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招かれざる者

 海戦から一夜明けた瑞穂島。この日航空隊の賢人と武は、陸戦装備に身を固めて湾内の浜に来ていた。


 瑞穂島の湾はトラ4032船団の艦船が全て停泊しても、まだ余裕のある天然の良港だ。しかしながら、当然と言えば当然だが人の手は加えられていないので、桟橋のような贅沢な設備はない。


 そのため、艦船から島に渡る場合は連絡艇でドラム缶と木の板で作った応急の仮桟橋までいくか、もしくは大発か小発に乗り込んで、浜辺に着岸するしかない。


 2人が来ている浜は、普段であればそうした船団との連絡を行う大発や小発が着岸する場所で、連絡艇の入出港の時間以外は閑散としている。


 しかしながら、今二人の目の前には大量の人間たちが毛布など支給された衣類に身を包んで、起こされた焚き火などで暖をとったり、差し出された飲み物を口にしていた。


「こりゃスゴイ数になるな」


「巡洋艦1隻に駆逐艦3隻だろ、1000人はいるかもしれないぞ」


 目の前に広がる捕虜の群に、2人は圧倒される想いだ。


 彼らが目にしているのは、昨日の海戦で捕虜になったマシャナの艦艇の乗員たちだ。具体的には座礁した巡洋艦と駆逐艦、そして沈没した駆逐艦などから救助されている。


 沈没艦については、夜のうちから救助作業が行われ、座礁艦については駆けつけた「蔵王」以下の艦艇が取り囲み、砲身を向けて無言の圧力を掛けて降伏を促した。


 座礁しても徹底抗戦、或いは自爆するのではと言う懸念があったが、にらみ合うこと二時間ほど後、まず巡洋艦のマストに緑の旗が翻り、続いて駆逐艦にも緑の旗が翻った。


 当初この旗の意味が、トラ船団側にはわからなかったが、急いで無線で瑞穂島にいるトラ船団内で言葉が通じる異世界人のルリアに問い合わせたところ。


「緑の旗、戦う気ないってこと。降伏降伏」


 と言ったので、ようやく敵が降伏の意図を示したことがわかった。どうやらこの世界では、降伏の意思表示は白旗ではなく、緑旗らしい。


 とにかく、最後まで残っていた敵は降伏した。トラ船団の戦いは勝利で終わったのだ。


 とは言え、敵の武装を解除して捕虜にするのはまた大変な作業であった。常識的に考えて、駆逐艦でも200人、巡洋艦なら1000前後の乗員が乗っているのである。


「こんだけの捕虜、食わすのも大変だよ」


「けど、まさか殺すわけにもいかないだろ」


 武の言葉に、賢人は溜め息をつく。


 2人とも捕虜になるのは不名誉と言う、この頃の帝国陸海軍将兵としては常識になっている観念はもっているが、だからといって目の前の哀れな捕虜を殺す気にはなれなかった。これが味方が殺されていたり、厳しい戦況だったらそうした発想もしてしまったかもしれないが、何せ今回の戦いは危機的な状況こそ起きたが、戦い自体はトラ船団の一方的勝利。精神的余裕と言うものがあった。


 目の前の捕虜たちは皆不安げな表情をしている。多分自分たちがこの後どうなるのか、不安なのだろう。


「こんな子供殺すなんて、罰当たりだよ」


 捕虜の大半は大人であるが、どう見ても2人より若い、まだ子供と思える人間もそれなりの数混じっていた。怯えるような目で2人を見ている彼らを、賢人はとても殺す気にはなれない。


「けどわからんぞ。食糧とかは限界があるからな。上は厳しい判断をするかもしれないぞ」


「・・・・」


 武の言うとおりであった。下士官である2人ですらそんなことを考えるくらいだ。トラ船団の中枢である船団上層部も、難しい決断を迫られていた。


「今の我々に捕虜を養っている余裕などありません。この世界には戦時国際法も何もありませんから、いっそのこと人思いに処分してしまったらどうです?」


 瑞穂島に設けられた応急の司令部。寺田指揮官を含め、幹部クラスの集まった緊急会議が開かれていた。そしてそこでは、やはりと言おうか、過激な意見が出ていた。それは駆逐艦「天風」艦長の鈴木広治少佐の意見であった。


「鈴木少佐、幾らなんでもそりゃ酷すぎるだろ。相手だって人間だぞ」


 渋い顔をしてすぐに反対意見を唱えたのは副司令の長谷川大佐だ。


「そうは言われますがね、副司令。我々だけでも食うだけで精一杯だっていうのに、あんな敗残兵どもを養ってられないでしょ。それに、もし連中が一斉に蜂起でもしたらどうしますか?」


