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エルトラント奪回作戦 ④

 エルトラント奪回船団のうち、日本国からは、輸送船「高城丸」、「金沢丸」、「北城丸」、「上谷丸」、「卯月丸」、「東郷丸」、「杏丸」、「楓丸」、「おきつ丸」、「三久丸」の10隻の輸送船が参加していた。このうち「卯月丸」と「三久丸」は油槽船であり、補給艦を兼ねている。


 これに護衛艦として重巡「蔵王」、軽空母「麗鳳」、「瑞鷹」、「駿鷹」、駆逐艦「高月」、「山彦」、「天風」に海防艦4隻が提供されていた。


 トラ4032船団以来の古参艦船もいれば、この1年間にこの世界にやってきた艦船などもいる。


 次にフリーランドからは戦艦2隻、巡洋艦7隻、駆逐艦12隻に砲艦2隻、そして日本国に影響されて急遽投入された急造の水上機母艦1隻である。これに客船や貨物船、補給艦など25隻が加わる。


 メカルク公国からは巡洋艦2隻に駆逐艦5隻、貨物船や補給艦8隻が加わった。小国であるために、出せる艦船には限度があった。


 そして国を奪い返す当のエルトラントと言えば、駆逐艦2隻に砲艦1隻、そして輸送船3隻と言うさらに小規模な勢力であった。国そのものを喪った彼らの場合、マシャナの追撃を振り切り、亡命できた艦船がそもそも少なく、さらに今回の作戦に投入できた船はもっと少なかったのだ。


 合計91隻の艦船からなる大船団である。エルトラント奪回のために乗り込んだフリーランドやメカルクなどの合計4個師団を運ぶのだから、これだけの大船団を仕立てる必要があった。


 数だけ見れば、勇壮な輸送船団に見えるし、少なくとも通常航行している姿もそうであった。しかしながら、日本艦隊の実質的な司令官となった「麗鳳」艦長の坂本少将は大きな不安を併せ持っていた。


「なんとか無事にエルトラントまで行きたいよ」


 彼は出港直前に浮かない顔をし、部下に向かってそうボヤいていた。その原因は船団そのものにあった。


 船団を組むのは一度に大部隊を運ぶためでもあるし、万が一敵の襲撃を受けた際にも少ない護衛艦で効率的に守るためでもある。


 しかしながら、デメリットも大きい。まず事故の可能性が高いことだ。集団での運動を行う戦闘艦艇はいいとして、商船は通常は独航、すなわち1隻での航海が普通である。そのため、集団での運動に不慣れである。だから、各船は操船に神経を使う。数が多く規模が大きくなればなるほど、細心の注意を払わなければならない。


 また船の性能差も大きい。今回の船団の場合各国がそれぞれ持ち寄れる商船を最大限動員している。そのため、船の大きさや長さ、新旧の度合いがバラバラとなっている。そして機関の種類もディーゼルやタービン、中には石炭炊きのレシプロ船まで混じっている。こうなると最高速度に加速力。そして旋回半径などは当然ながら船ごとにバラバラだ。これもまた事故を引き起こす原因となる要素であった。


 他にもデメリットはある。船団を組めばそれだけ発見が容易となる。空中、水上、水中。いずれから規模が大きければ当然発見されやすい。特に石炭炊きのレシプロ船は黒煙を出しやすいので被発見率を高めてしまう。


 坂本ら日本人は、メカルク人やフリーランド人からこの世界に商船の大敵となる潜水艦は存在していないことを聞かされていたし、また同じく大敵の航空機の性能も自分たちより遅れていると聞いていた。


 しかしながら、マシャナがそれらを絶対に出してこない保証はない。加えて、仮にそれらがなくても戦艦を筆頭とした艦隊が現れれば脅威である。


 今回の作戦で各国は護衛艦も輸送船と同じく動員して持ち寄っている。この内フリーランドは戦艦を出してきており、彼らが言うには最新の「ルントン」型と言う戦艦であった。ただしビッグ7と言われた40cm砲搭載の「長門」や「陸奥」、を知っている日本人たちからしてみれば、主砲口径が37cmというのが今一歩であった。それでも、彼らが持つ他の戦艦が前ド級や準ド級に当てはまる中で、この「ルントン」型は超ド級戦艦であった。


 ド級戦艦とは、英国海軍が1906年に竣工させた「ドレッドノート」を嚆矢とする形態の戦艦のことで、大口径の統一された主砲を配置し、複数の単一大口径主砲塔を搭載可能としたタイプの戦艦を言う。


 それまでの前ド級や準ド級戦艦は、主砲を頂点に中間砲や副砲と言った主砲よりも小さな口径の砲を混載していた。そして主砲の搭載数は2基程度だった。日露戦争時の連合艦隊旗艦「三笠」(前ド級)やその前後に建造された戦艦がこれにあたる。


