本格参戦 5
敵戦艦の艦首近くに、大音響とともに水柱が上がる。さらに、直後には艦中央部に2本、艦尾付近に1本の水柱が上がった。
「命中!」
そう河西が叫ぶよりも早く、艦内には爆音と振動が伝わった時点で歓声が上がっていた。
6本中4本の命中。しかも戦艦に対してである。地球での戦いでも「伊50」は敵艦に雷撃をしたことはあったが、ここまで高い命中率を出したことはなかったし、相手も駆逐艦以下の小物か戦闘艦艇ではない輸送艦艇ばかりであった。
異世界の敵とはいえ、大物である戦艦を仕留めた。「伊50」乗員たちの喜びが爆発したのは、当然と言えることであった。
一方河西も興奮していたが、他の乗員たちとは違って喜びとは違う感情を覚えていた。
(轟沈だ)
4本の魚雷を受けた敵戦艦は大爆発を起こし、急速に傾斜しつつあった。艦全体が黒煙に包まれ、海中に引き込まれていく。そう長く持たないのは明らかであった。
潜望鏡にとりついている河西は敵戦艦が沈んでいく光景を、艦内でただ一人見ることとなった。
実際に命中から撃沈までをみたゆえに、彼は喜びよりも巨大な戦艦を沈めたと言う、自分たちのやったことの大きさに、恐怖とも驚きとも違う、心が打ち震えるような気持ちを抱いていた。
だが艦長である彼に、そんな感傷に耽っている時間はなかった。
(しまった!)
初めての大型艦、戦艦撃沈と言う事態に気を取られ、もう1隻の敵艦。戦艦の後方にいた駆逐艦のことを失念してしまっていた。
敵の駆逐艦には爆雷はないと聞いているが、潜望鏡を発見されて砲弾を撃ち込まれたり、衝撃、つまりは体当たりを受ける可能性もある。
河西は急いで潜望鏡で周囲を見回す。見た限りでは、敵駆逐艦の姿は近くにない。だがどうしても見えないところがある。沈みつつある敵戦艦の向こう側だ。煙と炎に隠れて完全に見えない。
「聴音、敵駆逐艦を探知できるか?」
目がダメならば耳に頼るしかない。だが。
「ダメです。敵戦艦の沈没音と爆発音で、駆逐艦の音まで探知できません」
ソーナーは現在役に立たないらしい。
「了解・・・潜望鏡下げ、急速潜航。海底に注意しつつ、現海域を離脱する。聴音、敵駆逐艦の音に注意しろ」
「はい!」
モーター音とともに潜望鏡が下がり、タンク内に水が入れられ「伊50」は潜航し始める。
それからしばらくの間、緊張の時間が続いた。万が一発見され追尾されれば、潜水艦は弱い。特に高速で小回りが利く駆逐艦は大敵だ。例え相手が爆雷を持っていなくても、所在を突き止められて追いかけ回されれば、いずれ電池切れか空気の汚濁で浮上を余儀なくされ、砲撃を受けてしまう。
先ほどまで浮かれていた乗員たちも、その現実を前にして静かになる。
驚異的な水中性能を獲得している「伊508」に対して、「伊50」はそれよりも前時代的な可潜艦に過ぎないのだ。
「どうだ聴音?」
「追尾してくる艦艇はありません」
「艦長、さすがに1時間も経って探知できないなら、撒いたと思えますが」
部下の言葉に、河西も腕時計を見る。
「そうだな」
しばらくして、ようやく艦内にホッとした空気が流れる。
「やりましたな艦長。戦艦1轟沈ですよ」
「うん。安全の確認が確実に取れたら、浮上して無線を発信しよう」
「伊50」の任務は、トレア港の敵艦隊の監視である。そろそろ敵飛行場への攻撃も終了した頃だろうから、第二次攻撃隊のためにも報告が必要であった。
「無線を発信したら、港の近くまでいったん戻るぞ。戦艦の撃沈に慌てて敵艦隊が出撃するかもしれない」
「そうなったら、次の大漁も狙えますね」
部下の楽観的な言葉を、河西は否定した。
「今回敵を沈められたのは、あの戦艦が上手いこと本艦の至近距離にまで来たからだ。そんな偶然そうそう起こらないよ。それに、敵艦隊そのものが出てきたら報告の方が優先だ。攻撃はしてられないぞ」
今回の戦艦撃沈は、敵が港の中へと戻ろうとしたために針路を変更し、「伊50」の射線に上手く入ってくれたおかげである。もしあのまま外洋に出ていく針路だったら、追尾など不可能だった。
「敵艦隊は出てくるでしょうか?」
「港が危険だと判断すれば出てくるだろうし、外の方が危険だと判断すれば引っ込んでるだろうな。まあ、すぐに答えは出るさ」
河西の言う通り、その答えは程なくして出ることとなる。
「やったぞ!敵は港の中に引きこもったままだ!こりゃいい!」
トレアの港に殺到した第二次攻撃隊のパイロットたちは、港に停泊する戦艦を含めた敵艦隊の姿に歓喜した。敵は動かず、港の中に居残っていたのである。
