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初外交 5

「艦影視認!2時の方向!」


 見張り員の報告とともに、巡洋艦「蔵王」艦長の田島は双眼鏡を2時方向に向ける。小さな艦影と、天に向かって立ち昇る黒煙が見える。そしてその影は、時間が経過するとともに大きくなる。


「接近中の艦影は戦艦らしきもの1、巡洋艦らしきもの1、駆逐艦らしきもの2、速力約15ノット!距離25000!」


 見張りからの報告が届く。幸い今日は天候が良く、波も激しくない。昼間と言うこともあり、遠くからでもしっかりとその姿が見える。


「ほう、また懐かしい艦影だな」


「現役時代の「摂津」に、古い「筑摩」あたりを思い出しますな」


 部下からの言葉に、田島は頷いた。


 戦艦「摂津」は明治末期に建造された弩級戦艦であり、大正時代のワシントン条約によって武装を除去して大東亜大戦(太平洋戦争)時には標的艦となっている。戦艦時代は超弩級艦以前の中心線上ではなく、舷側に砲塔を分散させたスタイルを採っていた。


 「筑摩」も明治末期に建造された巡洋艦で、日本の巡洋艦として初めてタービン機関を搭載した画期的な艦であったが、砲の配置はやはり舷側にも配置する古典的なもので、昭和の初めには退役している。


 今目の前に現れた艦艇は、その時代の艦艇を思い出させるシルエットをしていた。


「マストにメカルク公国の国旗を確認!」


 その報告に、誰もが安堵すると同時に緊張を覚える。明らかな敵であるマシャナとは違うが、メカルク公国もまだ味方というわけではない。むしろ、今後の行動によって味方になるのか敵になるのか違ってくる。そう、ここからが重要であった。


「こちらの歓迎の準備は終わってるな?」


「全艦、既に緑旗をマストに掲げ終えております」


「よし。あとは、「東郷丸」から例の信号を行うだけだな」


「上手く行きますかね?」


「上手く行ってもらわないと困るが。ダメだった時は・・・」


 田島はそれ以上は言わなかった。




「では、ミーナさん。よろしくお願いします」


「東郷丸」の右舷側に設置された発光信号機。現在そこには、長谷川船長やメカルク公国使節団、そして通訳であるルリアに、護衛である中野や賢人たちが集まっていた。


 長谷川がルリアを介して、メカルク公国使節団で数少ない女性団員であるミーナにお願いする。そして、彼女はその言葉を受けて、事前に教えられた通りに発光信号機を動かす。練習で一度触っただけで、傍には補助のために「東郷丸」の乗員も付いているが、彼女は手慣れた手付きで信号機を動かす。


 その様子を見ていた賢人は、中野にそっと耳打ちする。


「随分と上手いですね、彼女」


「ああ。もしかしたら、彼女は軍人かもしれん。手並が良すぎる」


「身分を偽装していると?」


 賢人たちは、使節団のメンバーは全員メカルク公国の外交官と聞かされていた。もしミーナが軍人であるなら、その説明が嘘だったことになる。


「充分にありえることだ。外交官て言うのは、諜報活動に打ってつけだ。そうでなくても、特使の護衛と言うこともありえるな」


「なるほど・・・しかし、だったら彼女に信号を任せていいんですかね?」


 今回彼女が信号機を動かしているのは、出迎えに来るであろうメカルク公国の艦艇に、メカルク語での信号を行うためだ。日本人の船員や水兵ではメカルク語での交信が出来ないためだ。


 この交信は瑞穂島出発前から決められていたことで、その時に彼女が信号機を操る係としてオットーから推薦された。彼女が野外活動で習ったことがあるから、というのが理由であったが、正直それも疑わしい。


「それは構わないだろう。彼女が打ち合わせとは違う内容を交信する可能性は無きにしも非ずだが、自分の身を危険にさらすようなことはするまい」


 ミーナの左右には「東郷丸」の乗員が立っているし、後ろには中野たちもいる。予定外の信号を送ろうとしても、信号を行う時間を下手に長引かせればすぐに気づかれる。また信号内容にこちらを攻撃するような内容を含ませるとなれば、自分の命も危うくする。


「どっちにしろ、何らかの情報を持って帰るなら、船から降りれば全て済むしな」


「それもそうですね」


 仮に彼女が軍人で諜報活動をしているにしても、下手に発光信号で送るよりも、自分の口から情報を伝える方が確実かつ楽なのは間違いない。


 それから程なくして、信号機の作動音が収まる。ミーナが予定していた信号を送り終えたのだ。ちなみに、信号の内容はメカルク語で船団側に敵意なしと、使節団が乗っていること、そして友好を求めてやってきたことを報せるものだ。


