夜戦
「海棠」の舵が利き始めた直後、海上に発砲炎が出現する。
「来るぞ!衝撃に備えろ!」
春日の言葉とほぼ同時に、砲弾が艦の周囲で着弾する。敵艦の数が多いだけに、立ち上る水柱の数も多い。
「まだ遠いな」
「艦長、反撃しますか?」
「そうだな。主砲、水雷ともに攻撃開始。敵艦の発砲炎と探照灯を照準に撃ちまくれ。撃沈は考えるな、牽制になればそれでいい!」
小型駆逐艦一隻で出来ることなどタカが知れている。巡洋艦を含む倍以上の敵艦相手の戦闘となれば、敵艦撃沈などとても望めたものではない。それに今回彼らがすべきことは、敵の瑞穂島への接近を少しでも遅らせることだ。
「とはいえ、何時まで持つかな?」
急回頭したおかげで、敵艦から発せられる光芒からいったんは脱出した。しかし、その光はその後追いかけてくると再び「海棠」を照らし出した。つまり、敵艦に捕捉され続けていることになる。第一撃は外れたが、このまま行けば短時間で命中弾が出る可能性が極めて高い。
「主砲撃ち方準備完了!」
「て!」
わずか三門の12cm砲が、敵艦に向かって咆える。さらに。
「魚雷発射準備完了!」
「て!」
四本の魚雷も暗い海へと飛び込んでいく。
「敵は目と鼻の先だぞ!回避運動で少しでも避けるんだ!」
敵艦との距離は既に5000mを切っている。「海棠」の周囲には多数の水柱が立ち、時折至近弾となったそれが艦艇方向から艦を揺さぶり、さらに水しぶきを甲板へと叩きつけてくる。「海棠」の艦橋も、あっと言う間に水浸しになる。また弾片が艦体を叩き、突き刺さる。
そんな状況下で、「海棠」の乗員たちも負けじと撃ち帰す。「海棠」の砲や発射管はなんら遮蔽物のないタイプなので、彼らはもろに降り注ぐ水や破片を被る。悲鳴が上がると、すぐに仲間が退避させる。
「艦長、このままでは!」
「大丈夫だ。まだ致命的な損傷は受けちゃいない。にしても、敵さんやたら撃ってくる割には、当たらんな」
相手は四隻。主砲の門数も多いらしく、かなりの弾が先ほどから落下している。しかしながら、その砲弾は至近距離で水柱を上げる所まで来るが、一向に命中する気配がない。それどころか挟叉すらしない。
夜間と言うことはあるにしても、敵艦は「海棠」を探照灯で追ってきている。「海棠」が回避運動を行ってその光芒から出ても、すぐについてくる。
つまり敵艦は相変わらず「海棠」を捕捉している。それなのに命中弾を出せないのは不可思議であった。
「敵がよほど下手なのか、それとも砲術に欠陥があるのか・・・・・・まあ何にしても、こっちが助かっているから僥倖だな」
と零した直後。突然敵艦隊方向に三つの閃光と、巨大な水柱が現れた。砲撃とは明らかに違う。
「何だ?魚雷が命中したのか?」
魚雷の命中であれば、敵に大損害を与えた可能性が高い。旧式の空気魚雷と言えど、喫水線下を抉られれば、戦艦といえど打撃を被る。
ところが、直後にもたらされた報告は、悪い意味で期待を裏切るものだった。
「敵艦健在!」
「魚雷の命中にしては少し早過ぎます!」
続けざまに報告がもたらされる。どうやら魚雷の命中ではなかったらしい。
「一体何だ?」
その答えはすぐにわかった。
「水雷長より報告!ただいまの爆発は魚雷の自爆によるものと思われます!」
「ちっ!」
春日は舌打ちした。魚雷の自爆。おそらく信管がなんらかの誤作動を起こして、命中前に魚雷が爆発してしまったのだ。
魚雷の早爆や、逆に不発に陥る事態は決して珍しいことではない。春日自身、話をした「蔵王」や「石狩」の乗員から、対米開戦直後の連合国艦隊との戦闘や、ソロモン海における戦闘で魚雷が自爆した話を聞いていた。
どんなに整備をしても、信管自体に欠落がある場合や、海象状況などにより起こりえる。ましてや、「海棠」の魚雷はこの世界に漂流して以降の整備が不十分であったことが疑いない。
とは言え、魚雷は一発で艦艇に致命傷を与えられる必殺兵器だけに、自爆は口惜しいことであった。
「こうなったら、敵艦に体当たりするか」
たった三門の砲では敵艦隊の突破を防せげない。必殺の魚雷ももうない。それどころか、装甲もない「海棠」が敵の砲撃の前に餌食になってしまう方が早いかもしれない。
この時点で、春日の所にも巡洋艦「蔵王」などが救援に向かっていると言う連絡が入ってはいた。しかし、現状ではとてもそれまで持ちそうにない。
いずれ撃沈されてしまうなら、いっそのこと敵艦の一隻くらい道連れにしてやろうという考えが出るのも、致し方ないことであった。