 そして超ド級とは、字の通り「ドレッドノート」より後に登場したさらに高性能の戦艦のことである。日本では36cm砲を12門搭載した「扶桑」型以後の戦艦を指す。


「ルントン」型は門数こそ、その「扶桑」より少ないが、37cm連装砲を4基8門搭載していた。最高速力も30ノット以上と、戦艦としては取り立てて遅いわけでもない。


 ただし装甲の厚さや配置については軍機密として日本側には知らされておらず、加えてマシャナの戦艦にはより巨大な砲口径の主砲を持ち、なおかつ圧倒的な高速を有する戦艦があるのは日本側も既知であるため、この2隻の「ルントン」型戦艦がいるからと言って、決して安心できるわけではなかった。


 だから仮にマシャナの艦隊、戦艦を含む艦隊と砲撃戦になれば大被害は免れないだろう。


 一方で、坂本はある部分では自分たちは優位であることに変わりはないという認識も持っていた。


「救いなのは敵に空母と潜水艦、そして魚雷がないことだな」


 坂本に輸送船の指揮を執る長谷川中将、そして日本艦隊の誰もがそのことを知った時、驚くとともに感謝したものである。


 この世界では戦艦はあるが、航空機を搭載する空母はない。艦隊で偵察目的で運用する水上機はあるそうだが、攻撃目的で搭載することはないという。また艦同士の戦闘は大砲を撃ちあうだけで、魚雷のように水中兵器を用いることはない。かろうじて機雷はあるそうだが、基本的に港湾防御などに用いられるという。また潜水艦も登場していなかった。


 日本人からしてみるとどうしてそうした兵器が登場しなかったか不思議ではあるが、逆にメカルクやフリーランドの将兵たちからすると、そうした兵器の存在は驚きであるらしい。


「なんでわざわざ水中を進ませるなんて面倒なことをするのか?」


「飛行機で艦艇を沈めるのは難しいから、攻撃目的で使うなんてありえない」


「大砲で充分じゃないか?」


「水中に潜るなんてリスクがありすぎる」


 と言われるだけであった。


 潜水艦や空母を使いこなして水中兵器、なかんずく魚雷を決戦兵器と位置付けてきた日本人からすると開いた口が塞がらない答えであったが、歴史が大きく違うのだから仕方がないと自分たちを無理やり納得させて、魚雷や潜水艦、空母の有用性を滔々と説くしかなかった。

 

 ただし幸いと言えたのは、日本にはそれらの有用性を立証できる戦歴が十分にあったことだ。何せこの世界に来てから、日本国は航空機や潜水艦を使用して4隻のマシャナの戦艦を撃沈している。マシャナ軍は戦艦だけでも50隻以上は保有しているそうなので、総体的に見れば敵に与えた損害としては大きいとは言えない。しかし、これまでマシャナの横暴を許してきたこちらの世界の国々からすれば、驚異的なことであるらしい。


 だから日本国としても、自分たちが敵よりも有力な航空戦力を運用する航空母艦と潜水艦、そして魚雷を持っていることで、自信を補っていた。

 

 そして日本国はこれらに関する技術や資料を既にフリーランドやメカルクに提供しており、フリーランド海軍では商船や巡洋艦を改造した空母の建造に取り掛かり、魚雷の開発にも着手していると聞いていた。


 もっとも、それらが戦場に出てくるには少なくともあと1年は掛かるので、日本国の持つものが唯一である状況にしばらく変わりはなさそうであった。


「陸兵をおかに揚げる前に沈められるのだけは、絶対にあってはならんことだからな。対空、水上、水中への警戒を厳にせよ!」


 今回日本国の名目上の司令官は「東郷丸」船長で中将待遇の長谷川であった。しかし、彼は予備士官でありやはり戦闘と言う面では正規の士官である坂本にその指揮を一任していた。


 そのため、坂本には90隻以上の艦船と、載せている陸上戦力をなんとしても守らなければならないという、重圧が掛かっていた。だからこそ、自らを律する意味からも出港後は真剣な表情で、命令一つ一つに力を込めて発していた。


 しかし、そんな彼の意気込みを他所に、出港2日目には最初の接触事故が発生し、大破した輸送船1隻が引き返すという事態が起きる。さらに、その後も不慣れな大船団航行のために、接触や船団からの航路の逸脱と言う事故が頻発し、坂本らを悩ますこととなる。


 こんな状況で本当に無事に上陸をさせられるのか、それどころかもし敵が襲撃してきたら大丈夫なのか。坂本ならずとも、船団の誰もがそんな心配を胸に抱えての進撃は、実に2週間を要する長旅となるのであった。


 

 

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