日本国 3
「では、次に。これから建国する国の国名と、国家としての体制をどうするかだ」
寺田が次に決めねばいけないのが、国名と国家の体制だった。国名は現在彼らが率いている将兵や船員たちを団結させるために重要であるし、また国家の体制も今後の国家運営に重大な影響を及ぼすから、やはり重要である。
「陛下を元首としてお祀りするのですから、大日本帝国でよろしくありませんか?」
駆逐艦「海棠」艦長の春日中佐が意見を口にすると、多くの人間は頷いた。新しい日本を作るのであるなら、それでいいではないか。
しかし、すぐに反対意見が出る。口にしたのは先ほど天皇の扱いで揉めた坂本大佐だった。
「いや、我々の国は確かに日本人が作る日本かもしれないが、元首であられる陛下は不在である。本来の大日本帝国ではないし、その名前を名乗るはおこがましい。日本国でよくないか?」
すると、春日も頷く。
「なるほど、その名前なら我々が日本人と名乗ることも出来ますし、大日本帝国とも区別できますから、私もそれで良いと思いますよ」
「そのとおり。それに変に捻るよりも、単純な方がいい」
「兵たちも受け入れやすいでしょう」
坂本の意見に、次々と賛成の声が上がる。
「他に何か意見がある者はいるかな?」
すると、数名が手を上げた。
「日本と言う名前を出すと、変に郷愁を誘いませんか?いっそのこと、島の名前から瑞穂国の方がよろしくないですか?」
「伊508」艦長の木田の意見だ。他にも「大和国」など、日本とストレートではなく、別称とするべきという意見がチラホラ出る。
「よし、では国名については多数決としよう。恨みっこなしで、1回きりで行くぞ」
寺田はあまり時間を掛けても仕方がないと考え、多数決で決めることとした。
結局、後から出た「瑞穂国」や「大和国」などは少数の賛成にとどまり、「日本国」の圧倒的多数となった。この瞬間、異世界の日本である「日本国」が誕生した。
とは言え、決まったのは国名だけだ。まだまだ決めるべきことは多い。政治体制に統治機構、人員の再配置など、数え上げれば山ほどある。
(これからしばらくは会議漬けだな)
そのためにどれだけの時間が掛かるのか。寺田は内心うんざりしながらも「諸君。この新しい国づくりを始めようじゃないか」と努めて明るく言うのであった。
「軍艦旗掲揚!」
君が代のラッパとともに、旗竿に十六条の朝日の光線を象った日本海軍のシンボル、軍艦旗がスルスルと掲揚されていく。そして最高位の人間から末端の一等兵まで、その軍艦旗に敬礼をする。
瑞穂島第一飛行場での毎日見られる光景である。
「さて、今日も一日がんばるか」
「と言っても、飛行作業無しの土方仕事だけどな」
「それは言わない約束だぜ」
朝礼が終わり、解散していく将兵の中に賢人と武もいた。
「国が出来ても、やることは変わんね~な」
先日瑞穂島の全島民に、この世界における新国家としての日本国の成立と、船団指揮官寺田中将を政府首班とする臨時政府の成立、さらに各行政組織の再編が宣言された。
「むしろ仕事が増えたし」
「本当だよ」
日本国が成立し、さらに島内の行政機構が改めて整備されると、それに伴い各部隊と組織の人員に異動が生じた。そうした新設の役所などで必要となる人間が必要となり、引き抜きの必要が出たからだ。
もちろん、本来そうした人事や組織の整備にはそれ相応の時間が必要なのであるが、一方で早急に必要なのも違いない。そのため、抜ける人材からドンドン抜くという方式で行われた。特に職業軍人ではない徴兵者で、なおかつ経験者(専門職や事務職)は真っ先にその対象となった。
こうした人員は軍の部隊から引き抜かれると、そのまま「日本国軍」の籍から抜かれて、文官として役所に配置された。またこの際に、軍隊の階級から大幅に引き上げられた形の者もいる。
とは言え、役人の絶対数は決して多くはなく、各役所に配属された役人たちは設立当初から多くの仕事を捌かねばならなかった。しかもマニュアルなど何もないのだから、その苦労は並大抵のものではない。
そのため、新たに設置された各役所の能力は新設されたばかりと相成って、まだまだ不足していた。だから軍隊に残った将兵からは「俺たちが苦労している中で、あいつらと来たら一日中土方仕事もやらず、楽しやがって」「(人員が引き抜かれて)俺たちが苦労しているのに、あいつらは。これだから役人は気に食わねえ」とやっかみを向けられていた。
