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来客 1

 

 大海原を一隻の駆逐艦が白波を蹴立てて走り抜けていく。飴色の船体に黒色のペンキで「かいふう」と描かれたこの艦は、トラ4032船団がこの世界に転移後手に入れた新しい駆逐艦である。


 もっとも、新しいと言っても自力で建造したわけではなく、海戦の結果捕獲したマシャナ帝国の駆逐艦「ルー・ヤラット」に簡単な修理と改修しただけの艦である。


 ペンキの不足から帝国海軍の軍艦色に塗りなおすわけでもなく、ドックも完成していないので、補修なども潜水具などを使用して出来る範囲ことしかできていない。改修も基本的にはマシャナ語で書かれている各種文字の上に、日本語を付け加え、あとは機銃などを多少積み替えた程度だ。


 他に捕獲した巡洋艦と駆逐艦から部品を流用して、捕獲から2カ月経過した今日になってようやく試運転に移った。


「ようやく動かすことが出来たね」


 試運転の様子を、随伴する駆逐艦「山彦」から、海上を疾走する駆逐艦「快風」を双眼鏡越しに見ていた。


「ですが、戦列に加えるには時間が掛かりますね」


 と隣で言うのは、「山彦」艦長の戸高大佐だ。彼の言う通り、「快風」を使える艦にするには時間が掛かる。


 何せ元々が全く異世界のシステムで構成されているため、これを紐解き理解するところが始めなければならない。幸いなことに、基本的なシステムはトラ船団に配置されている駆逐艦とそう変わらないことが判明している。それでも使用している規格がそもそも違うし、元々の設計思想上の違いによる機器や装備の配置の違いにも慣れねばならない。


 このため、配置された兵たちは苦労すること間違いない。今回艦長に抜擢された元駆逐艦「海棠」先任士官の秋庭尊少佐も、緊張しながらの指揮を行っていた。今回戸高が乗り込んでいるのは、視察と彼への指導・補助目的もあった。


「それでも動かせる船が1隻でも増えるのは歓迎できることだ。とにかく、ドックが完成するまで、我々は今ある艦を大した整備も出来ずに使い続けるしかないのだからね」


 瑞穂島では現在ドックの建設が始まっていた。とはいえ、技術者や建設機械が限られているので、どんなにがんばっても完成予定は2年後であった。それまで各艦は水線下の修理や補修を、潜水士の作業に任せるしかない。もちろん、それは小規模かつ非効率なものである。


 だから時間が経てば経つほど、トラ4032船団の艦船は劣化し動けなくなっていく。そのため、船が増えると言うことは、稼働率を上げることにもつながるわけだ。


 ちなみに、その意味から言えば残る巡洋艦の「チス」と駆逐艦の「ター・チャン」も稼働させたい所なのであるが、部品不足と乗員不足でその目途は建っていない。


「快風」にしても、機関科将校の見立てではボイラーに独特の金属を使用しているゆえに、高温高馬力が出せるとのことで、機関全開にすれば40ノット以上の高速が見込めるという。にも関わらず、現状は出しても30ノットに運転制限している。


 万が一最大出力にして機関などを破壊するようなことがあれば、取り返しのつかないことになるからだ。整備や修理が覚束ない機械を騙し騙し使おうとすれば、こうなってしまうのだ。




「快風」の試運転が始まったのと同じころ、瑞穂島の北にある紺碧島に、特設砲艦の「音無丸」が入港しようとしていた。


「両舷前進微速!」


 艦長の大橋明人中佐が、艦の速度を落として慎重に紺碧島の湾内に入れる。とは言え、はたから見れば大橋は緊張する様子もなく、淡々と仕事をこなしているように見える。


 大橋は商船学校卒業後に海兵に改めて入ったと言う経歴の持ち主で、海軍士官任官後も普通科こそ水雷学校を卒業したが、高等科に相当する学校には航海術に加えて天測や測量などを専門に行う海軍航海学校へと進んだと言う、これまた異色の経歴の持ち主だ。


 そして学校以外の経歴も、一度たりとも地上勤務はなく、常に海上にあった。その乗艦歴に関しても、駆逐艦や巡洋艦と言った正規艦艇は少なく、測量艦や敷設艦等といった特務艦艇が多かった。


 そんな海の男一筋人生の大橋にとって、船を動かすことは生きがいであったし、得意なことでもあった。とは言え、それは決して疎かにすることを意味しない。彼の淡々に行っているように見えて、慎重な操艦こそがその表れであった。


「よし、湾の西側に投錨するぞ。暗礁に注意」


 天候や波の高さから、錨を入れる地点を定め、船をそこへもっていく。


「機関停止!投錨!」


「音無丸」は無事に停止し、錨を入れる。錨鎖が火花を散らし、錨が派手な水柱を上げて海中へと滑り込む。船乗りなら見慣れた景色だが、下手くそな艦長であるとこうした入港時にポカをやらかすこともある。


