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会議 上

 トラ4032船団指揮官寺田は重大な決断を迫られていた。硫黄島と父島の消失の報が連絡機よりもたらされ、さらに偵察機からは海図にない島の発見と来た。もはやトラ4032船団が、人智を超えた状況下に置かれている可能性が大だった。


 そうなると、このままサイパンへの航海を予定通り続けるか否か、さらにはもし航海を中止したとしても、これからどうするかと言う問題が出てくる。


 寺田は早速、今後の行動方針を決める会議を開くため、各艦の艦長と船長を空母「駿鷹」に召集した。


 本来であれば、寺田が指揮官であるのだから、寺田が決めて命令を下すべきであろう。しかしながら、あまりにも常軌を逸していることだけに、寺田としてもどうするべきなのかわからない。かと言って意見を募れるのが大石参謀と岩野艦長だけであり、二人も似たり寄ったりの感じだから、より広く意見を募りたかったのだ。


 各艦の艦長や船長は、それぞれ内火艇やランチと言った小型艇を使って「駿鷹」へとやってきた。そして乗艦すると、会議室へと集められた。


 会議室に集まった面々に、寺田は早速自分たちの置かれた状況を説明するとともに、意見を求めた。


「さて諸君。既に気付いている者もいると思うが、今日未明の一件以来、不可思議な事象が連続している。連絡機からの報告により、父島と硫黄島が消失するとともに、海図にはない島が発見されている。さらに、無線は一行に回復せず、解読不能な電文を受信し続けている……事ここに至り、私としては船団の今後をどうするか決めなければならない。そこで、是非とも諸君の意見を聞きたい」


 寺田に問いかけられた参加者たちであったが、皆しばらくの間茫然自失状態になっていた。当然と言えば当然だろう。


(俺だって信じられないんだからな)


 寺田は指揮官であるがゆえに、この船団内でもっとも多くの情報を有する立場にある。そんな彼からしても、今回の事象は頭が付いて行く物ではない。ましてや、今の今知らされた艦長や船長たちからしてみれば、なお一層のこと付いて行ける物ではないかもしれない。


 それでも、誰か一人くらいは何か意見を出してくれるのではと期待した。


 そして、たっぷり5分以上経過して、ようやく一人の大佐の階級章をつけた艦長が手を上げた。


「「麗鳳」艦長の坂本大佐であります。自分としては、船団はこのままサイパンへ向けての航行を続けるべきだと思います」


「理由は?」


「船団の目的は、あくまでサイパンを経由してトラック島へ向かうことです。上から何ら変更命令を受け取っていないならば、その命令を遂行するべきだと思います。少なくともサイパンまでは行くべきです」


「しかし、もしサイパンまでもが消失していたらどうする?」


「まだそうだと決まったわけではありません。無線が通じないのだって、天候などの理由でただ単に回復していないだけかもしれません。仮にサイパンが消えていたとしても、それはその時に考えればいいのです」


「ふむ」


 一理ある意見だった。軍人である以上、上の命令は絶対である。軍人は上からの命令の範囲内で考え、行動するのは軍隊組織において大原則だ。


 それを踏まえれば、坂本の意見は正しい。


「他の者は何か意見はないかな?」


 すると、一人の少佐が手を上げた。


「特設砲艦「音無丸」艦長の大橋少佐であります。今の坂本大佐の意見に水を指す形になりますが、自分としては、船団は一時停止して、様子を見るべきではないでしょうか?」


 すると、坂本大佐が明らかに不機嫌な表情となり、大橋に視線を向ける。


「その理由は?」


「船団の置かれている状況があまりにもおかしいのに、前進するなど危険です。自分から蜂の巣を突くことになるやもしれません。それよりかは、現海域に留まって様子を見て、今後の行動を決めるべきでは」


 これに対して、すぐに坂本が反論した。


「それでは船団は無駄に時間と燃料を使って、海上を漂うだけではないか。悠長なことをやっている間に敵襲でも受けて見ろ。その方が危険じゃないか!」


 だが大橋少佐も負けてはいない。


「自分は状況がわからないのに突っ込む方が危険だと思います。突撃精神も結構だが、時と場合によるでしょう」


 すると、別の人間が手を上げる。海軍の制服ではなく、大日本郵船の船長服を来た男だ。


「「東郷丸」船長の長谷川です。私も大橋少佐の意見に賛成です。命令に従うのも大事でしょうし、前進するのも一つの手ではあるでしょうが、状況が不明確な状況で進むのは如何かと思います」


 これに対して、今度は海軍の別の大佐が手を上げる。


「軽巡「石狩」艦長の緒方大佐です。自分としては本土に引き返すべきではないかと思います」


 また別の意見が出た。


「理由は?」


「現在の状況から見て、作戦を続行するのは危険だと自分も思います。作戦の続行が難しいのであれば、出港地である本土に戻るのが筋ではないでしょうか?本土で何らかの災害などが発生している可能性だってあります。それを確認する意味からも、戻るべきです」


