本格参戦 1
2機の戦闘機が日差しも眩しい紺碧の空を飛んでいく。濃緑色に塗られた機体の胴体と主翼には、赤い円の国籍マークが描かれている。
日本国の最新鋭陸上戦闘機「疾風」である。元々は大日本帝国陸軍の四式戦闘機「疾風」だが、日本国に接収されてその装備に加えられていた。
「いやあ、複葉機しか作れないような遅れた国と思っていたが、どうして。やるじゃないか」
「全くですよ大尉。性能が段違いに良くなっています」
その操縦席に座るのは、中野と賢人の2人だ。彼らはこの新鋭機によって、時速600km越えの世界を体感できるようになった。
「機体だけじゃない。無線機もな。雑音が大分減った」
「フリーランド様様ですね」
二人は雑音も少なくなった機上無線機で交信していた。
「ああ。ようし、着陸するぞ」
「了解」
2人は「疾風」を降下させ、飛行場への着陸態勢へと入った。
瑞穂島第一飛行場は、少し前まで突貫工事で完成した如何にも前線飛行場と言う趣の基地であった。滑走路は舗装されておらず、格納庫や指揮所と言った付属設備も簡易なものしかなかった。
それが今やアスファルトによってしっかり舗装され、木造だった格納庫には鉄骨の大きく立派なものが混ざってきている。
さらに着陸した彼らを誘導する整備兵の姿にも変化が表れていた。衣服の替えがないために、大分汚れた服を着まわしていたのが、今や真新しい防暑使用の作業着を着ている。
駐機場まで誘導されると、2機はそこで停止しエンジンを止めた。
「どうでした?上飛曹。生まれ変わった「疾風」の乗り心地は」
「最高だよ。たった10機しかないのが残念だけど」
声を掛けてきた整備兵に、賢人は半分満足、半分不満の答えを口にする。
「フリーランドも、さすがに製造はまだ無理そうですからね」
「ああ」
賢人は機体から降りると、同じく機体から降りてきた中野と並んで歩き始める。
「燃料と点火プラグを変えるだけでここまで変わるとは」
「フリーランドて国がスゴイってこともあるし、日本製の部品が粗悪だったってこともあるだろうな」
「それにしても、半年でここまで劇的に変わるとは」
賢人は「疾風」を陸揚げした時の高揚と、その後の落胆を覚えている。期待の新型機として日本国に編入された「疾風」であったが、どうも製造時に問題があったらしく、発動機や機体の艤装にトラブルを抱えている機がほとんどだった。特に発動機の出力不足は問題であった。
「おきつ丸」に乗っていた陸軍の整備兵や、瑞穂島の整備兵が全力で整備してなんとか飛ばせるようにはしたが、根本的にトラブルを抱えているのでは性能を十分に発揮できず、それどころか2機を早々に事故で喪うというオマケまでついた。
そんな状況を劇的に改善したのが、フリーランドとの国交樹立と、貿易開始であった。
フリーランドはメカルクの同盟国で、対マシャナ戦線を張っている国の一つだ。正式名をフリーランド連邦共和国と言う。国の場所は、地球で言えばアメリカ大陸のある地域だが、大陸国家ではなく複数の島国による共和制の連邦国家である。
この内一番メカルクに近い西側にあるフリーランド連邦の構成国家であるアルシト共和国は、航空工業が盛んな国で、メカルク軍の最新鋭戦闘機もここで造られたという。
メカルクの仲介により、日本国はそのアルシト(フリーランド)とも協力関係を結んだ。そして同国には、メカルクに譲渡された戦闘機が、さらに研究材料として引き渡された。
その結果、アルシトでは一種の革命とも言うべき技術革新が進んだらしい。同国でも全金属単葉機の研究が既に行われていたとのことだが、メカルク経由で渡された96式艦戦や「バッファロー」により、一気に研究が進展したとのこと。
また同国は基礎工業力は優れており、オクタン価の高いガソリンの精製が可能で、また航空機のピストンリングや点火栓も品質の高い物を製造できた。それを日本国は輸入し、その結果航空機の性能向上に役立っていた。
「あの時苦労して、メカルクと関係を結んだ甲斐があったってもんだな。もっとも、それでいよいよ俺たちも本格的に参戦だけどな」
「ええ。腕が鳴ります」
反マシャナ連合との関係強化は、マシャナに対する本格的な参戦を日本国に促すことに他ならなかった。そしていよいよ、日本国は本格的なマシャナに対する作戦行動開始に向けて動き始めていた。
「ルリア嬢にとっては、ちょっと酷かもしれないけどな」
「どうでしょうね。本人はあんまり気にしていないみたいでしたよ」
