上陸班 2
「生存者はやはりいないか」
「そのようです」
村の中を捜索する近藤少佐と川根兵曹であったが、出てくるのは建物やその内部にあったであろう生活用品の黒焦げとなった残骸と、そして白骨化した遺体ばかりであった。生物はアブラムシ一匹見つからない。
「村人は全員殺されちまったんでしょうか?」
「う~ん。あの娘みたいに海上に脱出できた者もいるかもしれんし、もしかしたら奴隷として連れていかれたのかもしれん」
「奴隷でありますか?」
「捕虜の調査を行っている大津中尉によると、マシャナって国じゃ占領した国の人間を奴隷にして、兵隊としても使ってるらしい。現にこの間の海戦の生き残りだって、人種が違ってたのが大分混ざってたからな」
「奴隷を兵隊にするなんて、何考えてるんでしょうね。反乱を起こされるとか考えないんでしょうかね?」
「さあな。そりゃ敵に聞いてみないとわからん。ただ占領地から徴発するなんてことよくある話だからな。よほど厳しく叩き込んどるのか、或いは人質でも取っているかもしれん・・・まあ何にしろ、珍しい話じゃないさ」
地球でも、支配下に置いた異民族を自軍に編入することなど珍しいことではない。特に欧米列強では、例えば英国であればインド人を、フランスであればインドシナ人(ベトナム人)を自軍の兵隊として使うなどしている。日本もまだ本格的にではないが、現在軍役に関しては志願制の台湾人や朝鮮人に対して、徴兵を行うのではという話があることを、近藤は聞いていた。
「にしても、敵もいないのは何故でしょう?」
「どうせ使い道ないからだろ。見たところ小さな港と畑しかない。こんな場所占領してもあまり価値はないだろうな。だから労働力になりそうな人間だけ連れ去ったんだろうさ」
「なるほど」
見たところ、村には軍事的な価値は認められない。盗れるだけ盗り、焼くだけ焼いて撤退したというのが近藤の見立てだ。
「あのルリアていう娘には気の毒だが、これ以上調べても何も出てこんだろう・・・できればもっと広く探索したいが」
「うん!?」
「どうした?大井兵曹」
「いえ。今あちらの建物の影に、何かが動いたような気がしまして」
「何?野良犬か何かか?」
「わかりません」
二人は警戒する。
「もしかしたら、敵かもしれんぞ」
二人は持っている銃を構える。
「自分が先に行きます」
「頼む」
自動小銃を構えた川根兵曹が先に進み、その後ろを拳銃を手にする近藤が続く。いつでも撃てるように、初弾は装填してある。
あたりは静けさに包まれ、二人が踏みしめる足音だけが響く。
壁際まで来たところで、川根が顔を少しだけ出して向こう側を窺う。すると。
ガタ!
「反対側だ!」
近藤は反対方向へと走る。すると、思った通り何かが飛び出した。一瞬犬か猫かと思ったが。
「○×△!」
奇声を上げながらその影が突っ込んできた。
「おっと!」
ゆっくりと振り下ろされた棒を軽くいなして避けると、その影の両腕を取る。
「危ないだろうが、ガキ」
「×××!」
空中に宙ぶらりんとなりながらも、暴れる小さな影。何を言っているかは、その態度からわかる。
「生憎だが、いきなり人を襲うようなやつを放すことはできんな」
「○◇△!」
わけのわからない言葉で何事か叫ぶ白人の少年。
「ジタバタするな。安心しろ、お前みたいな汚いガキを、煮て食ったりはせんわ」
歳はせいぜい6~7歳と言った所か。顔は汚れ、着ている服は上着もズボンも靴もボロボロだ。
「少佐、御無事ですか?」
「ああ、なんとかな・・・そっちもか?」
壁の反対側を回ってやって来た大井兵曹の腕の中には、今近藤が捕まえた少年よりもさらに小さい少女が抱えられていた。ただし、少女の方は暴れていない。
「はい。建物の陰で倒れていました。どうやら、栄養失調のようです」
「栄養失調か」
近藤は自分の手元でジタバタ暴れている子供を見る。よく見ると薄汚い身なりだけではない。大分やせ細っている。十分な食事をしていないのは一目瞭然であった。それでも力を振り絞っている姿に、感動さえ覚えてしまう。
そしてその言葉を口にした近藤の表情は苦いものとなる。なにせ、この言葉によって苦しむ日本人は多い。最前線で食糧がロクに補給されない兵隊たち。日々目減りする配給の食料ではどうにもならず、自給自足をするがそれでも腹ペコな国民、特に育ちざかりな子供たち。
近藤は軍人であり、しかも高級将校である。さらに長いこと前線とは無縁の後方にいたのだから、食べ物で困ったことはない。
「どうしますか?」
「ほっとくわけにもいかんだろう。二人とも「伊508」に連れてくぞ」
