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偵察報告

「本当にこれが送られてきたのか!?」


 父島に向かった連絡機からの電文を見て、大石も声を荒げると伝令に詰め寄った。


「はい。間違いありません」


「……指揮官」


「理解不能だな。一夜で父島が消えるなんて。偵察機が位置を誤っていると思いたいところだが」

 

 その寺田の言葉に、岩野艦長が反応する。


「確かに、最近のパイロットの技量の低下は目を覆いがたいものですが、それでも「麗鳳」の搭乗員は腐っても機動部隊のパイロットです。しかも、父島は距離的にそう遠くはありません。いくらなんでも、全く島影を見出さないのは、ありえないと思いますが」


「麗鳳」は竣工してまだ一度も作戦を行っていないが、その分内地で航空部隊ともども訓練をしていたと、寺田も聞いていた。特に今回は現在ラバウル方面で行われているろ号作戦を支援するべく、残り少ないベテラン級や、若くても成績優秀な人間が多いとも。


 最近のパイロットは訓練時間が短縮され、開戦時のようなベテランの多くは戦死していて、総体的な練度は下がっている。それでも、空母に乗る以上は一定の練度に達していなければ務まらない。そんな中で、「麗鳳」は優秀なパイロット多数を乗せているとなれば、岩野が言うようにミスを起こすとは考え難い。


「うむ。しかし、ベテランであろうと間違いはするかもしれん。硫黄島へ向かった連絡機と、偵察機からの報告も待ってみよう。参謀も、それでいいだろう?」


「わかりました」


 とりあえず、寺田は判断を先送りにしてお茶を濁した。


 しかし、その先送りはあまり意味をなさい物に終わった。30分後、今度は硫黄島に向かった97艦攻からの電文が入電した。


『ワレ イオウトウヲ ハッケンデキズ フキンカイイキヲ ソウサクス』


―我 硫黄島を 発見できず 付近海域を 捜索す―


「硫黄島まで発見できなかったとは」


 寺田は二通目の電文を見た後、天を仰ぎたい気分であった。


「長官、いかがなさいますか?」


「君はどうするべきだと思う?大石参謀」


「え、いや……」


 さすがに大石も返答に窮してしまった。


(無理もない。こんな事態が起きるなど、誰が考えられるか)


 島が一夜にして消失してしまうなど、普通ならありえない。例えば火山の噴火などで沈んだなど、可能性がゼロとまでは言い切れないが、もしそうであれば偵察機がなんらかの異変を報告してくる筈だ。しかし、現状で送られてきた電文を読む限りでは、島が忽然と姿を消したと解釈するのが妥当であった。


 また一つだけならまだしも、二つの島がいっぺんに消えるのも考え難い。二つの島には陸海軍部隊も駐屯しており、やはり異常があれば何らかの反応があるはずである。


「通信も一行に復旧しないんだよな?」


「はい、そのように聞いてます」


 岩野の言葉に、寺田の疑念はさらに強まる。朝から続く本土を含む各部隊との通信不通も一行に直る気配がない。


(いや、偵察機からの電文が受信できているのに、他所からの電文が入らないなんて考え難い。これじゃあまるで)


「まるで、我々以外全て消えてしまったかのようです」


 寺田が思っていたことを、顔を青くした大石が呟いた。


「そんなこと……」


 ありえないと寺田は言いたかったが、どうしても言えなかった。


「指揮官」


 岩野が問いかける。岩野だけではない、艦橋内にいる全員の視線が寺田に向けられていた。それに気付いた寺田は、なんとか言葉を紡ごうと考える。


 だが、一行に気の利いた言葉が出てこない。


(どうすればいい?一体どうなっているんだ?ここはどこなんだ?なんでこんなことに?)


 疑問ばかりが頭に湧いてくる。もうパニック寸前だ。


 それから何分か経ち、寺田の頭が真っ白になりそうになったその時。


「指揮官、偵察機より入電です」


 通信室から新たな報告がもたらされた。




 重巡洋艦「蔵王」から発進した偵察二番機である零式水上偵察機は、艦隊から発進後針路を30度にとり、飛行を続けていた。


 零式水上偵察機は主に長距離索敵に用いられる艦載用水上機で、主翼の下にぶらさがる二つのフロートが印象的な機体だ。重く空気抵抗のあるフロートをぶら下げる水上機であるがために、陸上機よりも当然のことだが速度は遅めだ。しかしながら安定した飛行性能で、3人乗りのこの機体は開戦以来、海軍の洋上偵察に大活躍している。


