初外交 3
「艦影視認!」
零式水上偵察機の操縦士を務める伊那二等兵曹が伝声管越しに報告する。
「よし、少しずつ近づけ。国籍を確認する」
機長の下方中尉はそう指示した。
「ヨーソロー」
伊那は慎重に不明艦との距離を縮めていく。
彼らが電探による艦影確認と、その詳細確認のために「蔵王」を射出されたのは30分前のことであった。まだまだ性能的に安定しないとされる電探であったが、今回はちゃんと探知してくれたようだ。もっとも、探知距離はそれほど長くはなかったが。
「艦影は4隻だな」
双眼鏡越しにまず不明艦の数を確認する。つづいて、彼は国籍表を出す。急ごしらえのそれには、この世界にあるという各国の国旗が描かれていた。マシャナ帝国の二等辺三角形の上部を赤、下部を金色に塗った二色旗。橙色地に白い花と鳥のマークのエルトラント王国旗。青地に白い上半分の半円のメカルク公国旗などだ。
この海域はマシャナからは離れ、メカルク公国よりの海域だ。可能性としてはメカルク公国の方が高いが、マシャナの艦艇である可能性も決してゼロではない。もし敵であれば、味方に通報する必要があるが、一方で自分たちも攻撃を受ける可能性が高い。
それが慎重に動く理由であった。
しかしながら、下方はすぐに違和感を覚えた。
「なんだか、見覚えあるような気がするぞ」
近づいてくる艦影に既視感を覚えずにはいられなかった。
「機長、あれは「陽炎」型あたりの駆逐艦ではありませんか?」
通信士の乙川兵曹長の言葉に、下方は合点がいった。
「みたいだな。ありゃどうやら日本の駆逐艦だぞ。伊那、どんどん近づけ!それと、出来るだけこっちの機影が分かるように飛べ!」
「了解!」
伊那は接近する速度を速める。当然ながら、4隻の艦影もドンドンはっきりしてくる。
「間違いない。先頭は「陽炎」・・・いや、「朝潮」型の駆逐艦のようだな。それから空母に輸送船、そして最後尾は掃海艇あたりか?」
日本海軍の駆逐艦は様々なタイプがあるが、特型から最新の甲型まで、防空型の「秋月」型や「睦月」型以前の旧型艦を除くと、前部に1基、後部に2基の主砲とそれに挟まれる形での艦橋や煙突、魚雷発射管を置いた構造物配置をとっている。それなりの距離に近づけば違いは容易に判別するが、距離を置くとただでさえ艦型判別が難しいのだから、混同しやすい。
接近したことで、伊那は4隻を正確に認識することが出来た。
先頭を「朝潮」型の駆逐艦が進み、その後ろを空母らしく飛行甲板を持った船、さらに大型の輸送船、そして最後尾に掃海艇らしい小型艦が1隻。その4隻が単従陣をとっていた。
「機長、駆逐艦が発光信号を点けてます!」
乙川が叫ぶ。
「読んでくれ!」
「ワレ クチクカン ヤマナミ。ショゾクヲ シラサレタシ」(我 駆逐艦「山波」 所属を知らされたし)
「返信送れ。我巡洋艦「蔵王」搭載機なりと。それから信号を送ったら「蔵王」にも送れ。不明艦は友軍艦なりとな」
「了解」
乙川は信号灯を使って「山波」に返答し、さらにその後無線通信の準備に入った。
「機長。後ろにいるのは空母のようですが、あんな艦ありましたっけ?」
「うん?」
伊那の言葉に、下方は双眼鏡を駆逐艦の後方の空母らしき艦影に向ける。飛行甲板に右寄りに設置された空母らしい艦影をしているのだが、確かに海軍の空母には記憶のない形だった。
と、下方はあることを思い出した。
「あれは陸軍の空母じゃないか」
「はあ!?陸軍の空母ですか」
「厳密には兵隊を揚陸させるための特殊な輸送船だ。確か飛行機を運用できる型の船があって、空母に似ているっていう注意が去年回っているのを見たぞ」
「へえ、陸軍はそんなもの造ってたんですか」
陸軍が船を造っていたということに、伊那は半分感心して半分呆れていた。
「甲板上にビッシリ飛行機を載せているのを見ると、航空機の輸送任務中だったらしいな」
その陸軍空母の飛行甲板には、最前部から最後部までビッシリと戦闘機が載せられていた。30機近くはあるだろうか。
「機長、「蔵王」より入電。我を誘導されたし」
「わかった。電波を発信しろ。それから下の艦にも味方艦が会合を求めている旨報告しろ」
「はい!」
再び乙川が忙しく電鍵を叩き、信号灯で連絡をとる。
「それにしても、この4隻は一体どこから来たんだろうな?」
下川はようやくここで、当然と言えば当然の疑問を口にした。
「艦影視認!間違いなく友軍の「朝潮」型です」
「発光信号用意!」
巡洋艦「蔵王」艦長の田島樹大佐は、双眼鏡で味方駆逐艦を確認しながら命令を発する。
「我巡洋艦「蔵王」貴艦との会合を祝す」