こんな所に子供だけ置いておいても衰弱死するのを待つだけである。それに情報収集の観点からも、連れ帰った方が都合が良い。
「え!?けど、病気とか持っていたら不味くないですか?」
「確かにそうだな」
船という閉鎖した空間に病人を乗せるのは非常に危険である。あっという間に伝染してしまう。ましてや水中にもぐり密室となる潜水艦ならなおさらだ。帝国海軍でも、インフルエンザに乗員が罹患して、航行が不可能になってしまった例がある。
とはいえ、この子供たちが重要な情報を持っている可能性もあり、さらには栄養失調でガリガリになっている子供だけを置いていくのも気が引ける。
そこで近藤は妥協案を出す。
「だったらとりあえず、ボートに乗せて艦まで連れて行こう。そこで軍医に見てもらって、大丈夫そうならそのまま乗せよう。ダメだったら、ダメでまた考えよう」
「まあ、そのあたりが妥当ですかね」
「よし、行くぞ・・・だから、暴れるな。余計な力使うだけだぞ」
男の子は近藤に掴まれながら、抵抗をする。しかしながら、空腹だからだろうか。いじらしいほどに力が入っていない。
「もし乗せることになったら、潜水艦に女どころか、子供を乗せるなんて前代未聞なことになりますね」
「だな」
帝国陸軍にしろ海軍にしろ、女はほとんどいない組織だ。せいぜい陸上の事務方の軍属などにいる程度で、戦闘艦艇に乗るなどと言うことはありえない。特に潜水艦の場合は狭いし機密の塊なのでなおさらだ。
二人が苦笑いしあいながら、港の方へと歩き始める。
「あと少し・・・」
と近藤が言いかけた時、パパパンという連続した発砲音が鳴り響く。大井上水の持つMP40の発射音だ。
「ひ!?」
その音に、近藤が掴んでる少年が明らかに怯える。だが近藤たちは当然別の反応をする。
「急げ!何か起きたみたいだぞ!!」
二人はそれぞれ子供たちを抱きかかえて、全速力で港へ向かって走る。
「おい!!何があった!?」
ボートが見えたところで、大声で叫ぶ。
「「伊508」より緊急信号です!電探に反応アリ、ただちに戻れと」
「何!?俺たちに構わず潜れと言ったのに・・・」
沖合を見れば、「伊508」は相変わらず艦橋だけ海面上に出している。木田艦長は近藤の言葉を無視したようだ。
「急げ!最大船速で戻るんだ!川根兵曹、早く乗れ!」
「は!」
二人は急いでボートに乗り込む。
「坊主、しっかり捕まってろ!海に落ちたら助けてやれないからな」
「?」
「出せ!」
「ヨーソロー!」
大井上水が船外機を始動させ、沖の「伊508」まで全速力で飛ばす。小さなゴムボートで速度を出し、しかも波の立つ海面上を走っているのだから、揺れる揺れる。女の子は揺れを気に出来ないほどグッタリしているが、意識のある男の子は明らかに怯えていた。
「こら!男だろ!こんなことでビビッてどうする!」
とは叱咤しつつも、近藤は怯える男の子の肩を持ってやる。勇気づける意味もあるが、それ以上に救命胴衣を着けていない男の子が落ちないようにとの配慮だ。
激しいローリングに悩まされつつも、ゴムボートは「伊508」に到着する。艦橋最前部と最後部の20mm機関銃が天を仰ぐように仰角を掛けていて、乗員たちが双眼鏡で空を凝視している。明らかに対空警戒態勢にある。
「急げ!敵機が来てるぞ!!ボートは放棄しろ!!」
艦橋上から木田艦長がメガホン越しに叫んでいる。
「少佐、先に上がってください!」
「わかった」
近藤は男の子を抱きかかえて梯子を上る。
「艦長、状況報告を!」
「対空電探が機影をとらえた。後数分で本艦上空に来るぞ・・・で少佐、その子供はなんだ?」
「村で保護しました。何かしら情報を持っているかと思いまして」
「ふむ・・・だがそっちの女の子はどうやら病気持ちのようだが?」
木田が川根兵曹がおぶっている女の子を見やる。
「わかっています。すぐに軍医に見てもらいたいのですが」
「そんな余裕はない!すぐにでも潜航したい!!」
「では、一端潜航して機影をやり過ごしましょう!自分たちは陸に退避し、機影が立ち去ったら戻ります。そこで再度検「敵機来襲!」
見張りの一人が叫んだ。二人が話しているわずかな時間の間に、敵機がやってきてしまった。
「もう潜航は間に合わん。対空戦闘!両舷前進!!」
木田の命令を待っていたかのように、艦橋前後の20mm連装機銃が発砲した。
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架空戦記創作大会夏作品準備中のため、こちらの更新はスローペースです。悪しからず、御了承ください。




