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初外交 7

「よし!ゆっくり降ろせ!」


「東郷丸」のデリックが動き始めると、吊るされたF2A「バッファロー」戦闘機が降ろされる。海上には大型の艀が浮かべられており、「バッファロー」はそこへ降ろされる。そして「バッファロー」を無事に乗せた艀は、そのままタグボートに引かれて陸地へと向かって行く。


「よし、次に96艦戦だぞ!」


「バッファロー」に続いて、今度は96式艦上戦闘機が船倉から引き上げられる。海上では、それを乗せるための艀が新たに「東郷丸」の舷に付けられていた。


「やっとこいつらを飛ばせるんですね」


 運び出されていく飛行機を見ながら、賢人は感慨深く呟く。しばらく空を飛ぶことに御無沙汰だったが、ようやくその目途が立ったのである。パイロットとしての血が騒がずにはいられない。


「ああ、だが俺たちの本当の仕事はここからだぞ」


「ですね」


 そんな彼の肩を中野が叩く。そう、パイロットである賢人にとって護衛などと言うのは、臨時雇いの仕事である。あくまで自分の本業は空を飛ぶ戦闘機パイロット。


 既に2週間近く操縦桿を握っていなかったが、ようやくその機会が巡ってきたのである。しかも、責任ある重大な仕事として。


「しかし、どうせ宣伝に使うなら「おきつ丸」の陸軍さんの機体の方がいいんですけどね」


 同じく作業を見ていた武がそんなことをぼやく。


「おきつ丸」は、賢人たちが元いた世界よりも半年以上後に出港していたため、搭載されている機体も最新の機体だった。具体的にはキ84四式戦闘機「疾風」、そして開戦以来のキ43一式戦闘機「隼」の最新型である三型であった。「おきつ丸」は「疾風」を12機、「隼」を24機の計36機搭載していた。


「隼」は開戦以来活躍してきた機体で、現在日本国の主力戦闘機とも言うべき零式艦上戦闘機と同年代の機体だが、「疾風」はトラ4032船団出港後に本格採用されたパリパリの新型戦闘機である。


 賢人と武も実際に見に行ったが2000馬力級のハ45エンジンを搭載し、さらに武装も機種に12,7mm機銃、主翼に20mm機銃と強力であった。速度も実際に飛ばしてはいないが、600km以上出るという。なんでも陸軍は「大東亜決戦機」という呼称まで与えていたらしい。


 それに比べれば、今降ろしている機体はいずれも旧式機や捕獲機で、「疾風」に比べて性能的にも見栄え的にも見劣りする。宣伝という面で言えば、「疾風」を飛ばせないのは痛い。


 ちなみに、今回のデモ飛行用に瑞穂島出港時には影も形もなかった「疾風」はまだしも、現在の主力とも言える零式艦上戦闘機が用意されなかった理由は、機密保持という点もあるが、それ以上に貴重な新鋭機が万が一にも消耗する事態を恐れたからであった。


「それは言っても仕方がないぞ、佐々本。慣熟訓練もしてない陸軍の機体を乗りこなすことなんか不可能だからな。それに、どうやらこいつらだけでも充分宣伝になりそうだしな」


 中野が96艦戦を見ながらそんなことを言う。96式艦戦は今回デモ飛行する中でも一番古めかしいスタイルの機体だ。全金属の単葉とは言え、主脚は固定脚で操縦席もキャノピーのない吹きさらしである。


 しかしこの96艦戦ですら充分宣伝の材料になると、彼は語る。そしてその言葉は間違っていなかった。




「これが本当に飛ぶのですか?」


「信じられない」


「単葉機も引き込み脚も各国で研究中と聞きますが、ここまで完全な機体は初めて見ます」


「東郷丸」から降ろされた2日後、メカルク側の飛行場に運び込まれ、整備が行われた96艦戦、F2A「バッファロー」、P40「ウォーホーク」がメカルク側にお披露目された。そしてそれを見たメカルク側関係者は、一様に驚愕の目で機体を見ていた。


 まるで子供の用に目を輝かす彼らを見て、中野や賢人らはさも当然という顔をする。


「そりゃ、アレだもんな」


 中野が見た先では、メカルク側の戦闘機が列線を作って並べられている。しかしその機体は、中野の目から見て既に旧式である96式艦戦よりもさらに古めかしいスタイルの機体、帆布張りの複葉機であった。


 しかも中野たちは、メカルク陸軍(メカルク公国の飛行機は陸海軍に分かれて所属しているらしい)の士官からアレが最新鋭機だと聞かされていた。


「下手すると90式どころか、三年式かそれよりも前の機体だ。前の大戦のレベルの機体だぞ。アレ」


 中野の言う90式は90式艦上戦闘機、三年式は三年式艦上戦闘機のことで、ともに現在は退役した複葉の艦上戦闘機のことだ。そして前の大戦とは、1914年から19年まで起こった第一次世界大戦のことである。


