上陸班 3
「伊508」の原型であるドイツ海軍潜水艦UXXI型は、それまでの潜水艦に比べて革新的な設計を多く採用している。その中には、艦上の武器をほとんど廃したというものがある。
これまでの潜水艦は、水上での敵との戦闘に備えて甲板上に大砲を搭載していた。独海軍のUボートなら88mm砲か105mm砲。日本海軍であればそれよりも大きな14cm砲を標準的に搭載していた。アメリカやイギリス、ソ連やイタリアも大同小異だ。中には20cmや30cmなどというバカげたデカサの砲を積んだ艦も試作されたが、いずれも試作以上の域は出なかった。
潜水艦の方は第一次大戦でドイツのUボートが多用したが、第二次世界大戦においてもこうした砲で魚雷を使うのが勿体ない独航の商船や、或いは魚雷では攻撃できない対地目標へ
の砲撃が各国で行われた。
しかしながら、潜水艦が水上に身を出すのが危険となってくると、こうした甲板砲は出番がなくなった。むしろ余計な重量物であり、水中における艦の抵抗を増すだけの存在に成り下がってしまった。
そのため、水中速度に重きを置いた設計のUXXI型では、この甲板砲は搭載されていない。搭載されているのは、対空射撃に使用する対空機関銃だけである。
その対空機銃もむき出しではなく、全体をカバーで覆い艦橋と一体化している。とことんまで、水中における抵抗を削いだ結果である。
なお余談であるが、同じ水中高速潜水艦として建造された日本の「伊200」型では、同様の水中における抵抗軽減策として対空機銃を艦内への格納式にしている。
その2基の20mm連装機銃が発射音を奏でながら、上空の敵機を狙う。
「撃て撃て!撃ちまくれ!」
艦長の木田大佐が機銃を発射する兵隊たちに向かって叫ぶ。
たった4挺とはいえ発射速度が速いために、発射音もそして空に伸びていく曳光弾も中々迫力がある。すぐにでも敵機を撃ち落とせるような勢いだ。しかしながら、相手は高速で動く飛行機であるから、目視で敵機を追う旋回機銃の弾は中々当たらない。
「もっとよく狙わんか!あんなオンボロ機に手こずるんじゃない!」
飛んできた敵機は複葉機だ。翼下にはフロートを付けている所から見て、以前空母艦載機が遭遇したと言うマシャナの水上偵察機に違いない。
水上機で複葉の偵察機となれば、昭和二十年時点では既にかなりの旧式に入る部類だ。もっとも、日本の零式観測機のように優れた機体もあるだろうが、少なくとも今飛んできた機体に零観のような優美さなどは見られない。
ただそれでも、潜水艦にとっては充分な脅威だ。爆弾を食らえば浮力の小さい潜水艦は容易に沈んでしまうし、機銃掃射をバラストタンクに受ければ潜航不能となってしまう。水上にある潜水艦とは、かくも弱い存在なのだ。
だから潜航と言う選択肢が取りにくい現状では、早急に撃ち落とす必要がある。もちろん木田も対空機銃で敵機を落とすのが難しいことぐらい知っている。それでも、旧式機ならなるべく早く撃ち落としてしまいたかった。
しかし現実はそうそう理想通りには行かない。それどころか。
「敵機接近する!!」
「いかん、全員伏せ!」
対空砲火をものともせず、マシャナの水上機が突っ込んできた。その機首がチカチカと光、直後艦の周囲に水柱が立つ。打撃音はしないので、直撃した弾はないようだが、それでも立ち上る水柱に、それが崩れて降ってくる海水の雨は中々迫力がある。
一航過した敵機は、そのまま「伊508」の上空をパスする。その瞬間を見逃さず、銃を手にしている大井上水や川根兵曹が撃ちまくる。
「落ちろ!この蚊トンボめ!」
本来小銃や短機関銃は対空戦闘に使うものではない。人同士で戦う戦場ならともかく、数百から数千メートルの距離を置いて、対象が数百キロで飛び回る対空戦闘では、威力も射程も照準も追いつかないからだ。
しかしながら、それは理論上の話だ。小なりと銃であるなら弾を打ち出す。そしてその弾が、万が一、あるい兆が一の確率で飛行機に当たれば傷を負わせられる。
実際に敵機を落とした(とされる)前例もある。だからこそ、日本の小銃には対空照準器がついているものがあるのだ。
そして、その兆が一の事態が起こった。敵機が黒煙を吐いた。
「当たった!」
stg44の引き金を放した川根が顔を綻ばせる。対空機銃が照準のために一度撃つのを止めたタイミングでの被弾であったから、彼か大井上水の戦果に違いなかった。
「兵曹、今の自分の戦果であります!」
「何を!?俺の戦果だ!」
「そんなことは後だ!対空機銃、敵機の動きが鈍ったぞ!小銃や短機関銃に負けたくなかったら、トドメを刺せ!」