 何気ない航海を最初から終点まで終えることは、その船の乗員の船乗りとしての技量をしっかりと表している。


 今回「音無丸」が紺碧島に派遣されたのは、改めての基地設置のためであった。基地と言っても、大規模な飛行場や港を作るとかではなく、非常時の避泊地、観測用としての基地の設置が主な目的であった。


「艦長、機材の揚陸開始します。大発降ろします」


 部下が作業開始を伝達する。


「おう。機材も大発も貴重だから、壊すなよ」


「わかっております」


 壊してしまえば、もう補充はない。今回紺碧島には観測機材や通信機材、それに発電機とそれを動かすための燃料タンク、また常駐者用の生活小屋や倉庫なども設置される。それらを運ぶ大発を、「音無丸」は他船から借りて搭載していた。


 トラ4032船団の各船には揚陸作業用に輸送船を中心に大発や小発は搭載していたが、特設砲艦である「音無丸」には搭載してしなかった。通常の内火艇やカッター、伝馬船だけである。そのため、借り受けてきたのであった。


 大発にしろ小発にしろ、輸送だけでなく手ごろな大きさの作業船や漁船としても重宝されている。この1隻にしても、借りるために大橋は拝み倒すのに苦労したのであった。


 そのため、壊れるようなことがあっては堪ったものではない。


「艦長、紺碧島への暗号通信完了しました」


「うん、御苦労」


 紺碧島に無事到着し、基地設営に入ったことを瑞穂島の司令部へと打電し終えたことを、部下が報告してくる。それを聞き終えると、大橋は甲板に出て煙草を取り出し、マッチで火をつける。煙草は乾燥させた木の葉を、紙で巻いた瑞穂島製の代用煙草だ。


 本物の煙草のような味は当然望めないが、それでも補給が見込めない今貴重品であった。瑞穂島における煙草の配給は、元の世界から持ち込んだ分と、この代用煙草、そしてマシャナ軍から捕獲したものの三種類であるが、嗜好品自身が貴重であるため、マッチとともに完全配給制になっている。


「国は出来ても、本物の煙草は出来ないだろうな」


 使い終わったマッチを海面に投げ、代用煙草の煙をくねらせながら呟く大橋。実際新しい日本国と言う国が出来たものの、トラ船団の乗員たちの生活状況に進展が見られない部分は多い。特に瑞穂島では絶対に手に入らない物に関しては。


「まあ、夢のまた夢なんだろうな」


 ない物ねだりした所で、どうにかなるわけではない。苦笑いしながら、大橋は吸い終えた煙草の吸殻を、灰皿代わりの缶に捨て、次の仕事に取り掛かるのであった。




「音無丸」の紺碧島滞在は、予定では3日間であった。その3日間の内に基地の設営と、各主試運転などを終える予定だった。


 しかしながら、2日目に猛烈なスコールに遭遇。丸1日作業が出来ず、翌日もぬかるんだ地面などに阻まれてしまった。


「仕方がない。予備日も作業をしよう」


 出撃前の取り決めで、万が一作業に遅延などが発生した場合(というより十分な資材や人員がいないので、その可能性の方が高かった)に備えて、2日間の予備日が設けられていた。大橋はその2日間を一杯に使って、予定の作業を終わらせることにした。


 その後も天候の急変などはなく、なんとか基地の設営と発電機や通信機の試運転も無事に完了し、あとは観測隊員ら6名を残して、「音無丸」は瑞穂島に帰るだけとなった。


 しかし、緊急事態が起きたのは「音無丸」がボイラーの圧を高めて、出港準備に掛かった直後のことであった。


「1時の方向にマストらしきもの!距離約1万!」


 見張りの水兵の言葉に、大橋も慌てて双眼鏡を持って1時方向を見た。確かにその方向に、船のマストらしきものが見えた。さらにそれが徐々に船の形へと大きくなっていく。明らかに近づいている証拠だ。


「総員戦闘配置!」


 乗員が慌てて持ち場へと走る。艦の前後方に設置された砲や、機銃にとりつく。ブリッジと機関室では、緊急出港のやり取りが行われる。


「機関長、出せるか!?」


「あと5分ください。そうすれば微速くらいは出せます」


「急いでくれ。緊急出港用意!ただし、こちらからは絶対に手を出すな!」


 敵かわからない以上、不用意に手を出すわけにはいかない。大橋はこちらから手を出すことを厳に禁じた。


「不明船、距離7000に接近!」


 徐々に近づく不明船。「音無丸」の緊張も俄然大きくなった。

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