初外交 8
模擬空戦は一方的だった。メカルク陸軍航空隊の戦闘機は、日本側戦闘機の機動に全く追従することができず、いいように翻弄されたあげく射点を取られてしまった。今回は模擬空戦なので機銃が発射されることはなかったが、発射されていればメカルク側の戦闘機は一溜まりもなかっただろう。
メカルク側の戦闘機を5分足らずで全滅させてしまった日本側の戦闘機であったが、着陸は冷や汗ものであった。離陸時に滑走路が、整備不十分であることがわかったためだ。下手をすると事故を起こす。
賢人も滑走路の凸凹に脚を取られて、ひっくり返らないように懸命に機体を制御しなければならなかった。そうした苦労のかいあって、3人とも無事に着陸して駐機場へと機体を持っていくことができた。
停止すると、待機していた整備兵が車輪止めを挟んで機体を固定したのだが、その後が大変だった。メカルク側の関係者が機体を取り囲んでしまったためである。
「○×□!」
「△×○!」
と次々に降りてきた3人に声を掛けてくるが、もちろん3人には全く意味が分からない。
「すいませ~ん!通るので道開けてください!」
と、相手も意味がわからないのは承知だが、日本語で声を上げる賢人らパイロットたち。
すると、ようやく笛を鳴らして小銃を持ったメカルク側の兵隊がやって来て、人だかりの整理をはじめた。そしてなんとか賢人らが通れるスペースが確保された。
「全く、手荒い歓迎だな」
「お疲れ様です大尉」
「けど大勢に出迎えられるのは、悪い気がしませんね」
「バカ。今回は絶対勝てるに決まってたようなもんだからな。天狗になるんじゃない」
中野が武にピシャリと言う。
「すいません」
「しかし大尉。これで先方も気が変わりますかね」
「そりゃ自軍の最新鋭戦闘機があんな結果に終わったなら、普通は変わるだろうさ」
その中野の言葉は当たっていた。通された兵舎で休憩することになったのだが、そこで出されたお茶に茶菓子が付き、ついでに世話役の兵隊までついた。模擬空戦前にもお茶は出されたが、ここまで厚遇はされなかった。
「なんか扱いが露骨すぎません?」
「ま、美味いお茶と菓子を食わせてもらえるなら、それでいいだろ。うん、美味い」
実際出された紅茶も菓子も美味かった。
「中野大尉、賢人に武もお疲れ様」
一服していると、ルリアが顔を出した。
「あ、ルリアもお疲れ様」
「何か用かい?」
「はい、大尉。メカルクの軍人さんたちが、戦闘機の詳しい説明をして欲しいって」
「おう、わかった。行くぞ」
「「はい」」
3人はルリアと一緒に、駐機場へと戻る。
「あ~。疲れた疲れた」
「関心が高いのはいいが、質問攻めは応えるな」
2時間後、メカルク側の軍人の質問攻めからようやく解放された4人は、用意された宿舎に向かって歩いていた。
「大尉も武も、一番疲れてるのは多分ルリアですよ。一人で全部翻訳してたんですから」
3人もお疲れ気味だが、賢人の隣を歩くルリアは3人よりも疲れが濃そうだった。
「それもそうだな。今日一番の功労者はルリア嬢かもしれんな」
「ありがとうございます大・・・」
ルリアはそれ以上言えなかった。大きな欠伸をしてしまったからだ。もちろん、すぐにその顔は真っ赤になる。
「ご、ごめんなさい」
「いいよいいよ。本当に疲れてるんだな。今日はしっかり休め」
「なんなら、賢人が一緒に寝てやったらどうだ?」
「バカ!」
「痛!」
冗談めかして言った武の頭を、賢人は力いっぱいにはたいた。
そんな二人のやりとりを、中野とルリアは笑って見ていた。
「大尉、今後交渉はどう動きますかね?」
「今日の先方の反応から見て、悪い方向には転ばないだろうさ。それに、長谷川少将たちも、メカルク側と何としてもパイプを作りたいと思ってるからな。この国と交易できれば、色々と楽になる」
ルリアを部屋に送った後、賢人らは自分たちの居室で今後のことについて話し合う。やはりその話題の中心になるのは、今後のことだ。今日の模擬空戦にしても、メカルク側との外交関係を樹立するためのものであった。
そして日本国が求めるのは、何よりも現在国内(厳密には島内)で得られない物、或いは不足している物をなんとか手にすることであった。食料や衣類と言った生活必需品はもとより、艦船や航空機、車両のメンテナンスに必要なオイルや機械部品などなど、数え上げればキリがない。
「しかし大尉。交易するって言っても、今の俺たちに売れるような物なんて用意できますか?」
武がそんなことを口にする。日本国は瑞穂島と言う領土は持っているが、何かを生産しているわけではない。資源があるにはあるが、それだってまだ大規模な採掘には至っていない。
「佐々本、商品ならあるじゃないか。俺たちのすぐそばに」
「え!?・・・まさか、今回持ち込んだ機体ですか」