近藤が叱咤激励する。
小銃弾(短機関銃弾?)を被弾した敵機の動きは明らかに鈍っている。トドメを刺す絶好の機会であった。そして、小火器に敵機撃墜の栄誉を完全に取られてなるかと、対空機銃員も全霊を込めて撃つ。
2基4挺の20mm機銃の曳光弾が作る火線が、敵機に突き刺さるのが見えた。その直後、黒煙を吐いていた敵機が炎を吹き出し、ガクッとよろめいた。
「やった!」
敵機はそのまま海面に突入し、盛大に水柱を上げた。
「敵機撃墜!」
「万歳!」
「ざまあ見やがれ!」
艦上にいた将兵が歓声を上げる。
「やりましたな、艦長」
「ああ。だがこれで本艦も発見された。電波を出されたかはわからんが、とにかくこの場所からさっさとおさらばしよう」
ここは敵地と言うことがはっきりした以上、長居は無用である。
「戦闘配置解除!現海域を離脱するぞ!」
「艦長、墜ちた敵機はどうしますか!?」
撃ち終わった機銃を水平に戻し、潜航のためにカバーを被せていた下士官の一人が木田に問いかける。
木田と近藤は敵機が落ちた海面を眺める。残骸が未だに炎上しているらしく、海面からは薄っすらと黒煙が立ち上っている。
「生存者がいるとは思えん。可哀想だが救助はしない。こっちも急ぐからな」
非情だが、時間的余裕がない以上救助作業などはしていられない。木田は見捨てることを決断した。
「では艦長、さっきの子供たちはどうしますか?」
対空戦闘のドタバタですっかり忘れていたが、拾ってきた子供をどうするか。
女の子の方は激しい対空戦闘があったにも関わらず、相変わらずぐったりしている。一方男の子の方は、頭を抱えて座り込んでしまっている。
「ああ、そうだったな。軍医に診てもらって、特に伝染病の類を持っていなかったら、艦内へ入れよう。もし病気を持っているようだったら、ボートに食料と水を乗せて流そう」
「わかりました」
「軍医は艦橋へ!」
木田は軍医の折戸少佐を艦橋に上げた。
「参りました。艦長」
白衣を着た中年の軍医がハッチから艦橋に上がってきた。
「おお、すまんね」
「いえ。で、患者は?」
「この子たちだ」
「ふむ。どれどれ」
折戸は簡単に子供たちを診察する。
「悪い伝染病の類はなさそうだが、女の子の方は軽い風邪だな。おそらく栄養失調で免疫力が落ちてるんだろう。マスクを付けさせて医務室に。男の子も病気じゃないが、栄養失調気味だ。この子も医務室に入れよう。艦長、悪いですがお粥か雑炊でも一人前用意してやってください」
「わかった。女の子の分は?」
「この様子だと口から摂らせるのは考えものです。注射か点滴を打ちます」
「わかった。そこは軍医に任せるよ」
折戸は水兵に命じて子供たち二人を医務室へと入れた。
艦内に運ばれていく子供たちを見て、近藤もホッと一息吐く。
「よし。それじゃあお客さんも回収したし、帰ろうか。両舷半速前進!潜航用意!」
「潜航用意!乗員は艦内へ!」
「各ハッチ閉鎖急げ!」
潜航を報せるサイレンが鳴り、乗員が艦内へと飛び込んでいく。最後の一人が飛び込んだハッチが次々に閉鎖される。
「潜航!深度50へ!」
木田艦長が潜航と潜航後の深度を命じる。
「ようそろう!ベント開け!深さ50!」
艦のタンクへ水を引き込むベント弁が開かれて「伊508」は潜航を開始する。艦体が水中へと姿を消していき、最後に艦橋も海面下に没する。その直前、木田は最後にハッチの中へ入り閉鎖する。
潜航に際して機関もディーゼルからバッテリー推進に切り替えられる。
潜航後にディーゼル機関を停止してバッテリーへ切り替えられるシュノーケルと言う吸排気塔を出すことで、潜航しながらでもディーゼルが動かせるようになったが、シュノーケル塔の長さに限界があるので、そこまで深くは潜れない。また騒音も大きい。
敵の支配圏内である以上、木田はここで被発見の可能性を出来る限り少なくしようとした。
ラッタルを滑って発令所へと降りた木田は、次の命令を出す。
「よし、速度最大戦速へ。現海域離脱後、潜望鏡深度まで再浮上。安全が確認できたらシュノーケル航行に切り替える。針路は瑞穂島への最短経路を取ってくれ」
「はい、艦長」
最大速度でのバッテリー航行は半端ない電力を食うが、背に腹は代えられない。木田は現海域からの確実な離脱と、情報を島に持ち帰ることを優先した。
「伊508」は、瑞穂島目指して水中を17ノット以上の高速で駆け抜けて行った。
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