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島内生活 2

「帽振れ!!」


 瑞穂島の泊地に居並ぶ将兵や船員たちが、一斉に被っている帽子を振る。彼らは今まさに、出港しようとしている1隻の艦を見送るのだ。


 出港しようとしているのは、銃座が前後部に付いた艦橋以外に上部構造物のないシンプルなデザインの艦。元独海軍21型潜水艦の「伊508」だ。瑞穂島での休養と補給、簡単な修理を施した同艦は、これから北緯23度、東経128度付近の偵察に向かうのである。


 マシャナ艦との戦闘から1か月半近くが経過し、今のところ再度の襲撃を敵が行う兆候は見られない。


 そこで、トラ4032船団では瑞穂島の開発を続行しつつ、潜水艦による偵察を行うこととした。海中深く潜り、姿を隠せる潜水艦はこうした任務に打ってつけだ。


 艦長はこの世界に来た時と同様木田清敏大佐だが、乗員57名の内7名が新たな乗員だ。いずれもトラ4032船団の艦船に乗り込み、潜水艦への乗艦経験がある者たちで、今回は研修と体調不良なので今回の任務に絶えられないと判断されたクルーに代わっての乗艦である。


 さらにもう一人。トラ4032船団司令部より派遣された参謀の一人である近藤隼人少佐が乗り込んでいる。潜水艦への乗艦経験はほとんどないが、水雷学校の高等科を卒業しており、今回補佐役として抜擢された。


「今回当艦は北緯23度、東経128度のラインに向かいます。日本本土は消えてしまいましたが、例の保護した少女はこのあたりに母国があるらしい。現に捕獲したマシャナの海図にも、この付近に島があることが確認されています」


「今回の我々の主な任務は、実際にその島を確認することと、敵がそこにいるかということだな」


「その通りです、艦長」


 木田と近藤は、出港すると早速打ち合わせを行う。


「先日の戦闘で、我々はいくつかの有益な情報を得ることが出来ましたが、それでもまだまだわからないことだらけです。我々にとって、情報収集は今もっともやられなばならないことです」


「潜水艦である本艦ならば、敵に悟られずに接近できる。それだけじゃない。その潜航性能をもって、敵の追尾を振り切ることも、決して難しいことではない」


 木田は自信満々に言い切った。この21型は従来のUボートとは違い、水中における運動性能が段違いだ。特に速力は、これまでの潜水艦が水中で10ノット出せれば良かったのに対して、なんと17ノットだ。


 仮に敵艦に探知されても、この高い水中運動性能で充分振り切れるという自信が木田にはあった。


 こうして「伊508」は、未だ多くが解明されていない未知なる海へと出発したのであった。




 一方瑞穂島では、ようやく離礁作業が完了したマシャナの巡洋艦と駆逐艦に対する本格的な見分が開始されていた。


「砲や射撃指揮装置、通信設備などは特筆するべきものはありません。しかしながら、機関の出力は異常に高いようです。機関長の話では、常識外の高温高圧を用いたボイラーと、それに耐えうるタービンや減速装置を使っているようです」


 自身も見分に同席した空母「駿鷹」艦長の岩野は、寺田に調査結果を艦内の案内をしながら報告する。


「ほう。どうやったらそんなことが可能になるのかね?」


「どうやら、ボイラーやタービンに使われている金属が、我々の知らない未知のものの様で、そのおかげで我々の常識外の出力を出せるようです」


「未知の金属か。改めて異世界だと思い知らされるな・・・で、使えるのかね?」


「機関に異常はないので、動かせと言われれば動かせるでしょう。もちろん、乗員の習熟にはそれなりの時間はいただきますが。ただし、三隻とも腹を擦っていますから、ドックに入って本格的な修理をせん限り、全力運転は無理でしょう。また、予備となる部品がない以上、一隻は部品取りとして使うしかないかと」


 今回手に入れた艦艇はいずれも座礁して損傷を被っている。致命的な損傷でないが、下手に動かして傷口が広がり、喪ってしまっては元も子もない。また日本製でないため、交換部品はないし、それを製作する能力もないのだから、壊れたらそれで終わりだ。そうなると、三隻の内一隻を部品取りにして、その供給源にするのが妥当だ。


