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上陸班 1

「艦長、間もなく予定海域です」


「伊508」の狭く小さな発令所内に、報告が届けられる。それを聞いた艦長の木田大佐は、聴音室に行く。聴音室と言っても、扉も何もないカーテンで仕切られただけのものだ。それでも、この聴音室こそが、海中にいる「伊508」にとって、外の情報を得られる唯一と言って良い場所なのだ。


「聴音手、付近にスクリュー音は?」


「ありません。周囲に音源なし。水上ならびに水中に艦船は認められません」


 レシーバーに耳を当ててる聴音手の報告に頷くと、木田は次なる命令を出す。


「潜望鏡深度まで無音浮上。ゆっくりだ」


 浮上命令を出し、艦を浮上させる。


「深度45・・・40・・・35・・・30」


 深度50mにあった艦が、バラストタンクから水を掻き出して軽くなり、浮上していく。


「深度13!」


「潜望鏡上げ!」


「ヨウソロウ!」


 小型電動機の音とともに、格納されていた潜望鏡が上がってくる。木田は帽子を邪魔にならないように回すと、接眼レンズに目をこすりつける。まずはユックリと体ごと一周させ、付近に敵影がないか確認する。


 ここで万が一にも敵を見逃すような失敗をすると、艦そのものを危険にさらす。だが。


「ようし、敵はいないな」


「陸地は見えますか?艦長」


 同乗しているトラ4032船団からの派遣参謀近藤少佐が急かすように訪ねてくる。


「うん・・・・三時の方向に島影だ。手に入れた海図通りだな」


「伊508」には、この島が載っている海図が搭載されていた。何でこんな物が彼らの手にあるのかと言えば、それは先日瑞穂島沖合で捕獲したマシャナの巡洋艦と駆逐艦に搭載されていたからだ。


 もちろん、その地図は現地語で書かれていたが、ありがたいことにこの世界は地球と全く同じ構造をしているらしく、経度や緯度などの配置は全く同じだ。加えてマシャナが海図で使っている距離の単位、ゲルトは地球の1海里(1,852km)のちょうど2倍、つまり3、704kmだ。だから海里に直す時は2分の1しなければならないが、少なくとも変にズレた数字ではない。


 ついでに言うと、彼らが使っている数字も地球で見慣れたアラビア数字だ。何でこうなっているかは皆目見当もつかないし、彼らにとってはどうでもいいことであった。


 木田は潜望鏡の倍率を大きくし、遠くの景色を覗こうと試みる。


「あれは・・・う~ん」


 木田は険しい表情で呟くと、押し黙ってしまった。


「何か見えたのですか?艦長」


「見て見たまえ、少佐」


 木田が近藤に潜望鏡を渡す。木田と同じように帽子を回し、レンズを覗き込む。


 倍率を上げた潜望鏡のレンズを通して、島影の一部が切り取られて見える。後ろに山が迫った奥行きがそうない小さな土地。そこに段々畑らしい階段状の土地や、石垣が見える。


 だがそれよりも、近藤は別の光景に目を奪われる。


「・・・こりゃひどい。ほとんど破壊されてらあ」


 その山の麓付近に、建物が見える。厳密には建物だったものだ。それらの多くは原型をわずかにとどめているだけで、黒焦げになって焼け落ちていた。


「戦闘の跡ですかね?」


「戦闘と言うより、一方的な襲撃、虐殺だったかもしれん」


 軍隊が、特に軍事拠点でもない村や街を襲って破壊することは、国際条約に抵触することだが、地球においてもそれが厳格に守られた試はない。たいがい戦時と言う異常事態において、そうしたルールは時に偶然に、時に意図的に破られる。


 この世界では国際法がどうなっているかはわからないが、少なくともトラ船団にとっても敵になりつつあるマシャナと言う国は、現状断片的に得られている情報から見ても、そうした概念があるのかかなり怪しい。


 木田は近藤から潜望鏡を返してもらうと、再度グルリと一周して周囲を見回す。


「ようし、艦橋深度へ浮上」


「艦橋深度へ浮上!」


「近藤少佐、よろしく頼む」


「は!お任せください!」


「伊508」は再びタンクから排水を行い、艦を浮上させる。ただし、艦全てではない。慎重に浮力を調節して、艦橋だけを水面上へと出す。


「対空!対水上警戒を厳に!」


「電探作動!」


「上陸隊、発進準備!」


 艦橋が水上に出ると、すぐに艦橋ハッチが開いて木田ら乗員たちが出てくる。そして双眼鏡を持って全周警戒するもの、前後に搭載された20mm機関銃の銃座に付き、何時でも発射できるようにする者。そして、ゴムボートを膨らませて上陸の準備を始める者にわかれる。


 今回「伊508」の任務は、ルリアの故郷であるこの地の偵察である。もし敵がいる場合は、潜望鏡からの監視と写真撮影に留める予定であったが、敵が近くにいない場合は可能であれば上陸し、何がしかの情報を持ち帰ることとなっていた。


