会議 下
船団内に不協和音が鳴り響いているのを見た寺田は、手っ取り早い策を思い浮かべた。帝国臣民なら誰であろうと反応し、拒否できないアレだ。
寺田は咳払いをすると、静かに告げる。
「諸君。船団は今や未知の状況下にある・・・畏れ多くも!」
ガタッ!
寺田がそう口にした途端、会議室内にいた全員が直立不動で立ち上がる。
「私は、陛下からこの船団の指揮を任され、それと共に陛下の赤子たる諸君らも含む将兵の命をお預かりしている。このような状況下にあって、私が自らの責任として為すべきことは、船団と諸君ら将兵の命の安全を図り、無事本土に連れ帰ることだ」
寺田が使ったのは、天皇の名前を出して船団内の団結を引き締める策であった。この時代、日本人の誰もが帝国臣民であり、陛下の赤子であるとされていた。天皇の命令は絶大であり、軍隊でも「上官の命令は天皇の命令と同義」と言う考え方が通っていた。もちろん、民間人でもだ。
一端言葉を切った寺田は、直立不動で立つ参加者たちを見回し、再び口を開くと静かに伝える。
「そのためにも、諸君らにはどうか全員一丸となって、これまでのわだかまりを捨てて、この状況に対処して困難を克服して行ってもらいたい。どうかよろしく頼む」
寺田は言い終えると、頭を下げた。
「指揮官、頭をお上げください」
「そうです」
「申し訳ありませんでした」
「我々が間違っていました」
参加者たちの言葉に内心安堵する寺田であったが、もちろん表情には出さず。
「わかってもらえたなら嬉しい。全員着席、会議を続けよう」
と平静を装って、会議を続行させた。
「先ほどの続きに戻るが、船団を今後どうするかについて、私は船団と将兵の安全を守るためにも、慎重に行きたいと思う。だから大橋少佐の意見を取りたい」
寺田は先ほどの意見と、現在の状況から冒険は避けることにした。もちろん、それは船団や将兵の安全を考える上では、最適と判断したからだ。
「では、様子見を行うと言うことですか?」
「東郷丸」の長谷川船長の問に、寺田は頷く。
「そうだ。私はそれで行こうと思う。出来ればどこかに避泊出来ればいいんだかね」
船団の進行を停止するにしても、海上にある以上最低限動かないと行けない。エンジンを停止することは不可能ではないが、そうすると艦船が潮に流されてしまうし、衝突や離散のリスクも大きくなる。最低限の速度で、遊弋するしかない。
しかし、そんな寺田の心を見透かすように、手を上げた男がいた。
「指揮官、よろしいでしょうか?」
「何だね、大石参謀」
手を上げたのは参謀の大石中佐だ。昨日までは寺田が大いに頼りにし、ほとんどの決断を丸投げしていた彼は、この会議はほとんど発言していない。未明の異常事態から思考が鈍っていたように寺田には見えたが、寺田が方針を示したことで、頭が回り始めたのかもしれない。
「先ほど偵察機が発見した島を使ってはどうでしょうか?偵察機の報告では、船団の泊地に最適な湾を有すると報告が来ています」
「ふむ」
偵察機が発見した謎の島については、発見後に詳細な状況を知らせる続報が、寺田たちの元にもたらされていた。それによれば、島の大きさは周囲25km程でそれなりの大きさがあり、艦隊が停泊するのに良好な湾を有していると言う。さらに、人工物ならびに島民らしき者は見えずとも付け加えられていた。
この報告は会議が始まる直前に届いたため、会議のことで頭が一杯だった寺田はあまり気にしていなかった。しかし、船団を一時的に待機させると決まった現在、泊地があるというのは好都合であった。
「確か、島までの距離は?」
「約230海里です」
「14ノットだと・・・」
「約16時間です」
寺田は頭の中で考える。偵察機を出したり会議をしている間に、時刻は既に昼を回っている。今から16時間後だと、到着は明日の未明になる。
海図のない海域であるから、どこに暗礁があるかわかったものではない。なので、慎重に行動するべきだった。
「では少し速度を落として行こう。航路からは大幅に外れるが、海上を彷徨うよりはマシだろう」
「わかりました」
「諸君、そう言うわけで船団は一時的に任務を中止し、偵察機が発見した島への避泊を図る。新針路決定次第変針する。諸君らは各自の艦船に戻り、乗員たちに現状を伝達して欲しい」
「「「は!」」」」
「お待ちください!」
声を上げたのは、先ほど喧嘩を起こした一人である「麗鳳」艦長の坂本だ。
「坂本大佐、何かな?」
「船団を避泊させることは承知しました。ですが、やはり私は時間を浪費するのは得策とは思えません。ですからどうでしょう?少数の艦を分離して、サイパン。或いは本土のどちらかだけでもいいです。偵察を行うと言うのは?」
