厄介ごと
水兵に案内されてやってきた一行を見て、寺田は驚くと言うより困惑してしまった。
先日やってきたシュー村長は元より、島内の村々の村長たちが一同(ちなみに7人)に集まっているのもさることながら、同数の若い女性もいる。他に護衛なのか付き添いの男もいるが、やはり村長と若い娘が目立つ。さらに付け加えると、全員これまでにない満面の笑みだ。
「ああ、今回の来訪の目的はなんなのかな?」
とりあえず、質問する。それを通訳の下士官がシュー村長たちに伝える。そしてシュー村長が返事をする。
「この島を守ってくれたことに対して、礼を言いに来たそうです」
「なんだそのことか。我々は当然のことをしたまでだと言ってくれ」
今回トラ船団が戦闘を行ったのは、あくまで自分たちを守ることを第一にしてのことだ。この島の住民たちを守る結果になったのは、あくまで付随することでしかない。
通訳は言われたとおりに、シュー村長たちに伝える。すると、村長たちは笑顔を崩すことなく何かを言う。
「それでも、どうか礼をしたいと」
「ふん。で、その礼と言うのは?」
変に話をこじらせることもない。とにかく聞いておく。ところが、シュー村長から話を聞いた通訳の下士官は困った顔をした。
「どうした?何かマズイことでもあるのか?」
「いえ。その、是非ともこの娘たちを、精強なるあなた方戦士の嫁としてもらって欲しいと」
「何だって!?」
ここで寺田は、シュー村長の後ろにいる娘たちの意味がわかった。本当に言葉の通りなのか、それとも何らかの打算があるかはわからない。
しかし、現に娘たちを連れてきていると言うことは、本当にトラ船団側に譲りたいと言うことなのだろう。
「どうしたものかな・・・・・ありがたいが、断わってもらえないか?」
ただでさえ人間が多くなりすぎて困っていると言うのに、ここで人を、しかも扱いに困る女性を増やされては堪ったものではない。寺田としては穏便にお引取り願いたかった。
「わかりました」
下士官が断わりの言葉を通訳する。しかし。
「村長たちは、そう言わず是非とも貰って欲しいと言ってますが」
「是非ともと言われてもな」
食うに困るからと言うのは、弱みをさらけ出すので口には出来ない。かと言って扱いずらいとか、余計などと言ってしまうと、村長たちの心象を悪くする。
「若い女性はそちらでも貴重な存在ではないか?余所者の我々がもらっては勿体無さ過ぎる。そんな感じで言ってくれないか?」
寺田はなんとか思いついた言い訳を伝えさせる。実際この島の人口はそれほど多くはない。若い女性となれば貴重な存在。そこを衝いてみる。
しかし。
「村長たちは、我々に嫁いでこそ意味があると言ってます。どうやら相当決意堅いみたいです」
「う~ん」
確かに。貴重な若い娘、しかもそれぞれ村一番の娘を連れてきたということは、それほどまでに真剣と言うことだ。そうなると、その決意に水を差すようなことは、今後の友好関係にマイナスに働く可能性もある。
結局、寺田は妥協を図ることにした。
「仕方があるまい。嫁にするかはともかくとして、我が部隊は女性が圧倒的に少ない。彼女らの手伝いとして働いてもらおう。ああ、村長には、とりあえずお預かりするとだけ答えろ」
「はい」
通訳がそれを伝えると、シュー村長が前に出る。
「なんだ?」
「握手を求めているようです」
「ああ、そう言うことか」
寺田が手を出すと、シューは満面の笑みでブンブンと握った寺田の手を振った。
「はあ。また久保君に迷惑を掛けるな」
久保とは、トラ4032船団に乗り込んでいた従軍看護婦グループの最年長者で、トラ船団を含む瑞穂島の女性コミュニティーの代表である。女性に関しての事柄は、一部を除いて彼女に任せている。正式な階級はないが、寺田は彼女に女性の代表者として中佐相当の待遇を与えていた。
現在トラ船団を含む日本人の中で、女性は彼女らを含めて10名しかいない。そのため、彼女らは用意された専用の居住区にいる。保護したルリアや、捕虜であるラミュも、夜の寝起きは女性用の区画で過ごしている。
そうでもしないと、いつ間違いが起きてもおかしくないからだ。現在激しい戦いは起きていないとはいえ、寺田も軍人として、そして一人の男として、男の性はよくわきまえていた。
そんな寺田の心労とは裏腹に、笑顔のシューはさらに何かを話す。ところが、通訳はそれを聞くとギョッとした。
「どうした?何と言ったんだ?」
「それが。捕虜の何人かを奴隷として売ってくれないかと」
「何!?」
村娘を嫁として差し出すのも仰天したが、人身売買を持ち掛けられるのも仰天するべき事態だ。