もっとも、当の役人たちにしてみれば冷房どころか扇風機もない、机などの器具も満足にない、書類作成のための紙さえ不足しているないない尽くしで、これから国家のインフラを整えねばならないので、彼らは彼らで文句を言う将兵たちに「脳筋どもが。俺たちの苦労も知らないで」「書類回さなきゃ組織は崩壊するんだよ!と敵意を向けていた。
それでも決定的にこじれなかったのは、役人の多くが元々の仲間(つまりは軍人として同じ釜の飯を食っていた間柄)であったため、また瑞穂島と言う狭いコミュニティーゆえに、辛うじて仲間意識があったことだろう。
しかし、総体的に見れば労働力が別の仕事に割かれて減ってしまったのは否めない。そうなると、その分を補充する必要となるのだが。
「賢人、武。おはよう!」
「あ、ルリア。おはよう」
「今日も御苦労さま」
基地の手伝いにやってきたルリアと、二人はいつも通りの挨拶を交わす。
「マナもおはよう」
「・・・オ、オハヨウゴザイマス」
ルリアの後には、たどたどしい日本語であいさつする褐色の肌を持つ少女が、緊張した様子で立っている。シュー村長から島を守るために戦ったお礼としてトラ船団に渡された(トラ船団側の認識では預かった)少女の一人、マナだった。
彼女も基地の仕事の手伝いに参加している。もちろん、飛行機を操縦するとか整備するとか、兵隊の仕事をするわけではない。お茶くみや食事準備の補助と言った軽作業だ。
「ルリアも大変だね。マナはまだ言葉を覚えてないのに」
ルリア自身、日本語をようやく覚えた程度なのに、日本語がおぼつかないマナの相手をしている。そのことを、賢人はねぎらう。
「でもマナはがんばってるよ」
「わかってるって。皆そう言ってる」
マナたち瑞穂島出身の少女たちのうち8人が、現在基地や役所で働いていた。もちろん、日本語の読み書きどころか話すら覚束ない彼女らがルリア以上の仕事を出来るはずもなく、さらに雑用的な仕事と言ってよい。ただそれでも、とにかく人手不足の瑞穂島では歓迎された。
「じゃあ、がんばれよ」
「うん!」
二人を見送ると、賢人は武に向かって言う。
「基地内で女の子を見れるなんて、ちょっと前だったら考えられないことだよな」
「そんなこと言ったら、捕虜だって同じだぞ」
武が顎で示した先では、日本人の監督官の監督の下で、掩体壕の建設に駆り出されている捕虜たちの姿があった。いずれもこれまでの戦いで捕虜となったマシャナの軍人たちだ。最初は基地の外にある畑や建設現場での作業が主であったが、最近では思想的に問題ないとされた人間を中心に、基地内での作業もやらされていた。中には、この瑞穂島では貴重な建設機械の操作方法を教えてもらっている者までいる。
本来捕虜に対しては、反乱やサボタージュを警戒してこのようなことを許すものではない。しかしながら、今のところ捕虜がそうした危なげな行動をとる気配は微塵もない。それどころか、積極的に日本軍に協力していた。
彼らはたどたどしい日本語で大体同じような意味の言葉を口にする。「祖国を占領しているマシャナを完膚なきまでに叩いたあなた方に協力したい」そういうわけだ。
実際協力しているのはほとんど白人等黄色人種以外の捕虜であった。中には日本軍への協力どころか、兵士としての参加を希望する者までいる。
まだおぼろげにしかわからない敵。マシャナ帝国が巨大な帝国であり、これまでに様々な国に侵攻して併合、その地の住民を強制的に軍に編入していることは、捕虜からの情報や彼らの態度から見てまず間違いなかった。
「まあな。どちらにしろ、使える頭数が増えるのはいいことじゃないか?」
武が気軽にそんなことを言う。ただ賢人も頭ごなしに否定するだけの材料をもたない。実際に彼ら帰順した捕虜たちは、一律とは言わないまでもよく協力してくれていた。その労働力がなければ、瑞穂島はさらに苦しい状況に陥っていただろう。
「捕獲した敵の駆逐艦ももうすぐ動くって言うしな」
「確か、名前は「快風」だったよな」
捕獲したマシャナの駆逐艦の艦名が司令部で決定され、公布されたのもつい最近のことだ。
「試運転するとなると、上空援護も出すのかな?」
「さあ?それは上が決めることだろ。でももしそうなら、是非とも搭乗割に入れて欲しいな。最近飛べる機会が減ってきてるから」
「全くだ」
何でもいいから空を飛びたい。それが賢人と武の偽らざる心境であった。
御意見・御感想お待ちしています。