田島は口で言って、大袈裟なことを言うなと思った。おそらく目の前の4隻は現在の状況、異世界に飛ばされたなど露ほども考えていないはずだ。だからこの出会いも、よくある味方との接触くらいにしか思わないはずだ。
しかしながら、ここは異世界。その異世界で、元の世界の艦。しかも同胞たる日本の艦船に出会えたことは、それだけの意味があることだった。
程なくして、駆逐艦から発光信号が送られてきた。
「返信あり。ワレ ヤマナミ キカン ハ ホントウ 二 ザオウ ナリヤ (我「山波」貴艦は本当に「蔵王」なりや?)」
「山波」からの返信は、田島の予想とはちょっと違っていた。なんらかの質問は来るかと思ったが、自分たちが本当かどうか尋ねてくるとは思わなかった。
(はは~ん。向こうはこちらが既に戦没していると思っているわけか。だったら)
「返信しろ。我「蔵王」なり。幽霊に非ずとな」
その洒落を利かせた信号に続けて、田島はさらに信号を送らせる。
「代表者と会談を望む。本艦に来艦されたし」
とにかく現状を把握しなければならない。そのために、相手の代表者を呼び寄せることにした。
「艦長、長谷川副司令がお見えになりました」
「おう」
いいタイミングで、「東郷丸」の長谷川が来艦した。
「やあ艦長、世話になるよ」
「いえ。こちらこそ御足労いただき申し訳ない」
田島と長谷川の関係は少々複雑だ。二人の海軍内での階級は予備士官の長谷川に対して、正規士官の田島の方が当然先任となる。しかしながら、現在彼らが属する日本国内では少将待遇となり副司令となった長谷川の方が上官となる。
だからそれで行くと、本来相手とのやりとりや呼び寄せる場所となるのは長谷川の乗る「東郷丸」であるべきだった。
しかしながら、相手がこの関係を知らない以上は海軍艦艇が対応して、そちらに呼び寄せる方が無難。長谷川はそう判断して、事前に連絡して田島に対応を任せていた。
「副司令、艦長。「山波」と陸軍輸送船からそれぞれ内火艇が到着しました」
長谷川の到着より少し遅れて相手も到着した。彼らとの会談は、「蔵王」の士官食堂で行われることとなった。やって来たのは、海軍中佐と陸軍の大尉が一人ずつであった。
「駆逐艦「山波」艦長、小郡佐千夫中佐です」
「揚陸母船「おきつ丸」指揮官の浜田四朗大尉であります」
それぞれ海軍式と陸軍式の敬礼で申告する。
「巡洋艦「蔵王」艦長の田島樹大佐だ。こっちは輸送船「東郷丸」の長谷川船長だ。海軍予備中佐である」
混乱を避けるため、ここでも長谷川は本来の階級で紹介された。
椅子に腰かけた4人で、状況確認という名の話し合いが始まった。
「大佐。改めて確認いたしますが、この艦は「蔵王」で本当によろしいのですね?「蔵王」は昨年戦没し、既に除籍されている筈なのですが」
小郡が改めてその点を聞いてきた。
「ふむ。やはりそう言う扱いになっていたか・・・中佐、君たちは今日は何年の何日だと思っている?」
相手が「蔵王」を戦没したと考えているということは、少なくともトラ船団より後に出港している筈だ。
「え?昭和19年の9月12日ですが。それがいかがいたしましたか?」
半分予想通り、半分驚きの答えが返ってきた。
「9月?本当に間違いないかね?」
「はい、間違いありません」
トラ船団がこちらの世界に来て5カ月近く経過しているが、それを勘案しても元の世界の時系列はほんらいであれば昭和19年4月ごろの筈だ。
(そう言えば、「海棠」や「耳成」でも時間がずれていたな)
田島は前例を思い出す。
「君たちはどこを出港して、どこに向かっていたのかね?」
「我々は六連島を出港し、基隆へと向かいそこで先行していたヒ船団と会合する予定でした。台風で物資の搭載と出港が遅れたために、我々だけが後追いしていたのです。基隆でヒ船団と会合後は、フィリッピンを経由してシンガポールへ向かうはずでした。ところが、出港直後から再び天候が悪化しまして。そして嵐に一晩中揉まれて、ようやく抜けたと思ったら・・・」
「全く違う場所を航行していたということかね?」
「はい。太陽の位置や気温が明らかに違っていたので、天測を行ったら何とハワイの東にいることになっているじゃないですか。最初は信じられなかったのですが、とにかく東に航行を始めました。それが今朝のことです」
「で、我々と接触したわけか」
「はい」
トラ船団の時は少なくとも経度や緯度は元いた場所だった。しかし、彼らは場所すら大きく飛ばされたらしい。
だが今はそのことに構っている時ではない。田島は努めて落ち着いて口を開いた。
「小郡中佐。それに浜田大尉。落ち着いて聞いてくれ。信じられないかもしれないが、ここは異世界なのだよ」
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