つまり、攻撃隊は止まっている艦艇を攻撃すればいいということだ。動き回る艦船に比べれば遥かに与しやすい、的と言っても良い。
朝の飛行場への奇襲成功に続いての僥倖。搭乗員たちの士気はいやが上にも高くなる。
「よっしゃ!ガンガンやれ!」
二見隊長機から突撃命令が出ると、艦爆と艦攻が猛突進した。撃ち上げられる対空砲火をものともせず、彼らは爆弾を敵に叩きつけていく。
飛行場攻撃の時と同じく、戦闘機も低空まで降下すると対空火器など機銃で破壊できる場所目がけて攻撃する。
トレア攻撃の第二次攻撃隊は、艦船攻撃にも関わらず魚雷を抱いている機体はいなかった。これは魚雷が貴重品であるとともに、トレアの港が魚雷攻撃を行うには狭く、浅すぎたからだ。
魚雷は投下されると水面に落ちた際に、一度その勢いで50m以上は潜ってしまう。開戦時の真珠湾攻撃でもこれが問題となり、帝国海軍は腐心して浅くしか潜らない魚雷を開発して解決している。
しかしトレアの港は浅いだけでなく、水道の幅が狭いために魚雷を投下させて航走する余裕がない。
艦艇を沈めるには、水線下に穴を開けるのが一番効果的だ。つまり、魚雷こそがそれにピッタリなのだが、今回は使いようがなかった。
それでも、艦攻隊は各機2発ずつの250kg爆弾を搭載していた。800kgや500kgに比べれば物足りないが、ある程度の高度から投下されるそれらは、それなりの貫徹力を持つ。
「投下!」
風切り音とともに、投下された爆弾が目標に向かって落ちていく。
艦攻は機体強度の問題で急降下爆撃は出来ないため、爆撃は自然と水平飛行しながらの爆撃、つまりは水平爆撃になる。一定の高度から飛びながら爆弾を投下するため、命中率は機体を相手に向けて突撃させて爆弾を放る急降下爆撃より低い。それでも、停泊中の艦艇なら命中は十分期待できた。
「命中!」
次々と敵艦に命中の爆発が起き、間を置かず搭乗員たちの歓声が上がった。
外洋に出ればその強力な砲力で敵を圧倒するであろう戦艦も、その戦艦を支える巡洋艦も、高速で敵に突っ込む駆逐艦も、空からの攻撃には成す術がない。命中弾を受けて炎上していく。
魚雷がないため、すぐに致命傷を与えることは出来ない。それでも、運悪く弾薬庫に爆弾が飛び込んだ巡洋艦は大爆発とともに艦体が真っ二つに折れて港内に着底してしまい、至近弾を多数受けた戦艦が、喫水線下に浸水を起こし、徐々に傾き出す。
港内のマシャナ艦隊が壊滅状態にあるのは、誰の目にも明らかであった。
「これでエルトラント南部の制海権と制空権はこちらのものだな」
第二次攻撃隊が撮影した戦果確認用の写真を見ながら、坂本はつぶやいた。
「それにしては司令、あまり嬉しそうじゃないですね」
部下の言葉に、坂本は苦笑する。
「もしこれで上陸部隊とあと空母が1~2隻いれば、楽にエルトラントを攻略できたと思ってな」
軽空母2隻でこれだけの戦果である。この世界における航空機の有用性は、地球以上だ。もし倍の航空戦力を用意できたなら、北部の艦隊や飛行場を壊滅させることができる。そして上陸部隊がいれば、エルトラントを一気呵成に解放できたかもしれない。
しかしそれだけの戦力は、日本国にはない。絵に描いた餅であった。
また坂本らの艦隊も、補給艦艇を引き連れていないため、これ以上の作戦続行は不可能であった。
坂本としては、どこか歯切れの悪い、画竜点睛を欠く戦いに思えた。
「ですがエルトラントのマシャナ軍に大打撃を与えたことに変わりはありませんし、我が方の被害はわずか1機。大勝利には違いありません」
部下の言葉に、坂本は手を広げて苦笑する。
「そうだな。そのとおりだよ。無い物ねだりしても仕方がない」
今回の作戦での被害は、不運にも対空砲火で撃墜された艦爆が1機出ただけ。他に損傷機はあったが、いずれも帰還できるレベルのものであった。
日本海海戦以上の大勝利と言っても過言ではない。
「それに、実際に戦ったのは搭乗員たちだ。これ以上不満を言うのは、彼らに悪い」
実際に空を飛んで敵を撃破したのは搭乗員たちの功績だ。これ以上文句を言うのは、戦った彼らへの侮辱ともなる。それに気づいた坂本は、それ以上言うのはやめた。
「さて、瑞穂島に帰投するぞ。敵艦隊は撃破したが、どこから敵が襲ってくるかはわからん。対水上、対空警戒を厳としつつ、撤収する」
「「は!」」
こうして、日本国による本格的なマシャナに対する初めての戦闘は、大成功に終わった。しかしながら、戦いはこれからが本番であった。
そして、日本国を取り巻く物語も、大きく動いていく。
御意見・御感想よろしくお願いします。




