
寺田は艦長の岩野を呼ぶ。
「はい」
「至急陸戦隊を編成して、島の調査に当たってくれ。偵察機からの報告では、人はおらんようだが、念のためだ」
「了解。陸戦隊の編成に入ります」
陸戦隊とは、海軍内の陸上戦闘部隊のことだ。この陸戦隊には通常の陸戦隊と、特別陸戦隊があり、前者は艦艇の乗員から臨時に編成されて、上陸して戦う部隊のことを指す。対して後者は、最初から艦艇などには乗り込まず、陸上の基地に配置されるなどして陸上の戦闘だけに専従する部隊のことだ。
この場合の陸上の戦闘とは、上陸作戦。或いは根拠地の守備などを指している。
上海事変で有名になった上海海軍陸戦隊は、後者の特別陸戦隊に所属する部隊だ。その規模は本来陸の国防を担う陸軍のそれに及ぶべくもないが、専門教育を受けた彼らの戦闘力は高く、大東亜戦争でも勇名を馳せている。
寺田は島の捜索に、艦の乗員から編成した陸戦隊を出そうとした。しかし、陸戦隊と言う単語を聞いた大石が意見する。
「お待ちください指揮官。確か船団内に、派遣途中の特別陸戦隊の部隊が乗っていたはずです。本艦の乗員をわざわざ割かなくても、そちらに任せたほうが良くありませんか?」
大石の言葉を受けて、寺田はすぐに命令を撤回する。
「そうだな。艦長、先ほどの命令は撤回する。せっかく専門家が乗っているなら、そっちに任せよう」
「はい」
「参謀、悪いが俺の名前で乗っている陸戦隊に上陸を指示してくれ」
「了解」
寺田の名で送られた命令は、陸戦隊が乗り込んでいた海軍徴庸船「卯月丸」に飛んだ。
ちなみに、徴庸船とは民間籍のままで海軍の命令に従い物資や兵隊を運ぶ船のことだ。これが特設運送船だと、海軍の特設艦船として海軍籍に編入された船のことを指す。双方共に海軍の命令で動くことに変わりはないが、似て異なる存在である。
さて、「卯月丸」は6000総トンの中型貨物船で、今回中部太平洋方面に派遣される陸戦隊300名あまりと、各種物資ならびに器材を搭載していた。
その「卯月丸」の甲板上から、1台の車両がデリックによって海上に降ろされる。キャタピラをつけたそれは、どう見ても戦車であった。車体の中心部には砲塔と砲身らしい物も見えて、人間が数名乗っていた。しかし、車体が前後に異様に長く、そこだけが一般的な戦車とは印象が違っていた。
降ろされた鉄の塊は、海上に着水すると沈むことなく浮いた。そしてそのままデリックの固定索を解くと、エンジンを高らかに轟かせ、排気ガスを噴出しながら、なんと水上を走り出した。
「ほう。あれが新型の水陸両用戦車か」
「ええ。陸軍のハ号を基に開発した特二式内火艇、通称カミ車です」
双眼鏡で水陸両用戦車が岸に向かって走って行くのを、寺田や大石を始め、他の艦船の乗組員たちも物珍しげに見送る。
水陸両用戦車は、戦前には既にあった代物だが、これを海軍は独自に研究開発したのであった。本来は奇襲上陸作戦などに用いるための兵器で、海上を航行して直接上陸出来るのが強みだ。内火艇というあくまで「船」であることを示しているのも海軍らしい。
このカミ車は、海軍陸戦隊でもまだ正式採用されたばかりで、その姿を見かけた者は少ない。だから好奇の目線で見られるのは仕方がないことであった。
5ノット(約9km)程のゆっくりとしたスピードであるが、カミ車は水を掻き分けて進んで行き、途中で立ち往生することもなく、無事に岸へと上陸した。
「降車!」
岸に上陸すると、砲塔上に載っていた兵士が地面へと降りる。さらに、砲塔上部のハッチが開いて、一人の少尉が頭を出す。
「ようし、このまま前進しつつ島内の捜索を行う。無人との報告が入っているが、もしかしたらアメ公(アメリカ人の蔑称)のゲリラでも潜んどるかもしれん。厳重に警戒しろ!」
「「「はい!」」」