「偵察か・・・」
それ自体は悪くないと寺田は思った。いずれにしろ、本土の様子は探る必要があるのだから。ただし、状況がわからないために、危険が甚だ大きいのが問題なのだ。その点を勘案すれば、坂本の案は少数の艦で行うので、万が一のリスクを分散できる。
一方で、問題もあった。
「大佐、それでは貴重な戦力を分散することとなります。万が一敵が出て来た時に、各個撃破される可能性が高くなります」
寺田の思っていたことを、大石が代わりに答えた。
彼の言うとおり、坂本が行おうとしているのは戦力の分散であった。戦術原則において、戦力は集中すれば集中するほど戦力として大きくなると言うのが常識である。それは攻めるにしても、守るにしても同じだ。
トラ4032船団は、船団としては比較的豊かな戦力を有しているが、それでも正規の艦隊でも出てこれば、充分に太刀打ちできる戦力とは言い難い。
「それならば、私の「麗鳳」だけで充分です」
「おいおいおい、空母1隻だけで突撃する気か!?」
寺田があまりの無謀さに、目を剥く。空母は航空機を搭載しているが、単独で戦える軍艦ではない。搭載しているのは対空兵器だけなので、水上艦にしろ潜水艦にしろ相手には出来ない。
だが坂本は強気だった。
「本艦の最高速力なら敵潜水艦は振り切れますし、航空機も電探も搭載しています。万が一敵と遭遇しても、航空戦力での反撃が可能です」
「いや、ですが。航空機があると言っても30機程度じゃないですか。電探があると言っても、我が軍のそれは米国よりも遅れています。万が一敵の水上艦と鉢合わせなんかしたら、「麗鳳」のような軽空母では逃げ切れんでしょうに」
大石もその危険性を指摘する。しかし、坂本は引き下がらない。
「このような状況下です。多少の危険は覚悟するべきです。それに、それはいずれも可能性に過ぎないじゃないですか・・・自分は別に艦や将兵を無駄死にさせようとか、そう言ってるのではありません。ただ、現状では多少の危険を冒すのも止むを得ないと言ってるのです」
坂本は何が何でも退かないようだった。寺田はこれ以上言っても無駄だと思い、あきらめた。
「わかった坂本大佐。君の艦の偵察を認めよう」
「ありがとうございます!指揮官」
「だが、さすがに単独での行動は許可できん。そうだな、巡洋艦の「石狩」と駆逐艦の「山彦」を護衛に付けよう」
「ありがとうございます」
「くれぐれも坂本大佐。無茶だけはしないように。何かあったら無理せず、引き返して我々に合流するように。いいね」
寺田は念を押した。
「もちろんであります」
こうして、結局船団から坂本艦長の軽空母「麗鳳」と、その護衛として軽巡洋艦「石狩」、そして駆逐艦の「山彦」を偵察戦隊として分離することとなった。
その他の船は、抜けた3隻の穴を埋めるように陣形を組みなおし、偵察機が発見した島に向かうために、舳先を西へと向けた。
「指揮官、本当によろしかったのですか?」
離れて行く「麗鳳」の姿を見ながら、大石が不安げに言う。
「仕方があるまい。ああでもしないと、収まりそうになかったからな」
寺田はやれやれとでも言いたげに、席に腰を下ろす。
「ですが、ああして独断を認めたとなれば、坂本大佐が今後勢いづきませんか?」
一度意見を認めてしまうと、今後も同様に強気で出れば認められると思われたに違いない。大石はそこを気にしていた。
だが、それに対して寺田は苦笑いして答える。
「そうだね。だが、彼の戦隊には補給艦が1隻もない。彼がどんなに無茶をしたくても、いずれ我々と合流しなければならなくなる・・・仮に実力に出ようと思っても、あの戦力では出られないしね」
「まさか、指揮官は彼が反乱を起こすとでも?だから敢えて護衛艦をあの2隻に?」
大石は気付いた。「麗鳳」に付けられた護衛艦は、帝国海軍を代表する軽巡と駆逐艦であるが、船団にはより強力な護衛艦が残されている。大石はそれを、船団の防備のためと軽く思っていたが、坂本の反乱対策と言われれば、確かにその通りだった。
「あくまで可能性の一つだ。本当に彼がそんなバカげたことを起こすなんて考えてはいないよ」
「だといいんですけどね」
「過ぎたことに拘るのは、そこまでにしよう。それよりも、目的の島に今は無事に着くことだけ考えよう」
「はい」
大石は会話の内容を振り払うように、目の前に広がる紺碧の大洋へと目を向けなおす。その海は、どこまでも透き通り、彼の複雑な心境とは対照的であった。
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