 確かに、トラ船団の持つ物資は限られている。そこへいきなり千名もの捕虜を抱え込めば、凄まじい勢いで物資を消費していくだろう。


 しかし、寺田をはじめほとんどの人間は鈴木の意見に多少共感を覚えるものの、それ以上に嫌悪感の方が大きかった。


 日本ではそもそも捕虜を忌避する風潮が強い。とは言え、前の対戦(第一次世界大戦)までは捕虜の取り扱いは国際標準であったし、大東亜戦争に入ってからも捕虜に対して厳しい(を超える時もあるが)態度をとるものの、捕虜をとらないわけではない。


 確かにこの頃広く国内に普及した陸軍大臣示達の戦陣訓の影響で、捕虜に対する風当たりはますます強くなっていた。しかし古い時代の教育を受け、海外への留学経験もある寺田や、元々生粋の軍人でなく外国航路の船長などで海外経験豊富な長谷川らかすると、鈴木の意見は過激であった。


 もしトラ船団全体が追い詰められるような状況であれば、鈴木の意見が通ったかもしれない。しかしながら、今現在彼らはそれほど追い詰められてはいない。確かに物資は不足気味であるし、捕虜を食わせるのは大変であるが、だからと言って今日・明日の内の尽きるわけでもなかった。


「自分は断固反対です。確かに食わせるのは大変ですが、無抵抗の捕虜を虐殺するなど、例え異世界であろうと帝国海軍のすることではありません。少なくとも、今すぐやるべきこととは思えません」


 反対意見の先陣を切ったのは、昨日の戦いで活躍した駆逐艦「海棠」艦長の春日中佐だ。彼の艦は昨日の戦闘で致命的な損傷こそ受けなかったが、弾の破片や水柱の着水などによって、戦死者も出ている。


 しかし、それでも勝者となり、さらには撃沈した逸早く敵兵を救助した春日からすれば、鈴木の意見には賛成できなかった。


「自分も春日中佐の意見に賛成です。今後はともかく、今すぐやるのは性急です」


「私も同意見です。昨日の敵であっても、彼らは遭難者です。それを虐殺するなど、海の男のやるべきことではないでしょう」


 ほとんどの者が春日の意見に賛成、もしくは少なくとも鈴木の意見に反対を表明した。


 鈴木としては声を大にして自分の意見をまくしたてたいところだが、反対意見を言うのは彼から見て上官ばかり。


 そして、ついにトドメとなる意見がである。


「寺田閣下。今回得た敵兵は得難い存在です。彼らは今後彼らの国と交渉する際に、そのカードになるやもしれません。また情報を引き出せるかもしれません。例えそうでなくても、国際条約で下士官と兵を労役に使うことは認められています。基地建設や資源採掘などに人でも必要でしょうから、彼らは捕虜として遇するべきでしょう」


 トドメとなる意見を表明したのは、見慣れぬ中佐だった。他の艦長や船長たちが日焼けして健康そうなのに対して、彼だけ青白い肌をしている。長く日光を浴びていない証拠だ。


「君の言うとおりだ木田中佐。捕虜は今後彼らの国と交渉する上で重要なカードになるかもしれんし、労働力にもなる。一時的に食い扶持が増えるかもしれんが、幸い船団の積荷には植物の種子やら、開墾に使える道具なんかも載ってる。石油や鉱物資源を掘るのにも人間はいる。私としては、彼らを捕虜として遇したい。それでいいかな?」


「指揮官がそう仰るのであれば」


 鈴木は不満げではあったが、それ以上は言わなかった。自分の意見は指揮官を含めてほとんど支持されていないと言う、場の空気を読んだようだ。


「では捕虜についてはまず決まりだ。捕虜収容所の建設は設営隊に一任しよう。それまでは、天幕なりで代用すればいい」


 とりあえず寺田は捕虜についての問題を片付ける。


「で、改めてだが。木田中佐。君と君の艦について話してほしい」


「はい。木田清敏中佐です。潜水艦「伊五〇八」の艦長であります」


 彼、木田中佐の艦こそ昨日「海棠」の目の前で敵艦に雷撃を行った張本人であった。最初はどこの潜水艦かわからず、明らかに日本艦離れした艦が浮上してきたので、トラ船団内に緊張が走ったが、すぐに日本語のモールス信号を送ってきたので、味方と判明した。


 しかし、「海棠」の時と同じく「伊508」という潜水艦は、トラ船団手持ちの資料にはなく、その外見も日本の伊号潜水艦とは似ても似つかないものだった。


 艦体にはカバーで覆われた連装機銃を二基備えた大型の艦橋が中央に建つ以外に凹凸はなく、如何にもスマートな印象で、未来の潜水艦を思わせる。


 とりあえずトラ船団に合流させ、瑞穂島に入港させ艦長の木田中佐を呼び寄せた。一応彼には現在トラ船団が置かれている状況を簡単に説明しているが、意外なことに彼はそのことをすんなり受け入れていた。


 どうして彼がそんな反応を示したのかはわからないし、すぐに捕虜の問題が湧き上がったので、深く突っ込んで聞いている余裕はなかった。


 捕虜の問題が一応解決したことで、ようやく彼から彼と彼の艦に起きた事態を問いただすことが出来る。

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