引き揚げ
「調査の結果、座礁した巡洋艦ならびに駆逐艦ともに船体の損傷は微細であり、上手く引き出せば再使用可能と思われるとのことです」
海戦から五日後の瑞穂島司令部の会議室にて、座礁したマシャナ艦艇の調査結果が届けられた。
結果は三隻とも予想された艦底部付近の損傷は幸いにも軽微で、浸水も若干とのことであった。だから岩礁から上手く引き出せば、沈むことなく若干の修理を施した上で再使用可能であった。
「引き出すとなると、やはり満潮の時じゃないとダメだわね」
報告を上げた士官に、寺田は渋い表情で言った。
「はい、そうなります。それから、重量物を出来る限り撤去しなければなりません」
寺田はため息を吐いたものの、即決した。
「だがそれで可能なら進めよう。すぐに計画を立てたまえ」
「はい、指揮官」
船を岩礁から引き出すためには、当たり前のことだが船体を浮かさないと岩礁にゴリゴリとぶつけて破壊してしまう。浮かすためには下に水を入れて浮力を確保するのが手っ取り早いが、そもそもその深さが十分でないから座礁したのだ。
ちなみに三隻が座礁した岩礁は、干潮時以外は露出せず海中に沈んでいる。暗い夜間であったことも手伝い、三隻が座礁した原因はそこにもあった。
さて、この岩礁が満潮時にどれくらいの水位まで来るかが鍵である。もしそんなに海面が高くないとなれば、必要な浮力は確保できないので、この三隻を船として再利用することは諦めるしかない。
しかしながら、天はトラ船団側に微笑んだ。三日間ほど観測員が乗り込んで測った結果、条件さえ満たせば浮力が確保され、三隻を岩礁から引き出せることがわかった。
ちなみにその条件とは、艦内の重量物を一度外へと運び出すことだ。
戦闘艦艇に限らず、人が動かす船には実に多くの物が搭載されている。それは戦闘艦艇の場合、武器だけに留まらない。乗員も一人一人の重みは小さくても、それが百人、千人の単位となればトン単位になってくる。もちろん、その乗員が必要とする真水や食料、燃料などもだ。
こうして積み重ねられた付加重量を差し引くと、意外と船に大きな影響を与える。例えば燃料タンクが空になった結果重心点が上がり、駆逐艦が転覆したという事故もあるし、また対空火力増強のために機銃座やその操作のための将兵をドンドン増やした結果、復元性が悪化したなど。特に海中に潜る潜水艦はその影響を受けやすく、人一人。コメ袋一袋の位置が艦のバランスを左右するなんてこともあり得る。
今回座礁した三隻も、座礁した時点の重量ではとても離礁などのぞめなかった。しかし、艦内に積まれている燃料や砲弾、さらには真水や食料など、撤去出来るものは全て撤去してしまえば、かなりの重量軽減を見込める。
さらに、船体に傷をつける可能性があるので、そんなに大量には使えないが、爆薬を使って岩礁の一部を爆破すれば、より簡単かつ安全に引き出せる。
こうしてさらに一週間掛けて綿密な離礁作業計画が建てられた。その計画案は、そのまま寺田ら幹部参加の会議に掛けられた。そして万乗一致でGOサインが出る。
「決まりだ。ただちに計画どおりに人員と資材を動員し、作業に取り掛かるんだ」
「は!」
三隻を引き出せば、指揮下の船がそれだけ増える可能性がある。仮に使用に適さないにしても、その膨大な鉄材などは様々な所で役に立つ。賛成こそすれ、反対する者などいなかった。
全員の賛成を得ると、寺田はただちに離礁作業の実施を決定し、始めさせた。
とは言え、実際のところその作業は簡単ではない。まず重量物の撤去であるが、トラ船団にはクレーン船や工作艦と言った贅沢な装備はない。空母や輸送船に搭載されているデリックやクレーンがあるが、これらは航空機や積み荷の揚げ降ろしに使うもので、作業用ではない。
なので、大砲など重量があり過ぎる物はそもそも撤去できない。となると、撤去するのは人力や艦内に持ち込める簡便な滑車などで持ち上げられるものとなる。つまり、砲弾や機銃弾、さらには兵員室の扉やベッドなどだ。
ちなみに、艦内の調査作業も簡単にではあるが行われている。その結果、本来機密に属し処分するべき海図や無線通信機、その暗号表までそっくりトラ船団の手の内に入った。どうやら処分するのを怠ったのか、乗員たちにその余裕がなかったらしい。
また各種装備や機関部の調査も行われた。その結果、巡洋艦の主砲の口径は19cm。駆逐艦は11cmと、いずれも帝国海軍のそれよりも少しばかり小ぶりであることがわかっている。また魚雷や爆雷の類はいずれの艦にも搭載されていなかった。
機関部に関しても、大まかな仕組みは帝国海軍でもお馴染みの重油専焼式ボイラーとタービンの組み合わせになっていた。そのため、調査に入った機関科の士官は、どうしてあんな高速を出せるか首を捻ることとなる。
