来襲
お待たせしました。
「アドミラル・テラダ。あなた方の軍隊は素晴らしい!我が国を苦しめたマシャナの艦隊と飛行機を、ああも簡単に撃破してしまうとは。私はあなた方を同盟国として迎え入れられたことを、神に感謝します」
「大袈裟だな、トワ中佐」
南部エルトラント攻撃が終了した数日後、瑞穂島の司令部庁舎の司令長官室で、エルトラント軍連絡士官のトワ中佐が、寺田の手を握って、感無量の表情で礼を言っている。その様子に、寺田や周囲の日本人たちは苦笑いだ。何とも大袈裟な言葉と態度だったからだ。
しかし当の本人は、そうは考えていないらしい。
「御謙遜を。我が軍が総力を挙げても撃退できなかったマシャナの艦隊と飛行機を、あそこまで一方的に叩いたのです。本当にありがとうございます。これで祖国解放に一歩近づきました」
「だが本番はここからだよ。まだ敵艦隊は半分おるし、飛行場も一つを潰しただけだ。我が艦隊には今のところ陸上戦力もないし、君たちの祖国を解放する力はない」
「もちろん、それは承知しています。ですが、本国の諜報員の報告では、この度の攻撃によって占領下の国民たちも奮い立っているとのことです」
「それは結構だ。だが、くれぐれも無茶だけはしないようにね」
元気が出るのはいいが、勝てる見込みのない戦を勝手にやられて大損害を出すようなことがあっては、堪ったものではない。
「もちろんです」
その後、トワは今後の作戦計画の大まかな方針を寺田たちと話し合った後、出て行った。
「やれやれ、1回の勝利であそこまで喜ばれてもな」
「全くです。確かに敵に大打撃は与えましたが、エルトラント奪還の見込みがたったわけではありませんから」
寺田の言葉に大石が頷きながら口を開く。
「我が軍には今のところ使える陸上戦力がほとんどない。フリーランドやメカルクも、動員に時間が掛かっている」
日本国最大の弱みは、陸軍が実質的にないことであった。組織だった部隊としては、陸戦隊があるにはあるが、彼らは現在この瑞穂島の守備に就いている。そのため動かせない。
「おきつ丸」などに乗っていた陸軍軍人も加わってはいるが、その多くが船舶兵や整備兵などで、正規の歩兵や砲兵と言った戦闘兵科の人間は数が少なかった。彼らは現在陸戦隊に実質的に吸収され、やはり瑞穂島の守備に就いている。
またその他の人員から部隊を編成すると言う手もあるが、現在各部署に余剰人員がない現状では不可能であった。
「もしマシャナがエルトラントに大規模な援軍を差し向ければ、奪回はより困難になります」
「陸上戦力があればな。そんな戦力が来てくれないかね~」
「そんな都合のいいことさすがに起きないでしょう」
「だよね」
トラ4032船団に前後する形で、この世界には日本の艦船が多くやって来ている。だから今後も来る可能性は充分ある。その中に大規模な陸上戦力がこれば、寺田たちにとって万々歳であった。
「まあ、なんとか艦隊と手持ちの航空戦力で敵の戦力を削ぎ取って、フリーランドとメカルクの準備が済むまで時間を「失礼します!」
寺田の声を遮り、通信科の士官が一人駆け込んできた。
「何だ!?」
「緊急電であります。先ほど哨戒特務艇3号より、瑞穂島南東100海里の海域にて船団を発見。規模などは不明ですが、日本の船団とのことです」
哨戒特務艇はこの世界で編入された戦力だ。と言っても、本格的な戦闘艦艇ではなく、フリーランドやメカルクより買い入れた遠洋航行可能な雑多な漁船である。日本国はそれらに機銃や迫撃砲と言った簡易な武装を施し、島の周囲を哨戒させつつ漁労もさせていた。
この世界に来る前の帝国海軍が徴庸漁船で作った特設監視艇部隊のようなものである。
「ほう。陸軍兵を満載していれば都合がいいんだがな」
「指揮官、冗談を言ってる場合ではありません」
「わかってるよ。至急偵察機と、それから迎えの艦艇を出動させるように」
最初の頃は日本の艦船が出現することに驚いたものだが、断続的に現れるものだから、寺田たちもだいぶ精神的に慣れてきていた。
だから。
「既に第一飛行場から偵察機は発進済み。艦艇は駆逐艦「海棠」が出動準備完了しています」
「よし。日本の船なら丁重にお出迎えしろ。ただ油断はしないようにな」
同じ日本人であるにしても、戦争中であると向こうが考えているならば、こちらが友好的に接しようとしても、撃ってくる可能性は充分にある。そのため、油断はできなかった。
そして、この油断するなと言う指示は、数時間後に現実のものとなる。ただし、それは寺田たちが恐れていたものと大分違ったが。