日本国が計画している最初の作戦は、現在マシャナに占領されているルリアの故郷、エルトラント王国のマシャナ軍に対する攻撃作戦であった。
この作戦のために、現在潜水艦を用いたエルトラント政府との連絡が行われているという。潜水艦が用いられてるのは、同国全域がマシャナによって占領されており、隠れているエルトラント政府と連絡を発見されずにつけるためには他に手段がなかったからだ。
現在日本国が運用する潜水艦は2隻に増えており、4か月前にこの世界に飛ばされてきた潜水艦「伊50」が戦列に加わっている。
同艦は巡洋潜水艦の1隻で、昭和20年5月に特攻兵器である人間魚雷「回天」を搭載し沖縄方面に出撃したが、米軍のフリゲートの爆雷攻撃を受けた後に、この世界へとやって来た。
「伊50」は「回天」の撤去と、機銃座の増設工事などを行うと、「伊508」と交代で連絡や哨戒任務に就いていた。
この連絡任務には、ルリアも時々通訳として同行していた。その彼女と頻繁に会っている賢人からすると、彼女は日本軍によるエルトラント攻撃を嫌と思っているようには見えなかった。
「むしろと、祖国が解放されるって言うんで喜んでましたよ」
「そいつは結構。ただ、それまでにどれだけ時間が掛かるやら」
日本軍はエルトラントに駐留するマシャナ軍への攻撃計画を練っているが、上陸作戦については未定としている。というのも、上陸する陸上戦力が不足しているからだ。
この半年間で陸軍の船舶が5隻加わったが、いずれも航空機や物資の輸送中にこちらの世界に来たため、兵隊そのものの数は全て合わせてようやく1個大隊を集成できるかどうかだった。
トラ4032船団によって運ばれていた海軍陸戦隊を加えても1個連隊にも満たない戦力しかない。これでは出来るのはせいぜい威力偵察程度の強襲上陸くらいだろう。
「メカルクやフリーランドとかが兵隊を出してくれるって噂ですけど、実際の所どうなんですか?」
「出すつもりはあるみたいだが、すぐには無理だろうな。上陸船団を仕立てるって言ったら一大事だし、エルトラントのマシャナ軍は今わかっているだけでも4個師団はいるらしいしな」
ルリアの故郷エルトラント王国に展開しているマシャナ軍の戦力は、現地の工作員などからの情報提供で、大体はわかっている。海軍が戦艦4隻を含む1個艦隊。空軍は複葉機と初歩的な単葉機などの戦闘機や爆撃機、偵察機など200機あまり。そして、陸軍兵力は4個師団程度であった。
「でも、敵に空母はいないし戦車もないんですよね。だったら、今の我々の戦力でも行けそうな気がしますけどね」
この世界には地球にあった兵器で無い物が多いことが、メカルクやフリーランドからの情報提供で判明している。特に海軍関係だと水上機母艦はあるそうだが、航空母艦はまだ登場していない。潜水艦もないし、それどころか魚雷もない。ただし地球にない金属のおかげで、高温高圧の機関が製造できるので、驚異的な高速を発揮できる。
陸上兵器も、機関銃を搭載した装甲車や、オープントップの自走砲はあるそうだが、旋回砲塔を備えた戦車は登場していない。迫撃砲もない。
この世界にないこれら兵器を、トラ4032船団は搭載しており、日本国軍の装備として引き継がれている。
だが中野は士官だけあって、賢人ほど楽観的ではなかった。
「多少の兵器の優劣なんて、数で補いがついちまうぞ。マシャナの人口は占領地も含めて6億以上だって言うじゃないか。さらに従属国も含めるともっと増える。そんな国相手に正面切って戦っても、最後は数で押し切られるぞ」
「そうですか。でも、それじゃあ最後まで勝てないじゃないですか」
「だから正面切ってって言っただろ。最終的に勝つには、ここを使うしかない」
中野は自分の頭を人差し指でつつく。
「ま、ここから先のことはさらにお偉いさんたちが考えること「ナカノタイイ!ケント!」
中野の言葉を遮るように、女性の声が割り込んできた。その声に、賢人の表情が渋くなる。
「大尉、自分はここで失礼します」
と一方的に言うと、文字通り遁走した。
「たく」
「ナカノタイイ。ケントはどうしましたか?」
「ちょっと用があるってさ。で、何だい?ラシア」
「はい!ゼロの操縦についてなんですが・・・」
そう笑顔で聞いてくる女子下士官は、半年前メカルクで賢人に抱きついたあのメカルク公国の女性パイロットであった。
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