寺田がもといた世界にだって人身売買はある。特に昭和恐慌時には東北の娘の身売りが大きな社会問題になった。そして寺田にしてみれば、人身売買など遠い世界の話だ。何せ彼は一度退役したとはいえ、最終階級は少将、つまり曲がりなりにも閣下と呼ばれる身分にまでなったのだ。
海軍士官が金で困るとすれば、それは海兵出たてで給金も少なく出費ばかりが多い時期か、さもなくば余程金遣いが荒くて短時間で擦って借金ダルマになるか、本当に金の使い方を間違えた輩くらいなものだ。
つまり寺田は金に困ったことはなく、まだまだ貧しい日本国内にあっては恵まれた立場であった。そんな彼からして、こんな真正面から人身売買を持ち掛けられるなど、予想できるはずもなかった。
しかし、突飛ではあるが悪い話とは言えない。何せ今のトラ4032船団にとって1000人もの捕虜が大きな負担であることに変わりはない。多少なりと引き取って貰えるのであれば、船団の負担が減ることには違いない。
「う~ん」
寺田は少々考える。
(捕虜を売れば我が船団の負担は減る。減るが・・・・・)
一度やると、それは前例となって後々まで残る。
「それについては絶対に断ると言ってくれ。あの捕虜は我々の捕虜であり、我々に権利があるとね」
ここで奴隷商売に手を付けると、後々厄介なことになりそうなので、寺田は今一歩のところで踏みとどまった。
通訳がシューにそのことを伝えると、多少残念そうな顔をしたが、怒るような様子はない。そして何かをまた口にする。
「確かにその通りだ。できない相談をして申し訳なかったと」
「わかってもらえればいい。我々は今後とも、この島で共に生きていく良き友人でありたい。そう最後に伝えてくれ」
これはあくまで社交儀礼として言ったのだが。シュー村長たちは真面目に受け取ったのか、目を輝かせて言う。
「我々もそれを望んでいると。これからもよろしくお願いする。そう言ってます」
「あ、ああ」
シュー村長の言葉も、聞いただけだと社交儀礼だが、本人たちの顔を見れば明らかに心の底からそう思っているのがわかる。
「参るな、全く」
シュー村長たちを見送り、預かった(貰ったではなく、あくまで預かった)娘たちを久保婦長の元へと送り出すと、寺田は深々とため息を吐いた。
「向こうも悪気はないでんしょうがね」
大石参謀も困り顔だ。
「悪気がないから困るんだよ」
シュー村長たちは、純粋にお礼のつもりで娘を嫁として連れて来て、また彼らの常識に照らして捕虜を奴隷として買い取ると申したのであろうが、寺田らからすれば厄介なことこの上ない。しかも、自分たちの常識で断れば、純粋な善意である分だけに、相手の心象も余計に悪くすること間違いない。
「彼らとの付き合い方も、今後考えていかねばならんな」
「どうします?手っ取り早いのは、軍事力で占領して軍政を敷くことですが」
大石が冗談めかして言う。トラ船団の強力な軍事力で、強引に全島を占領してしまい、軍政を敷くことは一見容易に見える。しかしながら、寺田は賛成できなかった。
「それはダメだよ。せっかく春日中佐たちが気づいたコネクションを壊しては勿体ない。確かに島民の数は少ないといえ、そんなことすれば島民たちはゲリラになって、フィリピンやマレーのようなことになるぞ」
上からの高圧的な支配は、短期的に見れば効果が出るかもしれない。しかし、その分反動も産みやすい。寺田も支那やフィリピンにおける抗日ゲリラの存在は伝え聞いていた。島民たちがそのような存在になってしまえば、目も当てられない。彼らは何時元の世界に戻れるかもわからない。何年、何十年という長期的な視野でみれば、それは下策であった。
「とにかく今は現状維持だ。それすら頭の痛い問題だがね」
「指揮官。ここは前向きに考えましょう。悪いことばかりではありません。座礁した三隻の敵艦が今回手に入ったことで、マシャナやこの世界に関する調査が大いに捗るでしょうし、三隻が使えるようになれば、戦力は大幅に増強されます」
大石は話題を変えた。
「そう言えば、座礁した敵艦のことをすっかり忘れていたな。確か調査班が調査中の筈だが」
座礁した敵艦は乗員こそ捕虜として全員連れ出したが、艦そのものは相変わらず座礁しっ放しである。沈む様子もないため、調査班が組織されて艦内の調査をしているはずだ。
「調査は今日一杯の筈です。明日には報告が上がってくるはずです」
「そうか。明日の朝が楽しみだな」
憂鬱な案件が続く中、楽しみが出来たことは、寺田達にとって幸いなことであった。
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