沖合の船からやってきた大発が、瑞穂島の海岸に着眼すると艇首の扉を開く。すると中からぞろぞろと人が降りてくる。
彼らを日本国の兵隊たちが、声を上げながら手を振って誘導する。
「はい、今着いた人はこっちに集まって!」
「体調不良の人は遠慮なく申し出てください」
降りてきたのは、かなり疲れた様子の女子供に老人であった。兵隊に誘導されるが、歩く力がないのか上陸した途端に座り込む人や、中には倒れてしまう人もいる。
「担架だ!」
「先生こっちへ!」
その中を、担架を持った兵隊や白衣を着た軍医や検疫官が動き回る。
「またスゴイ数だな」
「マシャナの捕虜より多そうだな」
誘導に駆り出された兵隊たちは、沖合から次々と上陸する人の波に、顔をしかめる。既に1000人は軽く超えていそうであった。
「で、この人達どうするんだよ?」
「俺が知るか。それは上の人が考えることだろ」
と言い合ってる兵隊たちの頭上に、下士官の雷が落ちる。
「こら!そこの2人、ボケっとしとらんでちゃんと捌かんか!次がすぐ上陸してくるぞ!」
「「はい!」」
上官に叱責され、その兵隊たちは上陸した人々の誘導を再開する。
「いやあ、助かりました。感謝いたします」
「我々も一息つけます」
昼間トワと対面した司令官室。そこに夜になり、疲れた様子で寺田に感謝の言葉を口にするのは、老練な民間船の船長と、若い陸軍の士官であった。
「同じ日本人として、助けないわけにいかんからね。しかし、まさか避難船とは」
偵察機が見つけてきたのは、民間人。しかも避難民を満載した貨物船(とその護衛艦)であった。さらに寺田たちにとって驚きだったのは、現れたのは別々の二つの船団だという。
「小柴船長の船団は、樺太からの避難船。そして大杉中尉が指揮していた船団は沖縄からの避難船か」
民間人の船長は小柴栄太郎。陸軍の士官は大杉早夫中尉。
小柴は昭和20年8月に、ソ連軍が侵攻した樺太から脱出する民間人を乗せた小船団の船長の最先任。一方の大杉中尉は、昭和19年11月に沖縄から本土へ向かった疎開市民を乗せた船団の船団指揮官だという。
「しかし寺田閣下。本当にここは異世界だと言うのですか?」
「どうにも、信じられませんな」
小柴と大杉は、ここが異世界だと説明を受けたが、半信半疑のようであった。
ただ二人が信じようが信じまいが、寺田たちは目の前のことを片付けなければならない。
「それはまあ、明日になれば嫌でもわかるだろうさ。それよりも、君たちが連れてきた民間人を早くなんとかしないとね」
2つの船団は合わせて大小6隻の貨物船などからなっていたが、それに乗っている一般人は1万人近いという。どちらもすし詰めに近い、限界ギリギリまで乗船させていた。樺太からの船団は出港直後、沖縄からの船団は本土到達直前にこの世界へ飛ばされたと言う。
詳細はまだ聞いていないが、どちらにしろ乗船者たちは劣悪な状況に体力を消耗しているらしい。このため、寺田は彼らを上陸させることにした。
しかし、そうした状況だからこそ伝染病の危険もあるし、また大人数を収容できる空間を確保しなければならない。そこへ連れていくための乗り物や誘導の人間も必要である。炊き出しや寝具の準備も必要だ。
当然ながら、瑞穂島は大混乱となった。
まず場所としては、飛行場の格納庫や建設中の倉庫などが緊急の避難所として転用されることとなった。
また食料はエルトラントやフリーランドから輸入したばかりの米や小麦、缶詰を急ぎ調理して、お粥やパン、副食類が用意される。
数少ない医師や検疫官(エルトラント等との貿易のためにいた)が総動員され、治療や伝染病の調査などに充てられた。
必要な道具も島中からかき集められる。
「それにしても、これは想定外だった」
寺田の言葉に、大石も頷く。
「全くです。これまで艦艇や輸送船ばかりでしたから、そうしたのしか来ないと思い込んでいました」
寺田以下誰もが、まさかの民間人の大挙襲来という予想外の事態に頭を抱えた。
「こりゃ次の作戦どころじゃないかもしれないぞ」
「はい」
いきなり1万人以上も人口が増えるのである。しかも、民間人が。彼らをどう食わしていくか、そもそもどう扱うかだけでも非常に頭が痛い問題となるのは目に見えていた。
「やれやれ。これは大勝した報いなのかね」
寺田は大勝利後のあまりな事態に、思わずそう漏らした。
御意見・御感想よろしくお願いします。
実は最初今回やってくるのは創成期の海上自衛艦隊で、半分ほどまで書いたのですが結局やめてこうなりました。




