苦慮する日本国
「スゲエエ!これ「疾風」でしょ!」
「カッコイイ!」
滑走路わきの駐機場に置かれた「疾風」を見ながら、子供たちが歓声を上げる。今にも走って機体によじ登りそうな勢いだ。その様子に苦笑しながら、賢人は子供たちを後ろに下げようとする。
「はいはい。喜ぶのはいいが、危ないから離れた離れた」
「え~!もうちょっと見たい!」
「そうだそうだ!」
「見せてよ兵隊さん!」
子供たちが駄々をこねる。
「気持ちはわかるけど、本当にダメだって。プロペラに巻き込まれたりしたら危ないから。それに、軍事機密もあるんだから。あんまりうるさいと、憲兵が飛んでくるぞ!」
「「「わ~!!」」」
賢人の脅しに、子供たちが笑って逃げていく。
「たく、見知らぬ世界に来たって言うのに、子供は元気なもんだな」
走っていく子供たちの背中を、賢人は呆れた顔で見送る。
「まあ、子供ってそんなもんだろ」
「おう、そっちも追い返せたか?」
「まあな。こっちは一人すばしっこい悪ガキがいてな、機体に登ろうとしたから整備兵と一緒に何とかつまみ出した」
「しかし、このままじゃオチオチ寝てもいられないな」
「格納庫があれじゃあな」
瑞穂島の飛行場は、メカルクとフリーランドとの同盟後急速に整備され、現在は何棟もの立派な格納庫が建設され、さらに建設中である。しかしながら、今やその格納庫の多くは避難民の仮設の収容所と化していた。
軍事基地内に民間人が大量にいては色々都合が悪い。機密が漏れる可能性もあるし、何より事故が起きる可能性だってある。何せ危険物だらけなのだから。
「まさか1万人も一気に増えるなんてな」
「しかも女子供に老人ばかり」
一昨日瑞穂島にやってきた日本人の集団は、これまでの軍人や民間人でも船乗りたちとは違い、そのほとんどが民間人であった。いずれも沖縄と樺太から本土へと疎開或いは脱出しようと船へ乗り込んだ疎開民と避難民であった。
沖縄の方は昭和19年11月、北海道の方は昭和20年8月にそれぞれ出帆したと、2人も中野から聞かされていた。
疎開民と避難民ばかりであるから、当然人口構成も女子供老人ばかりであり、若い男はほとんどいない。いたとしても、その多くは持病などで兵役を免除されたものや、ギリギリ兵隊に引っ掛からなかった年齢の者だけである。今必要とされている兵隊や重労働に耐えられる働き手になりえない。
つまり、日本国は突然大量の女子供老人を抱えてしまったわけだ。そして比率的には、女子供の割合が圧倒的に高かった。しかも、着の身着のままの。
当然ながら、日本国上層部にとっては頭の痛い問題となった。食料は、とりあえずの備蓄分を放出すればなんとかなるが、それだけでなく彼らの住居に寝具、服も用意しなければならない。そしてそのいずれもが、日本国には不足していた。
住居は将兵の陸上での宿舎が少しずつ増やされていたが、もちろん1万人もの人間を一まとめに受け入れられる余裕などなく、仕方がないので軍の庁舎や倉庫、さらには格納庫までも開放せざるをえなかった。
寝具も艦艇に積まれている分まで動員してなんとか調達された。そして服。これだけはすぐに調達できないので、やむなくメカルクとフリーランドに発注しつつ、兵隊用の備蓄品を放出するしかなかった。サイズはもちろん合わないが、ないよりマシである。何せ日本国にはこれまで女性も子供もほとんどいなかったのだから。
「戻ったぞ」
「あ、御苦労さまです大尉」
二人の上司である中野大尉が基地に帰ってきた。心なしか、お疲れ気味に二人には見えた。
「どうでした?会議の方は?」
「そりゃあ大変だよ。何せいきなり1万人近い民間人を抱えちまったからな。それも女子供老人ばっかり。上としてもどうするか頭が痛いみたいだよ」
「でも、まさか追い出すわけにもいかないでしょ?」
賢人の問いに。
「あたりまえだよ。同胞なんだからな。でもいつまでも基地内に置いておけないから、とりあえず空いてる船に一部を移すそうだよ」
「それちょっと可哀想じゃないですか?」
現在日本国には貨物船が何隻もあり、メカルクやフリーランドとの交易に使われている。しかし全てが稼働しているわけではなく、メカルクやフリーランドの造船所で整備を受けている船もあれば、瑞穂島で待機している船もある。
日本国上層部は、瑞穂島で待機中の船に今回押し寄せた避難民の一部を押し込むことを考えたらしい。
しかし、これは賢人が言うように酷な部分があった。船の中に人を押し込むと言うこととなれば、甲板か船倉しかない。客室がある船もあるが、収容できる人数がたかだが数十人では話にならない。