もしそんなことすれば、敵艦の一隻くらいは撃沈できるかもしれないが、「海棠」の乗員は艦と運命を共にすることを余儀なくされる。彼らはその単語を知らなかったが、トラ船団世界で言う所の玉砕となったことだろう。
しかし運命の女神は、そこまで「海棠」にさせる必要はないと思ったらしい。
敵艦隊方向に先ほどの自爆魚雷のそれと同じような閃光が出現した。
「魚雷命中!」
一本だけ残っていた魚雷が命中したようだ。
「詳細知らせ!」
「命中は敵二番艦の模様!」
駆逐艦の一隻に命中したらしい。それを裏付けるように、直後に起きた敵艦の爆発によって浮かび上がったシルエットは、駆逐艦クラスだった。
「巡洋艦には当たらなかったか」
大物は取り逃がしたらしい。それでも発射した四本の内、自爆を免れた一本が命中したのは奇跡であった。
「あと三隻か」
一隻減ったとは言え、敵艦は未だに3倍もいる。どちらにしろ撃破するのは難しい。
「やはり体当たりしかないか・・・・・総員切り込みに備え「敵艦左舷に転舵します!」
体当たりを命じようとした時、信じられない報告が飛び込んできた。
「何だと!?」
確かに、星弾の下に浮かび上がる敵艦のシルエットが小さくなりながら遠ざかっている。つまり、敵艦から見て右舷方向にいる「海棠」とは逆の方向に舵を切ったと言うことだ。
「魚雷の命中に警戒したのか」
二番艦に魚雷が命中したのを見て、魚雷を警戒して転舵したのだろう。魚雷に対して回避運動を行うのは当然である。
しかし。
「バカめ!」
春日はその決断をせせら笑った。彼がどうしてそんな表情をしたかの理由は、程なくして判明する。
「敵巡洋艦、速度落ちます!」
「敵四番艦停止!」
二隻の敵艦が突如行動停止してしまった。別に「海棠」の砲弾が致命部に命中したわけでも、「蔵王」ら救援艦艇が到着したわけでもない。
「やっぱりな。岩礁に乗り上げおった」
敵は瑞穂島の沿岸部を走っていた。そこでさらに島の方向へ舵をとれば、当然浅い海域へと自ら足を踏み入れることとなる。
結果一番艦の巡洋艦と四番艦の駆逐艦は、浅瀬の岩礁に乗り上げて身動きが取れなくなった。
岩礁への乗り上げは例え装甲を施した軍艦であっても恐ろしい結果を招く。帝国海軍でもその昔、巡洋艦「音羽」が座礁して艦体が破断して沈没しているし、アメリカでも駆逐艦が操艦を誤って集団座礁事故を起こして、数隻が除籍に追い込まれている。
仮にもし離礁に成功したとしても、艦底部に損傷を負っているのでは戦闘など論外だ。軽ければ可能性もなくはないが、戦闘速度で暗礁に突っ込んで軽傷で済むはずがない。
春日は座礁した二隻はもはや脅威となり得ないと判断した。
「残るは一隻だ!速度を落としている今がチャンスだ!撃って撃って撃ちまくれ!」
先ほど自らも犠牲に体当たりしようという悲壮な覚悟をしかけた春日であったが、形勢逆転にそんな気持ち吹っ飛んでしまった。むしろ最後の一隻を倒すべく、高揚し乗員たちに発破を掛ける。そして乗員たちも、艦長の意を受けたわけでもないが、士気が最高潮に達していた。
次々と12cm砲弾に砲弾を込めて、発射していく。
敵三番艦は座礁こそ免れていたが、舵を切ったのと暗礁を警戒したためか速度が落ちている。そこへやる気十分の「海棠」からの砲弾が撃ち込まれたのだからたまらない。あっと言う間に数発の命中弾を出す。
しかし致命傷ではないか、炎と煙を噴き上げながらも速度を上げ始めた。
「まずいぞ!早くしないと湾内に突入されるぞ!早く沈めろ!」
言われるまでもなく、主砲を操作する乗員たちは砲弾を撃ち続けるが、敵の方が加速も最高速度もいいらしい。距離が徐々に離されだす。
「ダメか!?」
もう湾の入り口だ。遠くおぼろげに、船団のシルエットが見え始めている。
とても間に合わない。船団がやられる。そう春日が心の底で思ったとき、突然敵艦に水柱と閃光が立ち上り、直後轟音と共に吹き飛んだ。
「なんだ!?」
「触雷!?」
「機雷なんかこの海域にないぞ!」
「味方の救援か!?」
「周囲に艦影はありません!」
突然のことに、春日らは困惑してしまった。今のはどう見ても機雷か魚雷の命中だ。しかしこの付近に機雷は設置していないはずだし、かといって魚雷であるなら発射した艦が近くにいるはずだ。それが見つからない。
まるで狐にでもつままれたような気持ちだった。
しかし、一分ほどして見張りが叫んだ言葉に意識を現実に戻された。
「右舷に潜水艦が浮上!」
御意見・御感想お待ちしています。