 木田は周囲に敵はいないと判断し、上陸による現地の詳細な偵察活動を行うこととした。


 上陸するのはトラ4032船団司令部より送り込まれた近藤と、護衛として二人の下士官と水兵がつく。近藤自身は14年式拳銃を持ち、また下士官である川根二等兵曹はstg44を。水兵の大井上等水兵はMP40を手にしている。いずれも艦内搭載と日本へのサンプル兼用として「伊508」に載っていた小銃と短機関銃だ。


「それでは艦長。行って参ります」


 ゴムボートの準備を終えた近藤が敬礼する。

 

「うん。無理はするなよ。危険と判断したらすぐに戻れ」


 答礼しながら、木田は近藤に厳命する。だが近藤も言い返す。


「艦長こそ。艦の保全が第一ですから、敵が出現したら我々に構わず脱出してください」


「安心しろ。本艦は海中へ潜れるからな。だから我々が消えても、安易なことは考えるな。いいな、少佐」


「はい!」

 

「よし、頼んだぞ」


 近藤は無言で再度敬礼すると、梯子を伝ってゴムボートへと降りる。


「よし、出発!」


 エンジンの音を立てて、近藤ら3人を乗せたモーターボートが一路港の方向へと向かう。


「両舷、しっかり見張れ。機雷でも敷設されていると厄介だからな」


「「ようそろう!」」


 近藤自身双眼鏡で周囲を警戒しながらボートを進ませる。万が一機雷でも敷設されていれば、危険である。また水面下の岩礁や浅瀬もだ。ゴムボートであるから、もしそれで穴が開けば一巻の終わりである。


「ゆっくり、そのまま」


 水中や海上に障害物がないこと確認しながら、近藤は舵を取る大井上水に指示をだす。


「よし、あの岸壁に付けるぞ。最微速!」


 近藤は石造りの岸壁を指し示した。


「最微速、着岸ようそろう!」


 ゴムボートはゆっくりと岸壁へと横づける。


「よし、上陸するぞ。大井上水、貴様は残ってボートの番をしていろ。何かあったら構わんから銃を空へ向けて撃て!」


「はい!」


 無線機はないので、それがボートの番をする大井上水との唯一の連絡手段であった。


「じゃあ川根二曹、行くぞ」


「は!」


 近藤は川根二曹を引き連れて岸壁へと上がり、集落に向けて歩き出す。


「まともな船は残ってないな」


 岸壁の周囲には、数隻の船の姿があった。しかしながら、それらはいずれもまともな姿ではない。船体を半ば以上海中に沈め、中にはマストだけが辛うじて水上に突き出している船もある。また水上に残している部分が黒こげの船もある。


「少佐。これは、マシャナとか言う国の連中の仕業ですかね?」


「他に考えられんな。岸壁にも被弾痕があるから、何かしらの攻撃は受けたんだろうが。この大きさだと、迫撃砲か何かだろうな」


 二人が歩く岸壁にも、戦闘が行われた形跡があった。特に何かが撃ち込まれた被弾痕は象徴的だ。そしてそのために、岸壁上には瓦礫や穴ぼこだらけだ。


「艦砲のようなデカイ大砲は使われなかったということですか?」


「この地形から見て、陸路側から攻めたとは考えにくいが・・・」


 二人がいる集落の跡は、正面(南東)を海にして、その背後は山になっている。ルリアの言った通りなら、山越えの道があるはずだが、一見しただけでその道のりが険しいのはわかる。陸路からの攻略は不可能ではないだろうが、どう考えても海からの方が楽そうだ。


「とにかく、もう少し調査してみよう」


「はい」


 二人はさらに、集落の跡へと歩みを進める。


「こりゃまたひどいな」


 集落の跡は徹底的に焼き尽くされていた。まともな建物は一つたりとも残っていない。


 近藤はため息を吐きながら、集落跡を回る。


「少佐!これを見てください!」


「どうした!」


 川根の呼ぶ声に、駆けつけて見ると。


「む!?」


 そこにあったのは、人間の骨だった。既に大分時間が経っているらしく、完全に骨だけだ。しかも。


「ここに何人も閉じ込めて、殺したみたいだな」


 一体だけではない。少なくとも10人分はありそうだ。おそらくだが、一カ所に人間を集めてまとめて殺した。近藤はそう推測した。


「骨が傷ついているのを見ると、撃たれたみたいですね」


「うん」


 川根が言うように、確かに骨を見ると所々傷ついている。明らかに刀など刃物で付けた傷ではない。また後ろの壁には明らかに弾痕が残っている。


「口封じか、或いは足手まといで捕虜を取らなかったか。それとも。その両方か」


「どうしますか?少佐」


「とにかく村の周辺をもう少し捜索しよう。仏さんたちには悪いが、どっちにしろ俺たちじゃ埋葬することもできんし、その余裕もない」


 時間も人もないこの状況では、放置するしかない。近藤は調査を続行することにした。


 物言わぬ躯たちの視線から逃がれるかのごとく、近藤は次の建物へと向かった。

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