だが、甲板は当然ながら直射日光と海風がモロに襲い掛かって来る。そして、船倉は本来貨物を搭載する場所であって人が寝泊まりする設計にはなっていない。灯りも不十分で、通気性も悪い。つまり、居住場所としては劣悪だ。体力のない子供や老人には相当にキツイはずだ。
「そうは言っても、他に雨風しのげる場所なんてそうそうないしな。すぐに家を用意できるわけでもないし」
瑞穂島の開発は上陸以来続けられている。島に元々いる原住民に配慮しながら、基地設備や役所、商店に居住用の住宅、さらには捕虜収容所である。
捕虜収容所は3000人近い捕虜が発生したので、それに見合ったものが必要であった。恭順的な態度を示した捕虜の解放に、メカルクやフリーランドからの収容所用の材料の援助、さらには両国への一部捕虜の引き取りなどによって、ようやく満足いく管理体制になった。
しかし捕虜の問題が片付いたらこれである。
「今は我慢してもらうしかいない。これが上の結論だよ」
渋い顔をしつつもそう言う中野。本人にとっても気乗りする話ではないようだ。
「そうですか」
「他に何か決まったんですか?」
「ああ、佐々本。具体的には何も決まってないよ。ただ女子供を抱えた以上、学校も必要になるし、病院とか役所も拡充する必要がある。とにかく、急なこと過ぎて詳細なんか決まらないよ。今は保護した民間人を飢えさせないようにどうするかで精一杯だって」
ため息を吐いた中野は、そのままポケットから煙草とマッチを取り出し、深々と吸った。その様子に、賢人は一言。
「煙草と酒の輸入量も増やす必要があるかもしれませんね」
「まったくだよ」
そんなどこか憂鬱な会話をする3人の耳に、子供たちの笑い声が聴こえてくる。格納庫の近く、わずかに空いたスペースで子供たちが遊びまわっている。
「全く、子供って言うのは。大人の苦労も知らないで」
「ですが、元気なのはいいんじゃないですか?」
「そうだけどよ・・・そう言えば、ルリア嬢はどうした?」
「マナやエルトたちと一緒に、子供たちと遊んでいますよ」
「昨日の今日で大したもんだな」
確かに、少し離れた場所でルリアとマナ、そしてエルトラント人の子供が日本人の子供たちと遊んでいた。
マナはこの島の出身で、最初は溶け込むのに苦労していたようだが、最近は日本語もそれなりに上達し、ようやくのこと日本人の集団の中にも入ってくるようにはなった。
エルトはエルトラントから救出されてきた男の子で、体調は回復している。しかし、周囲に同胞や歳の近い子供もおらず、妹のトーラとともに寂しい想いをしていた。
その彼らが、やって来たばかりの樺太と沖縄の子供たちと一緒に遊んでいる。
「楽しい時間を過ごすのに、言葉はいらないかもしれませんよ」
「バカ。格好つけてる時か。まあ、仲良くしてくれてるならそれでいい。まあ、そう言うわけで。避難民たちをまた港に誘導することになる。その時はお前たちにも手伝ってもらうからな」
「了解です」
「ところで大尉。今回のことで、エルトラントへの上陸作戦が延期されるんでしょうか?」
佐々本の問いに、中野はまた渋い顔をする。
「それだけどな、長官や参謀たちはそうしたいみたいだが、これは外交問題でもあるからな。エルトラントはともかく、メカルクやフリーランドの機嫌を損ねるからな」
エルトラント奪回作戦の主戦力となるのはメカルクとフリーランドが出す陸軍部隊だ。この部隊の動員に時間が掛かったため、先日の空襲と同時に上陸と言うことができなかった。
これは日本国側にとっては不満のあることであった。しかしながら、今度は逆に日本側が作戦の延期を考える事態になっている。避難民が大挙襲来し、島内の混乱を収拾する必要が生じたのだから当然である。だが、これまでメカルクやフリーランドに文句を言ってきた手前、果たして作戦延期を受け入れてもらえるのか、受け入れてもらえたとしてそれなりの代償を被るのではないか。その辺りも憂慮されていた。
「じゃあ、作戦は当初の予定通り行われるのでしょうか?」
「さあな。そこは上が決めることだ。だが俺たちは腐っても軍人だから。そんな命令が出ても従うしかないだろ」
「ですね」
所属する国は変わったが、賢人はいまだに軍人である。無茶な命令が出たとしても、余程のことがないかぎり、それに従う義務があった。
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