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初外交 6

「投錨!」


 ガラガラと錨を先端に繋いだ鎖が水面に落とされ、盛大な音と水しぶきを上げる。瑞穂島を出港して約1週間。「東郷丸」を含む船団は、ようやく目的地のメカルク公国へと到着した。


「なんか辺鄙な所ですね」


 甲板から見える景色に、賢人が愚痴をこぼす。


 歓迎を受けると思っていただけに、出迎えも特にない寂しい入港に拍子抜けもいいところだ。船団が案内された場所は、周囲にまばらに人家が見えるだけの小さな湾であり、誘導した艦艇以外に特に出迎えの艦艇もセレモニー(祝砲の類)もなかった。


「あんまり俺たちの存在を目立たせたくないんだろうな。それに、ここなら俺たちが万が一暴れても被害が小さくて済むって寸法だろう」


 中野がそう予測する。


「信頼されてませんね」


「まあ、いきなり異世界から来た艦隊だなんて言っても信じられないだろうし、逆に疑うのが普通だろうさ」


「それもそうですね」


 賢人もそれで納得するしかなかった。


 それからしばらくして、ようやくメカルク公国側のランチがやってきた。使節団が「東郷丸」に乗船していることは報せてあったので、そのランチはまっすぐ「東郷丸」に向かってきた。


「ラッタル降下!」


 水上から船上まで上がるための階段ラッタルが降下される。


「手空き乗員整列!」


 服を着替えて万全の態勢で待っていた賢人たちは、ようやく予定していたメカルク公国側の人間を出迎えのために、整列する。ラッタルの入り口に正対する形で長谷川船長と中野大尉、さらに通訳としてルリアが立ち、一歩下がった場所に使節団の面々が。そして護衛の賢人と武はさらに一歩下がった左右にそれぞれ立つ。


 その他の乗員たちも列を作って直立不動で待機する。


「敬礼!」


 上がってきたメカルク公国の人間は2人。1人は欧州の中世貴族のような格好をし、もう一人はカラフルで装飾が多いが、軍人らしかった。彼らに、長谷川以下ルリアと使節団を除く全員が敬礼をする。


「ようこそ、「東郷丸」へ。メカルク公国の皆様の乗船を歓迎いたします」


 長谷川が型通りの挨拶をし、それをルリアが使節団の面々に訳し、使節団が乗船してきた担当者に話す。すると、まず貴族の格好をした男が何事か言ってきた。それをまた逆ルートで訳して伝える。


「ようこそメカルク公国へ。私は・・・外国とやり取りする役人の、ジョゼフ・カーナルです」


 さらに、軍人らしい男も名乗る。


「私はメカルク公国海軍のヨセフ・クメッツ・・・下から5番目だから・・・中佐です」


 大分堪能になったとはいえ、まだまだ日本語に訳すのに苦労するルリア。それでも、なんとか通じているだけ上出来であった。


 二人の通訳を挟むので、時間は掛かるがその後も日本とメカルク公国間でやり取りが進んでいく。それが終わるのに、たっぷり1時間は掛かった。


 やり取りが終わると、メカルク公国側の人間は使節団ともども退船し、陸へと向かって行った。一方日本側では、話し合いを行った長谷川船長が主だった幹部らを「東郷丸」に集めて、決定事項を伝達した。


 それを賢人らは、中野とルリアの二人から知らされた。


「今回我々がここに誘導されたのは、我々がまだ正式な同盟国でも友好国でもないこと。それから見慣れぬ艦艇が民間人の目に触れて混乱することを嫌ったかららしい」


「歓迎がないのはそう言うことだったんですね」


「メカルク側との本格的な交渉開始は明日からだ。長谷川船長と俺、それから田島大佐と駆逐艦「山波」の小郡中佐らが上陸して、メカルク公国側と会談を行う」


「俺たちは留守番ですか?」


 武が聞くと。


「いや、佐々本。お前と平田にも出てもらう。もちろん、通訳としてルリアにもだ。万が一ってこともあるからな。「蔵王」と「山波」、掃海艇も警戒配備のまま、いざと言う時は陸戦隊を送り込めるように準備しておくそうだ」


 陸戦隊は二種類あり、映画にもなった上海陸戦隊は特別陸戦隊と呼ばれる、陸の上だけで活動する部隊のことだ。一方通常の陸戦隊とは、必要な時に艦艇の乗員から編成されて上陸して戦う部隊を言う。


 船乗りである海軍の水兵が陸で戦えるのかと言われれば、戦える。そもそも陸戦訓練は専門の特別陸戦隊でなくとも、基本教練の中で普通に行われることだ。もちろん、陸軍や特別陸戦隊のようなプロフェッショナルたちと比べてはいけないのだが、これはそもそもそれぞれの役割を完全に無視した対比であまり意味のないことだ。