 すると、接近してきた戦艦の艦橋からもチカチカと発光信号が発信される。それを今度はミーナが読み、エルトラント語に直す。さらにそれを日本語にルリアが直して、日本国側に内容を伝える。


「あなた方を歓迎する。道案内するので私たちに続け。メカルク公国海軍戦艦「カレイド」。だそうです」


 どうやら入国拒否にはならなかったようだ。そのことに安堵しつつ、長谷川が次の命令を出す。


「今の内容を至急「蔵王」にも伝達。メカルク公国艦隊の先導のもと、航行する」


 長谷川の命令が「蔵王」や船団の他の船に伝えられる。


「首都ハナルまで、15ノットなら1日の筈だな。情報が不足している以上、彼らの誘導だけが頼りだな」


 この付近の海図は、使節団が瑞穂島に乗ってきた「アートラント」号に搭載していた地図を謄写したものしかなく、詳細図はなかった。彼らはより詳細な海図を持っていたはずだが、機密であるためか提供してくれなかったし、日本国側も彼らの感情を配慮して無理強いできなかった。


「罠じゃないといいですがね」


 賢人がそんな言葉をこぼすと、中野が小さく笑う。


「バカ。その時は戦うだけだろ。俺たちは丸裸じゃないんだからな」


 そして、彼は付け加えた。


「逆に無事に着いても粗相があっちゃいけないからな。服の準備はちゃんとしておけよ」


「了解」




 翌日。


「陸地だ!」


 メカルク公国の艦艇に誘導され、「東郷丸」を含む船団はついに陸地を見た。


「あれがメカルク公国か」


 甲板から自分たちの目的地を見つめる賢人たち。彼にとって、紺碧島と瑞穂島以外に続いて見る異世界の地である。


「島国って聞いてたけど、思ってたより大きいな」


「提供された地図によれば、位置はほぼハワイだが、大きさはその数倍はあるからな。特に首都のハナルを擁するオラガナ島は、四国より少し小さいくらいだぞ」


 武の言葉を聞いた中野が答える。


「賢人、それに武や大尉も今日は格好いいね」


 そんな中、ルリアが3人の服を見て興奮している。


「大事な外交の場面だからね。礼装じゃないけど、やっぱりこれを着ると身が引き締まるよ」


 今日3人が着ているのは、純白の第二種軍装だ。白の詰襟の服は、普段緑の第三種軍装か、半袖半ズボンの防暑衣姿を見慣れている彼女にとって、新鮮に映った。


 夏季の海軍軍人の代名詞とも言うべき第二種軍装であるが、白い服は戦場において目立つことや物資不足などもあって、開襟で色は地味の第三種軍装が主役になりつつある。


「ルリアも、その服似合ってるよ」


「ありがとう!」


 ルリアは軍人ではなく民間人なので、着こんでいるのは当然私服だ。とは言え、身一つで救助された彼女に手持ちの服などある筈もなく、普段は船団側が支給した男性用の軍服の階級章や記章を外したうえで、腕と袖を捲くって着ていることが多かった。


 しかしそれでは不便も多いし、見栄え的にもよろしくない。他に従軍看護婦たちが持っている服もあったが、彼女らにとっても服は貴重であった。そんなにたくさんは提供できない。


 そこで、思いきって軍服を一端解いてから、女性用の服に仕立て直す許可が出た。もちろん、貴重な服を使うため一着限りであった。


 その結果、今彼女が着ているセーラータイプのワンピースが出来上がった。もちろん、熱帯で着る服だから半袖で、スカートも膝丈だ。靴だけは、今日だけと言うことで従軍看護婦から借りたズック靴を履いている。


「女の子がカワイイ服を着てると、やっぱり華があるよな。賢人、お前が羨ましいぞ」


 武がそう言いながら賢人を小突く。


「お前なあ、ルリアとはそういう仲にはまだなってないって」


「まだってことは、今後はありえるってことだろ。女に飢えてる奴なんか、瑞穂島にはごまんといるんだし、早く決めちまえよ」


「それを言ったら、お前だってマナとどうなんだよ?」


 マナは瑞穂島の現地人の村から、日本国に献上された娘だ。現在は他の娘たちと一緒に、日本語を覚えながら雑務をしている。ルリアと一緒に、飛行場で見かけることも多い。そのため、賢人や武とも顔を合わせる機会の多い女の子だ。


 しかし。


「う~ん、脈あんまりないな。だいたい言葉が通じてないし」


「本当か?」


「本当だって」


 そんなやり取りをする二人に。


「おいお前ら!女の話ばっかりしてないで、ルリアを見習ってキビキビ動け!使節団の方々を迎えに行くぞ!」


 中野の雷が落ちるのであった。ちなみにルリアは、怒られ小さくなる二人を、クスクス笑いながら見ていた。




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