島内生活 4
「楽しかったね、賢人!」
「もう何度も見た映画じゃないか。そんなに楽しい?」
勤務を終えて映画館(と言っても簡単に周囲を壁で囲って幕を張り、地面に板をしいただけのもの)にやてきた賢人、武、ルリアの三人組は、もう何度見たかわからない映画を見終え、他の大勢の客に交じって外へ出てきた。
映画は船団内に慰労用に積まれていたものなので、本数は限られている。そのため、何度も同じ映画を見ることになる。
内容どころか、大方のセリフまで覚えてしまった賢人には退屈なものになっていたが、ルリアは何度見ても満足な笑みを浮かべて喜んでいた。賢人が飽きてしまった映画を我慢できるのは、この笑顔を見れるからとも言える。
「だって、映画なんて一年に一回見られるか見れないかだったんだよ。それが毎日見れるなんて、夢みたい!」
どうやら映画の中身よりも、映画を見るという行為が楽しいらしい。比較的に都心に近い育ちの賢人からすると、ちょっとピンとこない。
「ああ、わかるそれ。俺の街もそうだったから」
「武の故郷は、確か群馬の山の中だったよな?」
「ああ、映画館なんて歩いて三時間以上も掛かる街にしかなかったから。予科練に入るまで、そう簡単に見れなかったぜ。せいぜい一年に一回、学校の校庭で見るくらいだったな。村中総出で見に行ったっけ」
この時代の日本におけるインフラの整備は、後の時代に比べると月とスッポンの差がある。例えば道路の舗装率は、戦後やってきたGHQが「ヒドイ」の一言で片づけたと言われるくらい、お粗末なものだった。都市部は辛うじて舗装されていたが、一歩外に出れば舗装されていない砂利道、あぜ道のオンパレード。そもそも、東京と大阪を繋ぐ国道一号すら、マトモに舗装されていなかった。
道路だけ見てもこうなのだから、その他のインフラ整備もまだまだであった。鉄道こそ全国津々浦々に伸びていたが、電気や水道、電話などは田舎に行けば行くほどお粗末であった。だから都心部と田舎出身者の認識の隔たりは、後の世よりも大きい。
賢人はさすがに東京のど真ん中ではないが、比較的都市部に近い郊外の出身であった。父親は貿易会社に勤めるサラリーマンで、この時代の人間としては裕福な出と言える。未舗装の道路こそ見たことはあるが、家には既に電話があり、映画館だって歩いて30分も行けばあった。丸の内の近代的なビルディングも見たことあるし、平和な時代には銀座のデパートに家族で出かけたこともある。
帝都を縦横に走る路面電車や、開通してまだまもない新しい乗り物である地下鉄道や、朝のラッシュ時には短い感覚で走る省線電車など、時代の最先端のものにもたくさん接している。
それに対して、武の方は群馬の山の中に村の出身で、電話は村長の家と駐在所位にしかなく、自動車を見ることなど1か月に1回あればいいほう。一番近い駅までは歩いて1時間以上掛かったと聞いている。もちろん、近代的な街並みやビル群な見たこともなく育ち、予科練に合格後、外出した際に訪れたのが初めての東京だった。
予科練に志願した理由も、賢人と武では違う。二人とも飛行機に乗りたいと言うのは共通するが、それとともに賢人は今後の出世や、社会に出戻りした際のことを考慮した上での志願であった。
それに対して、武の方はどちらかと言うと、身分が保障されるから選んだ部分が大きい。
戦時中の現在からすれば全く想像すら難しいが、戦前は軍隊に徴兵されることを忌諱する者や、志願する人間をバカにする者が少なからずいた。やはり2年間も兵隊に引っ張られるなど嫌であるし、軍隊の厳しい生活もそれなりに知られていたからだ。
一方で、軍に入ると衣食住はとりあえず保障される。それに決して高給取りではないが、民間企業のように潰れる心配もなく、徴兵であれば2年間は生活できる。もちろん、ヒドイしごきやイジメを受ける場合もあるが、それでも軍隊の方が居心地の多い人間がいるのも事実だ。
この時代の日本はまだまだ貧しい。特に農村はただでさえ、自作農と小作農と言う激しい身分格差と搾取が発生している所に加えて、昭和初期には恐慌や飢饉のダブルパンチによって、多数の身売りが発生している。そうでなくても、朝から深夜まで働き詰めに働いても、日々生きるのに精一杯と言う農家だってたくさんあった。
だからこの時代、食うに困らない軍隊を居心地がいいと感じる人間もいた。特に貧しい農村出身者にしてみれば、三食しかも魚や肉が入ったおかずさえ出る軍隊は、ある意味天国だったかもしれない。