 日本においては、最近ではあまり例がないが、外国では軍艦を降りた乗員が陸戦に投入されることは珍しいことではない。特にソ連ではドイツ軍の侵攻に対してバルト海の奥のクロンシュタットに閉じ込められたバルチック艦隊の乗員が、歩兵として陸戦に投入されている。また日本の同盟国(傀儡国)である満州国では河川艦隊の水兵が、河が凍る冬季に陸戦隊として活動する。というような例もある。


 陸軍の歩兵が特殊技能とも言うべき軍艦の操艦を行うことはほぼ不可能に近いが、逆に海軍の水兵が小銃を持って歩兵に化けることは容易である。


「もっとも、それは最悪の事態が起きた時だがな」


 中野の言うとおり、もし船団が陸戦隊を編成して上陸させると言うことは、それは交渉が破たんし、上陸した一行が危機的な状況に陥った時である。もちろんその先にあるのは、日本国がメカルク公国と全面的に対決すると言う悪夢である。


「いいか、俺たちはあくまで使者の護衛だ。ドンパチしに来たわけじゃない。それを肝に銘じておけ」


「「はい!」」




 翌日、メカルク公国側が差し向けたランチに乗り込み、長谷川船長と中野大尉に賢人と武、そしてルリアが乗り込んだ。船員たちの見送りを受けて、ランチは「東郷丸」を離れる。さらに巡洋艦「蔵王」と駆逐艦「山波」に接舷し、田島艦長と小郡艦長を拾う。


 ゲストの乗船が済むと、船は陸地へと向かって行く。そして、小さな木の桟橋へと付けられた。


 ここでランチから降りた一行は、桟橋のそばにある小屋で、簡単な検疫を受けた。それと同時に、身体検査も受ける。賢人と武はそれぞれ拳銃をぶら提げていたが、護衛ということで携帯を許可された。


 それが終わると、今度は再びメカルク側が差し向けた乗用車へと乗り込んだ。


「古臭い車ですね」


「あんまりそう言うこと言うな。怪しまれる」


 中野の隣に座った賢人の言葉に、ソッと彼は注意する。


 ただ実際のところメカルク側の車は古臭い、地球で言えば20年近く前のデザインの車だった。角ばったボンネットにスポーク式のタイヤ。開戦前に見たアメリカの古い映画に出てきそうなタイプである。


 そんな古臭い車に揺られること20分余り、先ほど検疫を受けた小屋とは打って変わって、木造ながらお屋敷と言っていい2階建ての建物の前へと到着した。人払いされているのか、人気はほとんどない。


 言葉は通じないが、手招きで中へと通された。建物の中はしっかりと清掃されており、新品のようにキレイにされていた。


 そして一行が会談の場として、通された部屋には人数分の椅子とキレイに磨かれた長机が置かれており、机の上には清潔感溢れる白いクロスも敷かれていた。


 長谷川や中野たちが、部屋の中に入ると案内されて椅子に腰をおろす。


 しかし賢人と武は護衛であるため、扉の間からその光景を見やっただけで、部屋の外で待機する。


「どうなるんだろうな?」


「さあな。とにかく上手く行ってほしいよ」


 会議が終わるまで、二人は待つしかない。


 一方そんな二人を見つめる視線が二つ。メカルク側の監視の兵隊だ。その姿を賢人と武も興味深く見る。メカルク人は何度か見たが、メカルク兵を近距離で見るのは初めてだからだ。


 萌黄色の上下に、頭に突起のあるヘルメット。小銃を手にしている。一人は眼鏡を掛けた青年。そしてもう一人は。


(女だ)


 膨らんだ胸や肩幅。格好は青年と同じだが、明らかに女であった。


(この世界じゃ女の兵士は珍しくないんだな)


 地球でも女の兵士が外国にはいるという話は聞いていたが、大日本帝国では基本的に軍属以外で女はいない。だから普通に兵隊としているのを見ると、いまだに新鮮であった。

 

 声を掛けてみたいところだが、職務中であるし賢人にはメカルク語はわからないので、意味が通じない。


 そしてただ黙って部屋の外で待つこと2時間あまり。部屋の扉がようやく開いた。そして中から参加者たちが出てきた。


「終わったんですか?」


「いや、休憩だよ」


 賢人が中野に聞くと、そうした答えが返ってきた。


「どうですか?会議のほうは?」


「上手く行ってますか?」


 賢人と武も気にするのはその1点であった。


「まだ何とも言えないよ。1日目で始まって1時間しか経ってないんだぞ。まあ険悪にもなってないけどな・・・悪い、煙草吸いたいから外へに行ってる。お前らも後で時間見つけて吸いな。あちらさんがくれた奴だ」


「「ありがとうございます」」


 二人は中野が差し出した煙草の箱から1本ずつとる。久々に見るまともな煙草であった。


 中野は2人に煙草を渡すと、自分は吸うために外へと出て行った。




 




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