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島内生活 1

 座礁したマシャナ艦の離礁作業が進んでいるころ、陸上でも様々な作業が進められていた。


「良し止まれ!」


 陸戦隊の下士官が、大げさに腕を振って自分の後ろに続いていた隊列を止める。しかし、隊列はそれでもなお進もうとした。


「止まれ!止まれ!!」


 さらに二回叫び、腕を振るとようやく気付いたのか止まった。


「全く。言葉が通じないっていうのは難儀だな」


 彼が引き連れているのは、十人ばかりのマシャナ兵であった。いずれも下士官兵と思われる者の中から若く元気そうな者が選ばれている。


 一列に隊伍を組んで歩いてきた彼らの周囲には、四名の小銃で武装した陸戦隊兵士が護送していた。


 千人近くの捕虜を遊ばせておくわけにも行かず、トラ船団では彼らを使役していた。今彼らにやらせようとしているのは、畑仕事だ。


「ほら、さっさと奥へ行け!」


 これから開墾する予定の場所へと、捕虜たちを配置していく。


「よし、作業始め!」


 言葉だけでは理解されないのはわかっているので、監督する下士官が笛を鳴らす。そして自分がまずお手本とばかりに鍬を振る。


 それを見て、捕虜たちも鍬を振って土を耕し始めた。


 こうした光景が、瑞穂島では日常的な光景になっていく。千名あまりの捕虜の内、負傷などで労務に適さない者、或いは士官と思われ労働を免除されるものを除く全員が何らかの作業に駆り出されている。


 それは畑仕事であったり、飛行場や港湾設備の建設現場であったり、捕虜自身の収容所建設にもあたっていた。


 日本軍では、捕虜になることは不名誉であるという認識から、捕虜に対する待遇は押しなべて悪い。そもそも自分たちの食料や物資に困っているような状況では、敵である捕虜に対する待遇が良くなるはずなどなかった。


 では瑞穂島ではと言えば、もちろん捕虜に対する観念が、日本人の場合よろしくないのだから、元の世界の欧米諸国のそれと比べれば劣悪だ。では過酷な労働に就かせているかと言えば、決してそうとも言い切れない。


 もちろん、昼間は農作業をはじめとして様々な労役に就かせているが、別に殺すほど使っているわけではない。食料や水、休憩時間は適度に与えている(当の捕虜たちが満足しているかは別だが)。それに加えて、そもそもトラ船団側の将兵たちも、同様の作業に当たっている。


 瑞穂島を拠点と決めたために、トラ船団司令部は様々な施設の建設を急いでいる。そのため、捕虜と言えど重要な労働力。無駄に失うことなど出来ない。


 また、今後マシャナと言う未だ不明の敵国と交渉する可能性があることも、下手に無下に出来ない理由の一つであった。つまりは体の良い人質と言うわけだ。


 ところで、この捕虜たちの存在に関わらず瑞穂島に来てからトラ船団内部では、司令官命令で「私的制裁」の一切禁止が発令されていた。


 これは軍内部の法規を一層徹底させるに過ぎない内容だが、多くの下士官兵からは驚きを持って迎えられた。海軍では創設以来、伝統ととして黙認されてきたからだ。


 ただし、これも別に殴られる兵隊が可哀想などという甘い考えから生まれたものではない。


 切欠は、この島に先に住み着いていた駆逐艦「海棠」艦長の春日中佐による要請からだった。


「指揮官。お願いですから全員に指揮官命で鉄挙制裁の禁止を布告していただきたい」


「何故かね?」


「この島の原住民は、勇敢な人間が多いですが、一方で理由なく手を出すことを嫌います。特に顔を殴るのは最大の侮辱とのことです。おかげで、我々も最初見られた時は困りました。食料の交換を止められるどころか、野蛮人として追い出される所でした」


 春日の要請に、寺田は驚きつつも納得であった。日本陸海軍における制裁は、兵隊の規律を保つ手段として行われており、その習慣は昭和に入っても根強く残っていた。


 しかし、この直接手を出すというやり方は強力な統率を行うのに有効な反面、色々と厄介な火種を残す。個人間、或いは帝国陸海軍内部の問題で終わればまだいい方だ。これが国外に波及すると色々とマズイ。特に大東亜戦争が開始され、南方において大きな問題となった。


 と言うのも、日本の軍人は日本人に対するのと同じように現地人を統率する上で手を出したとする。やる方はこれが統率する手段として最良だと思っているし、同じ日本人にやっていることなのだから、別の人種(さらに言えば自分たちより遅れていると見ている)相手にやっても問題ない。むしろ平等な扱いだと錯覚しやすい。