実際軍隊に行った者が魚や肉の味を覚えて、除隊後家族を困らせたなんて話もあるくらいなのだ。
武の場合も、海軍に志願したのはこうした衣食住が保障されるとともに、生活水準の低い農村部を脱出する意味もあった。
「そう言えば、ルリアの故郷はどんな所だったの?」
彼女とはそれなりに付き合いもあるが、言葉が通じなかったのと、彼女のことを考えてあまり深くは突っ込んでこなかった。今回賢人は、話の流れからさりげなく聞いてみることにした。
「私の住んでいた村はね、ラネ村って言うんだけど、小さな漁村だよ。お魚やエビがとってもおいしいの!夕陽がキレイで」
「そっか。よさそうな所だな」
「でも、後ろはすぐに山だから、賢人みたいなお坊ちゃんはすぐに根を上げるかもね」
「言ってくれるじゃないか・・・けど裏がすぐ山か」
そういう地形は日本はもとより、世界中にたくさんある。
「じゃあ、畑とかはないの?」
「ちょっとはあるけど、そんなにたくさんはないよ」
「じゃあ、魚以外の食べ物はどうしてたの?」
「他の港や街に買いに行ってたよ」
「他にも街あるんだ」
「当り前じゃない。と言っても、とっても遠かったけどね・・・でも、それでも毎日楽しかったな~あいつらが来るまでは」
「敵のこと?」
「うん・・・」
ルリアの顔が曇る。これ以上はマズイと賢人も武も思った。
「さあさあ、映画も見終わったことだし。飯にしようぜ飯に。早くしないと、外出時間が終わっちまう」
話題を変えるように武が言う。
「そうだな。じゃあ、何か食べに行くか・・・と言っても、食べれるもんなんか決まってるけどな」
賢人の言葉に、他の二人も苦笑いするしかない。
「雑炊か芋に、魚か山菜の料理・・・ああ、ちゃんとした白米に肉食いてえ」
「無理に決まってるだろ、そんなの」
この島では色々と自給自足が試みられているが、白米は無理である。船団内のほとんどの船は米を積んでいたが、生憎とそれは食べるためのもの。つまり、精米された白米だ。これでは田んぼを作っても、再生産など出来るはずがない。そのため、米は貴重品なので飛行前の食事など一部を除けば雑炊などにして出すことが厳命されていた。
他に、種子が持ち込まれていた芋やトウモロコシ、さらには島民から買い入れた島内原産の芋の栽培も試みられていて、成長の早い物は既に収穫が行われている。しかし、これらは米を主食にする日本人からしたら、代用品の類にしかならない。
「年越しの時は雑煮もどきくらいは出るかもしれないけど」
「どうせ缶詰だろう」
「缶詰でも無いよりマシだろ」
戦後補給や兵站を欠いたと批判される日本海軍であるが、食に関しては色々と拘りがあった。兵員食と士官食に格差はあったものの、その内容はハイカラかつ美味なものであった。缶詰に関しても、色々な種類のものが用意され、赤飯の缶詰なんてものもあった。
しかし、そうした缶詰は長期保存が利く分なおさら厳重に保管されていた。現在では銀バイも許されないほどなのだ。
「雑煮って何?」
「お餅を入れた日本の汁物のことだよ」
「お餅か。私もお祝いの時なんかに食べたな~」
「ルリアの国にもお餅あるんだ」
「うん。ちなみに、私たちの言葉では「パテ」ていうのよ」
「そう言えば、ルリアの国にはお米もあるんだったな」
これまでのやり取りで、彼女の国には米があることがわかっている。実際彼女は白米も、雑炊も嫌な顔せず食べていたし、箸も普通に使いこなしていた。どうみても金髪碧眼の白人である彼女が、日本人顔負けのことをするので、賢人ら誰もが面を食らったものだ。
ちなみに、捕虜にしたマシャナ兵の半分ほどは逆に明らかに外見は黄色人種なのに、米も食べないし箸も使わない。パンを要求してきたのだから、こちらもまた賢人たちが面食らっている。
「うん、とってもおいしいよ。ただ私たちの村じゃ棚田でちょっとできるだけだから、魚やお茶を売ったお金で山向こうから買ってたわ」
自分の村のお米事情を話すルリア。
「てことは、ルリアの国を取り戻せば、俺たちも米を買えるかね」
「おい、あんまりそう言うこというなよ」
武が何の気なしに言うが、それを賢人が注意する。
「いいよ賢人。でも、そうしてくれたら、ありがたいかな~」
ルリアも何気なく言う。だが、それが本当に何気ない言葉なのかと思わずにいられない二人。
「・・・それを決めるのは上だよ」
賢人には感情的にも、現実的にもそう答えるしかなかった。
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