「そう言うことだ。わざわざ旧式機や捕獲機を持ち込んだのは、喪われてもいい機体だからだ。つまり、メカルク側に売り払っても良いってわけだな」
「でも、たった3機ですよ」
賢人が怪訝な表情で言う。
「3機でも、メカルク側にすれば喉から手が出るほど欲しい機体だからな。それでこっちが不足している物が買えるなら、安いもんさ」
確かに。3機の機体を失うのは惜しいが、それでメカルク側から物が買えるようになれば、瑞穂島の生活はグッとよくなるだろう。さらに、賢人はある物に期待した。
「俺としては、とにかく米が食いたいからな」
「あ、大尉。俺もそれ考えてました」
「俺もです」
メカルク公国の緯経度は、ほぼ地球のハワイに近いが、面積はそれよりもはるかに大きく、島内を何本も大きな川が流れている。それによって、この国では稲作が行われていた。それを3人も含めた日本国関係者は、メカルク側が出した食事に米料理があることで知った。
残念ながら米の種類は日本人が食べなれた日本米(ジャポニカ米)ではなく、タイ米(インディカ米)に近いものであったが、それでも米は米だ。瑞穂島では栽培不可能な米をこの国は作っている。米を生活から切り離せない日本人にとって、魅力的すぎる事案だ。
「タイ米だって、料理の仕方次第じゃ美味いですからね」
賢人がその味を思い出しながら言う。
「お前らもタイ米食ったことあるのか?」
「はい、スマトラに行った時に食事で出てきました」
賢人も武も、一度配属された蘭領インドシナでタイ米を食べた経験があった。日本の米とは違っていたが、それでも調理の仕方さえ間違わなければ美味い。
瑞穂島では米の備蓄は充分あるものの、今後の入手困難を見込んで節米が行われている。その心配がいらなくなるだけでも、大きなことであった。
今後の交渉によって、日本国の運命は大きく変わる。それは間違いないことであった。
しかしながら、賢人も武も、米が手に入るか入らないかという身近な問題の方が、気になっていた。
翌日、中野は通訳であるルリアを連れて長谷川らと再度合流してメカルク側との交渉に臨むことになり、賢人と武はお留守番となった。
特にやることもないので、同じく残された整備兵とともに3機の戦闘機の整備を手伝う。
「やっぱりアメリカさんのエンジンは優秀だな。油漏れがほとんどない」
「セルモーター付きで1発で掛かるのもいいですよね」
老練な整備兵曹長とともに、エンジンカバーを開けて機体を見る。3機とも機種がバラバラのため、改めて見直すと個性があって面白い。
と、賢人は視線に気づいた。
「何だ?」
「あちらの兵隊や整備兵も興味あるみたいだな」
遠巻きにメカルク側のパイロットや整備兵が賢人らを見ていた。昨日機体について説明したのが、余計に興味を沸かせてしまったらしい。ただ言葉が通じないので警戒しているのか、遠巻きに見ているだけだ。
「連中に機体を見せてもいいですかね?」
「どうせ売り払う予定だから、構わないだろう」
その言葉を聞いた賢人は、彼らを手招きする。最初は訝し気に賢人らを見ていたが、好奇心に負けた一人の飛行服姿のパイロットがこちらに寄ってきた。
「近くで見なよ」
言葉が通じるとは思えないが、身振り手振りを交えて伝える。すると、そのパイロットは「バッファロー」に近づき、ゆっくりと機体に手を触れる。
「〇×□!」
そして声をあげる。
「何だ?」
「金属の機体にさわれて喜んでるんだよ。俺も最初に全金属の機体になった時は、驚いて感動したもんだぜ」
兵曹長が笑いながら言った。
練習生時代の赤とんぼを除けば、金属製の機体に慣れている賢人にとって、それは実感できない感動であった。しかし、旧式である筈の機体を、まるで子供のように見ている彼女の姿に、賢人はほっこりする。
そしてあることを思いついた。賢人は主翼によじ登る。そして、機体を見ていた彼女に言う。
「操縦席入るか?」
天蓋を開けて、手招きする。すると、メカルク兵は主翼に手を掛ける。
「そこと、そこ。手と足を掛けて」
手と足を掛ける場所を指示しながら、彼女を主翼の上へ上げて、そのまま操縦席に入らせる。まず自分が見本の動きをして教え、その後彼女を乗せた。
「□×〇!」
操縦席に座った彼女は、またも喜びの声を上げる。
すると、そんな彼女を見てから他のメカルク兵たちも集まってきた。
「おい平田。他の奴も乗せてやるから、どいてやれ」
「はい。すまないな。次が閊えてるから、降りてくれ」
言葉は通じないが、状況を察したらしく彼女は操縦席から出る。そして機体から降りるのを、賢人がサポートする。
「どうだった?」
と通じるわけもないのに聞いてみる。
ところが、彼女は満面の笑みを浮かべると。
ギュッ!
なんと賢人に抱きついた。
御意見・御感想お待ちしています。