 敵戦闘機の跳梁が激しい地域では、もはや昼間の飛行は危険であったが、味方の制空権下であるならば、索敵や対潜哨戒などでまだまだ重宝されている。


 重巡洋艦「蔵王」は「利根」型巡洋艦の4番艦で、後部に8機の水上偵察機(水偵)や水上観測機(水観)を搭載できる一種の航空巡洋艦であった。今回の航海でも、4機の水偵と2機の水観が搭載されており、空母「麗鳳」「瑞鷹」の搭載機に混じって、対潜哨戒飛行などに出撃していた。


 とは言え、「蔵王」から発進する水上機の数は機だけであった。それが今日の朝になって、突然同時に4機の出撃が命じられ、しかも艦隊から遠くはなれた海域を偵察するのがその任務であった。


「船団を出発して1時間半か・・・何か見つけたか?」


 機長であり航法士席に陣取る本郷猛人少尉は、伝声管越しに前後に座る部下に、もう何度目になるかわからない声を掛ける。


「異常なし」


「何も見つかりませんよ」


 操縦主の左文字隼人上飛曹(上等飛行兵曹)と通信手の風間志郎一飛曹も、伝声管越しに何度目になるかわからない同じ返答をしてくる。


 3人の乗る零水偵は、既に船団から400km以上離れた海域を飛行している。海図を見る限りでは、この付近には島などはない。あるのは紺碧の大海原だけだ。


「この海域を偵察させて、一体上は何を考えているんでしょうかね?」


「さあな。お偉いさんの考えることは、わからないよ。ハハハ」


 左文字の言葉に、本郷が答える。


「大学を出た少尉にもわからないんじゃ、俺たちみたいな浅学な人間には余計にわかりませんな」


「言ってくれるな」


 風間の言葉に、今度は苦笑いを浮かべながら答える本郷。


 本郷は士官であるが、帝国海軍の士官養成校たる海軍兵学校は出ていない。彼は海軍飛行科予備学生の出身だ。


 飛行科予備学生とは、有事のパイロット増員に備えて作られた制度で、専門学校や大学の学生が卒業後に兵役の代わりにパイロットとして教育を受け、予備士官として任官する制度だ。平時であれば、教育終了後に予備役編入。そして民間に戻り、有事になると応召すると言う仕組みであった。


 しかし戦時の現在は教育終了後に即時応召となっている。本郷もその口で、大学を出て海軍に入り、1年前に教育を終えて水上機部隊に配置されている。


 一方前後の左文字と風間は、海軍の下士官パイロット養成の予科練(飛行予科練習生)出身だ。学歴と年齢では22歳になる本郷が一番年長だが、海軍軍人としての年数なら左文寺や風間には及ばない。


 階級も予備とは言え本郷が士官なので一番上だが、そうは言っても「星の数よりメンコの数」と言う、階級よりも軍隊での経験が尊重されると言う言葉もあるように、本郷はこの二人に頭が上がらないでいた。


 とは言え、左文字と風間の二人は決して自分たちより軍隊経験の短い本郷を見下すようなことはせず、むしろ盛り立ててくれている。


 海軍では二人以上の航空機クルーを、全部ひっくるめてペアと言い習わす。そしてこのペアの関係の良し悪しが、戦場における生死に結びつくのだ。


 今回本郷らのペアが「蔵王」乗組みを命じられたのは、良いペアと見込まれたからだと本郷は自負していた。


「少尉、そろそろ折り返し予定地点じゃないですか?」


「そうだな」


 風間の声に、本郷は時計と海図から自機の位置と艦隊からの距離を割り出す。


「ようし左文字。あと5分したら引き返すぞ」


「ヨーソロー・・・うん?機長、左舷前方に島影らしきもの!」


「島影?この付近に島なんてないはずだぞ!見間違いだろ!」


 海図をみた本郷が叱責する。


「いいえ!間違いありません」


 本郷もすぐに双眼鏡を出して左前方を見る。そして、自分の目を疑った。


「バカな」


 確かにそこには、見紛うことのない島影があった。


「まさか、針路を間違えて硫黄島に出たのか?」


「そんなはずは、ありません。東西が正反対です」


 左文字に言われて、本郷は沈黙した。


「どうしますか?」


「もちろん、報告だ。風間、電文頼む」


「了解。文面は?」


「我未確認の島を発見す。位置は・・・北緯25度8分、東経139度5分だ」


「了解・・・暗号で打ちますか?」


「ああ、それで頼む」


 通信士を兼ねる風間が、早速電文の起草と打電に掛かる。本郷の言った文面を、暗号に置き換える。さらにそれをモールス化して発信するのだ。


 文面が完成すると、早速電鍵をたたき出す。海軍軍人はモールスを叩き込まれているので、打ち出してしまえば早い。


「打電完了しました」


「おう・・・左文字。島の状況を出来る限り知りたい。高度を落としてくれ。燃料の続く限り調べてみるぞ」


「了解」


 左文字は操縦桿を倒し、フットバーを蹴って機体を旋回させながら高度を落とした。

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