さて、とにかく座礁した三隻の離礁作業が始まった。作業員は案内役として監視付きで連れてこられた数名の捕虜を除いて、すべてトラ4032船団の人間が固められている。単純作業を捕虜にやらせれば楽なのであるが、万が一サボタージュを起こされてはたまらない。特に作業の中には弾薬や燃料を撤去する部分もあるので、自爆でもされてはかなわない。
最初に駆逐艦から作業が行われた。巡洋艦からでないのは、練習を兼ねているからだ。
ポンプを使って艦内のタンクに残っていた重油と真水がまず引き抜かれる。引き抜かれたそれらは一端ドラム缶に移され、横付けされた艀に乗せられて瑞穂島へと運ばれた。
続いて、危険な弾薬の撤去作業である。砲弾も薬莢も、地球のそれとほぼ同じものであるが、万が一爆発すればことなので、慎重に艦外へと運び出していった。
砲弾や機銃弾も、瑞穂島に運ばれたのであるが、こちらは保管状態を良くするために、輸送船の空き船倉へと収められた。雨風や湿気や気温によって、内部の火薬が劣化する可能性、また暴発する可能性を少しでも抑えるためであった。
ちなみに瑞穂島は南洋の島らしく時折スコールが降る。多量の人間を抱えるトラ船団にとって、これは貴重な飲料水や風呂用の水を手に入れられる恵の雨であるが、それと同時に様々な作業を妨害してしまう、厄介な雨でもあった。
もちろん、燃料や弾薬の撤去作業においても、スコールの間は度々作業を中止した。さらに潮の干満で作業用の艀やカッターが近づけなくなるのも重なり、一隻目の駆逐艦の作業を終えるだけでも一週間掛かった。
こうして重量物を撤去が完了すると、次は岩礁の爆破である。水中作業員が潜水具(これは船団内部に搭載している船があった)を身にまとい、苦労しながら岩礁に爆薬と導火線をセットしていった。
後の時代と違いこの時代の潜水服は重く、外からの給気が欠かせない。当然何か作業するのだって難しい。そんな状況下で、危険な火薬を取り付ける作業をせねばならない。作業員は慎重に慎重を重ねて作業を進めた。
もちろん、万が一爆破して艦体に被害が及んではいけないので、火薬量は予め計算した最小限度の量だけをセットした。また一度に爆発させるのではなく、小分けして爆発させるという工夫もした。これは船体への影響を小さくするのはもちろん、大量の爆薬を一気に爆発させると、付近の魚が一気に死んでしまうからだ。
この時期、トラ船団にとって島の周囲での漁は貴重な蛋白源の獲得手段であり、漁場を荒らすことは厳に慎まなければならなかった。
こうしたアイディアや意見は、トラ船団内の経験者から出された声が反映された。
「爆破!」
合図とともに、海上の船に設置された爆破スイッチが押される。直後、ズシーンズシーンと言う腹に響く音がしたかと思うと、海中で眩い閃光が数回起こり、さらに海面が少しばかり盛り上がる。
爆破が終わると、再度潜水班が潜って様子を確認する。
「成功です。上手く除去出来ました。艦の方も浸水を起こしている様子はありません」
この報告が上げられると、早速次の作業へ。曳航作業のために待機していた駆逐艦「山彦」の艦尾からロープを伸ばし、座礁している駆逐艦の艦尾に結わえる。
早くしないと潮がひいてしまうので、時間との戦いになる。もしここでタイミングを逃すと、丸1日時間をロスしてしまう。
「捕縛完了です!」
「よし。前進最微速!」
「山彦」艦長の戸高は、慎重に艦を前に出す。ここで力を掛け過ぎるとロープが切れる可能性があるので、ゆっくりと速度を上げる。
「微速!」
曳航対象の様子を窺いながら、戸高は命令を出す。
一方曳航される側の方にも、数名の作業員が危険を冒して乗り込み、手旗信号と発光信号で「山彦」との連携を図る。
綱が一杯になると、座礁していた駆逐艦がゆっくりと動き出す。時々まだ残っている岩礁に当たる音が聞こえ、正直心臓に悪い。万が一沈むようなことがあれば、作業員は真っ先に脱出しなければならない。
誰もが緊張に息を飲み、慎重な作業を行うこと30分、曳航対象艦が一瞬浮かび上がるような衝撃が来た。
「離礁!」
ついに駆逐艦の艦体が岩礁から離れた。
「各部状況報告!」
離礁しても安心できない。離礁した結果傷口が開くということだってありえる。
作業員たちは予定通り、手分けして外と中から艦体をチェックする。
「外部異常なし!」
「内部、大規模な浸水などなし!」
しばらくして上げられた報告に、作業責任者は宣言した。
「了解。作業成功!」
直後。
「「「万歳!」」」
「山彦」の乗員たちと、作業員たちによる万歳三唱が、異界の海に響き渡った。
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