上陸したカミ車艇長の小谷勇三郎兵曹長の命令に、部下たちが答えてキビキビと行動する。
車両から降りた3名の兵士たちは、持っていた100式短機関銃を周囲へ向けて警戒しながら、車両の左右を進んで行く。彼らは白い砂浜を越えると、すぐに鬱蒼とした森へと入る。
カミ車は、陸地であれば条件にも拠るが、40km弱の最高速で動くことも可能だ。しかし、今は歩兵と共に警戒しながら進んでいるのと、鬱蒼とした森の中を進んでいるので、人が歩く早さと同じくらいのスピードで進む。
また、本来であれば車体の前後に付けたフロートを外すのであるが、万が一に備えて付けたままで進んで行く。
偵察機からの報告で、この島に人はいなさそうだとは聞いていたが、空からの偵察では森の中に隠された建物や人影を捉えることが出来ない。万が一それが、敵の類の物であったら一大事である。
今回上陸した隊を率いる小谷は、立派なカイゼル髭を生やし、良く日焼けした如何にも勇猛そうな男であった。
それもそのはず、彼は兵隊からのたたき上げと言う超ベテランで、第一次上海事変にも出動した古強者だ。今次の大東亜戦争でも初期の上陸作戦には参加しているので、経験も豊富だ。
そんな彼からしても、こんな名前も状況も分からない、それどころか地図にさえない島を捜索するのは初めてであり、念には念を入れていた。
小谷はカミ車のハッチから顔を出しながら、双眼鏡で周囲を窺う。そして時折カミ車の砲塔を回したりもして、何時でも発砲できる態勢を取る。
と、森に入って3分も経たない内に。
「停止!」
急に停止を命じた。
「どうされましたか?」
「右舷30度、距離500に小屋らしい物があるぞ」
海軍では陸上においても、右舷左舷と艦船の用語を使う。右舷30度、つまり車体正面に対して30度方向、距離500mに部下たちの視線が一斉に向く。
すると、確かにそこには明らかに人工物、小谷が言うように木造の小屋らしきものがあった。
「何でしょう?」
「土人でもいるんでしょうか?」
「わからん。だが、ありゃ間違いなく人がいるかいたかの痕跡だ。よし、通信手はすぐに艦隊に報告を入れろ。それから、当間、北杜、勝田の3人は俺に付いて来い。あの小屋を捜索するぞ」
「「「は!」」」
小谷は部下の3人を引き連れ、慎重に小屋に近づく。見た限りでは危険はなさそうだが、噂に聞く沿岸監視員(連合軍側についた原住民による監視員)の家である可能性も無視できない。
4人は広がりながら、小屋への距離を詰めていく。
「どうやら罠の類はなさそうだな」
小屋まで10mまで近づいた所で、警戒した罠のような物は一切ないことに、小谷は安堵の表情を浮かべる。部下たちもそれに気付き、表情に笑みを浮かべる。
「なんか、冒険ダ〇吉を思い出しますね」
部下の勝田上等兵の言葉に笑みを浮かべながら、小谷は次の指示を出す。
「よし、当間と北杜の二人は裏に回れ。勝田、お前は俺と一緒に来い」
小谷は部下3人の内2人を小屋の裏側に回らせると、自分は残る1人の部下と共に、表の扉の前に立つ。
「ふん、人気はしないな。人がしばらく立ち寄った後もないようだし」
小屋は特にボロボロと言うわけではないが、人気は感じられない。また扉の前の土は、靴跡などは残っていない。
「開けるぞ」
「はい」
小谷は扉のノブに手を掛けた。そして、そのまま勢い良く開けると同時に自分は手を放し、身を屈める。爆発系の罠があることを警戒したのだ。もちろん、側にいる勝田も同じ動きをした。
だが、何も起こらない。小谷は警戒しつつ、小屋の中を覗きこむ。そして、中を見た彼は溜息を付いた。
「ああ、こりゃあ」
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