 しかしながら、それは独善的な思いあがった解釈と言っていい。と言うのもそうした手を出すという文化がない所もあれば、逆に野蛮とする文化だってある。やった当人たちにその気がなくても、やられた側、或いは見た側がとてつもない不信感や反抗心を持つことは十分ありえるわけだ。


 寺田も嘘か本当かは知らないが、相手を殴ったせいで南方地域のとある村が丸々一つ反日勢力になったという噂もあった。


 それでも占領地なら、まだ占領軍としての権威と言うものがある。それに守られるている限りは何とかなろう。しかしながら、トラ船団にはもはや後ろ盾はない。大日本帝国と大日本帝国海軍は次元の彼方に消えてしまった。


 だから、トラ船団は自らの知恵と態度で、この世界における権威を作っていかなければならない。


 伝統の制裁禁止令にはこうした意味合いもあるのだ。


 ちなみに、船団内部での反応はと言えば、主に職業軍人の多くから不満をもたれ、逆に予備学生とか徴兵者からは歓迎された。このあたり、長く軍隊生活をして制裁が統率に必要と感じる前者と、戦時中の臨時雇いで軍隊に長くいるつもりのない後者との意識の差だろう。


 とにかく、こうして捕虜たちは労働や量や味に不満な食事、言葉が通じないことによるストレスなど、多くの不満を持ちつつも、少なくとも身体的な打撃を受けることはなかった。


 捕虜による使役が本格的にスタートしたころ、並行して始まったことがあった。


「商店の設置許可?商売なんかどうやってするんだね?」


 とある水兵から上げられた陳情に、寺田は首を捻った。この島で売れる物が手に入るとはとても思えなかったからだ。


 とりあえず、その水兵を呼び出して直に話を聞くことにした。


「林剛毅一等兵であります」


 呼ばれたのは、30代後半の如何にも応召された年配の兵隊であった。


「林一等兵。島内で商店を出したいという陳情を出したようだが、この島で本当に商売など成り立つのかね?」


 ちなみに現在トラ4032船団内部で、商売は完全にストップしている。何せすべての物資がないない尽くしなのだ。特に衣服や嗜好品は貴重で、完全な配給制になっている。


「自分は徴兵前、静岡でそれなりに大きな商店をやってました。自信はあります」


「しかし、売り物はどうする?物資は船団司令部で統制しているんだぞ」


「なら作ればいいんですよ」


「何!?どう言うことだ?」


「実は船団内に、自分と同郷の物が降りまして、元々は腕のいい木工職人で、現在は「麗鳳」の工作科にいます」


「ほう。それで」


「そいつ、非番の時間に木材を削り出してパイプやら櫛やら作ってましてね。これがまた出来がいいんですよ。最初は自分のだけ作っていたんですけど、最近じゃ物々交換で他の兵隊にも渡すようになりましてね」


「ほう。確かにそりゃ商品になりそうだな。しかし、一人が手作業で作るだけじゃダメだろう。もっと商売が出来るくらいないと」


「もちろん、そいつのだけじゃないですよ。上の方々は知らないでしょうけどね、我々のような娑婆にいた連中は何がしか副業を持ってますよ」


「何だって?」


 林の説明に、寺田は目を見張った。彼が言うには、瑞穂島に上陸後内輪で商売まがいのことをしている者は結構いるらしい。その商品は空き缶や空き箱を流用した雑貨や家具であったり、非番の時に釣り上げた魚の干物や燻製であったり、中には島に生えている木の葉から煙草を作る強者もいるらしい。


「大したもんだな、皆」


「あれから戦闘もありませんし、そんなことでもしてないと、神経が参っちゃいます」


「それもそうだな・・・・よし、金が動くことだから一度幹部会議で計ってみよう」


「よろしく頼みます」


 こうして、瑞穂島内で久しく止まっていた貨幣経済が動き出した。この一人の水兵の請願から始まった島内での商売は、その後幹部会議を経て正式に認められ、トラ船団司令部の許可制で認められることとなる。


 これは今後この世界で暮らしていく上で、生活基盤を構築するためでもあり、そして林の言うように将兵の精神的な面での安心感を得るためでもあった。


 島内での商売開始を契機に、瑞穂島ではそれまでの軍隊の基地から、徐々に街が形作られていくこととなる。店が出来、銭湯が出来、映画館が出来、さらには病院や警察署も設置されていく。


 こうした軍隊の外にあった日常の空間が再現されていくくことで、将兵たちが娑婆の空気を体感できるようになり、さらに言えば彼らが心を安らぐことに大いに役立つこととなる。

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