 つまりは中野や賢人らが生きていた昭和10年代後半より、四半世紀前の技術の機体と言うことになる。マシャナの航空機も古臭いものであったが、メカルク公国の機体はさらに古臭い。


「アレと模擬空戦するんですよね?」


「まあ、そう言うことになってるな」


「飛ばなくても勝負ついてますよ」


「ま、そう言うな。一番いいのは直接その目に焼き付けることだからな。メカルク側は俺たちの実力をまだ把握しておらん。使節団からの報告だけでは、容易に信じまい」


「でしょうけど。ねえ」


 メカルク側の機体の性能が第一次大戦レベルとすれば、最高速度はようやく200kmを超える程度で、一番旧式の96式艦戦の半分しかない。簡単に言えば、お話にならない。


「とにかくだ。下手に手加減する方が相手に失礼だ。全力でやれ」


「了解」


 色々と気が咎めるが、中野の言う通り。下手に手抜きする方が相手に失礼だし、自分たちの実力を見せることで認めさせるしかないのだ。


「コンターック!」


 一緒についてきた整備兵の手で整備された3機のエンジンが回される。3機とも快調だ。今回は中野がP40、武が96艦戦。そして賢人は「バッファロー」に乗り込んだ。


「賢人。がんばってね」


 出発前に、ルリアが笑顔で見送る。


「おう。任せとけ!」


 3機は暖機運転を終えると、車輪止めを外して滑走を開始した。だが。


(こりゃ滑走路の状態がよくないな)


 滑走路の転圧が不十分なのか、滑走する機体がやたら揺れる。バウンドして機体を損傷したり、最悪脚をとられて転覆などの事故をしでかしたりしたら大事である。


 賢人は慎重に機体を浮かび上がらせた。空中に無事に浮かび上がった瞬間は思わず安堵の息を吐いてしまう。


 風防越しに見ると、幸い中野も武も事故ることなく離陸していた。3人はそのままゆっくりと機体を上昇しつつ旋回する。


 滑走路を見ると、メカルク側の戦闘機も滑走を開始していた。1機、また1機と空中へ浮かび上がり、合計すると6機が飛び上がった。しかし。


「何だ?故障か?」


 1機は飛び上がったかと思ったら、どうにもフラフラしている。エンジンの出力が不十分なのかもしれない。そのためか、上昇を断念して旋回すると、滑走路へと滑り込んだ。地上で整備兵が走っているのをみると、やはりトラブルらしい。


「ただでさえ数が少ないっていうのに。ちゃんと整備しておけよ」


 その時、無線に中野の声が入る。


「これよりメカルク側との模擬空戦に入るぞ。同高度で対向する。いいか、相手の速度はこっちより極端に遅い筈だ。速度差には充分に注意しろ。空中衝突なんてバカなマネだけはやらかすな」


 賢人は無線機のスイッチを送にして。


「了解」


 と簡単に答える。


 メカルク側は1機欠けたものの、3機と2機のV字編隊を作って突っ込んでくる。それに対して、賢人たちは縦一列に飛んでいたが、それぞれ距離を取りバラける。それぞれ機種が違い、性能が違うために編隊での空戦は予め放棄し、それぞれが単独で相手することにした。距離をとったのは、事故に備えてのことだ。


「行くぞ」


 一直線に突っ込んできたメカルク側の編隊を軽くいなしてやり過ごすと、賢人は機を旋回させる。


「ほう、さすがに複葉機だけあって小回りは利くな」


 メカルク側の戦闘機は、その複葉機ゆえの身軽さを生かして素早く切り返してきた。だが。


「でも速度の違いはどうにもならないな」


 賢人はスロットルを入れて機体を上昇させる。もちろん、メカルク側が後ろを取ろうとついてくる。賢人の背後には2機の編隊が回り込もうとした。だが、「バッフォロー」の動きに追従できず、距離をドンドン開けられる。


「そうなるよな。よし、行くぞ!」


 賢人は機体を宙返りさせて、メカルク側の下方へと一気に急降下した。日本のパイロットから鈍重だとバカにされがちな「バッファロー」だが、機体の頑丈さはアメリカの戦闘機らしく充分だ。そして賢人はGに耐えながら、機体を急上昇させた。


 メカルク側はこの動きにまったく付いて行けない。


「もらった!」


 賢人は動きに付いてこれず、混乱すぐメカルク側の機体を次々と照準器の中に収める。模擬空戦なので機銃を発砲するわけにはいかず、照準器に数秒収めるだけだ。


「よし、撃墜!」


 あっという間に2機とも照準器内に収め、撃墜するには充分な時間占位した。


 完全勝利に賢人は思わず腕を振り上げた。





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