「やはりそうか・・・そうなると、巡洋艦をばらして駆逐艦二隻を復旧するか、駆逐艦をばらして巡洋艦と駆逐艦を一隻ずつ復旧するかだな」


「それは今後どちらが効率的か検討するしかありませんな。ただどちらにしろ、扱える人員の数が限られていますし、加えてドック入りせんことにはどうにもなりません」


「だわな。人間がすぐ簡単に増えるわけじゃあるまいし、駆逐艦を入れられる小さなドックでも、完成まで五年は掛かるからな」


 艦船を動かすのは、当たり前だが人間だ。捕獲艦艇が手に入っても、それを動かせる人間がいなくてはどうにもならない。しかしながら、トラ船団を構成する各艦船には余剰の人員はいないし、かといってどこからか連れて来て養成することも、現状では無理な話だ。


 加えて、艦を修理するドックや修理工場も、建設予定のリストに入っているが、掘削して排水ポンプや門扉を設置するだけでも、現状の設備では何年も掛かってしまう。


「まあ、それでも使える船が増えればいざと言う時心強い。とにかく、復旧させるだけ復旧させよう。バラす船だって、色々役に立つしね」


「はい」


 当分使う宛はないが、今後艦艇の補充が絶望的と寺田たちは考えていたので、どちらにしろ動かせる艦が増えることに越したことはない。1隻を部品取りにするとしても、その艦体はハルクなり、他の艦艇の修理資材になるなり、色々と使い道はある。


「役に立つと言えば、捕虜たちも役に立っているようだね」


「ええ。士官連中は相変わらず言葉が通じないこともあって、尋問に困ってますが、下士官や兵の中にはかなり従順な者もいます」


 捕虜にしたマシャナ艦の乗員たちは、現在トラ4032船団の監視下にある。この内下士官と兵は適宜労働に就いており、また士官連中は主に各艦船の鍵付きの船室に収監している。これは隔離できるだけでなく、海の上なら脱走も簡単に出来ず、警備する上でも都合がいいからだ。


 もちろん、彼らもただ部屋に閉じ込めておくだけでなく、時折尋問を行っている。ただし、そもそも言葉があまりわかってないのだが、現在の所あまり進んでいない。また、士官たちは捕虜になったら不用意に情報を漏らさないことを徹底されているのか、それともこちらを見下しているかはわからないが、ほとんどが沈黙している。


 一方、下士官・兵の内で士官と同じ民族と思しき者(つまり黄色人種)の内、半数程度は士官と同じで、労役こそ服しているが、情報はあまり漏らさない。対して、残る半数と明らかに異人種(白人や南洋系の人間)は、片言の日本語ではあるが時折情報を漏らしてくる。


「まだ断片的にしかわかっていませんが、マシャナと言う帝国は占領地から徴兵した兵隊を乗せて戦わせとるようです」


「インド兵とか、南アフリカとかの兵隊みたいなもんかね」


 地球でも、宗主国が異民族の植民地の兵隊を徴兵して戦わせることは珍しくない。特に英仏は顕著である。対して大日本帝国はそうした兵隊がいないことはないが、少数派である。


「おそらくは。ただ、全く逆ですが」


 現在まででわかっていることで、マシャナが黄色人種の国、しかも日本人や朝鮮人、中国人など東アジア系の顔をした人種が支配民族の国であることがわかっている。そして彼らが支配しているのが、白人やそれ以外の黄色人種(地球で言えば蘭印や南洋系)のようだ。


 地球では白人である欧米人が、有色人種である東洋人やアフリカ人を支配していたから、図式的には全く逆である。


「そうなると、捕虜の兵隊からしたら、我々も憎い支配人に見えるのかね?」


「そうかもしれませんね。ただ、捕虜の反応から見ると、我々をマシャナ人とは別の人種だとちゃんと見てくれているようですが」


「しかし、今後のことを考えると要注意だな」


 寺田の言う今後のこととは、この世界においてトラ4032船団が独自に外交を行うことだ。母国である大日本帝国がない以上、今後はトラ4032船団の首脳部が、形式的にも実質的にも代表として外交を執り行わなければならない。


 そうなると、外交をする相手はまずもって敵であるマシャナであるが、場合によってはその敵対国や占領地の人間ともなんらかの交渉を行うことになるかもしれない。となれば、マシャナと言う国の人間と同じ顔をしていることは、注意するべきことであった。


「そうですね。しかし、我々は外交官でありませんから」


「何を言うか艦長。軍人は時として外交官として働く必要もある。そのために色々と勉強しているんじゃないか」


「まあ、将官にまでなられた指揮官はそう思えるでしょうが、自分の場合大使館武官の経験もなく、行った所と言えば支那までですから」


「むう。最低限の礼儀作法とか、講習会を開いた方がいいかもしれんな」


 軍人、特にその中のエリートはただ戦えるだけでは務まらない。色々な教養が必要なのである。寺田は外交法規やマナーについて、講習会を行うべきかと本気で悩んでいた。



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