 これまた筋の通った意見だった。確かに例え作戦を中止するにしても、本土の状況がわからない以上、それを確認するためにも戻るのには一理ある。


 ここまで出た三つの意見を整理すると、サイパンへ向け航行を続行するか、現海域に留まって様子を見るか、それとも本土へ引き返すかだ。


「これまでの意見を整理すると、サイパンへ行くか東京へ戻るか、それとも様子を見るかになりますが、他に何か意見はありますか?」


 大石参謀が寺田が考えたのと同じように、意見を整理して参加者に問い直した。


 会議室内を沈黙が支配する。どうやら、他に意見はないようであった。


「では指揮官、この三つの選択肢から選ぶべきかと思います」


「そうだね」


 寺田としては、意見を集約できた反面、これは大いに迷うことであった。どの意見にしても、一長一短がある。サイパンへ向かうのと東京へ向かうのは、作戦続行や本土の状況確認と言う意味合いから見て有意義な選択肢だ。


 しかしながら、一方で現状何が起きているか分からない状況下で動くことで発生するリスクと言うものもある。それを考えるなら、現海域に留まると言う選択肢が妥当となる。


 山や海で遭難した際には、無闇に動き回るよりもその場に留まり、救援や連絡を待つのが一番とも聞く。ただし、この意見は判断の先送りと言えなくもない。


 寺田たちは現在船に乗っているのだが、人間が生活している以上はエンジンを動かして発電機を回さなくてはならない。つまり、例え動かなくても燃料を食って行くわけだ。もし燃料がなくなってしまえば、船は単なる鉄の漂流するだけの塊に成り下がる。


 そうした点も考慮しなくてはいけない。


 寺田が頭の中でそんなことを考えている間、会議に参加している艦長たちも、隣同士などで話し合いを始めた。寺田は最初、自分の考えに集中していたので、そうした話し合いを横目で流していたが、しばらくすると、それがおかしな方向へ行き始めた。


「やはりサイパンに向かうべきだ。状況を把握するにしろ、作戦は続行中なんだからな」


 坂本がそう言うと。


「いや、そんな危険を冒すよりも、様子見するべきです」


 長谷川船長が反論する。


「そんなの臆病者の意見だ!」


「イケイケドンドンの猪突猛進も結構だが、時にはそれも無謀にしかなりませんぞ。ましてや今のような状況ならば、慎重に過ぎてもいいくらいです」


「慎重すぎれば腰抜けだ。貴様ら予備士官など、所詮はその程度だろ!」


「何!?もう一度言って見ろ!」


「何度でも言ってやる!予備士官の連中は皆腰抜けだ!!」


「言わせておけば!お前ら海兵出こそ、普段から威張り散らして、船や兵を無謀な作戦に投じている張本人じゃないか!」


 長谷川に同調するように、大橋少佐が立ち上がった。もちろん、それで臆する坂本ではない。彼も対抗するように立ち上がり、声を荒げる。


「何を!」


 意見の違いの言い合いが、何時の間にか日頃の鬱憤から来る罵り合いに変わっていた。それに気付き、寺田が慌てて一括する。


「やめんか!今は船団の今後を決める場であって、言い争いをする場ではないぞ!坂本大佐らも長谷川船長たちも座りたまえ」


 寺田に叱責され、双方共に席に付いたが、相当な不信感を抱えているのは、明らかであった。


(マズイな)


 寺田は焦りを覚える。今回船団を構成する各艦船の艦長や船長たちは出自や所属に大きく分けて二つのグループに分かれる。一つは海軍の士官学校たる海軍兵学校(海兵)を出た正規の士官。そしてもう一つは、高等商船学校を出た海軍予備士官たる者や、民間商船会社の船長たちだ。


 海兵出の士官たちは、常日頃から自分たちが海軍の中核であり、それ以外の出自の人間を下に見る傾向がある。一方商船学校での士官や民間船船長は、そうした威張り散らす海軍士官に対して、常日頃から鬱憤を抱えている。戦闘はともかくとしても、船乗りの能力や経験としては、彼らも海兵出の士官に何ら劣らないし、海の男としてのプライドも持っている。


 戦時下において軍の権威は絶大であるし、海軍の指揮下にある以上、商船学校出の予備士官や船長らはそうした待遇にも不服があろうと従っている。


 しかし、現在のような不安定な状況で、そのタカが外れる可能性を、今の言い合いは示唆していた。


(いかんな、これは不味いぞ)


 寺田は改めて、船団内の結束をしなければと考えた。

 

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